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第十六話 雷の獅子の乙女レイジア

「……本当に、姉さんなの?」

『ええ、そうよ。ゾンビになってしまったけれど、貴方の姉よ』


 紫銀の髪に青い瞳。大胆な黒いドレスを着た女ゾンビの姿は、青白い肌と頭に埋め込まれた黒い石を除けば、生きた女性と変わらない。

 何故、他のゾンビのように腐っていない?


『そちらが新たな魔王ですね。初めまして、元闇の巫女、ローザと申します』


 深々とお辞儀をするローザゾンビ。


「目的は、勇者への復讐か?」

『大変聡明な方でいらっしゃる。左様です。三人の勇者を殺すのが私の目的です。息子と夫の仇を取らねば、死んでも死にきれませんもの』


 空々しい回答に、不快感を覚える。


「お前がゾンビ達の、最上位の存在か?」

『さあ、どうでしょうか』


 ニッコリと微笑むローザ。その人間らしさが、逆に不気味だ。

 ふと、動かなくなったフリードを見詰めるローザ。


『この方は勇者に対して強い憎悪を抱いている様子。私の手駒にさせていただきます』

「逃がすと思っているのか!」


 フリードとは出会ったばかりだったが、友人のような親しみを感じ始めていた。それを、自分が殺しておいて手駒だと!


「姉さん! 復讐だというのなら、何故魔族領の者達を、関係ない人達まで巻き込んだのですか!」

『愚かなのは、勇者に限った話しじゃないの。貴方も私も、最初から存在する価値など無いのですよ』

「姉さん? いったい、なにを言っているんですか……」


 ロッティの顔が、悲しみに染まっていく。


『……そろそろですか』


 フリードの死体が動き出す。


「ア~~」


 フリードがゾンビに……。

 バチッ! と、フリードの手から魔剣が弾かれ、俺の目の前の地面に突き刺さる。


『ゾンビ化したことで加護が失われ、所有権まで無くしましたか。残念ですね。ではロッティ、クロウ様、サヨウナラ』


 最後の言葉だけは、単純に感情がこもっていなかった。

 目の前で魔法陣が生まれるが、俺もロッティも動けず、ただローザとフリードが消えるのを見送ってしまった。


 ローザに対する怒りと、ロッティちゃんの身内という事へのジレンマが、俺を動けなくしていた。


「姉さんが、どうして……」


 ロッティの身体が傾き、ゆっくりと倒れていく。



●●●



「Bランク冒険者も大した事無いね」


 全力で殴った男の身体は、ただの肉塊へと変わった。


 やっぱり、僕のパワーはとんでもないな。


 獣の加護による動物の能力に、剛力の加護による超パワー。寝屋で、うっかりクロウを殺してしまわないように気を付けないと。

 あっ! さっきの男、ゾンビ化してから殺すべきだった!


「化け物め!!」


 さっきまで僕に劣情を抱いていたくせに、よく言うよ。抵抗しなければ、この場で犯していただろうが!

 それにしても、ここまで下卑た目で見られたのは初めてだな。いつもなら、僕が獣人だと気付くと視線が汚らわしいものでも見ているかのように変わるくせに。


 まあ、あんたらみたいな三十、四十のガキに興味なんて無いけど。

 でも、クロウだとなぜか身体が反応しちゃうんだよね。なんでかな?


「ダメじゃないですか! ちゃんとポイントを稼がないと!」

「ゴメン、モモ。つい忘れちゃった」


 モモが持つ鉢植えから伸びた植物が、ゾンビを捕らえていた。

 離れた位置でビビっている冒険者の足にも絡ませ、ゾンビと合体させる。と言っても、ぶつけているだけだけど。


「じゃあ、ラテルさん。お願いします」

「はいよ!」


 噛まれてから数分後、冒険者が全員ゾンビ化したのを確認してから、滅びの力が乗った拳圧でぶっ飛ばす!


「下が騒がしいね。カサンドラとレイジアさんが来たみたいだ」


 微かに二人の声が聞こえた。


 これで、反乱軍とやらを殲滅出来るね。


「ご主人様は?」

「離れた場所から振動が伝わってくる。その場所で戦っているんじゃないかな?」


 階下からまた男達が現れる。そろそろいい加減にしてほしいな。



●●●



 再び、監獄塔の一階に足を踏み入れる。

 中には、レイジアが苦戦していた軍人が、取り巻きと一緒に立っていた。


「グヒ! レイジア指揮官殿、このボバー、再会できたことを嬉しく思います!」


 軍人とは思えないほど肥え太った男が、息苦しそうに喋り出した。


「カサンドラさん、この男は私が殺します」


 まだ魔力が回復しきっていないはずなのに、戦意を漲らせ、歩き出すレイジア。


「帝国の皇族に連なる者だから、貴様の横暴も厳重注意で済ませてやっていたんだぞ。なのに……年端もいかない子に貴様がなにをしたのか、分かっているのか!!」


「ゾンビのせいで、娼館が閉まっているのが悪いのですよ。むしろ、この私の慰み物になれた事を、光栄に思って欲しいですね」

「あの子は、私の目の前で自殺したんだぞっ!!」

「プップー、防衛隊の指揮官ともあろう者が、目の前で幼女が自殺するのを止められなかったんですか~」


 レイジアが鬼の形相を浮かべているのが、彼女の後ろに居る私でも分かる。


「そもそも~、指揮官殿が悪いんですよ~。指揮官殿が僕の要望どうりに相手してくれれば~、あんな幼女に手なんて出さなかったんですよ~。指揮官殿が、僕の好みど真ん中なんですから~」


 本物のクズだ。あんなのの慰み物にされるくらいなら、死んだ方がマシだ。


「死ね! オークもどき!!!」


 女が男に対して使う、最大級の侮蔑の言葉。顔も似てるよな? あの汚物男。


 ここに来るまで使っていた”ミスリルの長剣”を、レイジアが投げ捨てる。


 アレには浄化の属性が付与されているため、ゾンビ相手には有効な武器だが、彼女本来の武器に比べれば数段劣る。


 レイジアが腰の短剣を引き抜き、身体のいたる場所に装着された鞘から剣が次々と引き抜かれ、空中に浮かぶ。


 全ての剣が同じ鈍色の輝きを放っている。形も素材も統一されているようだ。


「グヒ! 僕らは相性抜群なのを忘れちゃったんですか? 指揮官殿の力では、僕を傷付ける事すら出来ませんよ~」


 それは相性最悪と言うべきだろ!


「僕の”無刃の加護”と”超雷耐性”によって、貴方は手も足も出ない~」


 光側の王族は、産まれながら強力な加護を持っていることが多いと聞いたことがあるが。


「実戦を知らず、ゾンビに怯えていただけのオークもどきが、私を舐めるな!」

「そんなこと言われると、ぜひ、ペロペロしたくなっちゃいますよ~! 女王様~~~!!」


 舌をペロペロ動かしながら、無遠慮にレイジアを視姦するオークもどき。ちょっと吐き気が込み上げてきた。


 レイジアが手にした短剣を振り下ろすと、浮いていた剣達が、オークもどき以外の軍人達の心臓を貫いた。


「後は貴方だけですね、ボバー……」

「そんなにも、僕と二人きりで愛し合いたいのですね! このボバー! 必ずやレイジア女王を満足させてみせますとも!」


 恍惚とした表情を浮かべるオークもどき。どこまでぶっ壊れていやがる。

 だが、奴の言葉に気になる単語があった。


「女王?」

「私のあだ名です。皇族に対しても偉そうだと、皮肉を込めて、影でそう呼ばれていました」


 女王様か。レイジアの見た目は、まさしく女王様だ。顔は綺麗だが少しきつめ、女性にしては私と同じく長身だし、彼女を構成する数多の要素が女王様感を演出している。


「どうです? 僕と奴隷契約をしてくれるなら、この鍵を渡しますよ」

「殺して奪えば良いだけでしょう」


 レイジア、言ってることが強盗そのものだよ! 気持ちは分かるけど。


 浮かんでいた剣が、オークもどきに飛んでいくが、切っ先がめり込むだけで刺さらない。


「僕の”無刃の加護”には、刃物による傷を負わないという効果がある。お忘れですか~?」


 一々うるさいな!


「副官殿は、あの世で羨ましがるだろうな~。死ぬ前にレイジア女王を抱きたくて、反乱を起こしたような人だったからな~」


「そんなことのために! お前達は!!」

「どうせ皆死ぬんだ! 最後に思う存分女とハメまくりたいと思って、何が悪い!!!」


 こいつも、追い詰められて狂ったのか。そして、多くの人達を巻き込んで死のうとしている。

 私の故郷の村と同じだ。追い詰められた人達が、村が滅ぶ切っ掛けを作った。


 愚か者など、生かしておく価値が無い。それが身勝手な考えだとしても、クロウ殿を守る為ならば、どんな者であろうと殺す!!

 それが、私の役目だ。


「私は生きる! ……皮肉にも、貴方のおかげで決心が着きましたよ。魔王陛下にこの身を差し出してでも、多くの人々を救ってみせると!!!」


 レイジアの宣言と共に、彼女の魔力が膨れ上がる。


「魔王陛下? 女王様もおかしくなってしまわれたのですか~?」

「今度こそ死ね! オークもどき!!」


 オークもどきにめり込んでいた剣に向かって、辺りに落ちていた金属類が引き寄せられる。


「剣でも雷でもダメなら、圧殺してあげるだけです」

「はあ? ………………イヤダーーーーーーー!! 死にたくないーーーーーー!!!」


 ズチャ!!


 オークもどきの血肉が、金属の山の隙間から飛び散った。


(きたな)


 静かになったエントランスに、彼女の無情な声が響く。

 この先、レイジアとは仲良くやっていける気がする。


 その後、少し離れた場所まで飛んでいた檻の鍵を回収し、女性達が居る上階へと向かった。



●●●



 俺が塔の前に到着した時には、モモ達と檻の中に居たであろう女の子達が、外に出て来ている所だった。


「ご主人様~!! 皆無事ですよ~!」


 陽気に手を振ってくれるモモ。あんな事があったばかりだから、凄い癒やされる。

 ただ、休んでいる暇は無いんだよな。


「ロッティちゃん!? いったいどうしたんですか!?」


 皆の前に到着すると、俺の腕の中のロッティちゃんを見て驚くモモ。


「色々あって、気絶してしまったんだ」

「ロッティちゃんは無事なのですか?」

「外傷は無いから安心してくれ。それよりも、(じき)に夜だ。安全な場所を確保しないと」


 すでに日が傾き始めている。夜になればゾンビが活発化してしまう。

 ロッティが気絶していなければ、”時空魔法”で礼の拠点に移動出来たんだが。

 あの場所も、安全とは言えないが。


「牢に居た者たちは身体が弱っています。あまり移動出来ません。この人数が寝泊まりするとなると……」


 レイジアが悩んでいる。モモのグリーンルームは植物が大量にないと作れないし……。


「あの、冒険者ギルドに行きませんか? あそこなら職員用の寝屋がありますし、物資も色々揃っています……荒らされてなければですけど」


 会話に入ってきたのは、空色の短髪の華奢な女の子だった。白を基調とした、妙に布地が少ない格好をしている。モモの”高級娼婦のドレス"よりも露出が多い。

 かなり細身なのに、出るところは出てるし。


「彼女の名はリーシェ。この街のギルド職員です。冒険者ギルドならここから近い。私は彼女の案に賛成します」


 レイジアのお墨付きが出たか。


「リーシェちゃん、俺の背後から案内を頼む。決して、俺から離れるなよ」

「は、ハイ! 頑張ります!」


○リーシェ 十五歳 〔只人〕


加護 淫乱の加護 記憶の加護 


スキル 生活魔法 房中術 感度増大 敏感肌

    安産体質 粘液 精力増強 絶対記憶

    水魔法 



 ……なんだ、このエロいことをするために産まれてきたような加護とスキルの数々は。


 サキュバスであるロッティちゃんよりもサキュバスっぽいんですけど!!


「クロウ陛下、どうかなさいましたか?」

「い、いや、別に…………陛下?」


 レイジアの俺の呼び方が変わっている。

 片膝を付き、こうべをたれるレイジア。


「今日より、クロウ陛下にこの身の全てを捧げます」


 なんの気負いもなく静かに宣言された言葉は、この場の全員に聞こえたらしい。男だからか、俺が現れてから怯え始めていた女性達の見る目が変わる。


「……皆が生き残るために、俺に力を貸してくれ」

「御意」


 レイジアは、女性達に慕われているらしい。女性達が俺の指示に従うように、手を打ってくれたのかもしれない。


「俺とリーシェちゃん、モモの三人で冒険者ギルドに先行する。安全を確保しておくから、離れたりせずに、皆で行動するように」



           ★



 時間がないから触れなかったけど、女性達の中に闇側の人間も居たよな? どういう経緯か知らないが、後で確認しないと。

 それにしても、随分綺麗どころが揃っていた。美人とは呼べない女の子が一人もいなかった。小さい子も居たけど。


「あそこの、青い屋根の建物が冒険者ギルドです!」

「この辺はゾンビが多いな、”影傀儡”!」


 人型の影が生まれ、ゾンビ達を斬り捨てていく。


「本当に、ゾンビを殺せるんだ……」


 背後から、リーシェちゃんの感心する声が聞こえてくる。

 冒険者ギルド前に到着。中には多数のゾンビが居るようだ。


「イーダさん、ランカさん、レイアさん、みんなゾンビに……」


 ギルド内に居るゾンビは、同じ服を着た女性が多かった。リーシェちゃんの同僚だったのだろう。


「モモ、浄化を」

「“神聖魔法”、サンクチュアリ!」


 ”神聖魔法”ならば、建物を壊す事無く建物内のゾンビを根絶やしに出来る。

 リーシェちゃんの知り合いのゾンビは、彼女の前で光の中に消えた。


「……ありがとうございます。これで、先輩達は安らかに眠れるでしょう」


 リーシェちゃんの気丈な振る舞いに、今度は俺が感心した。


「モモとリーシェちゃんは、みんなが来たらすぐに結界を張れるようにしておいてくれ」

「ご主人様はどうされるのですか?」


「この辺のゾンビを一掃する」


 心を冷たく、身体は熱く!


 空へと浮かび上がり、冒険者ギルドの屋上から徘徊するゾンビを睥睨する。

 フリードとの戦闘で手に入れたスキルのおかげで、これまでよりも遠くを精細に認識できる。


「”嫉妬の豪雨”」

 

 これまでの最大規模で、黒い雨を降らせた。



●●●



 闇側の住民を、魔王という存在を、私は忌むべき存在だと教えられてきた。


 だが、カルミラ都市に配属されてからは、これまでの教えを強く疑うようになった。


 この都市は境界線のすぐ側にある。闇側の情報は、帝都とは比べものにならないほど多く入ってきた。嫌な話しもあったが、闇側の者たちも光側の人間と大差ないのだと、心で感じる事が出来た。


 結局、信仰する女神が違うだけで、人としての素晴らしさも、醜悪さも、大した違いなど無いのだと、副官達の反乱が思い知らせてくれた。私の光の女神様への信仰が、妄信であったと認識した瞬間だった。


 そんな時に、彼女達は現れた。

 光側と闇側の混成パーティー。彼女達は皆、一人の男性を慕っているようだった。


 彼に助けを求めに行った時、彼は狼狽していた。余程自分の女達が大事らしい。

 私も誰かに、あんな風に心配されてみたいな。聖獣の乙女である私の心配など、誰もしてくれない。私より強い男なんて、滅多に居ないから仕方ないが。


 男尊女卑が強いこの国では、強い女は嫌われる。


 私よりも強い男なら、私の心配をしてくれるのかな?

 私がどれ程強くとも、心は普通の人と変わらないのに……。


 女性達を警護しながら、ふと、そんなことを考えてしまった。どこにゾンビや危険な人間が潜んでいるか分からないというのに。


「クロウ」


 呟いたラテルさんの視線は、上空に向けられていた。

 

 空に浮かぶ、クロウ陛下。

 もし、あの人に身体を求められたら、私は喜んで差し出すことが出来るだろうか?

 今まで出会った男の中では、最高なのは疑いようが無いですが。


 黒い雨が降り注いだ。


 近くのゾンビに、無駄なく命中していく。できる限り破壊跡を残さないよう、力を調整している。外壁の外で放ったときは、もっと強力だったはずです。

 なんて、優しいお方。


 胸が高鳴る。内側から熱いものが込み上げてくる。


「クロウ陛下♡」


 自分でも信じられない程、甘い声が漏れた。

 私、年下の男の子にときめいてしまいました♡!


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