首長の来訪
今作での回復魔法や回復ポーションの効果は、瞬時に全快したりするものではありません。
あくまで自然回復で治る怪我が早く治るだけで、部分欠損とかの怪我は治りません。
怪我の程度によって全治一週間とか一か月など、継続的にかける必要があります。
目が覚めると背の高い木造の天井。体の節々が痛んで酷く喉が渇いている。
お腹の辺りに圧迫感を感じて目を向けると、ルーが丸まって僕の上で寝ている。横方向に丸くなって寝てる姿がネコみたいだ。
激闘の後、僕は早馬ならぬ早ルーに街に向かってもらい、そのまま気を失った。
ドラゴンを撃退し、みんな疲れて動けないので救助隊を呼んできてくれと頼んで。
彼女が1人で事情を説明出来るか不安だったけど、言う事を聞いてくれなかったらその辺の岩をたたき割ってくれと頼んでおいた。
恐らくここはグリーンヒルの治療院のベッドなんだろう。と、言う事はルーは初めてのおつかいをちゃんと完了したんだ。う~ん。偉い!
さて、何かアクションを起こしたいのだけど、猫みたいな顔して丸くなって寝てるルーを起こすのがなんだか忍びない。
凄く頑張ってくれたし、まぁいっかと思ってしばらく寝かせておいてあげたんだ。
ガチャリ
「あっ!」
扉を開ける音がして振り向くと。治療師っぽい装飾の、白いローブを来た女の子と目が合った。
前髪が左目にかかった、肩ぐらいまでのピンクのショートヘアのおとなしそうな子だ。
「あ、アルフ様。良かった。お目覚めになったのですね!」
……様? 僕が返答に一瞬迷った隙に、女の子は踵を返して出ていってしまった。
と、思ったらほどなくしてコップと飲み物を持って戻ってきた。
「どうぞ。お水に少しだけ果汁を混ぜたものです。お体が衰弱しておりますので、ゆっくりとお飲みください」
「…………」
ありがとう、と言おうとしたけど喉を傷めそうだったので、軽く頭を下げる。
コップを受け取り、まるで口をゆすぐときのように口に含んで、噛みながらゆっくりゆっくりと流していく。
少しだけ鼻に抜けるリンゴの香り。注ぎ込まれる命の恵みが、カラカラの体に染み込んでいく。
「生き返りました。物凄く美味しいです。でも、もう少しもらっていいですか?」
「はい。もう少ししたら塩気のある麦粥をお持ちしますね。それと、敬語を使わなくても結構ですよ」
「え、えぇっと……」
「エミリーと申します。ここの治療院で働いております。あぁ、お目覚めになられて本当に良かったです。アルフ様は丸二日寝ていらしたのですよ」
「え……えぇっ!?」
翌日じゃなかったの! なんか時間が経過した感覚があんまりないんだけど……
「そ、そっか……でも、とりあえず街は無事なんだね」
「えぇ。アルフ様達のおかげです。それと、ルー様も……」
エミリーがルーの寝顔を覗き込んでクスクスと笑う。
「ルー様ったら昼間の間。ずーっとここでお昼寝してたんですよ。夜になるとフラフラとどこかにいくんですけど……」
「こんな子があのドラゴンを撃退しただなんて信じられないよね……やれやれ、偉大な獣を追い払わないと僕は起き上がる事も出来ないって訳か」
「フフ。いきなり難題がのしかかっちゃいましたね」
人差し指を口に当てて笑うその顔に、エミリーの優しくて親切な人柄がよく表れている。
彼女は他の人に知らせてくるからと言って、部屋を後にした。
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次に扉が開けられた時、僕はエミリーが帰ってきたのかと思っていたから、その人の姿を見て驚いた。
まるで王冠のような、大きな宝石の入ったサークレット。
上等なお召し物。肩には金のくさりでとめられた毛皮。腰には宝剣。
ここまで高貴な人なんてそうそういるもんじゃない。この人は、まさか……!
「やぁ、アルフ君。目が覚めたみたいで何よりだ。私はこの街の首長をやっているバルガスと言うものだ」
げぇっ! 街で、いや、この一帯で一番偉い人じゃないか。宮殿の玉座にいるはずなのに、なんでこんなところに!
「も、申し訳ありません。このような格好で! ルー! ルー! 早く起きて!」
「ヌー?」
ルーの背中をバンバン叩いて起こす。ルーは大きなアクビをした後で目を擦り、そのままペロペロと手の甲を舐めだした。
「失礼だぞルー! 早く! 早く降りて!」
背中を押すとルーがスルりと地面に降りる。
急いでベッドから降りて片膝をつこうとすると……
「いや、いい! 気にしなくていいんだ! 楽にしておいてくれ。なんと言っても大事な体だ」
なんて言う事だろう。相手は合図1つで僕を一章牢屋にぶちこんでしまえるような人だ。
あろうことかその人が。僕の肩に直々に手をかけて、ベッドに寝かし直してしまったんだから。
「驚かせて悪かったな。なに、困らせにきた訳じゃないんだ。ただ、どうしてもお礼を……ん?」
次の瞬間。僕の背筋が凍りついた。
なんだ? あの子は一体何をやっている?
あぁ、神様。どうか見間違いであってください。
ナンデ?
ナンデ
ルー が
首長のお尻をスンスン嗅いでるんだ?
「スンスン。スン……アっ!? クサッ!」
次の瞬間、ルーが片目を閉じて顔を背けた。
草? 草なんて生えてないぞどこにも。
頭をフル回転させる僕に、絶望の鎌が振り下ろされる。
「くっサ! ゲロ以下の臭いがプンプンするのダ」
…………終わった…………
もうこれをどう解釈しても「臭い」以外の結論にもっていきようがない。
「お、お助け下さい! 子供の罪は保護者の責任! 僕が如何様な処罰も受けます。ですからこの子は! この子の命だけは!」
僕は転がるようにベッドから降りて、床に頭を何度も打ち付ける。
「やめろ! 落ち着きなさい! 大丈夫だから! 落ち着け。落ち着きなさいっての! ちょ、誰か。誰かぁ!!」
「アルフ様! おやめください!」
「大丈夫です。大丈夫ですから!」
エミリーともう一人、知らない治癒術師さんが入ってきて僕は取り押さえられた。
「ハァ、ハァ……は、話を聞いてくれ。私は君たちを罪に問うつもりなどない。ドラゴン退治の英雄にそんな事をしたら、私は首長の座を追われてしまうだろう」
途中にエミリーの説明を挟みながら、僕は首長のお話を伺った。
要約すると。今回ドラゴンを撃退した際のルーの働きが、格別多大な功績としてグリーンヒルに認められているらしい。ついでに僕にも格別の恩賞が与えられるそうだ。
また、僕が急いでクセルに帰りたがっていた事をルーから聞いていたらしい。体調が治り次第、簡単な表彰だけ済ませて帰路の手配を手伝ってくれるそうだ。
「お話はお伺いしました。およそ信じられない話ですが、首長直々にいらっしゃったのですから、信じない訳にはまいりません。身に余る光栄です」
「あぁ、驚かせて悪かったな……で、どうする? 今後の日程は。君の体調次第だが……」
僕は自分の掌を見つめる。起き上がった直後よりは大分体が動くようになっている。
ただでさえ丸二日も寝ていたんだ。これ以上時間を無駄にする訳にはいかない。
「……大丈夫です。よろしければ今日中に発とうかと」
「そうか……正直、まだ君たちに街を離れて欲しくはない。だが、どうしても事情があるんだろう? わかった。今回は君の都合を優先させてもらう。だが、その前に渡したいものがあるから一度だけ宮殿に来てくれ」
そう言って首長が踵を返す。
「あの、首長!」
「どうした?」
「ルーが……失礼しました……」
「フッ……気にしてないよ」
首長はそう言ってウィンクしてから扉をくぐっていった。
でも僕は見てしまったんだ。
首長が去り際に、自分の腕をクンクン嗅いでいたのを……