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第一話 87歳の転生 

「初めまして、月島 玄(つきしま  げん)さん。私は魔の女神ロラ。貴方にお願いしたいことがあって、この場に呼び寄せたものです」


 目が覚めると、女の子の声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、厳かなドレスを纏った娘が佇んでおった。


「綺麗な娘さんじゃの~。ワシになんのようじゃ?」

「ボケたフリは結構ですよ。貴方のこれまでの人生を、私は知っています。もちろん、貴方が殺される直前の出来事も」


 突然べっぴんさんが目の前におったから、素直に反応しただけなんじゃがの。

 紫銀の髪に青い宝石のような瞳。

 こんな孫がおったら何でも買ってあげてしまいそうじゃのう。

 まずは、気になっている事から聞くかの。


「ふむ、わしの娘はどうなったかの?」

「貴方が()()()娘なら、無事保護されましたよ」

「わしを殺した同僚は?」

「貴方の決死の行動で亡くなりましたよ。良かったですね、娘さんを護れて」


 腹に何発も撃たれたが、上手く殺せたか。

 あのクズめ、娘に人権がないからと言ってレイプしようとするとは! 死んでも許さん!!


 にしても、やっぱり死んだんじゃのう、わし。


「本題に入りますよ、玄さん。貴方にはこれから、異世界に魔王として転生して戴きたいのです」


 星々と海が煌めく”青い地平線”とでも言うべき場所は、これまで感じたことが無いほど神秘的な雰囲気を放っておる。

 そのような場所で話しておるせいか、女神ロラの突拍子もない言葉を素直に受け入れることが出来る。


「……何故わしなのじゃ?」

「貴方に転生して戴きたい世界は、かつてない危機を迎えております」

「……それこそ魔王の仕業なんじゃろ? 魔王増やしても意味が無いじゃろ。それとも、魔王同士で殺し合えと?」

「現在、向こうに魔王は存在しません。今世界が迎えている危機は、世界中の生物のゾンビ化です」


 ……はあ?


「魔王がおるなら勇者とかもおるんじゃろ? そいつらにやらせれば良いじゃろ」

「元はと言えば、三人の勇者が前魔王の家族を惨殺したのが切っ掛けなのです! そのせいで、魔王ゼオが死に際に新種のウイルスを生み出し、ばらまいてしまったのです!」


 惨殺って、そいつら本当に勇者か?


「その勇者共は?」

「ゾンビにビビって隠れています。と言っても、勇者の権力を利用して、かなり好き勝手やっているようです」


 ビビるって……。

 自慢の顎髭を指で梳かしながら、頭を動かす。


「……もう、勇者クビにしてはどうかの」

「むしろ殺してやりたいくらいですよ! ゼオは家族と幸せに生きられれば、それで良いと言う優しい子だったのに……あいつら、ゼオの妻だけでなく、三歳の子供の首を笑いながら刎ねたんですよ! 本物の畜生共ですよ!!」


 本気でキレてるの~。わしも腹立って仕方がないわい。

 それにしても、魔王と勇者が逆転してしまっているではないか。


「……私には勇者を選ぶ権利が有りません。私に出来るのは、魔王の選定くらいです」

「魔王になって勇者を殺せということかの」

「……いえ、まずはゾンビを殲滅して下さい。結果的に勇者とぶつかる時が来るでしょうが、命を守り、世界を存続させるのが最優先です」


 存続?


「その後はどうすれば良いのかの?」

「好きになさって構いません。今回の件で、既に倫理が崩壊してしまった世界です。世界の存続が叶うならば、ご自由にどうぞ」


 ご自由にって言われてものう……。


「玄さんは童貞でしたね」

「……急になんなんじゃ!?」

「貴方は前世で、とんでもない数の女性と関係を持っています。よって、今世では童貞の呪いをかけられていたようです」


 マジでかい! 八十七になっても経験が無かったのは、そういうカラクリだったとはのう……。


「来世では呪いから解放されます。転生したときに十八歳の姿にしておきますので、頑張って下さい」


 何を頑張れと?


 まあ、良いかの。ちょうど死んどるし。……あれだよ、世界の存続の話しじゃよ。


「では、もっと色々教えて貰おうかの」



            ★ 



 女神から色々話を聞いて、引き受ける覚悟を決めた。


「玄さん、こちらをどうぞ」


 渡されたのは、長さ六十センチ程の木刀。


「転生して暫くは魔王の力は使えません。それまでは、この”浄化の木刀”を使って下さい」

「ゾンビを殺せる浄化の属性が宿っておるのか」

「その通りです。さすがですね」


 何が? 流れで分かるじゃろ。


「木刀なのは、血や体液が飛び散りづらいようにかの」

「ハイ、噛まれるだけでなく、血が体内に入ると発症してしまいますから」


 鋭利な刃物だと、ブシャーじゃからの。重い鈍器でも、バチャーするかもしれんしの。


 ロラちゃんから、更に二つの物を貰う。


「準備は宜しいですか? 玄さん。いえ、クロウと名乗るんでしたね」


 わし、生まれつきカラスが好きなんじゃよ。どうせだから名前を変えることにしたんじゃ。以前から、変えるならクロウがいいと思っておったしの。


「では、達者での、ロラちゃん」

「いってらっしゃい、クロウさん」


 結婚しておったら、こんな風に送り出して貰えたのかのう。

 魔方陣が形成され、美しい女神の姿が一瞬で消えた。

 最後に見えたのは、ロラちゃんの幸せそうな笑顔じゃった。



           ★



 ――ここが異世界。


 これ程広大な自然を直接目にするのは、いつ以来じゃろうか。

 見渡す限りの荒れ地と、山と青空。


 にしても、クッセーーーーーーーーーーー!!

 腐臭が半端ねーーーーーー!


 人だけじゃなく、モンスターなんかもゾンビ化しているらしいからな。近くに……居るんだろうな。


 ゾンビ化事件が起きてから約半年が経ち、世界中の六割の生物が既にゾンビ化しているらしいからな。

 魔力を持たない普通の動物はゾンビ化しないそうだが、ゾンビに食われてしまうらしい。

 つまり、ゾンビ有るところ生物は死に絶えると言うことだ。


「空気感染はしないらしいが、これじゃあいつ病気になってもおかしくない」


 ロラちゃんの助言通り、早速魔法を使うか。


「生活魔法、クリアエア」


 おおー! 身体の周りを空気が循環していて涼しい。さっきまでの腐臭も消えた。


「早いところ安全を確保しないと」


 今の俺は普通の人間と変わらないからな。

 先程まで見ていた景色の反対側を見る。

 距離はあるが、町が見えるな。食料と使えそうな物があれば良いが。


「太陽の位置からして後五時間、いや、四時間で最低でも寝床を確保しないと」

 

 俺は町に向かって駆けだした。



            ★



 スゲー! 俺、本当に若返ったんだな!

 走り出してから気付いたが、身体が軽いのなんの。

 でっぷりとした腹も、身体の節々の痛みも消えている。

 息も臭くない!


 ……クリアエアを使っているから判断出来ないか。

 浮かれている場合じゃない。町の中の方がゾンビが居る可能性が高いのだから。


 町の入り口に到着する。


「この町、外壁とか無いのか。そりゃあ防げないわけだ」


 遠くからでは分からなかったが、町は酷い有様だった。

 焼け焦げた家に焼死体、食い散らかされた家畜の死骸には虫や鳥がたかっている。遠くには煙が見えるな。


「……取り敢えず、声のする方へ行ってみるか」


 町に入ってから微かに聞こえる「アー~~」と言う声がする方向へ足を進める。


「ひっ!」


 視界にそれが飛び込んで来た瞬間、思わず悲鳴を上げそうになった。

 グロテスクなゾンビ映画は観たことはあるし、仕事柄、人体解剖はしょっちゅうだったが、予想を上回るグロさだ。


 半端に残っている髪に、血で赤黒く染まった肌。身体から骨や目玉が飛び出したやつも居る。


 クリアエアで匂いを遮断して無かったら、ダブルパンチで吐いていた自信がある。


 落ち着け、ドロドロの変死体を解剖したことだってあるだろう。若返ったことでビビりになってんのか? 身体から経験が消えちまってるのか?


 なんてことは無い。()()()()()()()()時に比べれば、こんな恐怖!


 それにしても、何故こんなに集まって居るんだ?

 一階建ての建物の周りに、ゾンビが十体以上集まっている。中にはもっといそうだ。


 まさか、生き残りがいるのか!?


 だったら、そいつから役立つ情報を貰えるかもしれない。

 逆に襲われる可能性もあるが。


 フーーー……行くか!


 隠れていた場所を出て、離れている一体のゾンビに向かって木刀を振り下ろす!

 頭に当たると、一瞬だけ苦しんで消滅した。

 ジュウーッと、音を立てて煙になったよ。


 呆気ない。


 大抵のゾンビは強くないと聞いていたが、勇者が逃げ出したと言うから、もっと面倒だと思っていた。


「これならいける!」


 建物の周りに居るゾンビ達に、頭を狙って次々と木刀を打ち込んでいく。


 やっぱり呆気ない。木刀に浄化の属性が有るからこそだろうが……。


 まあ、楽に越したことはない。


 外側の敵を一掃すると、中から出て来たゾンビを確実に仕留めていく。


 周りを警戒しながら、冷静な判断を心掛ける。


 問題は建物の中だな。


 死角が多いし、奴らは暗闇の方が活発に動き回るらしい。

 建物を見る限り、こっちの世界は電気が通っているわけじゃないから、日当たりは悪くないと思うが。


「さて、いったいここに何があるのか……」


 期待と不安を感じながら、建物の中に足を踏み入れた。


 退路を意識しながら、慎重に中を探る。

 建物の中には幾つも檻があり、ゾンビ化していない死体が幾つもあった。


「ここ、奴隷売買の店なのか?」


 死体の中には女、子供も多かった。建物の作りにしても、刑務所という感じがしないし、全員に首輪が付いている。


「ゾンビが現れるようになったけど、自分達では檻から出られず、餓死したってところか?」


 中には、発狂して死んだやつもいただろうが。


 ばらけた位置にいるゾンビを狙い、始末していく。

 ほんの十メートル進むのに、何分も掛かっているな。


 ゾンビは音に反応すると教えてもらった。

 つまり、ゾンビ集まるところ、音がする要因が存在するという事だ。


 暫く進むと、ゾンビが二十体程纏わり付いている檻があった。

 

 ……檻の中に何か居るな。

 ゾンビのうなり声に混じって、カサッ! という小さな音が何度か聞こえた。


 周りに気を配りながら、ゾンビ達の隙間から檻の中を覗く。


 ………………枯れた人面植物?


「なんじゃありゃ?」


 ――思わず、普通のトーンで言葉を発してしまった。


 ゾンビ達が一斉に俺を見る。


 ……こわっ!!


「アーーー!」


 というか、思ったよりも動きが速いんですけど!!

 俺を認識してからの動きが、ヨタヨタ歩きから小走りくらいに速くなってるんですけど!


 死にもの狂いで木刀を振り回す。

 建物の中だから、得物の取り回しには気を付けないと!


 つか、マジでキモい!


 本気で叫びたいけど、デカい声を出すと益々集まって来るから我慢しないと!


「ハア、ハア、ハア、ようやく、全滅させたぞ……」


 それにしても、檻の中のアレはなんなんだ?

 そう言えばロラちゃんが、”鑑定”スキルを使えば大抵のものは調べられると言っていたな。


「えーと、”鑑定”! ……で良いのか?」


 ”鑑定”を使用してから数秒後、頭に情報が流れ込んでくる。


「名前はモモで……植物族(ドライアド)か。十六歳の女の子!? …………滅茶苦茶干からびているが、アレで生きているとは……」


 “鑑定”調べられたということは、生きている証拠。


「……助けるか」


 女神から三日分の食糧を貰っている。二人で分けても、節約すれば二日は保たせられるだろう。

 若い子を死なせたくないという思いもあるが、正直、こんなゾンビだらけの世界で一人は辛い。

 もう、人が恋しくて仕方ないんだよ! 貴重な食糧を削ってでも話し相手が欲しい!


 これまでの人生では、他人なんて邪魔ぐらいにしか思わなかったのに。


「あった!」


 ”鑑定”スキルを使い、檻の鍵をなんとか見付けることが出来た。

 例の檻を開けて中に入り、すぐに内側から鍵を掛ける。


「……一応、寝床は確保できたか。居心地は良くないが……」


 天井まで伸びた格子状の檻の中。ここなら格子に近付かなければ安全だろう。その事は、目の前の女の子――モモちゃんが証明している。


 念のためゾンビも鑑定してみたが、ちゃんとゾンビという情報が流れ込んで来たので、モモちゃんがゾンビという可能性は無い。


 隣の檻の腐敗が進んだ死体を鑑定してみるが、何も情報が入ってこない


 俺は左腕に付けた腕輪を操作して、食糧と水筒を出現させる。

 宝飾品と腕時計が融合したような腕輪は、”リングボックス”という名前で、ロラちゃんから貰ったアイテムだ。


 ちなみに、時計としての機能は無い。


 このリングボックスは、言わばアイテムボックス。

 アイテムと認識される物ならば、何でも入れられる機能がある。容量は無限。今は食糧と獣製の水筒三本に、ダンジョンコアしか入っていない。


 食糧と言っても、ほとんど高カロリークッキーの類似品だ。


「これで良いのかな?」


 人面植物、モモちゃんの口元に水筒の口を近付けてみるが、こんな状態で飲めるのだろうか?


 ピクリと反応したので、口に水を含ませる。


「あっ! ……あ、あ、あ、あ」


 この反応………………可愛い♡

 娘にミルクを飲ませてやった頃を思い出す。


 水を飲ませ始めてから数分。枯れた植物のようだった身体が膨らみ始めた。

 徐々に身体が茶から緑、緑から白に変わり、根っこや蔓のように見えたものが女性特有の可憐な手足に変わっていく。


 目の前の超常現象に感動を覚える。


 水筒一本が空になった時点で飲ませるのを止め、少し離れて様子を見ることにした。


 ……背徳的な気分だ。


 目の前に、全裸の美しい少女が横たわっているのだから。


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