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第三話 別れの約束

 広場を離れてから暫く歩き、ようやく休めそうな場所を見つけた。

 堅牢な造りの鍛冶屋に入り、鍵を掛けると、モモちゃんに”神聖魔法”で建物の中を浄化して貰った。これで、物陰からゾンビに襲われる可能性は低くなっただろう。

 

 急いで建物の構造を把握し、戸締まりをしていく。

 それでも万が一があるかもしれないので、用心しながら二人とも離れずに腰を下ろす。


「モモちゃん、大丈夫か?」

「大丈夫です。少しずつ魔力が回復しているので、少し休めば全快しますよ」


 建物の浄化で三度目のサンクチュアリを使わせてしまった。見た目では問題無さそうだが、暫く休んだ方が良いだろうな。


「良かった。じゃあ、これでも食べて」


 高カロリークッキーを一本、モモちゃんに差し出す。


「ありがとうございます! これ、凄く美味しいですよね!」


 モモちゃんは、高カロリークッキーが気に入っているようだ。

 この笑顔には、あざとさをまるで感じない。


 残りも少ないし、小出しにして全てモモちゃんに上げちゃおうか。


「何か使えるものがないか探してくるよ。モモちゃんは休んでて」


「……ご主人様は食べないんですか?」


「俺は少し木刀を振り回しただけだからね、モモちゃん程疲れてないから大丈夫」


 ポキッ!


「……主が奴隷と同じ物を食べるどころか、奴隷の方が美味しい物を食べさせて貰えるなんて、おかしいです!」


 そう言って、半分に折った高カロリークッキーを差し出してくる。

 なんて良い子なんだ! 本当は一人で食べたいだろうに。


「本当に良いの?」

「ご、ご主人様と一緒に……食べたいです!」


 なんでこの子は、こんなにも嬉しいことを言ってくれるんだ。お爺ちゃん泣いちゃうよ。


「それに、ご主人様が居なくなると…………臭いんです」

「……ああ、クリアエアか」


 俺が近くに居ないと、クリアエアの効果範囲外になるからな。


 ……モモちゃん、お爺ちゃんは悲しいよ。


 結局、二人でクッキーを食べて鍛冶屋の中を探索することにした。


「これは、スキルクリスタル……”生活魔法”が入っているな」


 ”鑑定”で情報を読み取る。


 目の前の透き通った青い石にはスキルが入っていて、このスキルクリスタルには”生活魔法”が入っていた。


「モモちゃん、これを使ってみて」

「い、良いんですか? スキルクリスタルは高価ですよ?」

「俺は、同じスキルを持っているから」

「ご主人様からの贈り物……私、貰ってばかりで申し訳ないです」


 そもそも、拾った物なんだけどな。悪く言えば盗んだ物だよ。


 目を閉じて、祈るようにスキルクリスタルを胸に当てるモモちゃん。スキルクリスタルから青い光が発せられ、やがて消えた。


「上手くいった?」


 スキルとの相性が悪いと、スキルクリスタルが消滅するだけで、スキルを得られないという可能性も出てくるらしい。


「はい、大丈夫です。けど……私は魔力を節約した方が良いと思うんです。だから……」


 モモちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。


「ご主人様にくっついて居ようと思うんです……ダメですか?」


 頬を赤らめながら訴えてくるモモちゃん。

 言っていることは理にかなっているが、そもそも感情的にオッケーです!


 ……それに、この家に入ってからモモちゃんのあざとさが無くなった気がする。


「良いよ」


 動きを阻害しないように気を付けながら、密着して歩く俺達。


 モモちゃんは幸せそうに微笑んでいる。


 彼女が居なかったら、俺はどうなっていただろうか。このゾンビが徘徊する世界に、はたして耐えられただろうか。


 思っている以上に、モモちゃんの存在は俺にとって救いなのかもしれない。


 建物の中には、家事に使える金属製品が多く置かれていた。おそらく、住民が修理に出した物なのだろう。

 その証拠に、半分は壊れていたが、使えそうな物は全て回収する。


 食べ物を見付けることも出来た。ジャガイモだ。かなり芽が出ているので気をつけなければならないが。

 他の野菜とおぼしき物もあったが、全て腐っていた。


 建物の探索が終わり、裏庭に出る。

 裏庭は高い壁で囲まれているが、ゾンビが居ないとは限らない。こっちにはモモちゃんの”神聖魔法”も届いていない可能性もある。


 庭に出てすぐに、井戸を見つけた。

 井戸の水が腐っているかどうかは、この際関係ない。こっちには便利な”生活魔法”があるからな。

 周りに注意を配りながら、井戸の水を引き上げ、魔法を使用する。


「クリアウォーター」


 濁っていた水が、綺麗な透明に変わっていく。

 

「ご主人様、このような雑事は私がやりますよ」

「モモちゃんは辺りを警戒していて。力仕事は俺に任せてくれ」


 昨日まで干からびていたモモちゃん。歩けるくらいには回復したが、見ていて心配になるくらい細身だ。これ以上無理をさせたくない。

 クッキーと水以外で色んな栄養を摂取させないと、身体が保たないだろう。


 綺麗にした水を、回収した水筒十二袋全てに注ぐ。


「……ご主人様、聖水の作成許可を下さい」

「聖水? 浄化属性が付与された水だったか?」


 ロラちゃんには、ゾンビに対抗する術について沢山聞かされた。


 浄化属性が付与されたスキル、道具で攻撃すればゾンビを滅ぼすことが出来る。


 それ以外の方法でゾンビを倒すすべは、一つしか無い。


 それが、ロラちゃんが俺を魔王として転生させた理由。


「はい。綺麗な水と”神聖魔法”があれば、作成可能です」

「造る手順を教えてくれ」


 水が入れ物に入った状態で、”神聖魔法”のホーリーエンチャントを、数時間ごとに何度もかけることで完成するらしい。

 作成に半日。無いよりは良いだろう。


「ちょうど良い。聖水の作成も兼ねて、今日はここに泊まろう」


 本当は、もう少し町の探索をしたかった。少しでも早く行動しないと、取り返しがつかないことになる気がするからだ。


 広場で遭遇した甲冑ゾンビを見てから、そんな予感に駆られてしまう。


 だが、聖水だって万が一の切り札になる。ゾンビに有効な武器が一つ増えるなら、半日潰す価値はある。

 なにより、モモちゃんをちゃんと休ませた方が良いだろう。


「工房の周りを探索したら、ゆっくり休もう」


 井戸のすぐ側に建物があり、釜や鍛冶の道具、大量の薪が積んであった。

 野宿用に、薪は全て貰っていこう。

 鍛冶の道具も貰っていく。


 ギイーーー


 工房の奥にある、小屋の扉が開いた。


「「「アーーー」」」


 小屋の奥から三体のゾンビが出て来る。

 一体は筋骨逞しい男、その背後から長身の女性に、五歳前後と思われる男の子が出て来た。

 

 三人とも腐っていて分かりづらいが、身体にかじり取られたような後がある。


 家族……だったんだろうな。


 ゾンビ化は、魔王の仕業だ。

 切っ掛けを作ったのは勇者らしいが、多くの人が魔王の仕業として認識しているらしい。


 前任の魔王の尻拭いか……。


 クソったれめ!


 怒りに任せて、”浄化の木刀”を振るう!

 父親とおぼしき男が前に出たため、標的をそいつに定める。


「ちゃんと、全員を送ってやる!」


 男が繰り出した拳を木刀で叩き消し、切り返しで頭を打ち、消滅させる。

 残りの二体を仕留めようとすると、母親とおぼしき女が子供を庇うように立っていた。


「安らかに眠れ」


 言葉が通じたわけじゃないだろうが、子と母のゾンビは、抵抗らしい抵抗をせず、俺の木刀に討たれた。


「ご主人様、泣いているのですか?」

「いや……そんなわけない」


 涙など流していない。モモちゃんが言っているのは、心情の方だろう。


 ロラちゃんから聞いた話では、俺が魔王に相応しい人間性を持っているから、魔王に選んだらしい。細かい話を要約すれば、俺は中々の外道だそうだ。一本、筋が通っているらしいが。


 娘に危害を加えようとしたために殺した同僚に対し、俺は贖罪の気持ちなんて一切抱いていない。むしろ殺し足りないくらいだ。


「……小屋を調べよう」


 小屋は小さく、三畳程の広さしかなかった。


「……よし!」


 何も期待していなかったが、小屋の中には大量の調味料があった。迷わずリングボックスに、全て回収する。

 小屋の中には干し肉などの保存食も有ったが、全て腐って、駄目になっていた。


「ご主人様、良い物があったのですか?」


 小屋は狭いし、警戒も兼ねてモモちゃんには外で待って貰っている。


「ああ、調味料が沢山あったよ! 種類も多い!」


 これで少しは美味しい物が食べられる!


 小屋の隅にあった赤ん坊の死体のことは、モモちゃんには言わなかった。


 幼いために、魔力を所持していなかったのだろう。ゾンビ化を免れていた。


 かじられた後が痛々しくて、暫く脳裏から赤ん坊の姿が離れそうにない。



           ★



 家の中に戻り、あの家族の寝室と思われる二階の部屋に入った。

 壁や床に穴がないか確認し、扉に鍵をかける。

 聖水作成用に、水筒一本をモモちゃんに差し出した。


「薬屋で空き瓶を回収してましたよね? 私に貸して頂けませんか? 小さいので構いません」

「これで良いかい?」


 リングボックスから長さ七センチ程の円柱型のビンを出し、八本全てをモモちゃんに渡した。


 モモちゃんが聖水の作成を始めた隣で、俺は回収した物の確認を始める。



            ★



 数刻ほど経っただろうか。

 せっかく調理場が有る場所で休めるのだ。加工しなければ食べられないジャガイモを調理しよう。


 釜に、”生活魔法”と薪で火を付ける。


「スミマセン、ご主人様。私、料理が出来なくて」

「良いさ。最初から俺が作るつもりだったし」


 モモちゃんは疲れているかもしれないが、調理をしている間、俺の注意力が散漫になってしまうため、護衛をしてもらう。


 戸締まりはちゃんとしたが、予想外の場所から進入して来る可能性もあるからな。出来る限り一緒にいるようにしている。


 トイレに行くときも、扉越しだが、近くに待機することにした。

 ……こっちの世界に来てから鍛冶屋に入るまで、一度も便意を催さなかった。モモちゃんに至っては、一度もトイレに入っていない。種族の差だろうか?


 どちらにせよ、便意を催さないと言うことは、無意識に身体に無理をさせている可能性もある。危険な状況ではあるが、俺もモモちゃんもしっかり食べて、しっかり休む必要があるだろう。


「出来た」


 ジャガイモの芽と、緑の部分を綺麗に取り除き、井戸の水で煮る。非常食の塩辛い干し肉を刻んで入れ、最後に小屋で見つけた胡椒を振りかけて完成だ。

 適当に作ったジャガイモと干し肉のスープを二人で食べる。

 勿体ないと考え、塩は入れなかったが、干し肉から染み出した塩分が思っていたよりも濃く、ちょうど良い塩梅になっていた。

 この世界に来てから高カロリークッキーと水しか口にしていなかったためか、身体が喜んでいる錯覚を覚える。


 それにしても、井戸からくんだ水は硬いという印象を受ける。この辺の水は硬水なのかもしれない。

 日本人の俺は、硬水を飲み慣れていないから気を付けないと。

 ロラちゃんから貰った水は、俺が飲むようにしよう。

 硬水しか手に入らない地域なら、子供でも飲めるほどアルコールが低いお酒も有るかもしれない。

 お酒なら保存も利くし、直接飲むのが厳しくても、料理に使えるだろう。

 俺は酒を飲まないが、傷の消毒にも使えるし、積極的に探そうか。


「うっ……ひぐっ……」


 モモちゃんが泣いている!


「ど、どうしたの? ……もしかして、マズかった!?」

「ち、違います! ……奴隷なのにこんなに優しくされて、こんな美味しい物まで戴けるなんて……幸せすぎて、涙が出て来て……」


 優しいか? たったこれだけのことで? よく分からん。

 スープだって、味はイマイチだと思うんだが。このスープを娘に飲ませたらきっと「パパ、もっと頑張って」と言われていただろう。


「ご主人様…………好きです」


 モモちゃんが、潤んだ目で俺を見詰める。


「今まで、こんなに必要とされたことなかったんです! ……ご主人様のためなら、私…………死ねます!」


「……モモちゃん、若い子がそんなこと言うものじゃない。俺に何かあっても、自分が生き残ることを優先するんだ。たとえ、見捨てられる形になったとしても、俺は君を……恨んだりしないから」


「…………分かり……ました……」


 俺なんかを好きになるなんて、人生を損するだけさ。

 少し居たたまれない空気の中、俺達の食事は終わった。



            ★



 クリアエアは自分の周りの空気を綺麗に保つだけで、身体は綺麗にならない。


 二人で寝室に戻った後、桶に水筒から水を移し、”生活魔法”のヒートでお湯に変える。


 旅装屋にあった、綺麗なタオルと木製の桶をモモちゃんに渡す。


「俺は後を向いているから」

「……ハイ」

 

 外からは、僅かに赤い光が差し込んでいる。


 この町の建物の窓はつっかえ棒で開けておくタイプらしく、閉めたままになっているこの部屋は、非常に暗い。


 そろそろ灯りが必要か。

 旅装屋で見つけたランプに魔力を流すと、橙の光が灯る。


 ……俺は、モモちゃんをフッたって事になるんだよな。


 あれからモモちゃんは、ずっと思い詰めた顔をしている。


 嘘でも受けるべきだったのかもしれない。


 ゾンビが溢れる世界で、仲違いは命取りだ。だけど、人の気持ちを弄ぶような真似は出来るだけしたくない。


 シュル


 背後から、衣ずれの音が聞こえる。

 心臓の音が跳ねる。こんな感覚、いつぶりだろうか? ……娘と同じくらいの年の子に、何を感じているのやら。

 年寄りの時なら、なんとも思わなかっただろうに。若返ったゆえの弊害か……まいったな。


 モモちゃんに対して、なんの魅力も感じていないわけじゃない。だけど、若返ったとはいえ、俺は元八十七歳。


 いくら女神が、倫理が崩壊した世界と称していたとはいえ、十六歳の女の子と付き合うなんて問題が有りすぎる! ……俺を十八歳と考えれば、なんの問題も無いんだろうが……。

 若返ったゆえの劣情が頭を悩ます。考えるまでもないはずなのに。


「……ご主人様、終わりました」


 モモちゃんから桶を受け取り、自分の身体を拭こうと思って振り返る。


「…………モモ……ちゃん?」


 一糸まとわぬ姿で佇む、モモちゃんがいた。

 小さな光源に照らされたモモちゃん……モモの裸身が、艶めかしくも美しい。


「ご主人様。私がご主人様の身体を綺麗にいたします……それが、奴隷の務めですから」


 そう言って、俺の服を脱がし始める。


 全裸にされる頃には、俺は何かを諦めていた。むしろ、許されるなら彼女を、モモを俺の手で幸せにしたいと想ってしまっている。


「ご主人様……終わりました」


 前も後も、上から下まで丁寧に拭いてくれた。


「……ご主人様……私を……」


 彼女が後から抱き付いてくる。

 二つの膨らみと温もりが、背中越しに伝わってきた。


「私を……女にして下さい……」


 ――彼女を抱きしめて、ベッドに押し倒す。


「モモ……俺より長生きしろ。()()()()()()


 モモの気持ちに、嘘は無いと思えた。

 だから、ちゃんと応えよう。


「奴隷の首輪には、主人が死んだら後を追わせる機能があります……だから、一緒に死にます。死なせて下さい」

「………………まあ、良いか」


 一緒なら、()()()のように死に目を見なくてすむ。

 なら、構わないか。


「絶対に、俺より先に死ぬなよ」

「ハイ。私の……ご主人様♡」

 

 小さな光源を頼りに、モモを隅々まで貪った。


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