#31
「ヒャッハァ!」
小雨を降らす暗雲が立ちこめ薄暗い中、魔法の明かりによって仁とシャードンと呼ばれた獣人の姿が照らし出されている。
シャードンは奇声を上げながら仁を短剣で斬りつけようとするが、他の獣人に拳をたたき込んだ直後の仁は声に反応して短刀を難なく躱す。シャードンは仁に反撃を許さず左右の短刀を素早く連続して振るった。上下左右様々な角度から繰り出される連続斬撃を仁は軽い足裁きと体裁きで難なく躱し続ける。仁が反撃しようと足の位置を少し変えるとそれに反応したのかシャードンは後方に飛び下がり距離を取り、仁と正対して用心深く両手の短剣を構え直す。
フードの隙間から見えるシャードンの顔は人と似た造りたが短い毛に覆われていた。動物のように黒い鼻の周囲からは猫の様に長い髭がぴんぴんと伸び、基本の毛色は茶色だが口周り・眉・頬の部分が白かった。その頭部を守るように頭の左右に構えられた短剣は血錆びのような赤黒い斑点があり、刃部分の背にはノコギリ歯のような刻みが付いていて酷く残虐な武器に見えた。
「やっぱやるなあ、アンタ」
「お前も結構やるね」
楽しげににやりと笑った仁は素早く近づき右拳の突きで胴を狙った。だがシャードンは軽く左に躱して逆に延びた腕めがけて短剣を振るう。振るわれた短剣をくぐって躱した仁は足下に回し蹴りを放つが、シャードンはまたもや後退して避けた。
「逃げてばっかりじゃ打ち手が無いぜ?」
「怖い怖い。うかつにゃあ近寄れねぇよ」
そう言いながらもシャードンは再び仁に接近して斬りかかった。
サイ獣人のカーバーはユーリが戦っている場所に向かって音もなく走っていた。カーバーの頭部は完全にサイのもので前後に長い頭部は目だけがフードに隠れており、角の付いた鼻先と口はすべてさらけ出ていた。比較的大きな頭部以外の体型は人間と同じ二腕二足で、大きな短剣を握る皮手袋をした手も人間のそれと大差ない様に見えた。
カーバーは走りながら周囲の様子を伺う。ユーリとルーは四人の獣人に囲まれながら持ちこたえている。反対側を包囲していた獣人の大半は槍を持った子供に殲滅されており、シャードンを向かわせた先も黒服の男にあらかた倒されてしまったようだ。カーバーはその様子を見て疲れたように短く息を吐いた。
『ふぅ。たかが人間ごときにこれほど殺られるとはな…あの黒服がセイシュウの息子だという情報もあながち真実かもしれんな…だがまずはっ!』
走りながら愚痴のように呟いていたカーバーがユーリに向かって突進すると周囲を囲っていた獣人達が逃げるように道を空ける。
『死ぬなよ』
「くっ!」
カーバーは走っている勢いのまま突っ込みユーリが右手に持つ細剣を狙い短剣を振る。ユーリは短剣を右手の細剣で上手く受け流し、左手の細剣でカーバーの腕を切りつけたがキンと高い音がして弾かれてしまった。カーバーはそのままの勢いで突っ込みその巨体をぶつけようとする。ユーリは必死にそれを躱そうとするが躱しきれそうにない。カーバーの巨体がぶつかる寸前、ユーリの体が淡い光に包まれたと思うとユーリの動作が突然早くなりカーバーの右側に避けることが出来た。
「ふっ」
なんとか体当たりを躱して安心したのか短く息を吐いたユーリだが、すれ違い様に振り回された右拳で腹部をすくい上げるように殴りつけられ吹き飛ばされた。
「がふっ!」
「ユーリ様っ!」
ルーは悲鳴のような声を上げて走り出す。錐揉みのような回転をしながら飛ばされたユーリは10mほど飛ばされて地面に落ち、ごろごろと暫く転がってからその動きを止めた。ルーはユーリの元に走りながら獣人を近づけさせないように散弾を周囲の獣人に向けて連続して撃った。
「ユーリ様っ!?ご無事ですか?」
ルーはユーリの側に立ち声をかけるが返事は無く、うずくまったままぴくりとも動かない。そこへユーリを弾き飛ばした再びサイの獣人のがルーに向かって走りに迫る。
『邪魔だっ!』
ルーは銃口をカーバーに向けて引き金を引くがガチャリと言う撃鉄の音しかしない。撃ち尽くした散弾銃をホルスター戻すと流れるような動作で腰ベルトから小さなナイフを二本抜き、カーバーの顔面に向けて投擲した。ナイフは狙いを外さずにカーバーの顔に命中するがまたもや金属音がして傷つけること無くはじけ飛ぶ。
カーバーは両腕をだらりと軽く広げて迫ってくる。ルーは臥して動かないユーリを守るように立ち曲刀を青眼に構え迎え撃とうとしている。身長差だけでもルーの1.5倍はある巨体で疾走してくるカーバーはさながら壁が迫ってくるかのようだ。
カーバーはルーの目前まで迫り、笑うように口端を上げると左の短刀でルーを殴る様に切りつける。
──ドンッ!!
ルーが短刀を自分の剣で受け止めようとした寸前、大きな鈍い音がするとカーバーの突進が壁にぶつかったかのように止まり踏鞴を踏んで後ろによろめいた。カーバーが体勢を立て直そうと足で強く地面を踏みつけるとズシリ音がして足が地面にめり込んだ。
『何だっ?ぐおぅ!』
カーバーが周囲を見渡そうと首を回した瞬間、今度はギィンと高い金属音がして左に吹っ飛ばされた。巨体を仰け反らせるように10mほど飛ばされたカーバーだったが器用にもくるりと空中で体を回し足から着地しようとする。だが飛ばされた勢いがは殺しきれず地面を削るように数メートルほど滑ってから停止した。
『馬鹿な、あんなガキがワシを吹っ飛ばしたと?』
体勢を整えたカーバーが見たのはユーリの周囲に残っていた四人の獣人をそれぞれ槍の一突きで吹き飛ばしている愛莉珠の姿だった。3メートル近い巨体のカーバーからすると愛莉珠は半分程度の身長しかなく、まさに大人と子供ほどの差があった。
「本当に獣人は頑丈ですね」
周囲に居た獣人を突き飛ばして気絶させた愛莉珠はユーリを守るように立ち油断無く槍を構えた。そこへオルテンシアも駆けつける。風の障壁はオルテンシアの位置に追随しているようでユーリとルーを障壁の範囲内に入れて保護したようだ。その様子を見ていたカーバーは愛莉珠を睨み付ける。
「貴様ら何者だ?ピブワンの者ではあるまい?」
「ゴホッ…彼女は…」
「ユーリ様!ご無事で!」
倒れていたユーリが上体を起こしながら答えるとルーが急いで近寄り体を支える。足に力が入らないようだが、ルーに支えて貰いなんとか立ち上がった。
「彼女は…イノーデラの漆黒の魔王、ジン・オナーグル・ヒイラギの関係者ですよ」
「チッ!!」
カーバーは鋭く舌打ちするとシャードンと戦っている仁を見た。シャードンはいまだ仁との功防を続けている。
「ピブワンの王子がイノーデラの有力議員の息子とこんな所で密会か?何が目的だ?」
「ふっ、それを調べるのが貴方の仕事でしょうに。楽しようとしないで下さい」
ユーリがあきれたように鼻で笑い肩をすくめるとカーバーは顔を歪めさせる。だが今だに槍を油断なく構える愛莉珠を一瞥すると短く舌打ちし、すばやく後退し始めた。
『失敗だ!引くぞ!』
カーバーが走りながら大声で叫ぶと生き残っていた獣人が逃げ始める。気絶していた獣人は他の仲間が担ぎ、または首を掻き斬られていった。カーバーも近くで気絶していた獣人二人を走りながら拾い上げ、そのまま建物の残骸の屋上まで飛び上がった。愛莉珠はまだ槍を構え逃げていくカーバーの方を警戒している。
「追いますか?」
「いえ、引いてくれるならいいでしょう。私もすでにこんな状態ですし」
カーバーが高い位置から周囲を見渡すと、まだ仁と戦っているシャードンが見えた。
『シャードン、引け!』
『はぁ?何言ってんだよカーバー、今良いところ何だから邪魔すんなよ!』
シャードンは仁との功防を続けながら言い返した。
『あの娘がどうなっても良いのか?』
『!?』
バッと仁から離れるシャードン。
「チッ、しゃーねーな。おい魔王!今度はもうちょっと本気でやってやるから覚悟しとけ」
「10倍くらい強くなったらまた相手してやるよ」
「今度はその手袋を外させてやるさ」
シャードンはニヤリと笑ってそう言うと後方に大きく飛び退き、先に後退を始めたカーバーの後を追った。
「手袋…?」
仁は不思議そうな顔をして逃げていくシャードンを見ていたが、その姿が見えなくなると集まっているユーリ達の元に向かって歩き出した。ユーリ達の周囲に血まみれの獣人の死体が四体転がっているのを見ると仁は顔をしかめて口元を手で覆った。
「ユーリ、無事か?」
「はい、おかげさまでなんとか」
ユーリは座り込みぐったりした状態でルーがユーリの皮鎧を外している。仁は再び周囲の獣人の死体に視線を向けた。周囲にはユーリとルーが殺したであろう四体の獣人と、獣人達によって気絶したまま殺された獣人が三体転がっている。
「仕方が無いとはいえ…やっちまったな」
「申し訳ありません。我々の実力では殺さずに彼らと対峙することが出来ませんでした」
「いや、まぁ多分そうなるだろうと思ってたよ。あっちも俺達を殺そうと襲ってきたんだ、殺されても文句は言えないだろう。どっちにせよ殺さないってのは俺の勝手な主義だし他人に強制するつもりもないさ」
仁は獣人の死体を見つめたまま答えて肩をすくませる。ユーリはそんな仁を見つめている。
「昼に張ったタープがまだ残っているはずです。とりあえずそちらに移動しませんか?」
仁は死体を見つめたまま暫く考えるような素振りを見せていたが、ぽつりと呟くように答えた。
「………ああ」
小雨の降る中、荷物を地下から拾い上げると昼間に作った雨避けのタープを張った場所に戻ってきた。完全に日が沈んだのか辺りも暗闇に包まれ、オルテンシアが明かりを再び作り直して周囲を照らす。タープは荒らされる事なく残っていたので仁達がそこに敷物を敷いて休憩場所を作ると、まずユーリが倒れ込むようにどさりと横になった。すかさずルーが治療をしようとユーリの鎧を全て外し始める。
「悪かったな、怪我させないようにカバーするつもりだったんだが…」
「それは護衛を頼まれていた私の責任ですね。私からも謝罪させていただきます」
立ったままで仁は軽く、愛莉珠は深く頭を下げる。
「いえ、お二人とも謝らなくてもよろしいですよ。オルテンシアさんの障壁から出たのは我々ですし。しかし…多少の刺客なら倒せる自信があったのですが、これは考えを改める必要が有りそうですね……ぐっ!」
ユーリは自らを戒めるように苦笑いを浮かべるとすぐに苦痛の声を上げた。すでにユーリ上半身は裸にされており左脇腹に大きな赤黒い腫れが見えている。腫れは躰の左正面、左胸の下辺りから腰辺りまでの大きな範囲で、ルーが患部を手で押して状態を確認する度にユーリはくぐもった苦痛の声を上げている。
「骨は折れていないようです。ヒビくらいは入っているかも知れませんが…」
ルーは患部に軟膏のような物を塗りつけてから当て布をして手早く包帯で巻き上げていく。オルテンシアも心配そうにユーリの怪我の具合を見ていた。
「私もサポートするのに体力強化をかけようとしたんだけど…」
「間に合わなかったよなぁ、お前はもうちょっと細かい制御が必要な魔法の練習をした方がいいな」
あぐらをかいて座っていたオルテンシアは上体だけを仁の方に伸ばして口を尖らせる。
「なによー、私のはギリギリ間に合ったけど仁なんて他の獣人と遊んでたじゃない」
「オルテンシアさんの援護は有り難かったですよ。あれが無ければあのサイ男の体当たりを正面から喰らうところでしたし、殴られた怪我もこの程度で済まなかったかも知れません」
「でしょー?ほら聞いた仁?あんたと違ってちゃんと私の方が役に立ってるの!」
「そうですよ兄様、この緊急時にあれはないです」
「いやあれは相手が思いのほか強くて手間取ったというか…」
「相手が強かったので苦戦したのではなく、思わず手合わせを楽しんでしまったわけですよね?」
「うっ!?」
仁は敷物の上にゆったりとした動きで座り、正座すると頭を垂れた。
「……ハイ、スミマセン」
「まったく、次は気をつけて下さいよ?」
愛莉珠はひれ伏す仁を見ると腰のポーチから手帳を取り出すと何かを書き留めていく。仁は鉛筆が走るかすかな物音に反応して時折ぴくぴくと体を動かしている。
そんな愛莉珠と仁を見て苦笑いを浮かべていたルーがはっとした表情を浮かべた。
「そういえば仁さんかオルテンシアさんは癒やしの魔法を使えないんですか?」
問いかけられて体を起こした仁は首を横に振り、オルテンシアの方を見た。
「あーごめん、私もそういう力はちょっと…」
ルーは落胆したように肩を落として息を吐いた。
「そうですか…では医者を手配したほうがよさそうですね」
「ユーリは隣国の王子だろう。この国の神聖魔法使いとか借りられないのか?」
今度はユーリがゆっくりを首を左右に振った。
「やめておきましょう。ここアネモスでは10名ほど治癒魔法をつかえる術者を抱えていると聞いていますが、生死を争っている状態ならともかくとしてこの程度の怪我で恩を売られてはたまりません。最悪でもピブワンに帰れば城に何人か使い手がいますしね」
「今も昔も治癒術士を権力が抱え込む形は変わってないのね。ねぇ、それって全員ソラゴアアルティシマの使徒?」
「ソラゴア…?ああ、アルティシマ教団ですね。たしかに大半はアルティシマの信者ですが二割ほどはサルタンですよ。その二つ以外は稀ですね」
「あのエロヒゲオヤジまだ手広くやってんのねー。私も治癒能力持ちで生まれていれば今頃は地上の神属はあまねく私を崇めていたというのに…まったくなんでママは私をそんな風に産んでくれなかったのかしら…」
オルテンシアは暗い情熱を燃やすように俯いて独り言をぶつぶつと口の中で呟き続ける。
「アルティシマ神ってエロいんですか…理知的で物静かな男性ってイメージでしたが」
ルーに問いかけられてオルテンシアがさっと顔を上げた。
「あいつって信徒の前では猫被ってるから。神族同士の会合とかだと目に入った女全員に声をかけるって有名だったわよ。ま、キムズズメーダみたいな陰湿さはなかったからあんまり嫌われてはいなかったけど」
「へー」
「はははっ…痛っ!……ふぅ、申し訳有りませんが私は少し休ませて頂きますね。治療ありがとう、ルー」
「はい、勿体ないお言葉です」
ユーリは横になり目を閉じた。暫くすると小雨が立てる雨音に混じって安定した呼吸音が聞こえてくる。屋根代わりのタープからぴちゃりと落ちる水滴が意外と大きな音を立てた。
「そういえば…」
いまだ正座している仁が思い出したかのようにポツリと話し始めた。
「俺がやりあってたタヌキ顔の獣人が最後に手袋がどうのって言ってたんだが、あれはなんだったんだろう…」
「手袋って、いつもつけてる指ぬきの皮手袋?なんかあるのそれ?」
「…手袋?」
手袋という言葉に反応したのか愛莉珠が腕を組み、右手の頬に指を宛てて考える。
「……ああ、あれですね。兄様が自分が言った事ですよ。覚えていないのですか?」
「いや俺は手袋がどうのとか全く言わなかったけど」
愛莉珠ははぁと深い溜息をつくと、先ほどとは違う古びた手帳を腰のポーチから取り出してぱらぱらとページを捲る。
「ありました。これですね、えーと建国暦二五六二年九月…」
「ちょっ!待てっむぎゅっ」
仁は立ち上がって愛莉珠を止めようとするが、気勢を先んじた愛莉珠は仁の頭を踏みつけて地面に縫い付けた。仁は踏みつけから逃れようと足掻くが一向に抜け出せそうに無い。足で器用に仁を押さえつつも愛莉珠は上体を揺らすこと無く開いた手帳を読み上げていく。
「この日行われた競技会の徒手格闘部門で大人相手に兄様はぶっちぎりで優勝致しました。それはもう圧倒的な実力差で、本来なら一撃で試合を決められるはずなのに相手の攻撃は擦りもせず避け続けています。もー兄様ったら格好良…ゴホッゴホッ」
ゴホゴホと咳払いをして何枚かのページを捲る愛莉珠。
「コホン…えー、兄様が相手をぶちのめして試合の結果が決まった後、打ちのめされて地面に這いつくばったままの対戦相手の男の方がこうおっしゃいました」
『馬鹿なっ!?いくら何でも貴様みたいな子供に俺が負けるはずが無い!貴様本当に人間かっ!?』
「圧倒的な実力差があるのが理解できないのか相手選手は負けた後も泣き言を言っています。そんな相手選手を見下すように兄様はこう仰いました」
『はぁ?折角良い勝負ができるように封印をして本来の半分の力で戦ってやったのに全く手応えがなかったぜ』
『半分の力?何を言ってるんだお前は?』
「ここで兄様はこれ見よがしに普段から着けている指ぬきグローブを締め直しました。
『俺のこのグローブは封印になっていてな。俺の能力を半分以下に抑えてくれているんだ。』
『あれで半分以下…だと?やはり貴様は人間ではないな…』
「あの手袋が封印?ホントかなぁ?」
「というかアリスさんのメモ、子細漏らさず書かれているんですね…恐ろしい…」
「分かった、手袋の件は分かったからもう止めてくれっ!」
オルテンシアとルーは愛莉珠の足の下で藻掻く仁を疑わしげに見つめている。
「これが手袋の下りですね。そして兄様は次にこう言いました」
『当たり前だ。俺をお前らと一緒にするな。俺こそは魔王、イノーデラの漆黒の魔王だ!』
「ああ、とうとう言ってしまいました。最近お年頃なせいか変な妄想を口走るようになっていた兄様ですが、とうとう兄様の中では自分が魔王になってしまっているようでした。そんな子供みたいで馬鹿な兄様がとても可愛く見えます」
愛莉珠はそこまで読むとぱたりと手帳を閉じた。
「ぷははははははは!」
堰を切ったように笑い出したオルテンシアはのたうち回って地面をバンバン叩く。
「自称魔王!自分で言っちゃってるよ!馬鹿だ〜ははははは!」
「あああ…若気の至りだったんだ…」
オルテンシアとは対照的に脱力して地面にへにょりと横たわる仁。ルーはそんな仁に疑わしげな視線を投げかける。
「で、本当に魔王なんですか?」
「はははっ!そうね、魔族や魔王なんてのは人間の空想でしか存在しないから魔王って呼ばれればそれは魔王って言ってもいいのかも知れないけど…くふっ、自分で魔王って言っちゃうのね…漆黒の魔王!わははは受ける〜〜!!」
涙を堪えながら説明していたオルテンシアは再び腹を抱えて笑い出す。
「あれは…四年前の大会でしたか」
「起きてしまいましたかユーリ様、騒がしくして申し訳有りません」
ユーリは横になったまま目を開いたが、古い記憶を思い出すかのように再び瞼を閉じた。
「いえ、私もその試合を見ていましたよ。大人に混じって子供が出ていたのでよく覚えています。しかも結果は圧勝です。まあ魔王と言い始めた時はやっぱり子供だなと苦笑しましたが…ピブワンに帰国すると徒手で戦う魔王がいるらしいとか、手袋の話も噂になっていましたね」
「やはり最初から私たちのことは知っていたんですね」
「ええ、アリスさんまでがあんなに強いとは思いませんでしたが…競技会には何故出なかったのです?」
「私は兄様みたいに目立つのは好きじゃないですし…そもそもああいった大会には男性しかでられませんよ」
「そうなのですか」
ルーも愛莉珠に質問をする。
「魔王っていうのが嘘なら手袋が封印っていうのも?」
「封印かどうかは知りませんが、少なくとも今してる手袋は普通のお店で買った物ですね」
「ふーん、まぁ魔王だろうがそうじゃなかろうが、私からすると大差無い強さ見えますが…」
ルーはうずくまって「俺の恥ずかしい過去がぁ…」などと涙ぐんでいる仁をしげしげと眺めた。
「蹲って泣いている魔王っていうのも珍しいですね」
「ルー、魔王様を呼び捨てにするのはどうかと思いますよ?」
「はー笑った。恐るべし漆黒の魔王。すごい破壊力だわー」
「よかったですね兄様、これで晴れて公認の魔王になれましたよ」
「なるか─────!!」
飛び起きて叫んだ仁の大声が遺跡に響き渡る。日はすでに落ち遺跡は暗闇に満たされていたが、仁達のいる周辺のみが明かりに照らされて暗闇の中に浮かんでいるようだ。しとしとと小雨は降り続いていたが、雨音をかき消すような笑い声や怒声が夜遅くまで続いた。