第十話 ドライアド流の営み
早朝に町を出てから数時間、川を流れに逆らう形で歩き続けた。
町や村がどっちにあるか誰も知らないため、水を常に確保できるようにと考慮した結果だ。
水は生物とは切っても切り離せない存在。
文明も、必ず水の側から始まったらしいし。
上流に進んだのは、下流が闇側の領域に続いているためだ。
「森が遠いな」
荒れ地が続いており、数キロ先には青々とした緑が見える。
森の危険性を十分に把握しているとは言えないが、山の幸があるかもしれないと期待してしまう。
「クロウ殿、デカいのが来ました」
「アレは食えるのか?」
カサンドラが見付けたのは、馬鹿でかい鳥だった。ダークドラゴンよりは小さいが。
大事なのは、ゾンビでない事と美味いかどうかということだ!
「ロック鳥ですね。美味しいのは卵で、身は硬くて美味しくないと聞いたことがあります」
「ですが、水気が少ないため、保存食への加工が容易です」
ロッティちゃんよりもカサンドラの方が保存食に関しては詳しいようだ。
俺のリングボックスなら中に入れた物はそのままの状態を維持するが、アイテム袋では時間の経過に影響されてしまう。
その為、モモ達のアイテム袋には腐りづらい保存食くらいしか入れられる食べ物が無い。
「狩っておくか」
動物性のタンパク源は貴重だ。チーズや牛肉はまだまだあるが、次はいつ手に入るか分からない。
”鑑定”で、あの鳥がゾンビ化していない事が確認できた。
向こうも、俺達を捕食する気満々らしい。一直線に突っ込んでくる。
「私がやります。”結界術”! スフィア!」
人一人が入れそうなサイズの、透明な球体が生まれ、ロック鳥に向かって飛んでいく。
躱す素振りもなく顎に激突し、ロック鳥は墜落した。
★
ロック鳥が墜落した後、巨大な土煙が生まれたため、ロッティちゃんの結界の中で収まるのを待ちながら、少し早い昼食を取ることにした。
魔力で動く携帯用コンロのような物で、俺が調理を始める。
女の子が三人も居て、誰も料理ができないのだ。ここが日本なら料理の練習をさせるところだが、今は食材を無駄に出来ない。
上手いわけではないが、俺が作った方がまだマシだろう。毎日のように娘の弁当を作っていた時期もあるし。頑張ってキャラ弁も作ったんだよな~……娘にダメ出しされたのはキツかったな。
モモとロッティちゃんは料理経験が皆無らしい。モモは調理せずに植物を中心とした食事を取っていたらしいし、ロッティちゃんはそもそも調理をさせて貰えなかったらしい。替えがきかない巫女だったのだから当然かもしれない。
カサンドラは…………まあ、良いんだ。
コンロに鍋を置き、オリーブオイルを入れる。
こっちの料理器具は特殊な加工がされていないため、焦げ付かないよう鍋と油をよく加熱する。
小さい頃に、それでフライパンを一つダメにしたことがあったっけ。
ニンニクをナイフでスライスした物を軽く揚げ、燻製肉を炙る。昨日のうちにカットして置いた野菜を、リングボックスから鍋に直接投入、蒸留酒を少しだけ注いで蓋をする。
野菜は蒸し焼きにする。火が通りやすいように薄く小さく切るようにした。
加熱時間を短くすれば、それだけ栄養を損なう可能性を減らせる。
野菜がしんなりしてきたところで、リングボックスから瓶を取り出し、中の液体を鍋に入れる。瓶の中身は、昨日のうちに野菜の皮から煮出した汁だ。
煮ている間に、フカしたジャガイモとチーズをリングボックスから出して皿に盛っていく。
最後に鍋に調味料を入れ、味を調える。
味よりも栄養重視で作った。
美味しい食事は気持ちを豊かにするため、ゾンビ溢れる異常な世界では大事な要素ではあるが、限られた食糧で、できる限り効率的に栄養を摂取する事を優先した。
この世界、なんらかの理由で飢饉が起きれば、簡単に飢え死にしてしまうのが当たり前の文明レベルなんだ。
野菜はモモの”植物魔法”でなんとか出来るが、動物性のタンパク質はいつ手に入らなくなるか分からない。
身体の中で合成出来ない栄養素を摂取できなくなれば、身体を維持できず死ぬか、異常を、障害を抱える事になるかもしれない。
更に言えば、この場に居る面子は種族が違う。俺が大丈夫でも、必須アミノ酸の種類や合成出来ない栄養素が違うかもしれない。
人間の俺なら、ビタミンCを摂取できなければ壊血病で死んでしまう。
大航海時代、原因不明のまま壊血病で死んだ船乗りはごまんといる。
みんなの、種族ごとの食事の傾向を知っておく必要があるな。本人達が自覚していない可能性もあるし。
「出来たぞ」
「さすがご主人様です。今日も美味しそうですね!」
「良い匂いですね! クロウ殿、早く食べましょう!」
「男なのに凄い手際でしたね……」
モモは目をキラキラさせながら、カサンドラはよだれを垂らしながら、ロッティちゃんは感心したように褒めてくれる。
やっぱり、褒められるのは何歳になっても嬉しいものだ。
「さあ、冷める前に食べよう」
★
「クロウ殿、回収終わりました」
みんなでの楽しい食事を終えた後、カサンドラにロック鳥を解体してもらった。
カサンドラからロック鳥が入ったリングボックスを受け取り、旅を再開する。
森が近付いてきた。残り一キロ程度だろう。
足の裏から感じる感触が、柔らかくなっていくのが分かる。
「揺れている?」
僅かなぐらつきを感じ、足を止める。
振動が強くなっていく。歩くのが難しいほどに!
「……震源が移動している? …………ワームです!!!」
カサンドラが叫ぶと、ロッティちゃんの魔力が活性化する。
「”結界術”、スフィア」
ロック鳥を倒した球体が、遠くの地面に落ち、派手に土砂を打ち上げる。
すると、揺れが急に弱くなる。
「では魔王様、後はお願いします」
「……へ?」
訳が分からないうちに、ひときわ大きい揺れが襲ってきた。
「思っていたよりもデカい!」
「アレ、腐ってますよね?」
ロッティちゃんのスフィアに、巨大なイモムシが食らいつき、天高く上昇していく。
しかも、モモの指摘どうり、身体のところどころが腐っていた。
「ワームは、元から音に反応して襲ってきますからね。多分、自分からゾンビを食ったんでしょう。あいつらはなんでも食うし」
カサンドラの解説を聞きながら、俺はワームの大きさに驚嘆していた。地面から出ているだけで、三十メートル程有りそうだったからだ。
「魔王様。さあ、どうぞ」
ああ、驚いている場合じゃ無かった。
あの時みたいに、身体を熱く、心は冷たくを意識してみる………………上手くいかない。全然身体が熱くならない。
「クロウ殿、ワームがこっちに来ますよ!」
……逆なのか? 身体から心にではなく、心から身体に影響を及ぼすパターンなのかもしれない。
ワームが地中に戻らず、そのままこちらに突っ込んでくる。
「イモムシの分際で、生意気な!」
開かれた顎には、数え切れないほどの歯が生えていた。纏わり付いている粘膜が気持ち悪い。
「クロウ殿! 私がなんとかします。すぐに逃げてください!!」
逃げる? 何故俺が!
「”魔王法術”、ディストラクション」
巨大な球体に、勝手に突っ込んでいくワーム。地中から出ていた内の半分は消滅した。
「これがクロウ殿の、魔王の力……」
「さすがゾンビ、まだ生きています!」
驚嘆するカサンドラに対し、注意を促すモモ。
ワームが残った胴体を地中に戻そうと、力無く動き始める。
「面倒だ、ここで仕留める!」
心を冷ますと、身体が熱くなる。娘を守ったときと同じ感覚だ。
損得勘定で人を殺そうと思ったときと……同じ感覚。
自然と身体が浮き、ワームが生えている穴の直上に着く。
「”憤怒の業火”」
手に黒い炎を生み出し、穴に向かって流し込んでいく。
『ぎぴいいいjhghgっrsgっっhっjbっgh』
黒炎に炙られ、ワームの巨体が煙に変わっていく。地中からの、蠢く振動も収まり、俺の”鑑定”からもゾンビという情報が消えた。
巨大ワームは、完全に消滅したようだ。
★
「お疲れ様でした、ご主人様」
「ああ、ただいま」
モモが自然な笑顔で出迎えてくれる。俺が魔王になってからも、まったく態度が変わらないモモ。その事が、ふとしたときに嬉しい。
カサンドラは、なんだかんだで立場を気にしているからな。まあ、仕方がない。
…………魔王の力を引き出す感覚には気を付けないと。
あの感覚、俺が魔王に選ばれた理由が分かった気がする。
★
森に到着した。
見晴らしが良い場所を見付けたので、早めに寝床を確保する事にした。
「モモ、浄化を頼む」
「ハイ。“神聖魔法”、サンクチュアリ!」
光が辺り一帯に浸透していく。
「”結界石”には私が魔力を込めます。”強魔”のスキルのおかげで、有り余っていますから」
“強魔”は、スキルの最大量を増加させるスキルらしい。
「ああ、頼んだよ、ロッティちゃん」
ロッティちゃんに”結界石”を二十個渡す。
”結界石”を多く用いれば用いるほど、結界の強度が増すが、二十個を越えると燃費が悪くなったり、むしろ結界の強度が下がったりと、不具合が生じやすくなるらしい。
「待って下さい。結界を張る前に、辺りを偵察しましょう。何か使える物が見つかるかもしれません」
カサンドラの意見はもっともだった。日が落ち始めるまでには、まだまだ時間がある。
「俺とモモで見てこよう。カサンドラとロッティちゃんは、この場所に結界を張って待っててくれ」
★
モモと共に、森に入っていく。
常に”鑑定”を使用しながら歩く。知識が無くとも、”鑑定”のおかげで目の前の物がどういった物なのか知ることが出来る。
食べられる果実や山菜を幾つか採取した。調理法は分からないが、勘でやってみるしかないか。
“鑑定”でどの部分に毒が有るかは分かるし、危険な使用法なんかも、触っているうちに伝わってくる。
山菜ならば、アク抜きして天ぷらという手もある! 油が無いけど!
「ご主人様、こっちです」
いつの間にか、モモが見渡しの悪い木々の中に立っていた。
「モモ、あまり奥には……」
俺の言葉を無視して、更に奥へ入っていく。
慌てて追いかけた俺の目には、”神聖魔法”の光が何度か見えた。
「いったい何なんだ?」
不可思議な行動に戸惑っていると、モモが急に立ち止まる。
「”植物魔法”、グリーンルーム」
気を柱にして、葉っぱが壁とハンモックのような物を形作る。
「モモ?」
「……ご主人様、ドライアドは森に住んでいるものなのですよ……だから、男女の営みも緑の中で行われるのです」
喋りながらも、”結界石”に魔力を込めて結界を完成させていくモモ。
「ご主人様と二人っきりで、森で……その……」
つまり、ドライアド流でシたくなったと。
ここまで来てヘタれるモモの顔は真っ赤だ。
暫くは、シないって言う話しだったのに。
「モモ」
「……ハイ」
「スケベ」
「ガハッ!」
俺の言葉がクリーンヒットして、モモの顔が更に赤くなり、狼狽する。
モモの膝が崩れるよりも速く、モモを抱き寄せてキスをする。
モモの頬が熱い。
彼女の身体にゆっくりと指を這わせながら、少しだけ服を乱していく。
この数日で、モモの身体の肉付きは大分良くなった。綺麗な形の巨乳にプリンとしたお尻、くびれた腰にきめ細やかな肌。
出会った頃の、干からびた状態から復活したモモは、あまりにも細すぎて壊れそうだった。
効率的に栄養を取り込める”植物の加護”を持っていたからこそ、短期間で普通の女の子レベルまで再生出来たのだ。
……現在の体型はモデル並みだが。
葉っぱで出来たハンモックのような形の物はベッドのようで、その上にモモを乗せてる。
無数の葉っぱがくっついているのに、一枚の布のように滑らかなさわり心地と柔らかさだ。
「ご主人様……」
モモの胸の高鳴りが大きくなっていくのが分かる。今までで一番興奮しているのかもしれない。俺も、このシチュエーションに興奮している気がする。
余程本気なのだろう。”神聖魔法”による光を、常時発動している。
たっぷり、ドライアド流を味わうとしよう。
★
辺りが夕焼けの赤に包まれる。
行為が終わった後、真っ直ぐカサンドラがいる場所に戻りたくなくて、回り道をした。
さすがに申し訳なく思ったからだ。
まるで浮気したような気分だな。カサンドラには公然の関係だけど。
……隠し事って、ストレス溜まるんだな。
”結界石”で張った結界が見えてくる。
結界の前で止まると、ロッティちゃんが結界を解いてくれた。
「二人とも遅いですよ! カサンドラさんが身悶え…………寂しそうにしていましたよ!」
そうか、カサンドラは身悶えていたのか。ちゃんと慰めておこう。
結界内にはテントが張られていた。カサンドラが持っていた物と、俺とモモが旅装屋からかっぱらった二つだ。
一つは俺が、もう一つが女性専用になる予定だ。
女性専用のテントは、カサンドラの大きくて立派な機能性重視の高級品。
〔暗黒の高級テント〕
⚫防刃 ⚫防火 ⚫防水 ⚫闇耐性(大)
⚫光耐性(中) ⚫防虫 ⚫獣除け ⚫消臭
⚫疲労回復(中) ⚫魔力回復(中)
⚫魔法耐性(小) ⚫温度調整 ⚫天幕再生
俺のは、暗黒騎士に支給される物よりグレードが下がる。一般的には、十分高級品らしいのだが。
〔高級テント〕
⚫防刃 ⚫防塵 ⚫防水 ⚫防虫
⚫疲労回復(小) ⚫魔力回復(小)
⚫天幕再生
格差があり過ぎる。
暗黒の高級テントなら俺だって入れるくらい広いのに、ロッティちゃんに拒否されてしまった。
……俺が、二人に襲われる危険性があるから仕方ないが。
モモが俺の側から離れ、そばの川に向かう。取ってきた山の幸を綺麗にするためだろう。
「動くな」
「なっ!?」
いつの間にか両腕を押さえ込まれ、首に短剣を押しつけられていた。
「クロウ様!」
ロッティちゃんの慌てた声に、モモとカサンドラが異変に気付く。
「ラテル殿!? 何故ここに!」
またカサンドラの知り合いなのか。
顔は見えないが女の声。というか、女の象徴とでも言うべき豊満な部分が背中に当たっている!
また申し訳ない気分になってきた。
「カサンドラ、今助けてやる」
肝が据わった冷静な声。冗談が通じる相手じゃなさそうだ。
「さあ、カサンドラを奴隷から解放しろ!」