第八話 覚醒
背後から、何度も衝撃が駆け抜けていく。
カサンドラとデビルゾンビの戦いは激しく、俺では役不足としか言いようがないほどの高次元の戦いを繰り広げていた。
戦いはカサンドラの方が優勢だが、相手はゾンビ。有効な攻撃手段が無いカサンドラでは、デビルゾンビを倒せない。
モモが援護に入れれば良いのだが、マジックゾンビが”神聖魔法”に対抗するために階下でスタンバイしているし、下手に動けばブラックハートにその隙を狙われる。
俺達の戦いは、膠着状態に突入してしまった。
現状をもっとも変えうるのは、俺とブラックハートの睨み合いだ。それも、悪い方に。
ブラックハートはゾンビの上位種。対する俺は、ただの人間にすぎない。
俺がやられたら、向こうに流れが傾く。
「俺がなんとかしないとな」
こういう時ほど心を沈め、焦らず、気負い無く行動する必要がある。
急かせるために罵声を浴びせるのは、無能の証拠。焦らせてパフォーマンスを下げてしまっては意味が無い。
右手に持った”浄化の木刀”を構える。
盾を括りつけた左腕に、リングボックスから聖水入りの瓶を取り出し、隠し持つ。
ブラックハートが杖を振り回して襲ってきた。
ゾンビの馬鹿力はまともに受けられない。盾の”衝撃”で弾かないと、武器が破壊されてしまうだろう。
”衝撃の盾”で杖を弾きながら、そのまま前に出る!
無理矢理懐に飛び込んで、木刀を突き出す。
『グウ!!』
横に躱されてしまうが、”浄化の木刀”の先っぽがブラックハートの胸の黒い石にかすった。
それだけで随分苦しんでいる。
木刀が触れた辺りが溶けているな。弱点なのか? 少なくとも、あの石もゾンビの特性を持っているようだ。
『アル……ジニ……アタ……ラレタ……シン……ゾ……ヲ……ヨク……モ』
更に上位種が居るようなことを仄めかすんじゃねえよ!!嫌な事実を知ってしまったじゃねえか! ……知らないよりはマシだけどな!
「があ!」
カサンドラの悲鳴が聞こえたと思ったら、ガン! カン! コン! コロンコロンと目の前に、暗黒騎士の兜が転がってきた。
兜には、鋭い傷跡が二本刻まれていた。
カサンドラの状態をこの目で確かめたいが、ブラックハートから目を離すわけにはいかない!
焦る気持ちを押さえつけて、目の前のゾンビと対峙する。
「……まともに闘っても、勝ち目はないか」
一つの諦めが胸をよぎった。
木刀に暗黒騎士の兜を引っ掛け、ブラックハートに放り投げる。
兜の影から、聖水を盾の”衝撃”でばらまく。
『デ……リート……』
巨大な球体が現れ、兜も聖水も、球体に触れた途端消滅してしまった。
『コ……ザイク……ヲ』
人格があるせいか、俺たちをなめている気がする。なら、つけいる隙はある!
俺は走り出し、周りに落ちている甲冑を次々とブラックハートに放り投げる。モモのホーミングレイによって倒された、甲冑ゾンビの装備品だ。
時折聖水の弾丸を混ぜることで、先程の魔法を連続使用させる。
『ネ……ライ……ハ……マリョ……ク……ギレ……カ……? ムダ……ダ』
勝手にそう思っていろ。
何度繰り返しただろうか。ブラックハートの目が、唖然としたものに変わる。
『イツ……ノ……マニ……!』
奴の目には、”浄化の木刀”でぶった切られたデビルゾンビの姿が映っているだろう。
奴自身の魔法で視界を塞いでいる間に、カサンドラに”浄化の木刀”を手渡し、形成を逆転させたのだ。
元々優勢だったのだから、倒す手段さえ与えてしまえば、カサンドラが勝つのが道理!
「うてあdいvg」
「ホーミングレイ!」
マジックゾンビがモモに”暗黒魔法”を放つ。モモがカウンターでホーリーランスを放ち、マジックゾンビは消滅。
マジックゾンビの魔法は、”賢者の杖”による”魔法障壁”で防がれた。
俺がブラックハートに勝つのを諦めたことで、俺達の勝機を引き寄せる事が出来たのだ。
……やっぱり、俺が一番役立たずかもしれないな。
『キ……サマ……ラ……!』
その言葉を残して、ブラックハートは魔法陣の中に姿を消した。
「フーーー。勝ったのですね、奴らに」
カサンドラが、心底安堵したという顔をする。ポニーテールにされたくせっ毛のある黒髪が、汗で顔に張り付いて色っぽく見えるな。
段々、カサンドラに女を感じるようになってきている。若返った肉体が、節操無しになろうとしているのだろうか?
「ヒール」
モモがカサンドラの頭を治療する。よく見ると、わずかに出血していた。そんなカサンドラの姿も、凛々しくて美しい。
……変態なのに。
「二人とも疲れただろう。今日は鍛冶屋に戻って、ゆっくり休もう」
笑顔のカサンドラから木刀を受け取り、屋敷を出る。
ゾワッと、怖気が走った!
慌てて空を見上げると、巨大な魔法陣の中心にブラックハートが浮かんでいた。
『ホ……ロべ……ニン……ゲン!』
巨大な魔法陣から、巨躯の生物が姿を現す。
体はボロボロで、腐っていた。
鋭い爪を生やした四肢に、体より何倍も大きい双翼。その姿は、空想上の生物として多くの人々を魅了した存在に酷似している。
「ダークドラゴンの……ゾンビ……」
カサンドラの言葉に、我に返った。
屋敷と同等か、それ以上の巨躯の腐ったドラゴンが、俺達に目を向ける。
『カナ……ラズ……コロ……セ』
再び、ブラックハートは姿を消した。
「……カサンドラ、”浄化の木刀”を貸す」
「……意味ないですね。あの巨体にダメージを与えるなら”暗黒剣術”でないと無理ですが、木刀で放っても、”暗黒剣術”に浄化の属性は付与されません」
「……決定打を与えられるのは、私だけという事ですね」
モモの言うとおりだった。
ダークドラゴンゾンビが、屋敷が建っている場所へ降り立つ。
「走れ!」
衝撃で屋敷は倒壊。間一髪で下敷きにならずにすんだ。
ダークドラゴンゾンビがこちらを睨む。
俺達を逃がす気はなさそうだ。
「俺とカサンドラで隙を作るぞ! モモ、後は頼む!」
「承りました!」
まず、俺が二人から離れ、側面を周りながら聖水の弾丸をドラゴンにぶつける。
ジュウウウという音と煙を全身から発しているが、巨躯のせいであまり効果的とは言えない。
さらに身体が蠢き、ボタボタと血肉を落とし、あっという間に再生する。
落ちた血肉は、聖水が触れた箇所なのだろう。再生するために体の一部を切り離したのか。
「ダーーークネス、シャウトーーーーーー!!」
今朝よりも巨大な闇が、ダークドラゴンゾンビの巨躯を呑み込む。
「モモ殿!」
「“神聖魔法”、ジャッジメント!」
体の大半を吹き飛ばされたダークドラゴンゾンビが再生する前に、光の柱が黒竜を包み込んだ。
「やった!」
光が消えると、ダークドラゴンゾンビは跡形も無く消滅していた。
「クロウ殿!」
カサンドラの胸の中には、モモが辛そうな顔で倒れていた!
「モモ! 大丈夫か!」
「……大丈夫……です。……魔力を……使い切った……だけです……」
モモが気を失う。
「暫く休めば大丈夫です。目を覚ませば、モモ殿の魔力総量が上がっているでしょう」
「カサンドラ、お前もご苦労だった。安全な所に移動して、一緒に休もう」
すぐに移動しないと、ゾンビが集まって来るからな。”結界石”を使うという選択肢もあるが、ブラックハートが戻ってくる可能性もある。
一番疲労していない俺が、モモをお姫様抱っこする。
「クロウ殿!!」
突然、カサンドラに突き飛ばされた!?
瞬間、カサンドラの身体が光りに呑み込まれ――。
「………………へ?」
……今、何が起きた? ……カサンドラはどうなった?
「……カサンドラ? カサンドラ。 ……カサンドラ! カサンドラ!!」
なんで、返事がないんだ! 何度見渡しても、彼女の姿が見当たらない!!
……見えるのは瓦礫の山と、先程の光が生み出したであろう破壊跡のみ。
ガラッ!
「カサンドラ! 無事……か………………」
瓦礫を押しのけて現れたのは、ダークドラゴンゾンビだった。先程までの巨躯ではなく、俺よりも少し大きい程度の。
モモの魔法で消滅したはず! なんで!?
目の前の黒竜の体に、黒い液体のようなものが集まっていく。
「…………まさか、カサンドラが吹き飛ばした肉片の集合体?」
カサンドラの一撃で吹き飛ばされた体の一部が、ジャッジメントの効果範囲外にあっても不思議じゃない。
ゾンビが、ここを中心に集まってきている。
震える手で”結界石”に魔力を込めて、結界を張る。
カサンドラの喪失感で折れそうな心を、モモだけでも守らなければという使命感で、なんとか支えているのが分かる。
ゾンビ共が俺達を無視して、ダークドラゴンゾンビに近付いていく。黒竜が奴らを統率しているらしい。
何百体もの人ゾンビが集まり、ダークドラゴンゾンビに取り込まれていく。
全てのゾンビを吸収する頃には、かつての巨躯に近いデカさになっていた。
終わった。
モモも、カサンドラも、ロラちゃんとの約束も守れなかった。
『ギャアアsっdfgjvfっgxfっcう゛ぃjhy』
奇怪な声を発したドラゴンの口の奥に、光が宿るのが見えた。
見覚えのある光だ。カサンドラを消し飛ばした…………光。
「オーーマエカーーーーーーーー-!!!!!!」
トカゲごときが! 俺のカサンドラを殺してんじゃねええええええよおおおおおおおおおおお!!!
胸の内を、ドス黒い火が満たしていくのが分かる。身体は熱く、心が冷める。
こんな世界、滅べば良いのに。
「あの日も、同じ事を思ったな」
狂気が滲んだ笑みを浮かべているのが分かる。
「トカゲが生意気にも、この俺に向かって来るというのか?」
腐れトカゲの、口内の光が増大していく。
「本当に生意気だな」
全身を駆け巡る魔力を、右手に集中させる。
モモを降ろして寝かせ、結界の外に出る。俺の魔力で作られた結界のため、俺は自由に出入りが可能だ。
腐れトカゲが、膨大な光を放つ。
俺は魔力を集めた右手を突き出し、俺の背後だけを守る。
光が放たれた後は、爆心地のような有様だ。別にどうでも良いことだが。
「じゃあな」
身体はさらに熱く、心は益々冷えていく。
「“魔王法術”、ディストラクション」
腐れトカゲの巨躯が一瞬で、静かに、虚無の球体に飲まれて消滅した。
身体の熱が冷め、心に風が吹き込んできた気がした。
★
……いつの間にか、気を失っていたのか。
意識がゆっくりと覚醒していくのが分かる。
ぼやけた視界で分かるのは、天井の下に居るという事くらいか。
「クロウ殿、目が覚めましたね」
「…………カサンドラ?」
後頭部の柔らかい感触は、カサンドラの太股? 俺は今、膝枕をされているのか。
「ベッドが一つしかなかったので、モモ殿をそちらに寝かせました。床に毛布を敷きましたが、背中、痛いですか?」
「…………いや、大丈夫だ」
何か、大事な事を忘れているような?
「私が目を覚ましたとき、巨大なクレーターのそばにお二人が倒れていたので驚きました。いったい何が起きたのですか?」
何が? なにって………………。
「カサンドラ!! お前……生きてたのか」
そうだ! 俺はてっきり、カサンドラが死んだと思い込んで!
「鎧が大分壊れてしまいましたが、この通りピンピンしていますよ! って、おわ!?」
無理矢理起き上がったため、バランスを崩して、カサンドラを押し倒す形になってしまった。
感情に身体が着いてこない。肉体の使い方を忘れてしまったかのようだ。
「……クロウ殿……あの……」
「スマン、動けなくなった」
「し、仕方ないのでは! 仕方ないですね!」
何を言っているんだ。
……それにしても。
「……生きてて良かった……本当に……良かった」
涙が溢れて、カサンドラの顔を濡らしていく。動けないから、涙が落ちるのを止めることが出来ないのが恥ずかしい。
「クロウ殿……家族以外で、こんなに心配されたのは初めてです……心配させて申し訳ありません。そして、心配してくれてありがとうございます」
カサンドラが可愛い。こんなに、可愛らしい女だっただろうか。
「……ここは、倫理が崩壊した世界」
ロラちゃんが言っていた言葉が頭をよぎる。
「カサンドラ、お前は俺の所有物だよな?」
「ハイ…………カサンドラの全ては、ご主人様のものです」
女神様が好きにして良いと言ったんだ。なら、好きにさせてもらう!
俺が顔を近付けると、察したのかカサンドラも顔を寄せてきた。
唇がゆっくりと触れ合う。
伝わってきた柔らかさと温かさに理性が飛び去り、獣のようなキスに変わる。唇を貪り、舌を絡める段階にあっという間に突入していく。
カサンドラが生きている。これは夢じゃないと、もっと実感したい!
キスを繰り返しているうちに身体が動くようになり、オスの反応が生じる。
カサンドラの格好は、鎧の下に着ていた下着姿だった。
下着に指を掛け、脱がしていく。
「……ご主人様、身体を拭いてからにしましょう♡」
「……そうだな」
腐臭漂う場所で闘っていたのだ。身体を清める事で、互いを病気から守らないと。
交代で身体を拭きあいっこする。遠慮なく隅々まで拭く。カサンドラの耳の裏から胸の下まで、肌を傷めないよう丁寧に。
綺麗な毛布をリングボックスから出し、その上でカサンドラの身体を激しく味わう!
生きているカサンドラの体温を、匂いを、心を、女を、俺の中に刻み付けるために。