僕たちは双翼の勇者
偶々通りかかった人気のない路地裏。そこにローブを深くかぶった子供が泣いていた。僕はその子に声をかけた。
「どうしたんだい?泣いているのかい?」
「ぐすっ……だ、誰?」
声からして女の子だろう。こちらを見上げた顔は泥で汚れてしまっているがそれさえ落とせば可愛らしくなるだろうと思う。
「僕かい?僕はアイク。君は?」
「私は……アリア」
少女は少し詰まりながら答えた。
「そっか、アリアね。いい名前だね。それで、君はどうしてこんなところにいるんだい?親御さんは?はぐれたのかい?」
少女……アリアは首を横に振り、ポツリと呟いた。
「捨て、られた……」
今の時代、子供をこんなところに捨てる親はいないと思っていたのだがどうやらそんなことはなかったらしい。
「………そっか。君はこれからどうするんだい?もしよかったら僕と一緒に来るかい?」
「えっ?」
アリアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。それがおかしくてつい笑ってしまった。
「ふふっ、それで、一緒に来るのかい?」
アリアは長い間、考えるように下を向いて、やがてこちらを見て「うん」と頷いた。
「よかった。じゃあ行こっか」
「うん!」
僕はアリアに手を差し伸べた。彼女は僕の手を取って立ち上がる。僕たちはそのまま手を繋いで家に帰った。
これが僕たち双翼の勇者の原点。
少女---アリアを拾ってからもう5年が経ってしまった。アリアはすくすくと育ち、出会った頃とは見違えるほど綺麗になった。
「アリア、今日はちょっと出かけないといけないんだけど、ちゃんといい子にして留守番できるかい?」
今日は少し外せない用事があって1日だけ家を留守にしなくてはならない。それをアリアに伝えると、
「だ、大丈夫に決まってるじゃない!子供扱いしないでよ!私も、もう大人なんだからね!」
アリアは僕と出会って5年が経ったことで15歳になっていた。最近は少しツンツンしてきた。反抗期ってやつなのかな?でも、彼女の顔は声をかけられたことに喜びを隠せていない。やっぱりまだまだ子供のようだ。
「ふふっ、うん、わかったよ。それじゃあ留守は頼んだよ、行ってきます」
「ふんっ!さっさと行けばいいじゃない!」
そんな言葉とは裏腹に寂しそうな視線を背に受け、思わず苦笑しながら、僕は家を出た。
しばらく歩いて、たどり着いたのは立派なお屋敷。僕とアリアの家の何倍もの大きさのお屋敷だ。僕は若干、気圧されながらも中へ入っていく。そして、数多あるドアの中で一番装飾が美しいものを開ける。ドアの先には立派な髭を生やしたご老人が机を挟んで椅子に座っていた。彼はこちらに気づくと
「やあ、アランくん。そこに座ってくれ。少々散らかっているがね」
アラン、それは僕の偽名だ。これにはちょっとした理由があるけどそれはまた別のお話で。
僕は彼に言われるままに用意されていたイスに腰掛ける。
「改めて、久しぶりだねアランくん。最後にあったのはいつだったかね?」
「お久しぶりです先生。そうですね………だいだい2年ほどでしょうか?」
「ホッホッホ、もうそんなに経ったのか。そういえばアリアちゃんは元気にしておるか?」
「ええ、おかげさまで出会った当初に比べると格段に元気になりました。それで先生、本題の方なのですが……」
「ふむ……」
彼は僕の恩人で昔から頼りにさせてもらっている。今日はある相談…いや、お願いがあって尋ねて来た。
「実は、あれを再開しようと思っています」
「なっ!な、何を言うんじゃ!」
「……先生のおっしゃりたいことはわかっているつもりです。確かに僕は半人前です。ですが、」
「………まさかお主!!」
彼は机を叩いて、身を乗り出してきた。僕は少し驚きながらも言葉を繋げる。
「はい、僕はアリアと一緒に勇者としての活動を再開したいと考えています」
勇者……僕はアリアと出会う以前、勇者として世界を旅していた。だが、始めてから一年ほどで僕の実力が足りない故に挫折してしまった。それを今度はアリアと2人でやりたいと思っている。
「しかし、アリアちゃんの意思はどうなるのじゃ!?」
「もちろん、そこはアリアの意思を尊重します。アリアに強制してまですることではないですからね」
「う、うむ……」
「もし、断られた時はアリアをよろしくお願いします。今日はそれを頼みに来ました」
僕は彼に向かって頭を下げた。彼は「うむむ…」と唸り、しばらくして「わかった」と言ってくれた。
「ありがとうございます。この恩はいずれ……」
「しかし、本当にそれで良いのか?」
「はい、僕はそのために生まれてきましたから」
僕はそう言って笑みを返す。しかし、彼はそれを不満に思ったらしく、顔をしかめた。
「先生?」
「アランよ、お主はもっと自分を大切にすべきじゃ。お主を大切に思っておる者も少なからずおるのじゃから。そのことをしっかりと心に留めておけ、良いな?」
「はい。それでは失礼します」
僕は、彼に頭を下げて、部屋を出て、帰路に着いた。少し早くなってしまったがそれはそれでいいことなのだから。と、僕は鼻歌を歌いながら街を歩いた。
「アイクくん……はぁ……」
老人は帰ってしまった彼の本当の名を呼んで、深くため息をつく。
「お主は1人で抱え込みすぎなのじゃよ……」
彼は天を見上げ、ポツリと文句のような呟きをこぼしていた。その呟きは彼に届くわけもなく、空に溶けていった。
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恩人である老人の家からの帰路、鼻歌を歌っていた僕は道のど真ん中でピタリと止まった。
「…だ…か……す…て……」
どこからかは、わからないがもはや、呼吸音と言っていいほど小さく、あと僅かで消えてしまいそうな声が僕の耳に入ってきた。
「どこだろ?こっち………いや、あっちか!」
僕は声の方に駆けた。そして、見つけた。僕がたどり着いた先では地面にうずくまっている少女の周りを複数の男が取り囲み、少女を力の限り蹴っていた。
「やめろ!」
「あぁ゛?なんだテメェ?こいつの連れか?」
「うるさい!いいからその足を退けろ!」
僕は力の限りに叫んだ。そして、少女の横にかばうように止まる。
「君たち……なんでこんなことをしているんだい?」
「へっ、正義の味方気取りかよ。いいぜ、教えてやるよ。そいつはよぉ、魔人族なんだぜ。魔人族を見つけたら殺すのが普通だ。違うか?」
「!?」
僕たちの住むこの世界には7種族がいる。
人族。つまり僕たちみたいなただの人間。
エルフ族。魔力の扱いに長け、多種多様な魔法を操る。
ドワーフ族。手先が器用で道具の製作を任せれば右に出るものはいない。
獣人族。彼らの五感は7種族で一番鋭く、1キロ離れた場所で落ちたコインの音が聞こえる。
有翼族。背中に純白の翼が生えており、空を自由に舞う。
竜人族。今となっては伝説上の存在とされている竜の子孫で、ありとあらゆる才能は7種族随一。
そして魔人族。彼らは人でありながら人ならざる者。また、魔王の眷属。
僕は今までに何人もの魔人族と戦ってきた。彼らは野蛮で人を襲ってはその肉を喰らっていた。だが、僕たちと同じように心があり、仲間意識が高い。僕が勇者をできなくなっていったのはそういう心ある相手を傷つけることに躊躇いを覚えてしまったからでもある。
「今なら許してやるぜ?そこから退きな。それとも魔人族をかばって死ぬか?」
「関係ない、魔人族だろうがなんだろうが関係ないよ。困っている人を見つけたら助けるのが僕の役目だからね」
僕はそう言って男たちを睨む。相手は7人こっちは僕だけ。数的にはこっちが不利、でも相手は素人。戦闘経験のない人たちばかりだろう。勝機はそこにある。
僕は少女を抱えた。
「おいおい、あんたその状態で俺らとやり合うつもりか?」
「うん、これが一番やりやすいから」
「へっ、そうかよ。おい、テメェらやっちまえ!」
ボスらしき男の掛け声で6人が殴り掛かってくる。僕はそれを飛んで回避。僕めがけて飛んできた拳は彼ら自身の顔にヒットした。全員が本気で殴ったのだろう。気を失って倒れてしまった。僕は少し離れたところに着地する。
「何やってんだオメェら!!ちっ、使えねぇ奴らだな。テメェは俺がやる。くたばれぇぇえええ!!」
「ちょっとチクッとするけど我慢してね」
僕がそういうと少女はコクリと頷いた。
「よかった、それじゃあ行くよ。"電磁加速"」
僕は電気を纏い、それによって細胞を活性化させ、一瞬だけの加速をした。それによって僕たちは男の横を通り過ぎた。そして、男の方は僕が生み出した電気によって一時的な麻痺を受ける。
「ぐあっ!」
「ごめんね。一応、人を呼んでおくからしばらく我慢してね」
僕はそう言ってその場を離れた。
「ここまでくれば大丈夫かな?」
僕は少女を抱えたまま大通りを抜け、家の近くまで来ていた。もちろん人は呼んだよ?でも、そのあと彼らがどうなったのかはわからないけどね。
「歩けるかい?」
「……」
少女は弱々しく横に首を振った。衰弱が激しくなっているようだ。早く家まで連れて行ったほうがよさそうだ。
僕は少し早歩きで家に帰った。
「ただいま!アリア!ちょっと来てくれないか!」
「何よ!そんな大声で呼ばなくてもいいじゃない!」
「あ、ごめん。って、そうじゃなくてこの子を頼んだ」
僕は少女をアリアに渡す。アリアはこちらを睨んだ後、「後で詳しく聞くからね!」と言って少女の治療を始めた。
『安らかなる癒しを、“ヒール”』
アリアの手が光を発し、その光は少女を包み込んで行く。先ほどまで苦しげだった顔がだんだん落ち着いてきた。どうやら、寝てしまったようだ。
僕がアリアに治療を任せたのはアリアが回復系の魔法を使えるからだ。残念なことに僕は使えないから才能があるとわかっても教えることに苦労したよ。
「ふぅ……もう大丈夫よ。それで、この子は一体なんなのよ」
アリアが射殺すような目で見てくる。
「襲われていたから助けただけだよ」
「魔人族なのに?」
「む、アリア…いつも言っているだろう?魔人族とか人族とかそういうのは関係ないって」
ちょっと冷たい声になってしまった。彼女はびくっと肩を揺らして俯いてしまった。
「ごめんごめん、怒ったわけじゃないよ」
「ほんと?怒ってない?捨てない?」
アリアは悲しそうにこちらを見つめてくる。僕はそんな彼女の表情と言葉に、僕は少しだけ怒りを覚えた。
「アリア。僕たちは家族だ。違うかい?」
「違わない……」
「うん。でね、アリアは僕に見捨てられるかもしれないって思うんだよね?」
彼女は控えめに「……うん」と言う。
「そんなに信用できない?」
「そんなことない!!」
「じゃあそういうことはもう2度と言わないって約束できるかい?」
「うん、もう絶対に言わない!約束する!」
彼女はまたも即答した。僕はその答えを聞いてつい彼女の頭に手を置いた。
(あっ、しまった……)
案の定、彼女は僕の手を払った。そこまで嫌がらなくてもいいと思うんだけど……
「にゃ、にゃにするのよ!?」
「ご、ごめん……つい」
「で、でもどうしてもって言うなら触らせてあげてもいいけど……」
どうやら嫌がった訳ではなかったようだ。ただびっくりしただけみたい。
「いや、いいよ。ごめんね?びっくりさせちゃって」
「そ、そう……」
彼女は僅かにだが肩を落とし、そのまま部屋を出て行った。勇者云々に関しては後でもいいかな?それよりも今はこの子だよね……
どうしてこんなところにいたんだろ?
「あ、起きた?今、水を持ってくるから、まだ横になっててよ」
少女が目を覚ました。身体中の傷が治っていてキョトンとした顔が愛らしい。僕は水とついでにカットした林檎を持っていく。
「はい、どうぞ」
「……」
少女は僕が持ってきたそれらを見つめる。どうしたのかな?………ああ、なるほど。
「安心して、毒なんかは入ってないからね」
「違っ!そ、そうじゃなくて……」
「?」
どうやら違ったみたいだ。じゃあ一体どうしたのだろう?
「私、その……魔人族……だ、から……なんで……」
「ああ、大丈夫だよ。僕はそんなこと気にしないから。魔人族が本当は優しいのはよく知ってるからね」
「?!な、んで……?」
「ん〜……なんでって言われても、知っているとしか言いようがないんだけどね。っと、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はアイク。よろしくね」
「アイク!?あなたがあの!?」
どうやら少女は僕のことを知っているみたいだ。僕は苦笑いで「う、うん。多分そうだよ」と答えた。
「嘘……こんなところで会えるなんて……」
「どうかした?……っ!?」
少女は僕の手を突然、握り締めた。僕があたふたしていると少女は立ち上がろうとしてよろけて気を失ってしまった。僕は呼吸が安定していることを確認してから、ベッドに寝かせた。手はまだ握られたままだ。
「ふぅ……よかった。……あ〜、いつアリアに話そうかな?」
「私がどうかしたのかしら?」
「ア、アリア!?い、いつの間に……」
「ついさっきよ。それで?話って何よ」
「そ、それは……」
僕はいつのまにか背後に立っていたアリアに驚く。
「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
「うっ……わかった、話すよ。
まず、僕について。僕は君を拾う前は勇者をしていたんだよ。でもね、訳ありで辞めてしまったんだ」
「ちょ、ちょっと待って。勇者?あなたが?嘘……」
「本当だよ。それでね、最近になって魔王が動きを見せたらしいんだ。だからね、僕は勇者の活動を再開しようと思ってるんだ」
「勇者の、活動……?」
「うん」
アリアは驚きを隠せていない。それもそうだろう、いきなりこんなことを言われたら僕だって混乱する。だけど、ごめんねアリア。さらに混乱させちゃって。
「そこで、アリア。君にも一緒に来て戦って欲しいんだ」
「………この家はどうなるのよ」
「信用できる人に管理を任せる」
「私はどうすればいいのよ……」
「僕は君の判断に任せるよ。行きたくないならそう言ってくれ」
「そんなこと言ってない!私も行くわ!」
「……そっか、ありがとう」
アリアの返事に僕は身体が重くなったように錯覚した。でも、それを悟らせないように微笑んで返した。うまくできているかな?
「そうと決まれば早速荷造りね!」
「うん、出発は明日の予定だから、それまでにお願いするよ」
「そういえばあの子はどうするのよ?」
そう言って少女を指差すアリア。こら、人を指ささない。まあ、それはともかく。
「もちろん連れて行くよ。ある程度はわかるけど道案内をしてもらおうかなって」
「………ふ〜ん、そう、わかったわ」
なんで不機嫌になるんだい?
そして翌日の朝。
「また帰ってくるから待ってなさい」
「ふふっ」
なんともアリアらしい別れの挨拶だと思う。昨日の少女はまだ疲れているのかぐっすりと眠っているので僕がおんぶしている。
「それじゃあ行こうか」
「ええ。行きましょう?」
僕は彼女と手を繋いで馬車に乗った。
「アリア、本当に良かったのかい?」
「ええ、だってあの家にはまた戻ってくるんでしょ?だったら問題ないわ」
アリアは天使のような笑顔を僕に向ける。
「そうだね」
「それに……ちゃんとアイクが私を守ってくれるのよね?」
「うん、もちろん。だから僕のことはアリア。君が守ってよ」
「っ!?………うん!!」
アリアは驚いたがすぐに返事を返してくれた。この調子ならこれから先もきっと安心だろう。そんなことを思いながら僕は馬車を進めた。
微妙な終わり方だったと思いますが、良かったでしょうか?
本当は連載でやろうかな?と思っていましたけどなんかその……面倒になってだったらもういっそのこと短編として出しちゃえって事で出しました。
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一作目 「あべこべ世界の学園生活」
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二作目 「念願の異世界転移。ここからは俺のターンだ!………だったはずなのにどうしてこうなった!?」
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