靴を変えたところで歩き方は変わらないだろう
「ンだよ、これ」
剥き身の状態で差し出された物を指差し問い掛ければ、いつでもどこでもサングラスを掛けた新参兵が答える。
「先生いつもサンダルでしょう?いざって時にそれだと動きにくいだろうから、そのブーツ使って」
俺が普段履きしているぺたぺたと足音を響かせるサンダルを見下ろす新参兵は、ブーツを指し示してそう言った。
そのブーツは脛まで長さのある厚底のものだ。
底も滑り止め加工がされており、ボコボコと段差を生み出している。
そのブーツを手に取り眺めれば、存外、質のいいものらしい。
滑らかな皮が使われている。
ただ、この型は、と思い眉を寄せれば「先生?」と不安を滲ませた声が掛けられた。
「余計な心配してる暇あんなら、新参兵はもっと訓練重ねてろ。お前、近距離戦クソじゃねェか」
「うぐっ」
「つーか、これお前の?臭くね?」
「ちょ!ちゃんと新品だからぁ!!」
ブーツ片手に苦言を漏らせば、わざとらしく胸のところを押さえて呻く新参兵。
俺の言葉にいちいち大袈裟なほど大きな反応をする。
その度に、いつも眠そうに反応の薄い奴を思い出し、まァ良いコンビだよな、と心中で片付けた。
「もー、敵軍が攻めて来た時、サンダルじゃあ危ないって言ってるのに……」
唇を尖らす新参兵は、軽く眉を下げる。
さも聞き分けのない子供を扱うような態度に、サンダルのまま蹴りを入れた。
鈍い音に次いで悲鳴が響く。
「殺るから問題ねェよ」
支給品でもあり着込んでいた白衣を捲る。
いくつものポケットに仕込んだ武器に、新参兵が分りやすく顔色を変えた。
コイツは素直過ぎる、前々から思っていることに溜息を吐き、そうだけどそうじゃない、と言った突っ込みを聞き流す。
所謂ミリタリーブーツと、健康サンダル、どちらが戦場に適しているかは言わずもがなだ。
ただ俺は軍医で、大抵が基地内での仕事がメインになり書類仕事も多い。
いちいちブーツなんか履いてられっか、面倒臭ェ、が本音だ。
「……まァ、精々使用機会がないように働いてくれや」
ブーツをまとめて持ち上げれば、新参兵が笑う。
サングラス越しでも分かる目の輝きように、居心地の悪さすら感じた。
***
「……意外、だな。うん」
特殊部隊と呼ばれる部隊隊長を務めている元相棒は、今日も今日とて馬鹿みたいな特攻を掛けて擦り傷を作って戻って来た。
救急箱を漁っていると、あらぬ方向を見ていたソイツがぼんやりと呟き、視線を追う。
「……何がだよ」
「分かってる癖に。そういうところ、意地が悪いって言うんだよ」
ソイツは、珍しく、ははっと声を上げて笑った。
鮮やかな緑の目が、淀みないのを見て密かに安心感を覚える。
「ブーツならまだ残ってるでしょ」
包帯を取り落としそうになり力を込めれば、腕に巻いていた分がズレる。
それを見る緑の目はやはり穏やかなものだ。
特殊部隊隊長――そんな肩書きを持つ前のソイツは、俺と共に戦場を駆け巡る相棒だった。
如何せんこういう言い方をすると、さもソイツの方が戦線離脱したかのように聞こえるが、戦線離脱したのは俺の方だ。
雨が降ろうが槍が降ろうが、銃弾の雨が降ろうが、そんなことを構いもせずに特攻を仕掛ける馬鹿なソイツ。
特攻しか知らないような戦い方は、時折タガが外れ敵味方の区別が付かないこともあり、そのストッパーが俺、だった。
痛みの取れない傷の治りの遅い自分の体を前に、俺はソイツのストッパーが無くなることを考え出す。
なら医療の知識を叩き込め、と勉強を重ねた結果に軍医になり戦場を離れた。
それと同時期に、ソイツは特殊部隊隊長の肩書きを手に入れる。
「持って来たのはナナ――新参兵?」
無言で包帯を巻き直す俺に、更に掛けられた言葉に、渋々相槌を打つ。
ソイツは自分の部隊に所属された新参兵を、今ではそれなりに気に入っているらしい。
最初は乗り気じゃなかった癖によ、と思うのはソイツの現相棒が埋まる気がしているからなのか。
識別番号からナナと呼ぶくらいには親しくなっていることが悪いわけでもなく、任務遂行には良いことだ、と包帯を止める。
その間にも、ソイツの目の穏やかさが変わることはなく手を握ったり開いたりし、感覚を確かめていた。
「……後でまた包帯取り替えに来い」
「ん、分かった」
本来なら包帯と薬を渡して、自分で取り替えろと言うところだが、ソイツは人よりも優れた身体能力に合わせて自己治癒能力も飛び抜けていた。
それ故に、そのうち治るからの一言で終わらせることが多く、薬を渡そうが包帯を渡そうが使われないので宝の持ち腐れ状態だ。
器具を救急箱の中に放り込み、先程からソイツが眺めていたブーツを持ち上げる。
置きっ放しにしていたそれは、一度サイズ確認で足を通したが、ピッタリだった。
生暖かい目をするソイツに舌を打ち、部屋の片隅にあったロッカーを開ける。
ロッカーの中には現役当初のままの軍服やら、日本刀やらを仕舞い込んでいた。
因みに開けるのには専用の鍵が必要で、俺以外の誰かが開けられることはない。
それを知っているからこそ、ソイツは嬉しそうに立ち上がり、俺の肩越しに覗き込む。
「教えてあげれば良いのに」
「態々言う必要もねェだろ」
「そう?少しは安心するんじゃない?」
「どーだかな」
ロッカーの中にブーツを入れて扉を閉じる。
すると名残惜しそうに、あー、と声を上げるソイツは、不満そうに眉を寄せていた。
「良いんだよ、別に。そのうちストレス発散で、お前らの任務着いて行くし」
それを見越してブーツも受け取ってんだよ、とソイツの意外と薄い肩を小突けば、驚いたように緑の目が丸くなる。
それでも、俺が瞬きを一つする間に破顔し「それは、私の仕事が無くなるな」と笑った。