母の日
「今日の夕飯はカレーね」
母の声が階下から聞こえる。私は自室からその声に、「は~い」と応える。
明日から始まる一週間に少し憂鬱になりながらも、忘れ物の無いように鞄を整理する。月曜日の授業はなんだったかなと時間割を確認し、また少し憂鬱になる。
サザエさん症候群、なんて、サザエさんに少し失礼かもしれないけれど、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。月曜日の憂鬱は、土日の唯意義差を物語っているようで、楽しかった休日を惜しむように私は月曜日を憂鬱に感じる。
「ああ、学校かあ……やだなぁ…」
別に、これと言って嫌なことがあるわけではなく、日常に回帰する面倒くささからの言葉。日曜日の恒例行事と言っていいかもしれない。
恋でもすれば変わるのか、片思いで、学校でしか会えない誰かでもできれば、もしくは。いや、でもあの中から好意を向ける相手を決めろと言われても、無理としか言えないか…
ぶつぶつそんなこと考えながらも鞄の準備は終わり、自室を出、階段を降りる。
ダイニングに入ると、父がキッチンに立っていた。
「あれ、野菜炒め? カレーは?」
机に並べられた料理を見て、私は不思議に思って父に問いかけた。
「え、カレーがよかったか? あるもので作っちゃったよ」
「あ、いやううん。何でもない。ありがとう」
私は父の表情を見て失言だったと悟った。最近、と言うのも私が高校に入ってから父の態度が妙にビクビクしているのだ。思春期の女子が父親を無碍にすると言うのを聞いて、私に少し怯えているらしい。
たった一人の肉親に、そんな辛らつに当たるほど私は子供ではない、と自分では思っているのだが。
テーブルの椅子を引いて座ろうとして、日課を思い出す。
「お父さん、早く早く」
エプロンを付けたままの父を手招きで呼んで、真っ赤な花の飾ってある仏壇の前に正座する。お父さんが座るのを待って、線香に火をつけ立てると二人で手を合わせた。
(お母さん、お父さんはもう少し料理のレパートリーを増やした方がいいと思います。お母さんからも言っておいてください。)心の中で笑いながらそう言って、
「良し!」
と声を上げ立ち上がって席に着いた。
「いただきま~す!」
「そう言えばいのり、何でカーネーションが飾ってあるんだ?」
仏壇の前から動かない父の質問は、衝撃的だった。
「うそでしょ?」
「え、なに、まずいこと言った?」
本当に訳が解っていないという反応で、カーネーションの謎にウンウンうなっている父。
「今日は五月十三日でしょ」
「そうだね」
これでもわからないらしい。きょとん顔の父。多分こういうところが思春期の女子高生に不満なんだろうと確信を持ってしまった。
「今日はね、お父さん。『母の日』、なんだよ」
「あ、ああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
母に日頃の感謝を伝える日。父はすっかり忘れていたらしいが、でもまあ、この人は毎日ありがとうを伝えているから関係ないかもしれないと、「やってしまった!!!」と叫ぶ父を横目にカレーではない野菜炒めを食べた。