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第十一話 イタチ獣人ラテル

「さあ、カサンドラを奴隷から解放しろ! さもなくば、貴様を殺す」

「俺が死ねば、俺の奴隷であるカサンドラも死ぬぞ」

「奴隷として、惨めに生きるよりはマシだろう」


 言葉に淀みが無い。少なくとも、半分は本気で言っている。


「ラテル殿! 私は自分で選んで奴隷となったのだ! 決して酷い扱いなどされていない! 頼む! クロウ殿を離してくれ!」


 頭を下げて頼むカサンドラ。


「脅されているのか? それとも、命令で操られているのか?」

「どちらでもない。俺はカサンドラを……愛してる」


 さすがに、最後は恥ずかしくなってしまった。モモとカサンドラの二人になら面と向かって言えるのだが。顔あっつ!


「嘘をつくな! さっき森で、そこのドライアドと! ……ドライアドと……あの……あんな……」


 モモが恥ずかしさのあまり、膝をつき顔を覆う。

 ラテルという女、見ていたんだな。俺とモモの情事を。


「モモ殿、まさか……違いますよね?」

「ごめんなさいカサンドラさん。私たちドライアドにとって、理想的なシチュエーションだったんです……」

「モモさん? どうしたんですか?」


 カサンドラの視線が冷たい。

 ロッティちゃんは理解できていないようだ。


「これで分かっただろう! この男は、平気で複数の女に手を出すくそ野郎なんだ!」

「知っています。私が奴隷になった日なんて、二人の激しい夜伽をこれでもかと見せ付けられたんですよ!」

「その頃はモモ以外の経験は無いからな!」


 前日まで童貞だったんだぞ。


「じゃあ、私が二人目? ……へ、へへへへへへへ!」


 カサンドラが壊れた。嬉しそうに笑いやがって、本当にいい女だな。チョロいという意味ではないからな!


「……カサンドラ?」


 ラテルちゃんが引いているぞ、カサンドラ。


「まあ、良いか。カサンドラとの奴隷契約を解除する」


 カサンドラの首から奴隷の首輪が外れ、地面に落ちる。


「これで良いんだろう」

「あ、ああ……」


 首から短剣が離れ、腕も離してくれた。

 片手で二本の腕を捕まえておくなんて、凄い力だな。


「イヤアアアアアアアアア!!!」


 カサンドラの悲鳴が響きわたる!


「お願いです! 捨てないでください、ご主人様!! なんでもしますからあーーーーー!!!」


 抱き付いてきて、俺の腹に顔を埋めながら、上目遣いで懇願してくるカサンドラ。


 これなら、ラテルちゃんも信じてくれるだろう。


「……カサンドラ、暫く会わないうちにこんなことになっているなんて。その男に、身も心も調教されてしまったというのか!」


 ラテルちゃんが何か言っているが、今は無視だ。

 せめて、虜にしたと言ってほしい!


「カサンドラ、俺はカサンドラを捨てたりしないよ。ただね、今回のような誤解が生まれるなら、もう首輪は必要ないと思っただけなんだ」


 初めて会った頃は、駒ぐらいにしか思っていなかった。だが、もうカサンドラが裏切るなんて事は無いと心から信じられるし、今の俺にとって大切な人間でもある。


「この際だ、モモも外そうか」


 モモを見ると、首を激しく左右に振っている。なぜだ?


「無理です! 落ち着かないんです! ご主人様の物だっていう証明が欲しいのです! 捨てられるんじゃないかと不安で仕方ないんです!」


 カサンドラの涙ながらの訴えに、面食らってしまう。


「ご、ごごごごごご主人様は、わ、私のことまで捨てるのですか! は、ハハハハハハハハハ!」


 モモまで壊れた!


「……ラテルちゃん。二人は俺の奴隷ということで、良いかな?」


 このままじゃ、どちらも本当に壊れてしまう。


「…………どうぞ」


 二人をあやすのにとても時間がかかった。

 モモとカサンドラ、二人の俺への依存をなんとかしないと。



           ★



 焚き火を囲みながら五人で食事をした。


 辺りは赤い空から黒へと変わっていく。


 星が綺麗だな。こっちの世界に来てから、夜空を見たのは初めてだ。夜になるとゾンビが活発化するため、家の中に引き籠もっていたからな。


「そうか。カサンドラもモモさんも、故郷を失ったのか。そんな時に助けられたのなら、そこの男に依存してしまうのも無理はないな」

 

 簡単に俺達の出会いと、俺が魔王であることなども伝えた。


 魔王の話を信じているのか信じていないのか、何故かすんなりと受け入れられる。


 面と向かい合うまで気付かなかったが、ラテルちゃんは獣人だった。肩まで伸ばされた艶やかな白髪混じりの黒髪を持ち、髪と同じ色のイタチ科の耳と尻尾が生えている。身体にしなやかさがあり、野性味のある美しい肉体を、胴着で包んでいた。

 彼女は光側に属する存在だが、カサンドラが信用できる相手だと断言したため、全て話す事にしたのだ。


「次はラテル殿の話しをしますよ」

「ああ、構わないよ。無礼な真似をしてしまったし、美味しい食事までもらったしね」


 本来は秘密主義なのだろう。だが、義理堅い一面もあるようだ。


「ラテル殿は優秀な運び屋で、お金さえ払えば光側、闇側関係なく物を運んでくれる希少な方です。私も、何度か故郷への手紙を頼んだことがあります」

「光側から闇側へ? 需要があるのか?」

「この辺りは境界線だ。闇側と光側の人間が、恋に落ちる例も少なくないんだよ。運ぶのは文通とか、実家への贈り物とか、色々だね」


「闇側へ行ったときなんか危険じゃないのか?」


 光側と言うだけで殺そうとする奴らも居るらしいし。


「この仕事が一番儲かるんだ。”調合”とか”調理”とか、芸と呼べるスキルは幾つか身に付けているけどね」


 ちょっと見てみるか。


○ラテル 十七歳 〔イタチ獣人〕


加護 獣の加護 剛力の加護


スキル 格闘術 調合 隠密 毒耐性 投擲術

    調合 拘束術


 ……魔法が一つも無い! ”生活魔法”が無ければ、腐臭が半端なくキツいはず。獣人には特に厳しい環境なのでは?


 あまりの臭さに、俺達はモモ以外、寝ている間もクリアエアを発動している。


「……ラテルは、クリアエアを使わないのか?」

「…………よく気付いたね。僕には、魔法が使えないんだ」


 獣人にも魔法は使えると聞いていたが。


「僕の”剛力の加護”は、体内で作られた魔力を生み出した側から肉体の強化に使用してしまうんだ」

「つまり、魔法を使うための魔力が常に枯渇した状態だと? 身体は大丈夫なのか?」


 魔力が枯渇した状態だと、以前のモモのように気を失うのでは?


「産まれたときから魔力が無いのが当たり前の状態だったからね、身体が適応したんだろうさ」

「匂いは大丈夫なのか? ……臭いだろ?」

「僕はイタチの獣人だから、匂いを誤魔化す方法があるんだ。嗅覚を索敵に使えなくなるけどね。ただ、森の中なら腐臭はあまりしないよ。あんな風に、近くに居るなら別だけど」


 結界のすぐ側にゾンビが集まっていた。

 人間タイプが何体か居るが、モンスターのゾンビの方が圧倒的に多い。


「魔力が無いなら、”結界石”も使えないだろう。よく生き残れたな」

「……気配を消せるからね。師匠に色々教わったんだ」


 簡単に背後を取られたのはそのためか。


「…………君達は、ゾンビを殺せるんだよね?」


 ほとんど無表情のラテルちゃんの顔が、哀愁を帯びる。


「ロッティちゃん以外は、そのすべがある」

「本当は、どこかの町で協力を求めようと思っていたんだけど……クロウ、僕の師匠を助けるのに、力を貸して欲しい!」



           ★



 翌日、ラテルの依頼を受けることにした俺達は、というか俺が半ば勝手に決めたんだが、ラテルの師匠が住んでいるという場所へと向かっていた。


「この先に村があって、ちょうど反対側にある丘に師匠と僕は住んでいたんだ。僕が十五歳に成ったとき、独り立ちしろって追い出されたけどね」


 緑が生い茂る良い場所だが、今はゾンビが徘徊している。


「ラテル殿、師匠殿ですが……」

「分かってる。……師匠の最後を知りたいだけなんだ。それより良いのかい? 貴重な武器を借して貰っても」


 ラテルの手には、”浄化の木刀”が握られている。


「必要性が無くなったからな。得物はこいつで十分だし。ただ、あくまで貸すだけだぞ」


 今は屋敷の武器庫から手に入れた、そりがある片刃の剣を帯刀している。

 特に効果は付与されていないが、問題は無い。


「カサンドラとモモは魔力を温存しておけ」

「眷属になってからは、魔力が有り余ってますけどね」


 モモの言葉は嘘ではない。魔王の眷属になったことで、二人の魔力量は増大している。

 俺が魔王として更なる覚醒を果たせば、眷属も更に強くなるらしい。


「それでもだ。万が一に備えて、魔力量は最低でも、常に半分以下にならないようにしておけ」


 ガン!


 剣の腹で、近付いてきた人ゾンビを叩いて消し去る。魔王の滅びの力が作用した結果だ。


「皆が頼もしいよ。ねえ、クロウ。昨日僕が襲ったとき、本当は力尽くでなんとか出来たんじゃないの?」

「カサンドラを助けようとしていたようだったからな。良い子を殺してしまうのは勿体ない」

「僕が……良い子?」


 心底不思議そうな顔をするラテルちゃん。話題を変えた方が良いだろうか?

 

「師匠っていうのは、どんな人なんだ?」

「……人嫌いの只人だよ。五歳の時、獣人の親に捨てられた哀れな少女を拾った、奇特な老人って所かな」


「只人……ですか」


 モモは、只人をけだものぐらいに考えているんだろうな。


「僕は、魔法が使えなかったために捨てられた。師匠はそんな僕に、魔法無しで生きられるよう、色んな事を教えてくれたんだよ」


 ラテルちゃんからは、師匠に対する親愛の情が見て取れた。

 まあ、俺が実際に会ったわけじゃないから、ラテルちゃんの人物評価を全面的に信じるつもりは毛頭無いが。


「村が見えてきました」


 ラテルちゃんが言っていた村は人工二百人程度らしく、敷地の外側が柵で覆われていた。


「柵の中に居るな。この様子だと、全滅か」


 家はまばらに建っていて、逃げやすそうに見えるが、柵で覆われてしまっているため、ゾンビに侵入されてしまえば、逃げ場は無かっただろう。

 見たところ、柵は完全に獣対策用だしな。


「まだ昼前だ。村を越えて、師匠とやらの小屋まで行ってみよう」

「ありがとう、クロウ」

「ただし、無理だと思ったらすぐに引き返すからな」


 柵を壊して、村に進入する。すると、柵を壊した音にゾンビ共が集まってくる。


「出来るだけ広範囲だ、モモ!」

「分かりました。サンクチュアリ!」


 サンクチュアリの光が、村に浸透していく。

 万が一生き残りが居ることを考え、村ごと吹き飛ばす真似は控える事にした。

 役立つ物が有るかもしれないし。


「凄い! 大量のゾンビが、一斉に消えた……」


 ラテルちゃんの驚きようが面白い。


「ご主人様、私ならまだまだいけますよ!」

「今は、ラテルちゃんの師匠を見付ける事を優先しよう」


 ブラックハート、もしくは同類がいないとは限らないからな。物理的な破壊力が無い”神聖魔法”なら、使いどころを選ばない。俺達を巻き込む心配が無いし。モモはできる限り温存しておく必要がある。


「モモは俺達の切り札だ。以前にも言ったが、モモが健在でいることが俺達の安全に繋がる」

「……ハイ♡」


 モモは、無茶をしやすい傾向がある。自重してほしいという願いを込めて、頭を撫でた。


「……良いな~♡」


 カサンドラの声が聞こえたが、ゾンビが向かってきたので無視する。



           ★



 ラテルちゃんの案内で、村の反対側の出入り口に到着。なだらかな上り坂を警戒しながら上っていく。

 見晴らしは良い。人が通りやすいように整備されているようだ。


「獣人の僕であれば十分ほどだから、二、三十分で到着出来るかな」

「なら、今のうちに休憩を取っておこう」

「え!?」


 ラテルちゃんだけが驚いている。


「待ち伏せされている可能性があるからな」

「ゾンビが……かい?」

「ゾンビだからこそ、来るか来ないか分からない人間を、いつまでも待っていられるのさ」


 無理もないかもしれないが、ラテルちゃんには知能持ちの恐ろしさがイマイチ伝わっていないらしい。


「ロッティちゃん、悪いんだけど……」

「分かっております。どうぞ、お任せを」


 さすが、ロラちゃんの闇巫女。危機感はちゃんと持っているようだ。


 結界石十個で結界を構築し、リングボックスから簡易椅子を出していく。


「せっかくだし、最後の高カロリークッキーを、皆で食べようか」


 最後の一本を、ナイフで五等分にして配る。


「「「美味っ!!!」」」


 こっちの世界では、甘味は中々手に入らないだろう。貴重だったが、景気づけに振る舞うことにした。どうやら、今出して正解だったようだ。


「これで最後ですか。残念です」

「これさえ有れば、世の女達は、皆クロウ殿に協力するでしょうに」

「女神様、お願いです! 私の祈りを聞き届けてください!!」


 クッキーごときで、何を騒いでいるのやら。


「砂糖と卵と小麦粉が有れば、似た物を再現できるだろう。ただ、食べ過ぎると太るからな。気を付けろよ」


 昔、娘のおやつにクッキーを作っていた時期がある。パパのせいで太ったと言われたときはショックで作るのを止めたのだが、作らないと作らないで怒られるんだよな…………理不尽だ。

 ちなみに、俺はナッツ入りが好きだった。


「この匂い、僕のアレみたい……」


 クッキーを摘まんでいた指の匂いを嗅ぎながら、小声でなにかを呟いている。


「ラテルちゃん? 美味しくなかった?」

「い、いや! そんなことは! これ程上等な甘味は初めて食べました! ありがとうございます!!」

「お、おう」


 全力で頭を下げるラテルちゃんに、思わず引いてしまう。

 

「クロウ殿!」

「仕掛けてきたか」


 ”結界石”で作った結界を貫き、炎が向かってくるが、数メートル手前で霧散してしまう。


「その程度で、私の”結界術”は越えられませんよ!」


 ロッティちゃんが作り出した不可視の壁が、敵の炎を見事に防いでくれた。


「さあ、仕掛けてきたのはどこのどいつだ!」


 見晴らしが良い野原に、四つの人影が現れる。


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