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薔薇回廊

作者: 秋月瑛
掲載日:2008/04/02

 そこに私はいた。

 けれど、そこがどこだかわからなかった。


 左右は蔓が絡みつく緑の壁。白薔薇が咲き乱れ、石畳は蛇のようにうねっている。

 どこまでも続く、薔薇の回廊。


 芳香が鼻を刺し、頭がぼんやりする。

 昼も夜もない。時間も失われている。

 倦怠感が体を包むが、それは疲れではない。


 胸が苦しい。吐き気がこみ上げる。

 けれど、すべては思い過ごしだったのだと、どこかで気づいている。


 ──全ては幻で、全ては現実だった。


 ここがどこか、わからない。

 だが、そんなことはもう、どうでもよかった。


 私の頭は、空虚の怪物に喰われた。

 空っぽのはずなのに、胸だけが苦しい。


 私は歩いたのか、それとも立ち尽くしていたのか。

 なにかを探しているわけでもないのに、歩いていた。

 必要などなかったはずなのに。


 ふと、空を見上げた。

 だが、そこには青空などなかった。


 灰色の空。

 それは空ではなかった。

 小さな虫たちが、群れをなして羽ばたいていた。


 気づくと、耳の奥に羽音が響いていた。

 ざわざわと、耳障りな羽音。


 私は立ち尽くし、耳を塞いだ。

 けれど羽音は、私の内側から鳴っていた。


 ──蟲たちは、ぼとぼとと地に落ち、燃え上がった。


 陽炎が立ち昇り、揺らめく炎が薔薇回廊を包む。

 それでも、薔薇は燃えなかった。

 薔薇は、炎よりも美しかった。


 そのとき──泣き声が聞こえた。


 誰かが、炎の中で嗚咽している。


 見ると、少女がいた。

 火に包まれ、うずくまっていた。


 私は少女に駆け寄り、その身を抱きしめた。

 すると、少女だったものは屍体となり、私の身体は真紅に染まった。


 血の香りがあたりに満ちる。

 少女だったものから蛆が湧き、朽ち果て、塵となった。


 灰となった砂が、私の指の隙間からこぼれ、風にさらわれていく。

 風は高笑いをあげ、全てを嘲った。


 ──炎と血は薔薇を彩り、死は生を与えた。


 ふと気づけば、薔薇は紅く染まり、

 そこから、ぼとぼとと紅い涙の雫がこぼれている。


 紅い雫が地を打ち、やがて紅の海が私の足を浸蝕していく。


 そうだ、私は行かなくてはいけない。

 だから、また歩き出す。


 薔薇回廊がどこまで続いているのか、私は知らない。

 永遠に続いているのかもしれない。


 ──初めは終わり。終わりは初め。


 そうだ、私は少女を探さなくてはいけない。

 薔薇回廊は、どこまでも続いている。


 左右は薔薇の壁に囲まれ、空には蟲が羽ばたいている。

 そして、どこかで少女が泣いている。


 薔薇は、かつて白かった。

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