新しい風
そして僕たちは朝を迎えた。夜のうちに降った雨が上がり、草場から透明な丸い滴が零れ落ちる。
空は青く、雲は高く。境目のクッキリしたコントラストが、どこか清々しい。
身支度と言っても、手荷物なんて何もない。怪鳥にさらわれた時の着の身着のまま、リュックとポーチがあるだけ。
「さ、いこうか」
「ア、ちょっとまってクれー!」
ルーはそう言って後ろに向かって振り返ると
「長いあいダ。どうもお世話になりましタ」
パンパンと手を叩いて、洞窟に向かって頭を下げるルー。なにか、この子独自の儀式だろうか。ひょっとするとあの村の……
意味はわからなかったけど、どこか厳かな気がしたので、つられて同じ動作をする。
「お世話になりました」
移動はルーがおぶっていってくれるそうだ。本当は少し恥ずかしいけど、もうそこまで駄々をこねる赤ん坊じゃない。昨日までとは違うんだ。
ただ、どうしても……ルーが僕より小さいので。なんだかいかがわしいしがみつきかたになってしまうのが気恥ずかしくはあったけど。
「ヨし、シュっぱーつ!」
ルーが人差し指を前に突き上げて走り出す。人1人おぶっている事が信じられないような軽やかさで。
デコボコの根っこも。絡みつくような草葉も。あちこちにあるクモの巣も。ルーの俊敏な動きの前には何の意味もなさない。
やがてスピードが上がると共に、走り抜けるフィールドはデコボコの地面から木々の枝へと変わって徐々に高度を上げていく。
広葉の層に突入すると、視界がノイズみたいになった。バサバサバサバサと言う、音と振動だけの時間。そして……
バサァっ……
ひと際大きな枝をしならせてルーが跳ぶと、あの巨大な木々の背を超えて大空へと放り出された。
凄まじい上方向への加速は、それを僕に理解する間も与えずにゼロに近づき、一瞬だけ体の重力が全て消えて無くなる。
まるで時が止まったかのようにまるい世界。僕はあの時のことを今でも鮮明に覚えている。
空の青も、眼下の緑も。近くは大きく。遠くは小さく。あんなに世界がまるいと感じた事は生涯ただの一度もない。
そして僕たちは森の天井を走り抜けた。まるで雲の上を駆け抜ける狼のように。
「ナー! アルフ」
「ん?」
「キもちイーナー!!」
「…………うん!」
前を向くと「もっと食えよ」と言わんばかりに、無理矢理に空気が口の中に入り込んでくる。
別に匂いが違うとかそういう訳じゃないけど、確かにこれは僕が今まで吸った事のない「新しい空気」だった。
この子と一緒ならなんだって出来そうな気がする。
……そうして僕たちの……冒険がはじまったんだ!
第一章完です。お読みくださりありがとうございます。展開遅くてすいません。
たくさんのブクマ、評価、感想。本当にありがとうございます。