第二十話 情欲と愛おしさを君に
「まさか、時間稼ぎが目的だったとは」
斬られたはずのアドルフが、先程まで居た場所から離れた位置に立っている。
「新しいスキルを開発していたのか」
私の言葉に、疲れたような顔をするアドルフ。
「偶然の産物だがね。ここに居ては本当に消滅しかねないな。僕はそろそろ退散させてもらうよ」
「逃げる気? こんなことをしでかしておいて……」
「フォルフィナ、少しでも長く生きたいなら、これ以上僕らに関わるな。どうせ、生きとし生けるもの全てが滅ぶことになる」
「……最終目的はなんなの?」
「教えるつもりはないな」
左人差し指に嵌めていた指輪が光り、魔法陣が展開。アドルフの姿は消えた。
「フォルフィナ様。さっきのは、あのアドルフ様なのですか?」
名前を聞けば、カサンドラでもピンと来るか。
「ああ、私の盟友だった男さ」
これでまた一人、かつての同士が消えた。
●●●
随分切り刻んだのだが、身体中から煙りが上がるだけで消滅しない。
図体がデカい分、生半可な攻撃では足りないか。やはり、面で攻撃できる魔法が効かないのは厄介だな。
それにしても、”闇の衣”を使用している間は、ほとんどのスキルが使えなくなるはずなのに、先程から魔力光や蜘蛛の巣が途切れずに飛んでくる。
どんなカラクリだ?
「“神聖魔法”、ジャッジメント!!」
光の柱がギガスパイダーを覆う。
モモが、巨人の背後から仕掛けたようだ。
『ぎじゅふぇsdfgh』
ジャッジメントの光が消えた跡には、身体のあちこちが消滅した巨人が立っていた。背中から生えていた蜘蛛足も消滅している。
どうやらあのゾンビ、一体のゾンビではなく、複数のゾンビが一体に見えるように擬態した状態のようだ。
だから、”闇の衣”を展開していたパーツは無事で、別のスキルを発動していたパーツのゾンビだけがジャッジメントで消滅したのだろう。
俺のブレイドエンパイアで消滅しないのも、斬られた部分のゾンビだけが消滅しているからか。
本当に、厄介な特性を持っている。
「随分小さくなったな。無くなった部分は、別のパーツから補っているのか?」
十二メートル越えだった巨人ゾンビは、九メートル程度にまで縮んでいた。
身体の再構築が終わると、魔力光を放たず、肉弾戦を仕掛けてくる。
拳圧に巻き込まれないよう、拳を大袈裟に避けながら、巨人の背後に回って急降下、モモを抱きしめ、再び上空へ飛び上がる。
「ご主人様! 会いたかったです♡」
俺の胸に顔をうずめるモモ。
彼女の笑顔には一点の曇りも無い。
「二時間程前に別れたばかりだろ?」
「昨日は五人でシタから、ご主人様成分が足りないのです!」
こんな時に頬を膨らませて怒るモモ。可愛い。
「昨日は二回しかしてくれませんでしたし!」
……俺は十回越えなんだけど。
リーシェの件は早まったかもしれない。
ゾンビよりも妻達の方が怖い! 最近、ラテル特製の媚薬を飲まされるし!
野宿の間は控えようと言ったのに、全然容赦しないし!
流されている俺が悪いのだが。
ゾンビに怯えながら生きねばならない世界だ。情事が一つのストレス発散になっているはず。出来るだけ応えた方が、結果的に全体の安全に繋がるのは分かっているが。
「早くなんとかしないと!」
「そうですね。早く終わらせてベッドに行きましょう!」
モモさん、まだお昼前ですよ。マジですか?
「戦闘が終わった直後のご主人様は、激しいですから♡」
そんなウットリとした表情で求められたら、押し倒したくなっちゃうじゃないですか!
後で、冒険者ギルドに保管されているスキルクリスタルの中からアッチの回復系スキルを探さねば! 俺が生き残るために!!
こんなやりとりをしている間も、巨人ゾンビは追ってくる。
外壁を越え、都市の外へと誘導する。
巨人ゾンビが外壁を飛び越えたのを確認したところでう逃避は終了。
これで周りの被害を気にせず、思いっきり戦える。
「モモ、力を貸してくれ」
「この後すぐに、いっぱい愛してくれます♡?」
どんどん俺好みの身体に変化してきているモモ。
植物の加護によって、自分の意思である程度自分の身体を変化させることが出来るらしい。
だからこそ、モモは俺と出会うまで生き残る事が出来た。
「お前が止めてと言っても、止めないからな!」
下半身ガクガクにしてやる!
「それは楽しみです♡」
俺の妻、やっぱりエロい!
「ジャッジメントを間を開けて連発してくれ、出来るか?」
「承知しました! ジャッジメント!!」
「ブレイドエンパイア!!」
巨人が光の柱に呑まれたところに、新たに生み出した斬撃を飛ばしていく!
『ギョウボオオオjレッグウオオオ!!!』
更に縮む巨人ゾンビ。
「ジャッジメント!!」
再び放たれたジャッジメント。
数秒後に光の中からゾンビが跳躍! 拳が目前まで迫る!
回避は間に合わない!
「クソ!!」
リングボックスから”雷の大盾”を出し、その影に隠れる。
「”魔法障壁”!」
モモが”賢者の杖”の効果で半透明の膜を展開。
少しでもモモにダメージが向かわないように、彼女の全身を包むように優しく抱きしめた。
わずかな空白。身体に大きな衝撃を受けたという事実が、遅れて脳に流れ込んでくる。
力に逆らわずに、吹き飛ばされる。
どれ程飛ばされたのか、勢いが弱まったタイミングで、空中停止する。
”雷の大盾”は砕け散ったか。
地上に居れば”影傀儡”を使えたのだが、上を取られては勝ち目が薄くなる。
身体は、まだ揺れている気がする。
「ゲフッ!」
口の中が生鉄臭い。吐血するのは死んだとき以来だな。
「ご主人様!!!」
モモが泣いている。
ああ、また忘れていた。俺が死んだら、妻達は皆死ぬんだった。
記憶だけなら長く生きているからな。つい、自分の命を軽く考えてしまう。
ロッティには奴隷の首輪は付けてなかったな。帰ったら付けてと言われるのだろうか?
「まだ、大丈夫だ。”瞬間再生”」
昨日ゾンビを一網打尽にしたときに手に入れたスキル、”瞬間再生”により、一瞬で身体が全快した。
”瞬間再生”は魔力を消費しない分、一度使うと十二時間のインターバルが必要になる。
だが、ここまでの戦闘で魔力も大分持っていかれていた。
「モモは、痛いところはないか?」
「ご主人様が庇ってくれたから、私は平気です」
嘘だな。俺ほどではないだろうが、モモの身体にも衝撃による負担が掛かったはずだ。
「それよりも、どうして私を庇ったんですか。私は貴方の奴隷なのに……ご主人様のためなら私は……ん!」
ゴチャゴチャうるさいので、キスして黙らせる。
お前の献身は、時に不快なんだよ。
舌を絡める。俺の唾液と血が、モモの口内に流れ込む。
モモの匂い、味、温もり、モモの命を感じることで、自分が生きている事を実感出来る。
「ハアハアハア……ご主人様の血、美味しい♡」
キスに夢中になりすぎて、呼吸を忘れてしまった。
モモの唇が、俺の血で赤く染まっている。
「お前をぞんざいに扱ったりなんてしない。約束したろ? 俺の子を産むって」
モモの頬を伝う涙の量が増える。
「俺も、本気で自分の子供が欲しくなってきた」
前世では、血が繋がった子供を残せなかった。
俺の子を産んで欲しかった唯一の人は、とっくの昔に死んでしまった。
「こんなところで、命なんて掛けていられるか! モモ!」
「……はい」
頬を赤くして、涙や鼻水でベトベトの顔を手で覆うモモ。
「愛してる」
愛してると口にしたのは、これが初めてか。
「俺の子供を産んでくれ」
またキスをした。唇と唇をくっつけるだけの、優しいキス。肉欲ではなく、愛情を感じるためのキス。
「返事は?」
「良いに……決まってるじゃないですか!」
その時、巨人ゾンビの姿を視界に捉えた。
あいつ、邪魔だな。
心が冷めて、身体は熱く、魂に憎悪が渦巻く!
濃縮された魔力が、俺の体内から抜け出て、外套を形作る。
「”魔王の外套”、第二覚醒か」
黒紫の布に、黄金の金具の外套。
シンプルかつ、魔王らしいデザインだ。
第一覚醒は、”魔王法術”と強大な魔力。第二覚醒は、”魔王の外套”と常人を遥かに越える肉体を得る。
「俺とモモは、これから子作りで忙しいんだ! 引っ込んでいろ!!」
「ご、ご主人様! そんな、ハッキリと♡!!」
『ガオオオイウウhgdッスウウウ!!!!!』
「なんだ、嫉妬か? ゾンビごときが?」
『ギュゴオオオオウウウウウウウウウ!!!!!!』
うるさいな。
「怠惰な重圧」
布を被った奴らと違い、お前には効くだろう?
重みに耐えきれずに膝をつき、全身から血や肉、骨を撒き散らすゾンビ。その間も再生が働いているようで、身体はどんどん小さくなっていく。
「再構築している部分は、衣を展開出来ているかな?」
「ジャッジメント!」
俺の意図を読んだモモが、四度目のジャッジメントを行使する。
あっという間に、小さくなっていく巨人だったゾンビ。
「キュウウエエエエエエエエエ!!!」
俺より一回り大きい程度まで縮んだギガスパイダーが跳躍し、殴り掛かってくる。
ゾンビに直接触るのはマズいため、必要なくなった”探索者の高級ローブ”を左腕に巻き付けてゾンビの拳を受け止める。
第二覚醒により、ゾンビの馬鹿力を超える膂力を得たようだ。
「パワーだけは、並のゾンビよりも上だな。じゃあな」
左腕に巻いたローブを突き破り、ギガスパイダーの胸に”波動の魔剣”が突き刺さる。
波動の魔剣は、殴り飛ばされる前にリングボックスにしまっておいた。物を出現させる勢いを利用した、奇襲は成功。
「“魔剣術”、ブラックインパクト」
『グワウオウ!!!!』
刀身から発せられた黒い衝撃が、ギガスパイダーを内側から消滅させた。
★
俺とモモはおかしくなっていた。
誰も居ない森なのを良いことに、人目を気にせず裸になり、川の水をクリアウォーターで綺麗にしたあと、その水で互いの身体を清める。
モモがグリーンルームで部屋を作り、俺が”結界石”で結界を構築。
草のベッドにモモをお姫様抱っこで連れて行き、寝かせる。
「避妊しなくて、良いんですよね?」
彼女の頬を撫でる。
「ああ。今日は危険日か?」
「多分、微妙な日です」
俺はもう、その気になっているんだ。
「絶対に孕ませてやる」
「ハイ♡ ご主人様の子種を、沢山ください♡」
キスをした。最後の、気持ちを確認するためのキス。
確認を終え、彼女に覆い被さる。
狂おしいほどの情欲と愛おしさを、全てモモの中に注ぎ込んだ。
★
日が傾き始めた空を飛んでいる。
すっかり夢中になり、時間を忘れてしまっていた。
皆、心配しているだろうな。何も言わずに何時間も戻らなければな。
アドルフが撤退したのは見えていたから、問題は無いと思うが。
「ご主人様。私の中……まだあったかいです♡」
下半身がガクガクになったモモを、お姫様抱っこで運んでいた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃありませんね、心だけでなく、身体もご主人様無しじゃ生きられなくなっちゃいました♡」
殺し文句だ。
頬が熱い。夕日で誤魔化せているだろうか。
「カルミラ都市、見えてきたな」
円形の巨大な外壁に覆われた都市。
あの都市に、今後留まることになるかは分からないが、モモが安心して出産できるようにしないと。
「ご主人様、愛しています♡」
「ああ、俺も愛してる」
若い頃なら絶対に言えなかった言葉を、自然に口にすることが出来た。俺の心からの言葉を。
娘を育てていたときとは、別種の幸せを感じる。
さて、帰った後、皆になんて言い訳をしようか。
他の妻達は、モモだけを孕ませようとしたことに怒るだろうか? 今の状況で全員が妊娠するわけにもいかないし……。
「……ハーレムって難しい」
いずれにせよ、女の子が喜ぶような娯楽を提供した方が良いだろうな。まったく思い浮かばないが。
★
ギルドマスターの執務室。この部屋は、書類仕事がある私が使わせて貰えることになった。
いずれ陛下には、相応しい玉座を用意せねば。
陛下達が消えた後、皆が呆然としていた。
現在は、冒険者パーティー”月明かりの乙女”が捜索しているが、行方は分からない。
カサンドラ様の話では、「自分達が生きているという事は無事だということだ」と言っていたが、生きてはいても、どういう状態なのか……。
彼女達が羨ましい。クロウ陛下が死ねば、一緒に死ぬことが出来る。愛しい殿方と死別せずにすむ。
昨日の時点で奴隷にしてもらうべきだった!奴隷になれば、誰かに奴隷にされずにすむし。
あの様子だと、ロッティ様も同じ事を考えているはず。
「レイジア様、大丈夫ですか? 先程から、顔色が次々と変わっていますが」
「だ、大丈夫。それより、都市の生き残りはわずか七百人程度ですか。最大人口五万人と言われた頃もあったというのに……」
住民の避難場所の警護をしていた部下達と連絡を取り、調べさせた結果、都市からゾンビが消えた事、生き残った人数を知ることが出来た。
「お気持ち、お察しいたします」
慇懃に頭を下げる私の部下、シャルン。優秀だが、融通が利かないのよね。
美人なだけあって、よく男の軍人といざこざを起こしていた。あの時は、もっとこの子の肩を持ってあげれば良かったと、少し後悔している。
区画ごとに避難させましたが、私の直属の部下が警護した二カ所ともう一カ所以外は、ほぼ全滅か。
独自に隠れている者も居るかもしれない。
私の直属の部下は全員女。外壁破壊以前の強姦事件を考慮し、女、子供が多い場所に配置していた。
予想以上に被害が大きい。知能持ちのゾンビが手引きした可能性が高いか。
反乱軍が襲撃したとおぼしき場所もあったという報告も上がっている。とんでもいクズ共だ!!
「クロウ陛下達が来てくださらねば、全滅していただろうな」
「……レイジア様、本気で魔王に庇護を求めるつもりですか?」
闇側に対して、あまり良い感情を持っていないからな、この子は。
「つもりではなく、すでに私は、身も心もクロウ陛下に捧げると誓いました」
「カリグラ帝国を離反するおつもりですか?」
「本国が無事であろうと、なかろうと、そのつもりです」
苦い表情を浮かべるシャルン。真っ直ぐすぎて危ない子。
「相手は闇側、それも魔王ですよ! すでに五人の女に手を出していると聞きました! そんな男に媚びるくらいなら!!」
「それ以上の陛下への侮辱は許しません!!」
荒々しい声が部屋に響く。そんな自分の声に私自身が驚いた。
「レ、レイジア様の……バカーーーーーーーーーーーーーー!!」
涙を流して出ていくシャルン。
上官に向かってなんて口をきくんですか! というか、さっきの子供っぽい反応はなんですか!?
「ハア……癒やされたい」
●●●
レイジア様のバカ! 闇側の男にほだされるなんて!
……いや、男なんて皆最低だ。反乱軍もそうだが、避難場所に略奪目的で襲ってきたクズ共は、食糧よりも女を犯すのが目的の男が多かった。
追い詰められた人間はおぞましい。
飢えと貧困に苦しむ者が集まるスラム街。私はこの都市のスラム街で育った。
どんな人間も、追い詰められれば豹変する。そんな姿を何度も見た。
私を育ててくれたのはパティー教のシスター。あの人だけは、貧困の中でも心を失わなかった。
シスターは、私に多くのことを教えてくれた。闇側の住人がいかに狡猾で残忍で冷酷なのか。闇側の男は、容姿、年齢に関係なく女を強姦して殺す畜生共だと。
私が”神聖魔法”を使えれば、シスターに付いていき、神聖王国で高度な訓練を積む事も出来たのに。
シスターは、この都市での布教が上手くいかず、二年前に神聖王国の主都に帰ってしまった。
私はシスターほど信心深くなれなかったけれど、この都市の人間が闇側に対して危機感が薄いのは理解している。
敬愛するレイジア様を惑わす外道である魔王クロウは……私が殺す!!




