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第五話 マジックゾンビ

 カサンドラを奴隷にしてから、一夜が明けた。


 ベッドの上で、裸の俺にモモが裸で抱き付いている。

 モモの温もりと柔らかさが伝わってくる。

 残念なのは、モモの匂いを感じられないことだ。かと言って、クリアエアを解いてしまうと、身体に害を成すほどの悪臭を肺に取り込むことになってしまう。


 カサンドラは部屋の脇に立っている。いや、立たされている。

 彼女の装備は全て返した。今兜は被っていないが、”暗黒騎士の鎧”を装着している。背中からは暗黒騎士の大剣が見え隠れしていた。


 壁からは、微かに朝日が差し込んでいる。


「……クロウ殿、これはあんまりではないか」

「なにがだ?」

「目の前であんなものを見せられて、何もされない私ってなに! 私、奴隷ですよ! 何されたって文句を言う権利が無い存在ですよ!」


「お前、俺に抱かれたかったのか?」


「そ、そそそそ、そんなんじゃねえし! 目の前で自分より若い二人がそんなことしてるの見てこ、ここここ、興奮なんてしねえし! た、たださぁあ、流れ的に私もなのかなあってさぁあ、思っちゃったりしちゃったりしたりしてなくもなくううぅぅぅぅ………………」


 表情が羞恥に染まるどころか、だらしなく緩んでいく。

 …………こいつ、本物だ。

 見た目は、相当な美人なんだけれどな。格好いいと綺麗を両立したお姉様って感じだ。


「俺は、愛してる女しか抱く気はないから」


 誰とでもヤれるという男は、ヤりたいだけだから。八十七年生きてきた男が見付けた真理だから。


「そもそも、俺とモモが無防備な時の護衛が欲しくて、お前をスカウトしたんだぞ」

「まさか、情事の見張り役をさせるためだったとは。くっ! 殺せ!」


 生くっころって…………良いな。なんかグッと来た。


 抱かないけどな。


「モモ、起きろ。今日は野菜を手に入れるぞ」

「うーーーん、ご主人様、もうちょっとだけ寝かせて下さい」

「ダメだ、いつ野菜が駄目になるか分からない」


 起きそうにないな。仕方ない、濡れた布でモモの身体を拭いてやるか。


「これは、奴隷と主人が逆転しているのでは?」

「良いんだよ、俺はモモを、奴隷だなんて思ってないからな」

「わ、私は?」

「奴隷だろ?」

「この差はなんなんだ!?」


 愉快なやつだな、こいつは。


「カサンドラがこの町に来たのは、昨日の明け方なんだな」

「ハイ、その通りです」


 なら、三日前に見た煙は、カサンドラとは関係ないのか。

 おっ、モモはこんな所にほくろがあるんだな。


「……こいつら、ゾンビ溢れる町で夫婦生活を満喫してやがる」


 カサンドラが何か言っているが、今はモモの身体を綺麗にする方が大切だ。


「ご主人様、好き♡」


 やっぱり、モモは可愛いなあ。



           ★



 簡単な朝食。昨日のスープに蒸留酒を入れて煮込んだ物を食べてから、町外れに来た。


 昨日、カサンドラはこの町に入る際、畑を見付けていた。

 ゾンビに囲まれたため、自分で野菜を回収する余裕が無かったらしい。


 カサンドラが言っていた通り、畑は荒れていたが、野菜が多く実っていた。

 少しタイミングがズレていたら、収穫するのは無理だっただろう。

 

「カサンドラ、こいつを預ける!」


 木刀を投げ渡した。


「これは?」

「”浄化の木刀”だ。ゾンビを浄化できる。後、聖水も渡しておく」


 カサンドラに聖水入りのビンを四本渡す。


「……宜しいのですか? 貴重な浄化属性武器を渡して? 聖水まで……」


 カサンドラが、変なものでも見るような目を向けてくる。


「貸すだけだ。俺は収穫に集中したいし、お前の方が武芸に優れているだろう」

「適材適所というわけですか」

「そういうことだ。浄化武器はそれしか無いから、大切に使えよ」

「へ? …………唯一の有効武器じゃないですか!私、奴隷ですよ! 魔族ですよ!?」

「ああ、そういうの良いから。面倒くさい」

「面倒くさいって……」


 じじいになると、大抵のことがどうでも良くなるんだよ。というか、まともに変態の相手をしたくない。



            ★



 収穫中、散発的にゾンビが襲ってきたが、全てカサンドラが撃退していた。

 終始、ゾンビを倒した事ではしゃいでいたな。


「腐れゾンビ共が! ざまあ見ろ!」


 よっぽど鬱憤が溜まっていたようだ…………ゾンビに対して。


 広大な畑を端から端まで探索したため、量も種類も沢山手に入った。ただ、畑になっていた野菜のほとんどが腐っていたり、病気だったりで、食べられないものの方が多かった。


 向こうの世界で食べていた物に比べれば、形は悪いし、味も落ちるだろう。


 栄養価だけなら、現代の大量生産品よりも高いだろうが。


 収穫にはまだ早い物も取った。マズくても、食わないと生きていけない。

 だが、一番の収穫は種が手に入った事だな。


「モモ、ジャガイモで試してみてくれ」


 四つに切ったジャガイモを土に埋める。


「では、いきます。”植物魔法”! グロース!」


 ジャガイモを植えた場所から、緑の茎や葉が生えてくる。

 あっという間に花が咲き、枯れ、茎や葉が黄色くなる。


「ストップだ!」


 俺の合図でモモが魔法を止める。

 土を掘って、四つの茎の下からジャガイモを収獲する。

 ほんの十数秒で一個のジャガイモが五十個以上に増えた。


 これは、土地が死ぬわけだ。魔法で成長させた後の土は、聞いていたとおりサラサラの砂漠の砂のようになっていた。栄養を吸い尽くしたんだな。


 モモの”植物魔法”と種さえ有れば、飢える心配はほぼ無くなるが、土地に深刻なダメージを与える事になる。”植物魔法”は多用しない方が良さそうだ。


「モモ殿はドライアドだったのですね。道理で、”神聖魔法”を使えるわけだ」


 魔族にとっても、ドライアドは危険な種族という認識なのか?


「私の先祖が、飢饉の際にドライアドに助けられたという話を聞いたことがあります。その時の恩義、先祖に変わってお返しいたしましょう、モモ殿!」

「えっ? はあ、えーと、よろしくお願いします?」


 話についていけず、モモが混乱している。


「カサンドラは、ドライアドに対して悪いイメージは無いのか?」

「ありませんけど?」


 横目に、モモが安堵しているのが見えた。


「日が傾き始めている。急いで家に戻ろう」


 俺も、カサンドラを迎え入れた事に少しだけ安心した。


 

            ★



 帰り道、辺りを警戒しながら歩く。

 先程からゾンビとまったく遭遇しない。


 ……前にもこんな事があったよな?


「カサンドラ、ゾンビの気配は?」

「半径十メートル以内には居ませんね……どうかしたのですか?」


 やはり、探知能力はカサンドラが一番高いな。

 だけど……。


「ゾンビを統率するゾンビに、遭遇したことはあるか?」

「……そんなものが存在するのですか?」


 カサンドラに心当たりは無いのか。


 嫌な予感が強くなってきた!


「モモ! 出来るだけ広範囲を浄化しろ!」

「サンクチュアリ!!」


 モモから光が拡がり、辺り一面を浄化していく。


 ジュウウウという、焦げるような音。


「「「アーー!」」」


 三、四メートル先で煙が上がり、ゾンビが消滅していくのが見えた。


「そんな!!」


 自身の索敵能力を信頼していたのだろう、カサンドラがショックを受けている。


「さすがご主人様です♡」

「偶然だけどな! カサンドラ! 近くに知能を持ったゾンビが居るはずだ! 最優先で探せ!」


 知能持ちは厄介だ! 逃がすわけにはいかない。

 ゾンビの気配なのか、姿なのか分からないが、いずれにしろ、存在を隠蔽する力を持ったやつが居るのは間違いない。


「ご主人様! あれ!」


 モモが指さす方角に、サンクチュアリの効果範囲内に居たにも関わらず、消滅していないゾンビが居る!?


「あれは、魔法使い?」


 カサンドラの言うとおり、厳かなローブに杖を持った魔法使いゾンビ……マジックゾンビが居た。


 マジックゾンビが杖を振るうと、火炎弾が放たれる。


「ゾンビが”火魔法”とは!? ここはお任せを!」


 全身を甲冑に身を包んだカサンドラが、大剣で火炎弾を薙ぎ払う!


 凄いな! これが暗黒騎士の力!


「ホーリーランス!」


 モモの手の平から、光の槍がマジックゾンビに向かって高速で飛んでいく。


『アyvdrwニxg』


 ”言語理解”を持つ俺にも理解できない言葉を発すると、黒い円が現れ、光の槍を消滅させる!?


「暗黒魔法だと! まさか、同胞なのか!?」


 カサンドラが困惑しながらも、俺達を庇うように前に出る。

 闇の力は、魔の女神に属する証。なんらかの理由で闇に墜ちた場合を除けば、カサンドラの同胞ということになる。


「クロウ殿、ゾンビが集まってきています!」


 時間は掛けていられないか。


「モモ、広範囲にもう一度サンクチュアリを頼む! カサンドラはモモから離れるな!」


 もう一度、先程の規模でサンクチュアリを使えば、モモは動けなくなるかもしれない。

 なら、サンクチュアリによってダメージを受けたスキを突くべきなのは俺だ。

 俺には、鉄製の武器をまともに振り回せるほどの膂力が無い。木刀をカサンドラに貸してしまったら、モモを守る手段が俺には無くなってしまう。だったら、カサンドラをモモの護衛に当てるべきだ。

 向こうも、モモが一番危険だと認識しているはずだからな。最悪、俺とカサンドラを無視して、魔法でモモを狙って来る可能性もある。


「いきます! サンクチュアリ!」


 光が拡がると同時に駆ける。


 ローブを盾にして光に耐えたマジックゾンビ。

 集まってきたゾンビは光によって一掃された。

 あのローブは使えるかもしれないな。俺達が貰ってやる!


 木刀を振り下ろすが、杖で防がれる。

 ビクともしない! ゾンビに力では勝てないか!

 

「だが、終わりだ!」


 瓶の蓋を片手で外し、中身をマジックゾンビにぶっかける。


『ぐうううううああああああああああああああ!!!?』


 獣、いや、悪魔の咆哮だろうか。この世のものとは思えない声が響く。

 やがて、マジックゾンビの身体が溶けていき、ローブと杖だけが残った。


 モモに聖水を造って貰っておいて良かった。


 ローブと杖をリングボックスに回収し、急いでモモ達の所に戻る。


 予想どうり、モモが疲れて座り込んでいた。

 魔力を使いすぎて辛いのだろう、浅い呼吸を繰り返すばかりで一言も喋らない。


「俺が鍛冶屋までモモを運ぶ。頼んだぞ、カサンドラ」


 言いながら、木刀をカサンドラに預ける。


「契約したとはいえ、貴方は私を信用しすぎです」


 そう言うカサンドラの顔は、嬉しそうに見える。


「そっちの方が可愛いぞ、カサンドラ」

「…………年下のくせに、からかうんじゃないわよ」


 モジモジし出した……なんか面倒くさい。

 モモをお姫様抱っこして、帰路を急ぐ。



           ★



 寝室に着くと、部屋の中をカサンドラに確認して貰った。

 ゾンビはいなかったので、モモをベッドに寝かせる。

 モモが魔法を使える状態ではないため、建物の中を浄化出来ない。

 俺達が留守だった数時間の間に、ゾンビが進入している可能性もある。


「クロウ殿、”結界石”を使います。数は四つだけですが」

「持っていたのか。いや、当然か」


 結界石無しで、一人旅は無理だ。旅の必需品だから手に入れておけと、ロラちゃんに言われていたが、旅装屋に無かったんだよな。

 誰かが持っていったのかもしれない。ゾンビから安全を確保出来る、数少ない手段だからな。


 黒い卵形の石に魔力を込めて、カサンドラが四方に置いていく。

 ”結界石”に込めた魔力が無くなるまでは、結界が保たれる。


「ただのゾンビなら、四つで十分なのですが……」


 結界石の数が多ければ多いほど、結界の強度が増す。

 四つでは、強力な魔法を防げる程ではないのだろう。


「”結界石”を集めておいた方が良いな。モモの負担を少しでも減らさないと」


 ”神聖魔法”がゾンビ相手に有効すぎて、つい頼りにしてしまっている。


「貴族や軍なら、”結界石”を一定数確保しているはずです」

「……明日は、一番大きな屋敷に行ってみるか」


 はっきり言えば、俺が一番戦力外なんだよな。まだ、魔王の力は使えないし。


「今日はゆっくり休もう。見張りは俺がやるから、カサンドラは先に休んでくれ」

「奴隷である私が見張るべきでは?」

「お前は俺より寝てないだろう。ベッド使って良いから、早く休め」


 今後について思考を巡らそうと、目をつぶった瞬間、頬に柔らかい感触がした。


「お休みなさい、素敵なご主人様♡」


 いつもよりも女を感じさせる声で呟いたカサンドラに、一瞬ドキッとしてしまう。

 カサンドラは何事も無かったように、下着姿になって、モモが寝ているベッドの片側に横になった。

 すぐに寝息が聞こえてくる。


 一瞬で寝るなんて、さすがに場数を踏んでいるな。俺はモモと抱き合っていないと、安心して寝れそうにない。


 俺は一人で、今日手に入れた野菜の整理をする事にした。”アイテム袋”ごとに同じ野菜を入れ、リングボックスに収納していく。

 次に、数日分の非常食と酒をモモとカサンドラのアイテム袋に入れておく。

 万が一、はぐれたときの事を考えて食糧を分けて置きたかったのだ。


 更に、マジックゾンビからドロップしたアイテムを確認する。


〔神聖なローブ〕


⚫魔力回復効果(中) ⚫光耐性(大) 

⚫温度調整 ⚫衣服再生 ⚫疲労軽減(中)



〔賢者の杖〕


⚫魔法増強(小) ⚫肉体再生(小)

⚫魔法障壁


 あのゾンビ、魔族側なのに魔族っぽくない装備を使っていたのか。

 まさか、ゾンビの弱点をカバーするために、敢えて装備を変えたのか?


 嫌な疑問が、次から次へと湧いてくる。


 …………早く、二人とお喋りがしたい。


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