誰かに褒めてもらうと言うこと
身支度を整えて治療院を出る。石造りの階段を昇ると、見知った顔の人が腕を組んで背中を柱にもたせかけていた。
「よぉ、もう動いて大丈夫なのか?」
砦で一緒に戦った隊長さんだ! 人差し指と中指で空を切るように挨拶してくる。
僕は返事を返す事も忘れて隊長さんに駆け寄った。
「あの! あの! すいません。僕、ロクな魔法も使えなくて……また! また何の役にも……!」
唇を震わせ、拳を握りしめる僕。それを見て隊長さんは一瞬目を丸くした。
そして、目を細めて「ふーぅ」と大きな息を吐く。眉を八の字の寄せて、ちょっと困った顔で僕の目の前に来た。
「えぇっと、アルフ君……だよな。あの時は名前覚える暇もなくってよぉ。俺はここの衛兵隊長やってるシモンってもんだ。お前の事はアルフって呼んでいいか?」
「え? あ、はい」
「アルフ……結構な戦場だっただろ? まだ自分に自信は持てないか?」
「…………」
シモンさんの真っ直ぐな視線を、僕は真っすぐには受け止められない。
返答に困っていると肩を掴まれた。大きくて、ちょっとゴツゴツしてて、暖かくて、なんだか優しい手。
「なぁ……自分に自信が持てなくて、何かの迷子になっちまった時。人は自分で自分を褒めてやれと言う。でもな、それだけで前に進めるのは、過去に勝利を積み重ねてきた強ぇやつだけだ。人は、闇の中だけでは影を作れない」
シモンさんが腰を落として語りかけてくる。言葉以上に、瞳がたくさんのもの語る。あぁ、この人は僕とは違う。たくさんの思いを積み重ねてきた人だ。
「いいか。この街にはたくさんの冒険者がいた。今でもまだ何人か残っている。でも、あの戦場に駆けつけたのはお前達だけだ。結果はどうあれ、確かにお前達はあそこに居た。
大勢の兵が見た。そして俺も見たよ、お前の頑張りを。お前がどう思おうと関係ない。俺達がお前の頑張りを認めた。それは揺るぎない事実だ」
シモンさんの拳が僕の胸をドンと叩く。熱い。熱の籠った手だ。
「認めてやれ。頑張った……本当に頑張ったよ。お前は。でもな、その声を過去のお前さんに届けてやるのはお前の仕事だ。言ってやれ、お疲れさんってな」
シモンさんの言葉を噛みしめる。きっとこの記憶は僕の中に溶けていって、いつか力になるだろう。
「…………ありがとう……ございます」
「行こう、宮殿へ。首長が待っている」
「……はい!」
少しだけ力強くなった足で、一歩階段を踏み出す。と、ルーがポンと肩を叩いてきた。
「気にするナ。元気だすのダ」
いや、今元気でたとこなんだよ。怒られてた訳じゃないからね?
ドヤ顔のちょっと的外れな励ましに、苦笑いと礼を述べて僕たちは宮殿に向かった。
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「さて、さっきも話したが、正式な論功行賞は後日だ。なので挨拶等については一切気にしないでくれ」
僕たちは謁見の間ではなく、いきなり宝物庫の前に通された。
お互いに立ったまま首長と会話するなど、本来ならあり得ない待遇だ。
「で、だ。今から急いで発つと言う事だからな。階級や特権に関する話を今しても仕方があるまい。それより、これを見てくれ」
首長は見事な宝飾の施された、金の首飾りを渡してきた。装飾品の価値も凄そうだけど、これは……
「マジ力上昇の付呪が施されている。レベルが低くて苦労してるそうじゃないか、なら、きっと大きな助けとなるだろう」
やっぱりただの装飾品じゃない。これは付呪の魔道具だ!
付呪とは特殊な魔法によって捉えた魂魄を触媒にして、道具に強力なエンチャントをほどこす呪法。
作成技術の体得は凄く困難で、金貨が何十枚ととんでいくような高価な品だ。
「それとこれも。これは人の手によって作られた魔道具ではなく、古代に神々が直接残した聖遺物だと言う。身に着けるだけでマジ力が自動で回復すると言う貴重な品だ。なくさないでくれよ」
「そ、そんな高価な品を!」
魔道具だけでビックリしたのに、聖遺物だなんて。これに至っては高価と言う言い方もおかしい。値段がつけられない。
「いいんだ。旅の役に立ててくれ。これは私の一存ではなく、この街の総意だ。グリーンヒルは君の貢献に対して大きく感謝している」
「気にしなイで受け取って欲しイのだ」
いや、君そっち側の人間じゃないからね。そこで口挟まれるとちょっとややこしくなるからね。
呆気にとられる僕に、首長は更に続ける。
「それと、装備については自分で考えて戦術に合ったものを持って行ってくれ。魔導士用のローブがこっちだ。これが破壊術師用、これが召喚士用、これが幻惑術師用……」
ズラリと高級そうな装備が並ぶ。うわぁ、全部付呪のほどこされた一級品だよ。あれって、魔法を使用した時の消費マジ力を下げるやつだ。
「こ、こんな高価な品を……」
「いいんだ。それと、次はこっちに来てくれ」
次に通されたのは書庫だった。新しいものから、古くて貴重そうなものまで物凄い数が並べられている。
「君たちにはここのあらゆる本に関して自由にアクセスする権利を与える。また、今回特例として呪文書だけなら何冊か借りていって構わない」
「えぇ!?」
「とは言っても、まだ達人級の禁書などには興味なかろう。精鋭レベルまでの市販の禁書ならそのまま持っていってもらっても構わないよ。こっちだ」
そんなこんなで僕はいくつかの呪文書と、装備を頂戴させてもらった。ローブは召喚士用のものにした。
僕は今レベル5。スキルは破壊魔法、変性魔法、錬金術。そして召喚魔法。どれもこれもスキルポイント1でとれる最低ランクのものだけど。
最初に攻撃と防御用に破壊と変性をとったあと、僕はなかなかレベルが上がらなくて段々と足手まといになっていった。
そしてレベル4になる頃には前線に出るのも厳しくなってたから、召喚獣に援護させて僕は隠れてようとしたんだ。
でもそれが間違いだった。ステータスの低い僕は最低ランクの召喚獣すら呼び出す事が出来ず、召喚スキルは完全な死にスキルになってしまった。
思えばあれが決定的だった気がする。その日を境に僕の立場は完全に荷物持ちになってしまった。
だけど、どうしても召喚士になりたくて。僕は毎日こっそりと習熟度の練習だけはしていた。
何も呼び出す事の出来ない、小さな小さな次元の穴を開いたり閉じたりしていた毎日。
分不相応な高位の装備を手に入れた今、付呪の力を借りて今ならアレが出来るかもしれない。
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「本当にすみません。こんな高価なものばかり頂いて……」
「いや、いいんだ。それと、もう一つ渡したいものがあるんだが……」
「首長」
と、そこでシモンさんが割って入った。
「あれは危険です。誤魔化さずにちゃんと説明した方が良い……」
「わ、わかっている。わかっているとも」
首長さんが狼狽している。そして僕は石牢のような地下室に案内された。
「う、これは……」
四隅には魔術師の人がそれぞれ立っていて、絶え間なく何かの魔法を発動している。
中央には祭壇。そこにある燭台の上に何か禍々しいものが置かれている。
首長さんが口を開いた。
「例の黒竜の角のかけらだ……ルーちゃんが一撃を加えた時に折れたものらしい。最初に素手で触った者は腕が真っ黒になってあっと言う間に呪われてしまった。強力な呪いの力を有していて、持ち帰るのに苦労したよ」
シモンさんが口を挟む。
「当初。俺が行ってお前の幼馴染だけ先に買い取ってくる予定だったんだ。ドラゴンがいつ戻ってくるかわからん状況でお前達に街を離れて欲しくないからな。だが、そこにこいつの問題が浮上した」
「破壊しようとしたんだが、武器破壊の効力があるようで傷1つつけられん。今は交代で封印しているが、あまりにも負担が大きい」
「首長はこの呪われた角をどこか遠くで始末して欲しいと願っている。ここに置いておけば、下手するとドラゴンを呼び寄せる事にもなりかねない。だが、どこでも良いと言う訳じゃないんだ。地面や水中に放置すればアンデットが大量発生するだろうし、邪教集団に魔法の触媒にでも使われたらとんでもない事になる」
「驚くべき事に、ルーちゃんはこれを素手で触っても平気なようだ。また、彼女が触っている間、呪いの効力がかき消されるらしい。すまないが今の我々の手には余るものだ。せめて宮廷魔術師のオシム師が目を覚ますまでの間だけでも、これを持って遠くへ行ってくれないだろうか」
「わ、わかりました……」
なんだかとんでもないものを引き受けてしまったかもしれなけど、色々してもらった手前、断りにくい。
僕はルーの方を振り返ると、彼女は眉毛を八の字にして僕の肩をポンと叩いた。
「頼んだゾ」
いや、だから君そっち側の人間じゃないからね。ややこしくなるからね!
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そして僕たちは街壁まで送ってもらった。
門の前には迎えの馬車が来ている。
「シアンから出る船は今、ドラゴンから逃げようとする人達で大混雑だ。反対にこっちに入ってくる船は一隻もない。だが特別に船を用意するよう、先に早馬で市長に使者を出している。向こうに着いてからの手配はシモンの指示に従ってくれ」
「え、シモンさんついてきてくれるんですか? 今、街の治安維持で大変な時じゃ……」
「それはそうなんだがな。だが、どちらにしろドラゴンに対抗できるのはお前達だけだ。今はお前の用事……と、言うより角の事がグリーンヒルにとって何よりも優先される」
「それにナ。ルーが言ったんダ。あの竜はヤベー。匂いを覚えられテ警戒されてルから、次同じ手使ったラ殺されるゾ」
「だ、そうだ……ドラゴンに対抗するにはお前のレベルアップが必須らしい。で、あれば俺は出来る限りのサポートをさせてもらうつもりだ」
「え、僕ですか?」
「……この子は戦闘に関する勘だけは時々鋭い。きっと何か意味があるんだろう」
え、なに。またルーが適当な事を……って思っていると、首長に肩を捕まれた。
「いいかい。ドラゴンの角の件が片付いたら一刻も早く戻ってきてくれ。じゃないと私は『ドラゴンは戻ってくるのか来ないのか。来たらどうするのか。我々は村に帰っていいのか』と言う、答えようのない質問に延々と延々と晒され続ける事になる。くれぐれも早く帰って来てくれ。頼んだぞ。本当に頼んだぞ」
肩を握る手に力が入る。首長の目が恐い。
「わ、わかりました」
「アルフさーん!」
と、そこへ聞き覚えのある声がする。
「エミリー」
「ハァ、ハァ……あ、あの。これ、うちで造った干しブドウです。良かったら道中で食べてください……」
差し出された袋を受け取る。
「ありがとう。大事に食べさせてもらうよ」
「あの。ご無事に帰ってきてくださいね……私、待ってますから」
エミリーが両手を合わせて、頬に寄せる。なんだろう。同じこと言われてるのに首長の時と全然嬉しさが違う。
「色々ありがとう! いってきます!」
「フフ、いってらっしゃい」
エミリーがひらひらと手を振る。あぁ、こういう奥ゆかしい子のこういう仕草って新鮮だ……
馬車に乗って手を振ると、ルーがいない事に気付く。
「ルー? いくよー?」
「…………なにしてるのダ?」
外を見るとルーは首を傾げていた。そして……
ガチャン! ガチャン! ビシッ ビシッ フワッ
馬と馬車を繋ぐ留め具を外したかと思うと、いきなり浮遊感に襲われた。まさか!
「アルフ! 掴まれぇっ!」
シモンさんが顔を真っ青にして叫ぶ。まさか、これまさか!
「じゃァ、イってきますなのダー!!」
ズドドドドドドドドドドドド!!
「うわぁぁぁぁぁ!」
ルーが馬車を担いで街道を爆走し、凄まじい勢いで景色が流れていく。
そして僕たちは北に向かった。
出会いに感謝して。そして、少しずつ確かなものへとなっていく決意を胸に……