第十五話 Aランク冒険者フリード
四人で監獄塔を目指して、ゾンビが溢れる街中を駆ける。
「レイジアは、ここでは一番偉い人間なのか?」
助けを求めてきた眼帯の美女に尋ねる。
「あくまで、防衛に対しての軍事行動の最高責任者です。ゾンビが現れてからは、都市防衛を指揮していました」
「その若さでか?」
「私は、聖獣の乙女ですから……」
聖獣の乙女?
「只人の女の中には、聖獣と呼ばれる存在に、加護を与えられる場合があるのです。彼女達は聖獣の乙女と呼ばれます。今のクロウ様の実力を越える者も少なくないかと」
「その聖獣の乙女を追い詰めたのが、クーデターの首謀者か」
レイジアが、苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「ゾンビに都市が囲まれ始めてから二ヶ月。救援は来ず、物資は減るばかり。そんな状態が続いたせいか、性的暴行を受ける女性が急増したのです。私の権限で、年頃の女性達三十人を保護しました。ですが、五日前に外壁が破壊され、二日後には冒険者の一部と私の副官が手を組んで、男の軍人全員で反乱を起こしました」
「保護した女達の檻の鍵を奪われ、仕方なく檻の前で一人奮戦していたと」
「……その通りです」
追い詰められたときほど人間の本性が浮き彫りになると言うが、男共は全員強姦魔かよ!
「魔力が尽きかけた時に、彼女達が現れ、反乱軍を追い返してくれたのです」
「こっちには鍵が無いため、女の子達を檻から出すことが出来ない。檻の中はスキルが使えないように仕掛けが施されていたため、ロッティ殿の”時空魔法”で逃がすことも出来ず……」
「Aランク冒険者を連れてくると言って逃げていったため、クロウ様に対処して貰おうかと。ちなみに、最高がSランクで、最も多いランクがBです。Aランク冒険者なら、場合によっては今のクロウ様よりも強いかもしれません」
さっきから嫌な話しばかりだ。
「向こうに着いたAランク冒険者は一人、Bランク冒険者が十人以上です。信頼出来る私の部下は、避難した住民の警護に当たっています」
「つまり、動けるのは俺達だけか」
気配を一切消していないため、ゾンビ達が近寄ってくる。
「面倒だ、“嫉妬の豪雨”!」
黒い雨が、地面ごとゾンビ達を穿つ。
「凄い、こんな広範囲を。それに、ゾンビが復活しない。まるで、魔王の滅びの力……まさか!」
「レイジア、俺に付くなら、今後も助けてやるぞ」
「…………神聖王国どころか、本国からの救援も来ないし、いっそ……」
顔に深いシワを刻みながら考え始めるレイジア。彼女の美貌が台無しだ。
車が三台はすれ違えそうなほど広い橋に差し掛かる。
「クロウ殿、あれが牢獄塔です!」
カサンドラが示した場所には、確かに塔がそびえ立っていた。七階はありそうだな。
「よお! 雷の獅子の乙女。アンタの副官が、アンタをレイプしたいとうるさいから、つい殺しちまったぞ!」
声がした方を見ると、禍々しい長剣を持った男が、何かを放り投げてきた。
転がってきたそれは、男の首だった。
「……副官のオッドです」
レイジアが副官に向ける視線は、とても冷たかった。
「こいつが裏切らなければ、もっと多くの人達が生き残っていられたのに!! Aランク冒険者ともあろう者が、なぜこんな男に付いた! 答えろ! フリード!!」
空気が痺れるようなレイジアの咆哮に、動じる事もなく歩いて来るフリードと呼ばれた男。
「有名な話しだから知ってるだろう。俺は狂っちまってんだよ」
「貴方の境遇には同情する。だけど、この街の女性達を、貴方の彼女と同じような目に合わせるのは違うだろう!」
「ウルセーーーー!!! 俺の目的は勇者を殺す事だけだ! テメーの副官が勇者をおびき出すって言ったから協力してやってたんだろうが!!」
さらに、嫌な話しを聞かなければならないのか。
「俺のマルチナを奪ったクソ勇者を、ぶっ殺せればそれで良いんだよ! そしたらよ、目の前にクソ勇者と同じ黒髪黒目の男が居るじゃねえか! テメー! 俺のストレス解消の為に、死んでくれや!!」
黒を基調とした軽鎧の男が、黒い剣を振りかぶって突っ込んで来る。
「カサンドラ達はモモ達と合流しろ!こいつは俺がやる!」
狙われているのが俺なら、カサンドラ達はすんなり見逃すはずだ。
それに、奴以外の人間が居ないのはオカシイ。
片刃の剣でフリードの剣を受けるが、一撃で半ばまで切られてしまう。
「俺の魔剣を、そんな、なまくらで受けられるわけねえだろうが!」
魔剣? 名前からして厄介そうだな!
「“憤怒の豪火”」
黒い炎がフリードを包み込むように迫る。
「容赦ねえな! “黒の波動”」
魔剣の柄と刀身の間にある円から黒い衝撃が走り、“憤怒の豪火”がかき消される!!
……マズいな。俺の身体能力は平凡だ。優れていると言えば、魔法の威力くらいなのに。
「クロウ殿! ここは私が!」
「Bランク冒険者の目撃情報が無いだろ! 早く行け! これは命令だ!!」
十人以上のBランク冒険者が全て、モモ達の方へ向かったとしたら!
「ご武運を!」
「ありがとうございます! クロウ様!」
レイジアが礼を言うと、カサンドラと共にこの場を離れていく。
「私は残りますよ。私は貴方の下僕でも、奴隷でもありませんから。決闘には手を出さないので安心してください」
ロッティちゃんだけは強情だな。
「いい女だな。どうだ、俺が勝ったら俺の女にならないか?」
「私は闇側の存在ですよ?」
「どうせ慰み者にするなら、可愛い方が良いからな」
こいつ、ふざけるなよ! 十五歳の女の子に向かって……。
「……良いですよ。貴方が勝ったら、私を好きにしてください」
ロッティちゃん? まさか、勇者を殺すために自分を売る気なのか!
「前言撤回。お前みたいなクズ女は死ね!」
フリードが狂おしい程の殺気を纏い、矛先をロッティちゃんに向ける。
そんな二人の間に、俺は割り込む。
「そこを退け、不義理な女は俺が殺してやるよ。その後はお前だ!」
「お前は、優しいんだな」
「ハア!!?」
よく見たら、二十代半ばくらいか。乱雑に切られた茶髪、鍛えられた細身の身体。纏う空気感は淀んでいるが、どこか筋を通そうとしているように見える。
「俺の為に怒ってくれたんだろう? ただ、ロッティちゃんは俺の女ってわけじゃない。不義理にはならないさ」
「……お前、いい加減にしろよ」
先程よりも、殺気が鋭くなる。
だが、時間を稼いだおかげで、奴の加護とスキルが見えた。
○フリード 二三歳 〔只人〕
加護 嵐の加護 成長の加護 魔剣の加護
スキル 生活魔法 剣術 索敵 雷魔法 瞬足
乗馬 風魔法 見切り 休息 積乱雲
魔剣術 暗黒魔法
加護が三つ! スキルの数も多い!
……今日が俺の命日になるかもしれないな。
「最初はテメーにしてやる! “瞬足”!」
フリードの姿が消え、真横に現れ、胴薙を放つ。
硬質な音が響くのと同時に、フリードの剣が止まる。
「中々のレアスキルじゃねえか!」
スキル、“影傀儡”による質量を持った影の壁で、なんとか防ぐ事が出来た。
「この四日間の、地道な努力の成果を見せてやる!」
影が人型になり、腕を鋭い刃に変える。
魔剣から再び波動が放たれるが、何も起きない。
「やっぱ、魔法じゃなくて術系のスキルか」
フリードの言葉から察するに、あの波動は魔法にしか作用しないらしい。
ブラフで無ければ良いが。
「”風魔法”、ストーム!」
暴風が俺を中心に、広範囲に叩きつけられる。くそ、風が重くて動けない!
「”雷魔法”、サンダー!」
影の防御が風に邪魔されて、間に合わないと悟る。質量を持たせたことで、物理的な干渉を受けてしまうのか!
「ああああああああああああ!!!」
全身を衝撃が駆け抜けて、意思とは関係なく痙攣を繰り返す。
意識が跳びかけた。頭の中がグチャグチャする。
「……”雷魔法”、サンダー!」
「なに!」
俺の手から雷がほとばしり、フリードの動きを止めた。
なんでだ?何故か“雷魔法”を使える気がした。
「テメーも”雷魔法”を使えんのかよ! だったら、“積乱雲”」
フリードの頭上に、黒い雲が生まれる。あの雲、ゴロゴロと轟いている。
「“積乱雲”によって強化された魔法ならどうだ! サンダー!!」
「”傲慢なる雷”」
黒い雲から発生した電気を取り込んで強化された雷と、魔王の黒い雷が激突する!
「クソが!!」
勝ったのは俺の黒い雷だったが、またも魔剣の波動に打ち消される。
あの魔剣の効果を知りたいが、”魔王眼”でも”鑑定”でも見る事が出来ない。
「魔法に関しては俺の負けかよ! 良いぜ、魔法抜きでやってやる!」
「お前は魔法を無力化出来るだろうが! ハンデがあるみたいに言うな!」
「「ハハハハハハハ!」」
何故か、互いに笑っていた。
「俺はお前が嫌いだ。テメーと話していると、毒気を抜かれちまう!」
「俺は、お前を殺したくなくなってきたよ」
穏やかでありながら、濃密な殺気を纏い始めるフリード。
”瞬足”のスキルを発動したのだろう、姿を消したフリードに”影傀儡”で対抗する。
端から見れば、必死に攻撃しているフリードに対して、俺は身動き一つせずに余裕で攻撃を防いでいるように見えるだろう。実際はフリードが速すぎて、必死に影を操作してなんとか防いでいる状態だ。
「“変幻刃”」
とうとう影の防御を突破して、俺に刃を届かせる。今のは防いだつもりだったのに!
首筋から熱いものが流れ、胸に流れてくる頃には冷たくなる。
死ぬ間近の記憶が、フラッシュバックする。血溜まりの中で、自分の身体が冷えていった最後の瞬間を。
冷や汗が止まらない!
「俺の攻撃に慣れすぎたな!」
奴が持つ魔剣の形状が、変化している!
「次は、その首を落とす」
――あの時、声が聞こえていたな。
十七歳の娘が「パパ!」と、何度も呼んでいた。以前とは逆の立場。
娘は、遥香はわしを、大切に思ってくれていたのだろうか……。わしが春香と死別したときのように、悲しんだのだろうか?
気付くと、迫る魔剣の刃が変化するのが見えた。首ではなく、腹を狙った攻撃。
おかげで、左手の”雷の盾”で防ぐ事が出来た。
「さっきまで反応出来なかったのに、急に!」
”雷魔法”を食らった影響なのか、頭が痺れるような感覚がある。
「フリード、殺気が乱れたぞ」
「黙れ!」
焦って、正面から突っ込んで来るか。
「”魔剣術”!オールディバイド!!」
黒い斬撃により、影の人形が紙切れのごとく切り裂かれる。だが、その様子をハッキリと認識出来る。
斬撃を紙一重で躱し、リングボックスから抜いた”浄化の木刀”で、フリードの顎を打ち上げた。
「う……そ……だろ……」
フリードは、脳しんとうにより気絶した。
……戦いの途中から、急に強くなった気がする。何故だ?
感覚的に、魔王としての覚醒では無いはずだ。
辺りにゾンビが居ないのを確認して、リングボックスから手鏡を出し、自分の顔を覗き込む。
○クロウ 十八歳(八七歳) 〔魔王〕
加護 魔王の加護
スキル 生活魔法 言語理解 鑑定 魔王法術
魔王眼 強魔 房中術 影傀儡 統率
毒耐性 雷魔法 見切り 瞬足 索敵
スキルが四つも増えやがった。
以前に聞いた、魔王の加護によるものか?
「第二覚醒は無理でしたか」
「……俺を追い詰めるために、あんな条件を呑んだのか?」
「それもあります」
ロッティちゃんが、倒れたフリードの側で膝をつく。
「姉の仇を取ってくれるなら、この人に抱かれても構わないかなと、そう思ったんです」
俺が肯定してしまったせいだろうか。ロッティちゃんの憎しみが、日に日に増している気がする。
「そんな簡単に、差し出してんじゃねえよ」
フリードは、とっくに意識を取り戻していたようだ。
「本気で誰かを好きになったとき、必ず後悔しちまうぞ」
「そういう……ものですか?」
「俺はアンタが、そこの男に惚れてるもんだと思ったんだがな。ああ、アンタを俺の女にする気とかサラサラ無いから……一年前から……起たなくなっちまったし」
フリードの顔から、感情が抜け落ちて行く。
「クロウとか言ったな。勇者共は本物のクズだ。権力を利用して女達を攫っている。しかも、神聖王国は勇者共を庇っている有様だ」
ロラちゃんから勇者共はやりたい放題だと聞いていたが、そういう意味だったとはな。
「奴ら、只人の女にしか手を出していないらしいが、闇側の女は容赦なく殺すように教育されている」
「教育? 誰にだ?」
「光の女神、パティーにさ。知ってるか? 勇者は召喚されてすぐに、神聖王国から従順な侍女を贈られるそうだ。洗脳教育を施された侍女をだ」
今日は、嫌な話しばかり聞かされる。
「ガキの頃から崇めていた女神様が、俺から一番大事な者を奪った張本人だったんだ……。女神が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からねえよ……」
フリードが立ち上がる。
「もし、もし俺が死んだら、マルチナを助けてやってくれ。たとえ勇者を殺せても、俺はマルチナを許せないと思うから。殺そうとしておいてワリーけどよ。アンタなら……任せられる気がするんだ」
「心にも無い事を言うなよ! お前本当は……」
本当は、まだ愛してるんだろう! そう言おうと思ったのに! ――女の声が割り込んだ。
『勇者への憎しみ、これ程都合が良い逸材が存在していたとは』
女の声が聞こえた瞬間、フリードの首に何かが纏わり付いた。
「フリード!!」
フリードの身体が宙を舞い、数メートル離れた位置に落下する。
…………今、何が起きた?
「約……束だぞ! 男の約束だぞ! クロウーーーーーー-!!!」
涙を流しながら叫んだのを最後に、フリードの顔から生気が無くなる。
フリードの首に纏わり付いていたものが外れる。その場所には、噛まれた後があった。
「女の……首?」
フリードに噛みついていたのは、異様に伸びた女の首だった。
フリードの側にあった胴体に、女の首が収まる。
目の前に居た女はゾンビだった。しかも、ブラックハートよりも大きな黒い石が、後頭部に埋め込まれている。
言葉はブラックハートよりも流暢だった。奴よりも……上位の存在なのか?
女ゾンビが表を上げた瞬間、血が凍ったような気がした。
「……どういう事だ? どうして……ロッティちゃんと同じ顔なんだ……」
ロッティちゃんよりも、少し大人びているように見える。青い地平線で会ったロラちゃんの方が似ているかもしれない。
『久しぶり、可愛いロッティ』
女ゾンビがロッティに話しかけた。
「どうして……姉さんが……ここに居るの?」
死んだはずの姉と、ロッティちゃんが再会した瞬間だった。




