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第四話 暗黒騎士カサンドラ

 こっちの世界に来てから、一番疲れているかもしれない。

 身体に反して、胸の内はとても満たされていた。

 俺の腕の中で眠る少女を見る。

 たった一日で、俺と彼女の関係は一変した。庇護すべき少女から、愛しい伴侶へと。

 

 部屋の壁からは徐々に朝日が入り込む。


「ご主人様、おはようございます」

「おはよう、モモ」


 いつの間にか、目を覚ましていたようだ。

 今、彼女の感触を隔てる物は何も無い。


「もう少し、こうしていたいです」

「ダメだ、生き残るために行動しないと」

「……いつか、いつかご主人様の子供を産んでも良いですか?」

「良いよ。安全な場所を確保したら、一緒に育てよう」

「ご主人様、愛しています♡」


 モモが腹の上に乗る。綺麗な裸体が視界を埋め尽くす。


「モモ?」

「一回だけ、一回だけですから」


 そんな目で懇願してくるな! 断れなくなるだろ!


 ドオオンンンン!!! という轟音と地鳴りが響く!?


 即座に二人とも服を着た。


「モモ、聖水の方は?」

「八本、全て完成しています」

「四本ずつで分けよう」


 音の発生源は遠くない。

 音の大きさと揺れからして、かなりのエネルギーが働いたはずだ。


「モモ、原因を確かめるぞ!」

「ハイ、ご主人様!」



            ★   



 音が聞こえてきたのは、二日前に煙りが立っていた辺りだろうか?


 暫く歩くと、ゾンビが二十前後集まっていた。その辺りには、真新しい破壊痕がある。


「大型のモンスターが居たわけじゃなさそうですね」


 言われて見れば、大型の生物が移動した形跡が地面や建物に無い。飛行能力を持っていれば話しは変わってくるだろうが。


「もう移動した後のようだな」


 人であったとしても味方とは限らない。

 だが、そいつが存在する事によって、ゾンビのターゲットが分散されるなら好都合だ。


「モモ、目の前のゾンビを一掃してくれ」

「サンクチュアリ!」


 俺には女神権限で、ゾンビを倒すたびにZP(ゾンビポイント)が手に入る。

 今のところは役に立たないが、溜めておけば後で役に立つ事は分かっている。

 ちなみに、モモが倒した分も加算される。リングボックスに“鑑定”を使用するとポイントが表示されるので、間違いない。


 おそらく、モモが俺の奴隷だからだろう。


 ゾンビの強さによって、手に入るポイントは変わってくるらしい。


 ここで暴れたやつがどこへ行ったか分からないため、これ以上気にしていても仕方がない。


「注意しながら使えそうな物、食べられそうな物を探そう」



            ★



 起きてから二、三時間が経っただろうか。

 聖水に使えそうな瓶を大量に見付けた。どの民家にも小瓶が置いてあり、日常的に使用されていたようだ。

 ジャガイモも大量に見付ける事が出来た。この辺の主食はジャガイモなのかもしれない。


 町の周りは荒野と言って良い環境だった。麦を育てるのは難しいのだろう。


 酒蔵も発見し、酒を大量に手に入れた。ジャガイモが主原料に使われた蒸留酒のようだった。


 病院だったであろう場所で、医薬品や医療器具も手に入った。あまりそっちの知識は無いため、役立てられないかもしれないが。


 今は朝食を取っている。

 昨日のうちに蒸しておいたジャガイモに、すったジャガイモを混ぜて焼いたイモ団子だ。味付けは故障と塩だけ。

 加工しないと食べられないジャガイモしか主食になるものが無かったため、手軽に食べられる料理として考案してみた……味はイマイチだが。


「ご主人様が作ったご飯は、なんでこんなに美味しいんでしょう♡」


 モモがホッペに手を添えて、美味しそうに食べていた。

 本気で言っていそうだな。助かるけど。


 軽い休憩の後、再び探索を開始する。


 町から少し外れた辺りに、牧場らしき囲いを見付けた。

 そちらに近付くと、牛の死骸が散乱しているのが分かった。ハエがたかっている。


 ぽつんと建っていた家の中に入る。


「ダメだな、全部腐ってる」


 牛から搾り取った牛乳なのだろう。トロミを帯びた黒い液体に変わってしまっていた。

 

 その後、燻製された牛肉が密封状態で一室に保管されていたのを発見したため、腐っていない肉を大量に手に入れる事が出来たのは幸いだった。


 肉が手に入ったのは嬉しいが、栄養を考えると牛乳は欲しかったな。乳製品は悪くなりやすいだろうし、手に入れるのは難しいか。


 痩せ細っているモモのため、色んな栄養素を与えてやりたいのだが。


 町に戻った俺達は、一つの店を見付ける。


「ここ、チーズの店か?」


 店の看板の絵が、チーズにしか見えない。

 少しだけ期待しながら、店の中に入る。


 予想通り、店の棚に置いてあるチーズは駄目になっていた。だが、ここでチーズを作っていたなら有っても良いはずだ。


「有った!」


 見付けたのは、地下へと続く階段。

 階段の奥にあった二重の扉を開け、お目当ての場所を発見した。チーズの熟成庫だ。

 外界の空気と遮断されているならと考えて探してみたが、腐っていないチーズが沢山ある。両手でなければ持てないほどのチーズの塊が、ざっと計算で二百以上。

 暫くはチーズ食べ放題だな。全て貰っていこう。


 量だけなら、結構手に入った。当面は飢える心配は無い。


 町の中でも一番大きな建物に目を向ける。

 おそらく領主かなにかのの屋敷だった場所。地図などの情報が手に入るかもしれない。


 外壁も無いこの町じゃ、のんきに作物を育てていられない。

 

 ゾンビから身を守るため、自給自足が可能で安全が確保された場所を探す必要がある。

 だが、右も左も分からない異世界で安全な場所など検討もつかない。


「……信頼できる者が必要だな」


 ゾンビを退けられる実力を持ち、信頼を置ける仲間が。更に言えば、情報通が良い。


「……仲間ですか。……女性ですか? 男性ですか?」

「いや、考えてなかったけど」


 正直に言えば、女が良い。一緒に行動するなら、モモのあられもない姿を見られるかもしれないからな。


「裏切らないという事であれば、奴隷が一番ですね」

「奴隷か……どちらにせよ、そもそも人が居ないからな」


 考える事は山ほどある。だけど、もう俺だけの人生じゃないんだ。将来を見据えて行動しないと。


 ドオオンンンン!!!


 今朝と同じ衝撃音!! しかも近い!


「やっぱり、この町には何かが居る!」


 音がした方向へ、全速力で駆ける。



            ★



 大きな音に引き付けられたのだろう、ゾンビとの遭遇率が跳ね上がる。

 幸い、昨日の甲冑ゾンビのような高い知能を持つ個体は出てこない。


「ご主人様! あれ!」


 モモが指さす方向に、全身黒甲冑が倒れていた。ゾンビに囲まれている。

 鑑定を使用すると、黒甲冑はゾンビではなく女だと判明。

 もう少し詳細な情報が欲しいが、今は時間が無い。助けた後に”鑑定”で調べれば良いか。


「モモ! あいつを助けるぞ!」

「承知しました! サンクチュアリ!」


 昨日よりも洗練されたサンクチュアリが、ゾンビを消滅させる。

 周囲一帯に広げるのではなく、正確にゾンビ一体を消滅させられる程度の力を、個体別にぶつけているようだ。魔力を無駄遣いしないよう工夫しているのだろう。


「偉いぞモモ! さすが俺の妻!」

「より一層、ご主人様に相応しくなれるよう、研鑽いたします♡!」


 モモは本当に良い女だな。


 黒甲冑のすぐ側に着く頃には、遠目にゾンビ達による包囲が完成しつつあるのが見えた。


「おい、起きろ! 起きないと死んでしまうぞ!」


 黒甲冑はピクリとも動かない。兜が顔まで覆っているため、顔色も分からない。


「このまま運ぶのは手間だな」

「どうしますか?」


 リングボックスを操作し、黒甲冑とコイツが持っていたであろう漆黒の大剣を回収する。

 結果、下着姿の黒髪の女が横たわっている状態に。

 ……美人だな。引き締まった身体が美しい。耳が僅かに尖っているのが気になるが。


「……ご主人様、急がないと」


 モモの冷ややかな声で我に返る。

 自分のローブで女を包み、お姫様抱っこをする。


「俺は戦えない。頼んだ、モモ」

「……私も、あんな風に抱っこされたい……」

「モモさん? ……鍛冶屋までお願い出来ませんか?」

「……承知しました」



            ★



 不満そうなモモを説得して、鍛冶屋まで逃げてきた。

 後で埋め合わせしないと。


「ハアハア、ハア、一人抱えての全力疾走は、ハア、ちょっと、ハア、ハア、キツい」


 なんとか寝室まで女を運んだ。

 ゾンビが追いかけて来たが、家の周りに集まったところを、”神聖魔法”で一網打尽にした。

 俺達が留守の間に入り込んだ可能性もあるので、モモには念入りに建物を浄化して貰う。


 倒れていた女に、これといった外傷はなさそうだ。

 どういう人間か分からないので、女の手足を縄で拘束した後、毛布の上に寝かせる。

 毛布なんかも、有る分だけ回収するようにするか。有りすぎて困るなんてことは無いだろうし。


「壁や床に壊れている場所がないか、確認してくる」

「私も一緒に!」

「かなり魔法を使っただろう。すぐに戻るから、休んでいろ。臭いのは少しだけ我慢してくれ」


 素早く家の中を確認して、モモ達が居る寝室に戻った。問題は無さそうだ。


 ……モモが側に居ないと、異常な不安を覚える。モモもそうなのだろうか? だったら嬉しいな。


 寝室の部屋に鍵をかけ、下着姿の女に”鑑定”を使用する。


「この人、何者なんでしょうか?」

「……この女は魔族のようだ。年は二十歳、暗黒騎士の加護持ちだな」


 この世界には加護と呼ばれる物が存在し、加護によって得られるスキルが変わってくるらしい。


 スキルには魔法を初めとした物に加え、俺の“鑑定”などのような物も含まれ、その種類は多岐にわたる。


 大抵が魔力を消費して行使されるもんらしい。


「魔族の中でもエリートですね。でも、なんで魔族がこんな所に? ここは只人の町ですよ?」

「……逃げてきたのかもしれないな。魔族領の方が、被害が深刻なはずだから」


 仲間は死んだのだろうか? それとも、たまたま単独行動を取っていただけなのか?

 どちらにせよ、この女の事情を知る必要があるな。


「ご主人様、この後はどうしますか?」

「女から目を離すわけにはいかないし、俺は水の補充とジャガイモの加工をしようかな」

「では、私は聖水の量産をします」

「ああ、無理はするなよ」

「ハイ、ご主人様」


 夕方になるまで、俺とモモは働き続けた。



          ★



 ギュルギュルギュルギュオ!


 寝室で食事を取っていると、部屋に大きな音が響いた。


 女、カサンドラは一向に目を覚まさない……と思っていたが、いつからか狸寝入りをして様子を窺っていたようだ。


 身体は相変わらずピクリとも動かないが、顔が赤くなっている。

 こいつ、実は空腹で倒れていたんじゃないのか?


 カサンドラの顔の前に、木製の皿に入ったチーズとジャガイモと牛肉のスープを置く。


 今日気付いたが、大きな鍋にスープを大量に作り、そのままリングボックスに入れて置けば、いつでも温かいスープが飲める。

 リングボックスの中の物は腐らない。つまり、状態が変化しないと考えたのだ。

 イモ団子も、冷まさずにリングボックスに入れて置けば良かった。娘の弁当を作る要領で考えてしまっていた。


 弁当の中身はちゃんと冷まさないと、昼前に悪くなってしまうからな。


 というわけで、今寝室にはスープが大量に入った大鍋が置かれている。


「カサンドラ。起きているんだろう? 質問に答えてくれたら、メシを食わせてやる」

「……何故、私の名前を知っている」

「俺には”鑑定”のスキルが有る」


 ようやく情報を引き出せるな。


「お前に仲間はいるのか?」

「只人に答えるつもりは無い」

「正確には、只人じゃないんだが……」


 魔王に覚醒していないし、特徴も普通の人間と大差無いだろうが。

 ロラちゃんの話では、俺の種族は魔王のはずだし。

 

 ギュルギュルギューーオ!


「……可愛い音だな」

「貴様! 私を愚弄する気か!」


 ギューーオ、ギュルギュルギュルギュワッ!!


 彼女の顔が、再び真っ赤になる。

 さすがに申し訳なくなってきた。


「仕方ないな」


 彼女の上体を起こして、スープをスプーンで口元に近付ける。


「ほら、食べさせてやるから口を開けろ」

「えっ、ええええええ! そんな、恥ずかしい事……こ、恋人でもないのに(ボソ)……」


 さっきよりも顔が赤くなっていく。

 俺としては、娘に離乳食を食べさせる感覚なのだが。


 ……もしかして、毒を警戒しているのか? 仕方ないな。

 カサンドラのスープを一口飲む。彼女が見ているのを確認しながら。


「ほら、早くしろ。毒なんて入ってないから。ここもいつまで安全か分からないんだ。食えるときに食っておけ」

「……ウン」


 カサンドラがようやく食事をしてくれた。

 さっきよりも顔が赤い気がする。病気じゃないよな?


「…………ズルい」


 モモが何か言っているが、無視することにした。



           ★



 結構な時間をかけて、スープを飲ませる羽目になったな。


「メシの礼だ。質問に答えてやる」


 カサンドラは律儀な性格のようだ……偉そうだが。


「なぜ、魔族がこんな所に居る?」

「……ゾンビ達が魔王城に現れた後、私達では対処できず、それぞれバラバラに逃げたんだ。私は故郷の村に戻り、ゾンビ達と戦っていたが……魔族にはゾンビに対抗する手段が無く、奴らは増える一方だった」


 魔王ゼオが死んだとき、魔王城に居たのか。


「村を守るのは大変だったが、ゾンビから守るだけなら問題は無かった。実際、四ヶ月も持ちこたえたし……」

「つまり、村は崩壊して、その原因はゾンビでは無いと?」


 カサンドラの気丈な顔が曇る。


「……私の村には、近隣の村の者達も大勢避難していた。時が経つにつれ、好転しない状況に耐えられなくなったんだろう。各村の長同士が対立した事で、殺し合いにまで発展して……村は崩壊した」


 村人の対立によって、村一つが滅ぶか。まあ、実に人間らしい話だ。


「誰も救えず、一人でこんな所まで逃げてきた。それでも生き残ろうと闘う私は……浅ましいな」


 自嘲気味に呟くカサンドラ。

 この流れなら、御しやすいかもしれない。


「なら、その命を俺達のために使ってくれないか?ちょうど、仲間が一人欲しかったんだ」


 俺は、リングボックスから奴隷の首輪を取り出す。奴隷商館からくすねてきた物だ。本当は、尋問用に最後の手段として使おうと思っていたのだが。


「どうする?」

「プッ! フハハハハハハ! お前、まるで魔王のような男だな。良いだろう、メシさえ食わせてくれるなら、私を使い潰してくれて構わない! さあ、私を奴隷にしろ!」


 良い拾い者だ。ゾンビを倒す手段は無くても、俺達の護衛に使える。

 戦闘能力もこの面子の中では一番だろう。伊達に生き残ってきたわけじゃないはずだ。


 俺は、必要があれば他人を道具として扱うことをいとわない。人を弄ぶ行為を嫌悪していたとしても。

 確かに俺は、ロラちゃんの言うとおり外道なのかもしれない。


 カサンドラに首輪を嵌め、魔力を流す。


「これでお前は、俺の奴隷だ」


 カサンドラの顔が真っ赤になって、だらしない笑みを浮かべる…………こいつ、ドMだったのか!


 気持ち悪い笑みを無視して、手脚の縄を解いてやる。


「我が主殿、この卑しい奴隷に、主殿のお名前をお聞かせ下さいませ」

「……俺の名前は、クロウだ」


 片膝を付き、こうべをたれるカサンドラ。


「クロウ殿に、永遠の忠誠を」


 こうして俺は、新たな奴隷を獲得した。


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