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第二話 ドライアドのモモちゃん

 モモちゃんと目が合う。視線を逸らさずにジッと見つめ合う形になる。


 ……まず服を着せよう。さすがに裸のままでは話も出来ない。


 ちょうど良いサイズの布は……無いか。


 俺の服装は転生する前と同じ黒のスラックスに黒のワイシャツ、そして白衣だ。


 白衣を脱いでモモちゃんに着せようとするが、怯えているのだろう、一歩踏み出しただけで身体をビクリとさせる。


「服を着て欲しいんだ。だから、これを着てくれないか」


 目線の高さを、横たわってる彼女に合わせて、できるだけ自然体の穏やかな声で話し掛ける。

 白衣を手で差し出すが、反応が無い。


 言葉は通じているはずだ。ロラちゃんから”言語理解”と言うスキルを貰っているはずだからな。


 モモちゃんの視線が、俺の目から白衣とは逆の手に向かう。

 彼女が見ているのは、先程リングボックスから出した高カロリークッキー。


「……食べる?」


 白衣を引っ込め、クッキーを差し出して尋ねる。


 コクリと彼女が頷く。

 モモちゃんは上体を起こすと、差し出したクッキーにゆっくりと顔を近付け、かぶり付いた。

 棒状のクッキーが端から消えていく。


 なんか、子供の頃実家で飼っていた鶏を思い出すな。

 その辺に生えていた草を差し出すと、高速で食っていくんだよな。カッカッカッカッカッて。


 気付けば、一日分の食糧であるクッキー三本を全て食べていた。


 ギュウウウウルルルーーー。


 モモちゃんのお腹の音が響く。


「……もっと食べたい?」


 モモちゃんは、顔を真っ赤にしながら頷いた。


「じゃあ、取り敢えず服を着てくれ」

「…………ハイ」


 裸に白衣を纏うモモちゃん…………より背徳的になった気がする。

 桃色の鮮やかな長髪に、色白の肌。首には無骨な首輪。

 髪の一部は花をかたどっており、左耳に一輪の花を飾っているようにも見える。


 栄養がまだまだ足りないのだろう、身体は異様に痩せていた。水を飲ませる前の姿を考えれば奇跡的な回復だが。

 植物人間(ドライアド)だから助かったのだろうか?。


「……私は、モモ……と言います……」

「俺は(げん)……じゃなくて、クロウだ」


 もの凄く久しぶりに人と喋っている気がする。実際には数時間程しか経っていないはずなのに。


「……クロウ様。……どうして、私を助けてくれたのですか?……私は……ドライアドですよ?」

「ドライアドだと、何かマズいのか?」


 モモちゃんの話によると、ドライアドは人間族、只人にとって呪われた種族という認識らしい。

 原因は、ドライアドの”植物魔法”だ。”植物魔法”には植物を急速に育てる力があり、基本的にドライアドにしか使えないのだそうだ。


 とある人間が”植物魔法”に目を付け、捉えたドライアドに自分の畑の植物を魔法で成長させ、大儲けしようとした。

 だが、結果は失敗。理由は、畑が死んでしまったから。

 魔法で急速に成長させるために、土から大量に栄養を集めるのだろう。結果、何度か果実や野菜を実らせたのち、砂漠の砂のようにサラサラとした痩せた土地になってしまったらしい。


 ……少し考えれば分かりそうなものだが。


 畑が死んだことを恨んだ人間が、ドライアドを貶める噂を流した。結果、この三十年の間、ドライアドは迫害され続け、沢山殺されたそうだ。


 モモちゃんは森ごと村を焼かれ、家族を殺され、挙げ句奴隷にされ、この奴隷館に連れて来られた。希少となったドライアドを鑑賞用に欲しがった人間が居たらしい。


 知ってはいたが、人間は本当にどうしようも無いクズだな!


「酷い話だ」


 話のお礼に、四本目のクッキーを差し出す。

 また、モモちゃんは差し出したクッキーを受け取らず、顔を近付けて食べていく。


 カロリーの塊でしかないクッキーだが、先程よりもモモちゃんの血色が良くなったように見える。


 いつの間にか日が落ち始め、辺りが暗くなってきた。

 檻の端には再びゾンビが群がり始めている。

 ゾンビに怯えたモモちゃんが、俺に身を寄せてきた。


「俺は、明日ここを出て行く。君はどうする?」

「……連れて行って下さい。……クロウ様がご主人様なら…………う、嬉しい……から」


 潤んだ目でそんなこと言われたら断れない!断る気なんて最初から無いけど。


 ……ご主人様?


「……奴隷契約をして下さい。でないと、私はこの檻から出られません」

「奴隷契約……」


 さすがに気が引けるな。他人を奴隷として扱うなんて。…………まあ、良いか。


「契約はどうすれば出来る?」


 契約と言うからには、なにか魔術的な方法があるのだろう。


「首輪に触れて魔力を流して下さい」

「それだけ?」

「? ハイ、それだけです」


 言われた通り首輪に魔力を流す。

 転生してから、なんとなく魔力を感じ取れるようになった気がする。

 魔法が使えるんだ、魔力を流すくらい問題無いだろう。


 モモちゃんの首輪の宝玉の色が、青から赤に変わっていく。


「これで終わりか?」

「ハイ……さっきよりも、ご主人様の魔力を身近に感じます」


 ウットリとした顔をしているのは気のせいだろうか?


 どことなく、あざとさを感じる……。


 気にしても仕方ないと割り切り、俺はクッキーを一本だけ食べて寝ることにした。

 この建物の下は剥き出しの地面。その辺をアリが歩いている。


 地面に横になって、少しでも身体を休めよう。


「ご主人様……」


 モモちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。


「……このまま……一緒に寝ても……良いですか?」

「…………う、うん、構わないよ」

「……ご主人様の近くに居ると、良い匂いがします」


 ……そうか、モモちゃんは今まで、腐臭に耐えてきたのか。

 それに、僅かに震えている。


 懐にモモちゃんの温もりを感じながら、俺は眠りについた。



          ★



 日の光を感じながら目を覚ます。

 思ったほど明るくない。日が昇り始めたばかりか。


 檻の周りには、昨日と変わらずゾンビが纏わり付いていた。アーアーうるさい。

 眠りながらもクリアエアの魔法は使いっぱなしだったため、臭さは全然感じない。


「お、おはようございます。ご主人様」

「おはよう、モモちゃん」


 俺の胸に顔をうずめた美少女が、上目遣いで朝の挨拶をしてきた――滅茶苦茶可愛い!


 檻から出たら、次はいつ休めるか分からない。

 高カロリークッキーを、一人一本ずつ食べて朝食は終わり。


「俺は分からないことだらけだから、モモちゃんが分かる範囲で構わないから、色々教えてくれ」

「ハイ、少しでもお役に立てるように頑張ります!」


 モモちゃんが大きな声を発したため、ゾンビが更に集まって来る。


「……スミマセン」

「ゾンビは全て滅ぼさないといけないからな、構わないさ」


 半分はやせ我慢だ。

 それにしても、約三十体のゾンビ相手にモモちゃんを守りきれるだろうか?


「……ご主人様、私の力を見て下さい。サンクチュアリ!」


 モモちゃんの周りから、光が円上に拡がっていく。

 光に触れたゾンビ達が消滅していく。

 檻の周りどころか、建物の中にいたゾンビを全て消し去ってしまったのではないだろうか。


「まさか、”神聖魔法”?」


 神聖魔法は浄化の力を有していて、ゾンビを倒せる数少ない手段だ。使い手は少ないと聞いていたが……。


 モモちゃんは天使なのかもしれない。


「どうですか? ご主人様……」

「凄かったよ! 良くやってくれた」

「えへへへ」


 若干、あざとさを感じさせる笑み。


 だが、少しフラついている。


 体調が良いとは言えない状態で魔力を消費したためだろう。


「さっきの、後何回使える?」


 身体を支えながら尋ねる。


「……さっきの魔法は後二回が限界です。小規模な魔法なら、十回以上は大丈夫です」


 使用回数はモモちゃんの申告の半分に抑えておいた方が良さそうだ。こういうタイプは、無理した場合を報告してくるからな。


 おそらく彼女は、生き残るために自分の有能さをアピールしている。


 あからさまな媚びを売ってこないのは、彼女が生真面目な性分だからだろう。


 無駄な会話を避けたりと、モモちゃんが生き残る事を優先しているのが見て取れる。


 彼女は賢い子のようだ。


「危険だと思ったときと、俺が指示したとき以外は使わないようにしてくれ。”神聖魔法”はいざという時の切り札にしたい。ゾンビの一体や二体なら、この木刀でなんとか出来るから」


 モモちゃんの重要性と必要性を説き、力を無駄使いさせないようにする。


 賢いこの子なら、十分に俺の意図が伝わったはずだ。


「まず、この建物から使えそうな物を探すか」


 モモちゃんのフラつきが治まったのを確認したのち、檻の鍵を開け、昨日は見なかった場所を探索していく。


 ゾンビに遭遇するよりも早く、雰囲気が異なる場所を見付けた。


 奴隷館の商人達の部屋だろうか? 高そうな物が沢山置いてある。

 ”リングボックス”の中は幾らでも入るんだ。なんの効果も無い宝飾品の類いも、片っ端から左腕に嵌めた腕輪に収納していく。


「ん、”高級娼婦のドレス”?」


 役立つものを見付けるため、”鑑定”を使いながら物色していたら、とんでもない物を見付けてしまった。


〔高級娼婦のドレス〕


⚫状態異常完全無効 ⚫魔力回復効果(中)

⚫衣服再生     ⚫肉体再生(小)


 この世界のアイテムの中でどれぐらい凄いのか分からないが、モモちゃんにはとても有用だろう。


「モモちゃん、これを着てくれ!」

「……ご主人様は、こういった物が好みなのですね」


 頬を赤らめながら、目の前で白衣を脱ぎ去り、”高級娼婦のドレス”を着ていく。

 一瞬、「男の前で簡単に女の子が脱ぐ物じゃない」と注意しようかと思ったが、どこにゾンビが潜んでいるか分からない以上、目の前で着替えてくれた方が安全か。


 下半身が反応しそうなのを必死に堪える。


 前世では四十代で枯れたんだよな、俺って。

 自分が健康な男児になったのだと、再認識させられた。


 ……綺麗なピンクだったな。


 白衣はリングボックスに回収した。


「……ご主人様、どうでしょうか?」


 着替えたモモちゃんが、ヒラリと一回転する。

 なんて綺麗でエロいんだ!

 胸元や太ももなどの露出が多く、体の大半を覆う白い布は薄くて僅かに透けている。なんとか大事なところは見えていないが。

 ところどころに黄金で出来た装飾が使われており、高級感があった。


「……ご主人様? ……似合っていませんでしたか……」


 思わず見惚れていたら、モモちゃんが泣きそうな顔になってしまった。


「似合ってる! 凄い似合ってるから! どこのお姫様かと思ったもん! だから泣かないで」


 あざといと思いつつも、必死に宥めてしまっう。


「ありがとうございます! ご主人様!」


 一瞬で笑顔に変わった。この辺は俺の娘と変わらないな。



           ★



 奴隷館の物色が終わり、俺とモモちゃんは外に出た。


 店には看板が付いており、絵柄でなんの店なのか分かるようになっている。

 ロラちゃんから色々聞いていなかったら、大変だったろうな。


 最初に奴隷館の近くに建っていた薬屋に入った。

 中は荒れていて、棚の上の方にあった物以外駄目になっていた。無事な薬や調合器具の類いを全て回収し、店を出る。


 次に見付けたのは旅装屋。旅に必要な物が多く置いてあるらしい。

 リングボックスに入っていた水筒と同じ物が置いてある。他にもテントのような物に、魔力で動くランプや長期保存の非常食もあった。

 鑑定で非常食が腐っていないのを確認してから、リングボックスに入れていく。


「ご主人様、これ高級品ですよ!」


 モモちゃんが手に持っていたのは、灰色一色の上質そうなローブだった。


〔探索者の高級ローブ〕

 

⚫防水 ⚫防火 ⚫魔力回復効果(小) 

⚫防刃 ⚫衣服再生 ⚫温度調整 

⚫疲労軽減(小) ⚫状態異常回復(小)


 効果が多いな。一つ一つは地味だが、これだけ効果が付与されているなら役に立つだろう。

 名前に高級という言葉が使われているのはスルーする。


「俺とモモちゃんは、このローブを常に身に付けていよう。予備も含めて、全部貰っていこうか」


 他にも水や火に特化した色んなローブが有ったが、普段は”探索者の高級ローブ”を身に付けておくのが効果的だと判断した。

 更に物色していると、アイテム袋という物を発見。リングボックスの下位互換のような性能だったが、万が一俺とモモちゃんが離れ離れになったときのために、モモちゃんに一つ持たせいうことにする。

 彼女も自分の物を自分で持ち運ぶ手段が欲しいだろう。非常食も分けておく。


 一つ残念な事実が発覚した。彼女のエロ綺麗なドレスが、ローブで大分隠れてしまった……本当に残念だ。


 それにしても、先程からゾンビと遭遇しない。モモちゃんの神聖魔法で、この辺一帯のゾンビは消し飛んだのか?


 目星い店が無くなり、街の中心地らしき広場に出る。

 探索していた場所の反対側に行けば、何か有るかもしれない。昨日、煙が上がっていた場所に近付くことになるが。


 広場も物が散乱して荒れているが、何か違和感を覚える。


「…………この広場だけ……死体が無い」


 ここに来るまでに食い散らかされた家畜を沢山見た。なのに、広場に入った途端一切見当たらない。


 広場の中央付近に差し掛かったときだった。


「アアアアアアアアアア!!!」


 ゾンビ特有の声が大音量で響きわたる!


 広場の端の建物から、ゾンビが俺達を囲む形で大量に現れた。


 声がした方には、大剣を手にした全身甲冑の騎士が立っている。


「全身鎧のゾンビか……厄介だな」


 ”鑑定”ですぐにゾンビだと判明。しかも、他のゾンビ達に指示を出しているようだ。


「ゾンビを統率するゾンビが居るなんて、聞いてないよ、ロラちゃん!」

「ご主人様、どうしますか?」


 ゾンビは少しずつ、包囲を縮めている。


「合図をしたら、今朝の魔法を発動してくれ。出来るだけ引き付けて、一網打尽にする!」


 魔力回復効果がある装備を手に入れたし、多少の無茶は大丈夫なはず。


 甲冑ゾンビは広場の端から動かず、側に数体のゾンビを待機させている。

 あいつは、ここで叩かないと危険だな。


 包囲網が半径四メートル程になった!


「今だ!」

「サンクチュアリ!」


 モモちゃんから放たれた光がゾンビ達を呑み込み、消滅させる。

 やはり甲冑ゾンビのところまでは届かないか。

 周りのゾンビが全て消えたのを確認して、甲冑ゾンビに向かって駆ける!

 取り巻きのゾンビ共は全て質素な服しか着ていないため、問題なく木刀で倒せた。

 取り巻きの普通ゾンビを全て倒した瞬間、甲冑ゾンビが大剣を振り下ろす!


 間一髪で躱すと、軽く地面が揺れ、小さな亀裂が生じる。


 ゾンビが馬鹿力を持っているのは定番だが、嬉しくない特典だな!


「ホーリーランス!」


 俺が甲冑ゾンビを引き付けたスキを突き、モモちゃんが魔法を直撃させる。


 甲冑ゾンビは、甲冑と大剣を残して消滅した。


「すぐに移動して、どこかで休もう」

「……ハイ」


 これだけ騒いだんだ、すぐに他のゾンビが集まって来るだろう。

 何より、大技を使ったモモちゃんを休ませたい。

 甲冑と大剣をリングボックスに回収し、広場を急いで離れた。


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