第十九話 巨人ゾンビ
カサンドラ達と別れてから、貧民街に向かって歩いていた。
綺麗な石畳は無くなり、立ち並ぶ家もボロ小屋のような物に変わっていく。
あいつは、生きてんのかね~。あまり期待はしないでおこう。
「建物は無事か」
あいつの家は無事だった。その事に、少しだけ安心している自分が居る。
数少ない盟友は、まだ生きているのだろうか。
スライド式のドアを開ける。キツいな。
「アドルフ! 居るか!」
小屋の中には誰も居ない。だが、つい最近まで誰かが暮らしていた形跡がある。
は! あの爺、まだ生きていたか。
小屋の中は、紙やらモンスターの素材だらけ。相変わらずの研究バカか。
アドルフがゾンビにやられたとは思わない。寿命でくたばったのでなければ、あの男が死ぬはずなどない。
遠くから、微かに地鳴りが聞こえる。
音は冒険者ギルドの方か!
アドルフとは会えなかったが、生きているという確信は持てた。今はそれで良い。
”瞬足”を発動し、全速力で冒険者ギルドへ向かう。
●●●
冒険者ギルドの外に出ると、ロッティが結界の維持に集中していた。かなり辛そうだ。
「スミマセン! このままだと結界が!」
結界を攻撃していたのは、三メートルを越える巨躯のゾンビ。十体全てが、布を頭から被っている。
その背後には、更に巨大なゾンビが居た。
十五メートルはありそうな人型の巨大ゾンビ。人体模型が毒々しい色に変色したような見た目だった。
「君が現在の魔王、クロウだね」
一人の男が巨人ゾンビの肩の上に居た。嫌らしい笑みを浮かべた細身の老人が。
「お前は誰だ!」
「僕はアドルフ。ローザ様の命により、君達を殺す役目を務めさせてもらう」
やっぱり、あの男もゾンビか。
ひげや髪は伸ばしっぱなしだ。顔の右半分が黒い石で埋まっている。
「お前……アドルフなのか?」
結界の外に、フォルフィナというダークエルフが現れる。美しさと色気を兼ね備えた、褐色の肌の銀髪美人。
服の上からだが、ふっくらとした美乳の持ち主だと分かる。
カサンドラの知り合いらしいが、只人のあの男と知り合いなのか?
「十年ぶりくらいかな? フォルフィナ。君は相変わらず美しいね。僕なんてこんな爺になってしまったよ」
「お前ほどの男が、ゾンビにやられたというのか! 答えろ! アドルフ!」
「旧知の仲だからね、バレるのは仕方ないか。僕は望んでローザ様の祝福を受け入れたんだよ。更に言えば、外壁を破壊したゾンビは僕が造ったんだ。ここに居る融合ゾンビは、最近造った新種だよ。複数の生物を混ぜると、巨大化する傾向があるらしい。僕が乗っている巨人は、人間を三十人程融合させたものだ」
アドルフが喋りながら、黒い球体を放り投げる。
球体がぶつかると、結界が溶けるように消えてしまい、侵入を阻まれていたゾンビ達が動き出す。
「リーシェ! ギルド内の者達を守れ!」
「わ、分かりました」
「全員下がれ! 俺が対処する!」
心を冷たく、身体は熱く!
「”魔王法術”、怠惰な重圧」
巨躯のゾンビ達が重圧で倒れていく。
だが、倒せてはいない。
頑丈だな。普通なら圧殺されているはずなのに。
「”煉獄魔法”! インフェルノ!」
紫の炎が、ゾンビ達を焼き尽くす。
「奴らが纏っている布は”物理無傷”。魔法でなければ傷付かない。”怠惰な重圧”は重くする魔法であって、直接的な攻撃力は無いよ!」
フォルフィナの方が俺より”魔王法術”に詳しいな!
怠惰な重圧では魔法で攻撃した事にはならないと……なんか恥ずかしい!
「フォルフィナ、君は僕の敵になるのかい?」
「当たり前だ! むしろ、何故ゾンビに加担する!」
「神聖王国を潰すためだ。だからこそ先々代の魔王に協力していたんだ。知ってるだろう、僕の望みはずっと変わらない」
「妹の仇討ちかい?」
「違うな。すでに仇なら取った。僕が望むのは、神聖王国という国の打倒だ! あの国は、存在していてはいけない国なんだ!」
「だからと言って、何故ゾンビ側に着く! 相変わらず闇巫女に惚れているのか! 同じ顔なら誰でも良いのか!」
アドルフがロッティを見る。
「……彼女はロッテさんじゃない。僕が愛したのは、ロッテさんだけだ!」
完全に蚊帳の外だ。滅茶苦茶歴史が渦巻いているよ。
「僕が許せないのは、神聖王国と、あんな国の存在を許し続けた、この世界そのものだ!!!」
巨人ゾンビが動き出した。
●●●
冒険者ギルドの裏手、布を被ったゾンビがわらわら居る。
「クロウ陛下は忙しい。お前達は、このレイジアが相手をする!」
声に反応したのか、ゾンビの足がこちらに向く。
「すぐに終わらせる」
スキル”放電”で、周囲に微弱な電流を常に放つ。
常人であれば、これだけで方向感覚を狂わせられる。
私の目的は、物質に電気を帯びさせる事だが。
「ゾンビが被っている布は、魔法以外を無効にするだ!」
屋根にいるルントさんが教えてくれる。
「そう。だったら……」
シャランシャランと、全身に装備している”雷鉄の短剣”十二本を鞘から抜き放ち、宙に浮かせる。これらに電気を纏わせ、電気磁石にするのが私の基本戦術。
更に、腰から十三本目の”雷鉄の短剣”を抜く。この剣だけは、獅子と乙女の装飾が施されている特注品。
”雷鉄の短剣”自体は低級の武器に位置づけられている。だが、私が、雷の獅子の乙女が使えば、高位クラスの武器となる。
モモ様の手作りの聖水を握りしめながら、雷鉄の短剣の柄部分をゾンビ共の腹に押し込み、”磁力”で一カ所に集める。
「”雷魔法”! ブルースプランター!」
青い雷が布を吹き飛ばし、十一体のゾンビの中身が見える。
数人の人間がグチャグチャに混じり合っていた。
「すぐに、殺してあげますからね」
四本の聖水をばらまくと、十一体のゾンビの身体が溶け、消滅した。
「残り十四体か」
聖水は残り三本。どうする……。
「”暗黒魔法”、ダークランス!」
巨躯のゾンビが、一体消滅する。
銀髪のツインテールをなびかせ、美しい少女が降り立つ。
「ゾンビは私がやります。レイジアさんは牽制を」
「ロッティさん、いえ、ロッティ様。無理はなさらぬよう」
ニコリと笑い、ゾンビと向き合うロッティ様……美しい。
陛下の妻達は全員、なぜあんなにも美しいのか。私も陛下のものになれば、あんな風に……私はなんて畏れ多い事を!
「だりゃああああああああ!!!」
遠くから大声が聞こえたと思えば、モンスターのラミアが吹き飛んできた。
他のゾンビにぶつかりながら、身体の半分が消滅していったラミアゾンビ。
「ラテルさん、また奴らです」
「僕らとは相性悪いんだけどね」
武器の回収を頼んでいたラテル様とテッチェが戻ってきた。心なしか、テッチェが逞しく見える。”ミスリルの大鎚”を持っているからだろうか。
さっきのは、テッチェがやったの?
それにしてもあの胸、一度で良いから揉みしだきたいですね。
そんなことを考えている場合ですか!
「動きを止めます。サンダー!」
煩悩を振り切り、魔法を行使する。雷の魔法ならば、ゾンビ共の動きを止められる。
「“暗黒魔法”、ダークメテオバレット!」
ロッティ様が一瞬で巨大な魔力を練り上げ、黒い球体を高速でばらまく。
布ごと、ゾンビ共の身体が穿たれていく。
布が無くなったゾンビにラテル様は拳圧を飛ばし、テッチェは鎚を振り下ろす。
「二人とも、美しい」
思わず心の声が漏れてしまう。
「遠くからまたゾンビが接近してるだ! 今度は蜘蛛だ! ジャイアントスパイダーだ!」
「「蜘蛛!?」」
私とテッチェが同時に悲鳴を上げる。
そうか、テッチェは私の同士か。
間もなくして、背後に巨大な影が現れた。
●●●
「憤怒の豪火!」
巨人ゾンビに黒い炎が纏わり付き焼き尽くそうとするが、数秒で霧散してしまった。
「……無傷か」
巨人の身体は腐ってはいるが、焦げた跡は無い。
「この子は”闇の衣”のスキルを持っている。魔法は効かない!」
ゾンビのスキルは見ることが出来ないからな。アドルフがバラしてくれるのは有難いが、ブラフという可能性もある。
「第一覚醒しかしていない君では、この子には太刀打ちできまい!」
ゾンビを子供扱いか、親馬鹿だな。
第一覚醒は、言ってしまえば巨大な魔力が手に入るだけだ。魔法が効かない相手は、今の俺にとって天敵。
「魔王、どうする?」
フォルフィナが相談してきた。
少し意外だ。彼女はもっと、自分を高い位置に置く人間だと思っていた。
「手が無いなら、私がなんとかしてやろうか?弓があればだけど」
なぜか、この人に頼るのは癇に障る。
「いい、俺がなんとかする」
リングボックスから、昨日手に入れた新たな得物を取り出す。
「まさか、魔剣なの?」
フリードが殺されたとき、まるで、俺に使えとでも言うように目の前に突き刺さった禍々しい黒剣。
「使わせてもらうぞ、フリード」
〔波動の魔剣〕
●黒の波動 ●波動術 ●魔力回復効果(大)
●変幻刃 ●疲労軽減(大) ●隠蔽 ●剣再生
●魔法増強(中) ●魔力吸収 ●武器破壊
俺の物になったことで、効果も見られるようになった。武器でこれ程効果が付与されているのは初めてだな。さすが魔剣。
魔剣を手にしただけで、新しい加護とスキルも手に入ったし。
「……魔剣だと? 確かに魔王との適性は常人より高いだろうが、契約条件を満たす事など稀だろうに」
契約? そんなことしたか? そもそも、魔剣ってそんなに使い手を選ぶのか?
常時”闇の衣”を纏いながら、拳を振り下ろしてくる巨人ゾンビ。
避けると冒険者ギルドが破壊される恐れがある。受けるしかない!
”影傀儡”で巨人と同等の人影を作製。拳を受け止めさせ、そのまま巨人ゾンビを取っ組み合いで押さえ込む。
このサイズの傀儡だと、魔力がガンガン持っていかれる!
「”魔剣術”! オールディバイド!」
跳躍してから放った黒い斬撃が、巨人ゾンビの左腕を肩から切り落とした。
『グゴバアアアアアアアアア!!!』
「チッ! 後退しろ!」
アドルフに従い、巨人ゾンビが膝を折り曲げ跳躍。バク転して三十メートルは離れた。
腕を失った事で、傀儡の拘束が緩んだか。
冒険者ギルドから離れたのは有難いが、傷口から黒い血が撒き散らされた。アレに触れてもゾンビになるんだろうな。
「“煉獄魔法”、ヘルフレイム!」
紫の炎が地を這い、撒き散らされた血を蒸発させていく。
「血の処理は私に任せなさい!」
「助かります!」
フォルフィナの状況判断は的確だな。素直に有難い。……俺、なんで丁寧語を使ったんだ?さっきまで癇だと思っていたのに。
「遠くから、またゾンビが接近しているだ! 今度は蜘蛛だ! ジャイアントスパイダーだ!」
冒険者ギルドの上から、田舎くさい女の子の声が聞こえる。あの喋り方、ちょっと可愛い。
巨大な蜘蛛以外にも人型のゾンビも集まってきて、巨人ゾンビに取り付いていく。
ダークドラゴンゾンビが再生したときと同じだ。巨人ゾンビの身体が膨れ上がり、更に巨大化していく。
「感謝しろ! ここら一帯に残っていたゾンビを全て集めてやったぞ!」
狂信的な笑みを浮かべるアドルフ。
「オールディバイド!」
「”無法”!」
黒の斬撃が、突然消えた!?
アドルフが巨人の肩から飛び降りる。
「アドルフは”無法”のスキルを持っている! アレには魔法も術も、スキルを消してしまう力がある!」
「厄介な。だが、是非欲しいスキルではある」
「僕の長年の研究成果だぞ! 簡単に手に入ると思うな!」
研究の果てに手にしたスキルと言うことか?なら、スキルは勉学で修得が可能な物もあるのか!
「さあ、絶望しろ! 現段階での僕の最高傑作! ギガスパイダーだ!」
『グリュイオオオオーーーーーーーーン!!!』
高さ二十メートルを越える巨人が生まれた。頭に二本の巻角を生やし、顔の形が蜘蛛っぽく変わっている。
”闇の衣”も健在か。
「外壁を破壊し、都市にゾンビが入り込む原因をつくった奴だ」
フォルフィナが動揺している。
「どうする!? 魔法が効かないうえに、スキルを無効化するアドルフが居る。このままじゃ!!」
「アドルフは任せる。巨人はこっちでなんとかしよう」
「……なぜ、そんなに落ち着いている?」
別に落ち着いているわけじゃないんだが。
「ピンチはチャンスって言葉があるんだよ。ダメだと思っていたら、せっかくのチャンスを逃してしまうだろ」
若い頃は、この言葉をまったく生かせなかったな。
「若人に教えられるとはね。今代の魔王は面白いよ」
中身は九十間近の爺なんだが。
「アドルフは任せな! …………私に何かあったら、私のパーティーメンバーを頼んだよ!」
アドルフに向かって駆けていくフォルフィナ。変なフラグを立てんな!
さっさと、この蜘蛛巨人を滅ぼす!
巨人の攻撃が地上に向かわないように、巨人の頭よりも上空へと浮かぶ。
俺も、攻撃するときに気を付けないと。
「”魔剣術”! ブレイドエンパイア」
空に百以上の斬撃が生まれる。
”魔剣術”はやたら魔力を喰うな。その分強力ではあるが。
即座に魔力を回復する道具が存在するのか、後で聞いてみないと。
『ギュボオオオオオオオオオオ!!!』
咆哮と共に、巨人の背中から巨大な蜘蛛足が八本生える。
全ての蜘蛛足の先に、赤い魔力光が発生する。
心を冷たく、身体は熱く。ドス黒い魔力を全力で練り上げる!
八つの閃光が放たれたのに対し、俺は無数の斬撃を操りながら回避する。
斬撃の幾つかが巨人ゾンビに到達。内側から縦横無尽に切り刻む。
その間にも、巨人は蜘蛛の巣を飛ばし、こちらを拘束しようとしてくる。
俺の飛行能力は飛ぶというよりも浮かんでいる方に近いのため、あまり速く移動できない。
そのため、巨大な蜘蛛の巣の大半を、練り上げた魔力で無理矢理滅する。
地上では、派手に紫の炎が舞っていた。
●●●
並走しながら、”煉獄魔法”でアドルフに猛攻を仕掛ける。
相手がゾンビである以上、他に有効打がない。
「君もゾンビになったらどうだい? 生きたまま石を埋め込まれれば、見た目は生前と変わらないよ」
ゾンビにしては血色が良いと思ったら、そういう事か。
「お断りだよ! 私は結婚して、子供が産まれて、我が子が成人するまでは死ぬ気はないからね!」
「男が苦手なくせに、無理をするなよ。七十年経っても治らなかったんだろ? 夢見る乙女病」
仕方ないだろ! 誰だって素敵な王子様に攫われたいと思うだろ! 私だって女の子なんだぞ!
いまだに王子様には出会えないが。
私がこんな風になったのは、絶対にサクラのせいだ!
「アドルフ、絶対に殺す」
「個人的な私怨がダダ漏れだね、万年処女。エルフの出産適齢期は百歳だろ? そろそろマズいんじゃないのか?」
私が気にしていることをズカズカと!
決めた! もう決めた! 頭にきた!! もう決めちゃったもん!
「今代の魔王と結婚してやるわ!」
……結構、頼りになるし。
「…………」
「……なによ」
「敵とはいえ、昔の盟友が憐れで悲しくなってきた」
「同情してんじゃねえよ!!! ゾンビ爺!!」
テメーだって、ロッテ様一筋の童貞だろうが! ……童貞だよな?
「いくら頑張ったって、弓を持たない君では、僕は倒せないよ」
「そうかもね」
軍に捕まったときに取り上げられた”魔弾の弓”があれば、”煉獄弓術”が使える。それなら魔法と組み合わせて手数を増やせるのに!
「でも、これは一対一の戦いじゃないのよ!」
「……まさか!」
気付いたアドルフが振り返った先には、愛剣を振りかぶったカサンドラ。
「アンタの”無法”はスキルを無効化するだけ! 昔、アンタが教えてくれた事だ!」
カサンドラの剣が、アドルフを切り裂いた。
この話で十万文字突破しました!
だからどうしたという話なんですけどね。




