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七夕



「最近はさ―――」

 

 公園の四人がけのベンチに仰向けに寝そべり、空に瞬く星を見上げたまま、彼女はそう言葉を始めた。

 僕はその言葉を、隣のベンチに座って同じく空を見上げながら「うん」と相槌を打ちつつ聞く。


「七夕のイベントに、ベガだとかアルタイルだとか、そんな意味もなくインテリぶった内容を使う人が増えたじゃん?」


「いきなり方々に敵を作るような言い方で切り出したな、おい」

 

 ビックリして彼女の方を見て突っ込みを入れるも、そんな自分の明らかに不遜な発言に何も感じていないのか、星を見上げたまま「いやいや」と続ける。

「実際さ、織り姫と彦星って中国の昔話みたいなものじゃん? ていうことはさ、ベガとアルタイルだったかどうかも怪しいじゃん?」

 

 いや、それはどうだろう、言い伝えで来てるわけだし、そもそも知識もないのに急にそんな学術的なこと言い出しても仕方ない気がする。

 という概ね彼女の意見を否定する意見を言おうとした僕は、しかしその言葉を言う前に、彼女の差し出してきた手の平によって制止させられる。


「いや、分かってるんだよ、私だって別に学問的に見つけられた法則的な部分までを否定したいわけじゃないよ?」

 

 ここに来てようやくこちらを見る彼女に、僕はむっとした顔で応じた。


「じゃあ何なのさ、何を言いたいのかさっぱりなんだけど」


「可愛いなあ~ 私、君のそういう顔が好きでこんな話ばっかりしちゃうのかもなあ~」

 

 にやにやと頬を緩める彼女。

 その表情を見るだに段々と怒りがこみ上げてくる。


「あ、怒った? やだ、駄目だよ? 怒ったりしたら駄目」


「誰のせいだ誰の!!」


 僕の発した大きな声は、人気のない公園だけにかなり響いた。正直自分でビックリして、怒りが治まってしまった。


「ま、兎に角さ、私が言いたいのはそんな決まり切ったつまらないことの話じゃなくて、折角の物語に物語を引用しているのに、そんな場違いな勘違いを持ち込まれるのはつまらないってことなんだよね」


「そんな話はしてなかった」


「細かいなあ、今してるところだろ?」


 寝転んだ態勢を起こし、体ごと僕の方を見てくる彼女にむっとした顔を見せつけると、笑顔で僕のことを見返してくる。

 僕にこういう顔をさせたいが為にこういう話ばかりしているというのはどうやら本当のようだ。「でもさ、別に良いんじゃないの、たかだか七夕のイベント回に、織り姫と彦星を表す星の名前はベガとアルタイルなんだよ、って言うことの何が気にくわないの?」


 僕の疑問に、彼女は大仰に首を横に振ってから答えてくれる。


「もう使い古されたんだよ」


「そんなこと言ったら、七夕なんて使い古されて久しいと思うけど……」


 とてつもなくあれな解答過ぎて、返す言葉も選べるほどなかった。


「七夕はさ、お願い事をする企画じゃん?」


「その言い方だとすっごく軽く感じるけど、まあ大体のイメージはそんな感じかな」


「つまりはさ、お願い事を何にするか、で、いつまでも、どの世代にも楽しんでもらえるイベントになる訳よ」


「まあ、そうかも」


「お願い事に、女優さんになりたいとか書いてたら、おじいちゃんが勝手に事務所のオーディションに申し込んでて今女優やってます。見たいな人もいる訳じゃん?」


 さも僕も知ってる情報みたいに同意を求めてくるが、


「いや、そうなの? そんな無鉄砲なおじいちゃんを持った女優さんが今の芸能界にはいるの?」


 普通に気になって聞いちゃう始末。僕って案外救いようないのかもな……


「あれ? 声優だったっけ? まあいいや」


 彼女は仕切り直すように咳払いをすると、地面に置いてあった鞄をごそごそ漁ってなにやら取り出す。


「というわけで、何かお願い事を書こう!!」


「うん、意味分かんないや」


 僕より救いようのない人がいて本当に安心する。


「知らないの? 七夕に短冊に願いを書いて笹につるして、当日に燃やすと、願い事が叶うんだよ?」


「七夕の概要説明をどうもありがとうだけど、笹なんてここにはないけど…… いや、短冊もないけどさ」


 言いつつ、少し周りを見るが笹の代わりになりそうなものもない。短冊もしかり。


「ところがどっこい、ここに短冊の紙とちっちゃい笹があったりするんだよ」


 鞄から取り出したのであろう小物を、こちらに見せびらかす。


 僕の心には呆れと、少しの嬉しさが湧いていた。

 クラスではあまり人と接しない彼女と仲良くなって一月程が経って、こうして、なんとなくわがままのようなものを言ってくれるようにまでなったことは、素直に嬉しかった。

 のだが、もう少し普通のルートでこういうことのお誘いをして欲しい。会話の流れも回りくどくてかなわない。


「用意が良いねえ…… じゃ、じゃあこれに願い事を書けば良いの?」


 大体の察しがつき、この流れに乗れば良いのかとそう聞くと、彼女はさっきとは違う綺麗な笑顔で「うん!」と頷いて、ペンと短冊を渡してくる。


「あ、もちろん私はハルヒちゃんじゃないから、二十年後だとかなんとか言う気はないから、好きなお願いしようね!」


 さっきまでの億劫そうな態度はどこへやら。

 うきうきと効果音の聞こえてきそうな彼女を眺めながら僕は考える。


 ハルヒちゃんて誰だ?



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