第十二話 死に様
結界を破壊したのは、ゾンビだった。
動きからして、ブラックハートのような理屈で行動するタイプではない。主に本能で行動する知能ゾンビだ。
数は四体。ゲームで言うところのパーティーメンバーに見える。鎧を着込んだ剣士と盾の前衛二人に、軽装の魔法使いと弓使いの後衛二人。
綺麗に連携が取れているようだ。生前は、本当にパーティーを組んでいたのかもしれない。
魔法使い女ゾンビの”水魔法”による散弾によって、前衛二人の接近を許してしまう。
「ロッティちゃんはモモとラテルちゃんを頼む。俺とカサンドラで前衛を潰す」
剣士の男ゾンビが持つ大剣から炎が吹き出し、塊となって飛んでくる。
「”闇の衣”!」
半透明の黒い衣が炎を弾いてしまう。
カサンドラのスキル、“闇の衣”には魔法を弾く力がある。
「カサンドラ! 辺り一帯のゾンビを引き付けろ! 大掃除をする!」
「承知しました! “暗黒剣術”、ダークネスシャウト!!」
絶叫にも似た奇怪な音が響き渡り、ゾンビ共が周りの茂みから、背後の村からも次々と這い出てくる。
「出て来たのは、全て知能が無さそうだな」
「ぎjtrdghjb!!!」
剣士ゾンビが炎を大剣の一点に集中させ、一直線に突っ込んでくる。その横を、男の盾持ちゾンビが追走する。
結界を破壊したのは、剣士ゾンビの仕業か。
カサンドラの大剣から黒い塊が飛び出し、剣士ゾンビに向かうが、盾持ちに阻まれる。代償に盾持ちの身体の半分が吹き飛んだが、まだ消滅しない。
絶妙なタイミングで女ゾンビの矢が迫ってきたが、ロッティちゃんの結界が発動して防ぐ。
「ロッティちゃん、ナイス!」
「当然です!」
とか言いながら照れてるな。
ロッティちゃんの結界は、正方形の状態で俺達全員を包んでいる。
結界の端に、ゾンビ共が纏わり付き始めた。
盾持ち以外の知能持ちゾンビ三体が攻撃を繰り返すが、ロッティちゃんの結界を越えられないようだ。
ここにゾンビを集めたのは、見晴らしが良く、村に被害が出ないと判断したからだ。
知能持ちが命令して待機させていなければ、ダークネスシャウトに通常のゾンビは反応して集まらざるおえない。
思いのほか数は多かった。ゾンビ化したモンスターがこんなにも多いとは。
「いきますよ、ご主人様!」
「まとめて消し飛ばせ!」
「サンクチュアリ!!」
剣士ゾンビの装備が草の上に落ちる。
おびき寄せたゾンビの大半が浄化された。
消えなかったのは、一定以上離れていたゾンビ達だ。後衛二体も残っている。
「ロッティちゃん!」
「ハイ!」
ロッティちゃんが結界を解き、俺とカサンドラが飛び出す。
飛んできた矢を、大剣で難なく弾くカサンドラ。水球が飛んでくると、”闇の衣”で防ぐ。
カサンドラが弓使いを、俺が魔法使いの女を両断し、消滅させた。
「大掃除は、大体成功かな」
知能持ちが落とした武具を回収後、先を急ぐ。
★
師匠が居るという小屋に到着した。
道中大掃除をしたお陰か、ほとんどゾンビに遭遇しなかった。
「師匠……」
小屋の扉は固く閉ざされている。
「崩れている場所もありません。これなら師匠殿は……」
「ゾンビが潜んでいる可能性もある。モモによる浄化後、突入するぞ」
カサンドラは希望的な観測を述べたが……俺だけでも最悪を想定しておこう。
モモがサンクチュアリを発動後、俺とラテルちゃんが扉を破壊して突入する。
「師匠!! …………そんな」
師匠と呼ばれていたであろう老人は居た。
自身の腹に太刀を突き刺し、正座している老人が。
髪は無く、着物のような橙色の服を着ており、僧侶のイメージと被った。
ゾンビにはなっていない。血が黒くなっているところを見ると、死んでからかなりの日数が経過している。にもかかわらず、身体は腐敗していない。自分で身体に、油か何かを塗り込んだようだ。防腐剤の役割を果たす物なのだろう。
「自害か」
「……ゾンビになるくらいなら、そう思ったのかもしれない。師匠は、みっともない姿を晒すくらいなら、潔く死ねと言うような人だったから……」
「ラテルちゃん。君以外で、ここに尋ねてくる人間って居るのかい?」
「……いないと思う。師匠は世捨て人だから。もし尋ねてくるとしたら、それは、師匠にとってもっとも会いたくない存在。それでも、あの剣を捨てないなんて……」
剣というのは、自害に使用された日本製に似た太刀のことだろう。
……なぜ、この世界に存在しているのか。
「太刀のことはよく分からないが、だったら師匠は、君が来るのを待っていたんじゃないかな」
「僕を? 僕は……師匠に振られたんだよ? 勇気を出して、本気の告白をしたのに……」
目の前の老人、どう見ても五十超えだと思うんだが……。死んでいるため、”鑑定”では確認のしようが無い。
ラテルちゃんはおじさん好きなのか?
「死後の自分の肉体を、誰かに見られる事を意識していたように思えるんだ。尋ねてくるのがラテルちゃんだけなら、君に、綺麗な姿を見せたかったんじゃないかな?」
「………………」
ラテルちゃんは何も答えない。
「どうする?」
「……師匠は、土に埋めます」
★
師匠の腹から太刀を回収後、小屋の裏手の地面に穴を掘り、遺体を埋めた。
そこで、ようやく実感が湧いたのだろう。ラテルちゃんが泣き崩れた。必死に声を抑えて泣いている。
「ラテルちゃん、思いっきり泣いて良いんだよ。ゾンビが近付いてきても、俺達がなんとかするから」
膝を折り、彼女に話し掛ける。
「悲しいなら、今ちゃんと泣いておかないと、前に進めなくなる」
俺がそうだったように。
結果、彼女を諦めるために七十年も費やす事になった。
お陰で娘に出会えたわけだが。
「う……うわあああああああああああ!!」
恥も外聞もなく泣きながら、ラテルちゃんが俺の胸にしがみついてきた。
「好きだった! 師匠が! 私を助けてくれた人! 育ててくれた人! 他人を愛することを教えてくれた人! ……追い出されたけど! 振られだげど! いづが! まだ一緒に! 暮らしだがっだ!!」
俺の胸が湿っていく。
ラテルちゃんの身体が、とても小さく見えた。
師匠と呼ばれた男の事を、俺は何も知らない。それでもあの死に様には、漢として敬意を表する。
★
泣き疲れたのだろう。ラテルちゃんが俺にしがみついたまま眠ってしまった。
ざっと見たところ、小屋の中には保存が利くように加工された食べ物が沢山あった。
俺達が扉を壊したことで、小屋に腐敗菌がたくさん入り込んだだろう。俺のリングボックスをカサンドラに渡し、急いで回収するように頼んだ。
何故か、命令口調に言い直させられたが。
モモには無防備な俺の警護を、ロッティちゃんには小屋の周りに結界を張って貰った。
「……師匠の匂いがする」
どうやら、目が覚めたようだ。
「師匠!」
…………ラテルちゃんの唇が、俺の唇に触れた。それどころか、俺の口内を味わうように、執拗に舌が蹂躙してくる!
「ま……ラテ……ちゃん……お……れ……んぐ! ……ちが……」
中々、蹂躙劇が終わらない!
「ようやく、夢が叶った。僕の初めてを、師匠に…………」
ウットリとした目で俺を見ていたラテルちゃが固まる。
「………………へ?」
「……取り敢えず、離れてくれないか?」
タップリと硬直していたラテルちゃんが、顔を真っ赤にして飛び退く。
「……うそ」
自身の唇をなぞりながら、ショックを受けているようだ。
「えっと、ゴメン……」
俺に問題があったわけではないが、俺が悪いということにすれば彼女も自分に言い訳し易いだろうと考え、謝った。
「あ、謝るのは僕の方だ! 僕みたいなのと、その、……キスさせてしまうなんて」
「俺は……嫌ではなかったから……気にしなくて良いよ」
実際、凄かったし……。
むしろ、俺の方が申し訳ない。ラテルちゃんの五倍は生きている俺なんかと、勘違いで接吻したわけだから。
不意に視線を感じたのでそちらを見ると、ロッティちゃんが顔を真っ赤にして震えていた。その目には、どこか蔑むような感情が宿っているように見える。
「これが、神に童貞の呪いを掛けられた男の力ですか。昨日あったばかりの人とあんな熱烈な……」
「完全に誤解だから!?」
ただの事故だから!!
「さすがご主人様♡」
モモが、何故か喜んでいるように見える。
★
村に戻る道中、ラテルちゃんが率先してゾンビを狩っていた。
「うおりゃああああああ!!」
完全に八つ当たりだな。”浄化の木刀”をり回して、ゾンビ共が星になっていく。
”剛力の加護”の力なのだろう、ラテルちゃんのパワーは、俺達とは比べものにならない。
「カサンドラ。ラテルちゃんの攻撃って、受け止められるか?」
「無理ですよ。受け流すならともかく、まともに受ければ、鎧ごと身体の中をバラバラにされるでしょう」
魔法が使えないデメリットなんて、有ってないようなものじゃん!!
「そう言えば、あのフルフェイスの兜はどうしたんだ?」
俺がブラックハートに投げつけて消滅したはずだが、兜には再生能力があったはず。
「完全に消滅したからでしょうか、鎧は一晩で直ったのですが、兜はあれから全く復元しません」
「……すまない」
跡形も無くなると、再生できないのか。覚えておかないと。
「良いのですよ!それに……それに、意中の殿方には、私の女らしいところを、もっと見てもらいたいですし……♡」
カサンドラの顔に、憂いが帯びる。その表情に、普通にときめいてしまった!
「……今夜は、二人だけで……ダメですか?」
何が? とは聞かなくても分かる。
「まあ、考えとく……」
以前よりも、カサンドラに女を感じるようになってしまった。なにも問題は無いのだが、何故か敗北した気分になる。
そうこうしている内に、村に戻ってきた。
「日が落ち始めている。急いで野営の準備をしよう」
「村の家を使わないのですか?」
「造りが甘いからな」
町に建っていた家とは比べものにならないほど適当な造りだ。木の骨組みに、土で作った壁、屋根は撥水性がある大きな葉っぱを使っているのだろう。
魔法を使われれば、簡単に生き埋めにされそうだ。
ゾンビに荒らされたのもあって、倒壊しそうな家も少なくない。
「モモ。魔力を半分以上残して、出来る限り広範囲を浄化しろ」
「承知しました」
念には念を入れて、少しでも高い安全を確保する。
もしかしたら生き残りが居て、モモの光に気付いて、出て来るかもしれない。モモの”神聖魔法”は物理的な壁を無視して、光を一帯に浸透させるはずだからな。
リングボックスを確認すると、モモの”神聖魔法”によってゾンビポイントが34も増えた。
ゾンビポイントは、普通の人ゾンビだと1ポイント、知能持ちだと5ポイント超え、モンスターゾンビだと最低でも三ポイント以上のようだ。
ダークドラゴンゾンビの時は一々確認している余裕が無かったため、おおよそでしか判断出来ない。デビルゾンビのポイントにもよるが、最低でも80ポイント以上だろう。一度追い詰めてから、大量のゾンビで復活していたため、もしかしたら本来はもっと少ないかもしれない。
ちなみに、ワームゾンビは45ポイントだった。
「ゾンビポイントは増えましたか?」
ロッティちゃんが尋ねてきた。
「現在、967ポイントだ」
「昨日は843ポイントでしたね。目標の半分近くまできましたか」
「勝手に目標にするな。2000ポイントを越えても、暫くダンジョンコアは使わない」
「拠点を構えたら、動きが鈍ってしまいますもんね」
「分かっていて聞いたのか」
「貴方が女神様の意図を理解しているか、少し不安になりまして」
この子が、今何を考えているのか読み切れないな。
「ラテルさんの師匠は、死んでいる可能性が高かった。近くの村が壊滅したことはラテルさんから聞いていたのですから、わざわざ助けに行っても、助けられない可能性の方が高いと気付いていたはずです。つまり、時間の無駄であると分かっていながら助けに来た事になります。女神様の命令は、命を救い、世界を存続させることです」
ラテルちゃんに聞こえているかどうか、微妙な距離だな。多分、聞こえていると思うが。
「何がおかしいのですか?」
無意識に笑っていたようだ。久しぶりに論争が出来ることが、嬉しいのかもしれない。
「俺は、ロラちゃんに頼まれはしたが命令はされていない。何より、今回ロラちゃんの願いから外れるような真似はしていない」
「全滅していると分かっていたのに?」
「確定ではなかったし、ロラちゃんの頼みにはゾンビの駆逐も含まれていた。ゾンビを進んで狩ることに、何か問題があるのか?」
「……ここに立ち寄らずに別の町か村を目指していれば、多くの人を救えたかもしれない」
「机上の空論だな。俺はもっと、現実的に物事を見ているつもりだ」
「……どこがですか?」
だんだん感情的になってきているな、ロッティちゃん。
論争というのは、勝とうとした時点で価値がゼロに等しくなるというのに。
「助けた人間が、今後災いにならないとは限らない。ラテルちゃんは信用するに値する人物だ。師匠に会えなければ、ずっと協力者を探すか、独りで飛び込んでいたかもしれない。災いになる可能性が低い者を、わざわざ死なせるのは勿体ないだろ?」
「今回の報酬に、彼女の同行を求めると?」
「ああ、そのつもりだ」
「そうですか。時間を取らせて申し訳ありませんでした」
一礼をして去って行くロッティちゃん。
どうやら、俺を論破するのが目的ではなかったようだ。
思い道理に動かしたいという願望は見て取れたが。
ロッティちゃんは、俺を勇者に接触させたいのかもしれない。姉の復讐のために。
焦る気持ちが急に湧き出たのかもな。若い方が、急に感情が込み上げることが多いし。
「……クロウ、すまない。僕の我が儘に付き合わせて……」
やっぱり、聞こえていたか。
「気にしなくて良いよ。ラテルちゃんを助ける事に、大きな……メリ……ット……が……」
あれ? 視界が、頭が歪む……。
「クロウ!!?」
「ご主人様!!?」
「クロウ殿!!!」
「クロウ様!!?」
みんなの声が、頭に響いた…………。




