#28
「みんなー、見つけたわよー!」
オルテンシアの嬉しそうな声が草原に響いた。
見渡す限りの草原が広がっていた。春に向けて伸び始めた青草の背丈は膝丈程度でそろっており、風に揺れる様は緑色の海を思わせる。その草原の海に浮かぶ島のように見えるのは昔の建物の残骸の集まりで、草原の所々に点在していた。空を見上げると太陽は厚い雲に覆われ、晩冬だというのに冷たい風が吹きつける様は冬に逆戻りしたかのようだ。気温が低いためか、全員厚手の外套をしっかりと着込み寒風をしのいでいる。
寒空の下、仁達が探索していたのは比較的大きな島── 建物だった残骸の集落 ──だった。
「お手柄だなシア」
「ふふん、私にかかればこんなもんよ」
走ってやって来た仁に自慢げに胸を張って語るオルテンシア。そこへ愛莉珠、ユーリ、ルーも集まって来た。
ユーリが周囲にある建物の残骸を見渡している。
「確かにあの幻影で見た神殿の残骸ですね」
「あの竜が見せてくれた幻影は凄かったですよね。使えたら便利そうです」
「たしかにそうですが、人間であのレベルの幻術を使える人はなかなか居ないでしょう」
ユーリとルーが会話する横で仁は意識を集中し、神殿跡と言われた場所を睨み付けるように凝視している。
「やっぱり何も感じないなぁ…騙されたとは思わないが、何も無かったらまた振り出しか…」
「もう一度よく探してみましょう…また虱潰しに探したくないですし」
「それで、何を探しているのですか?」
愛莉珠の呟きにユーリが問いかけた。
「実は私たちも形は知らないんですよ…ただ、シアさんの力が封印されている何か。としか」
「ふむ…それを延々と探していたのですね。この草原で形も分からない者を探すのは気の遠くなるような作業だ。ご苦労察し致します。ところで、この草原にあるというのはどうやって知ったのですか?あと、誰が力を封印したのですか?」
「質問の多いやつだなぁ…」
仁が面倒そうな表情でぼそぼそと呟いた。
「申し訳ありません。疑問を疑問のまま放っておけない質でして」
「封印されている力が存在する方向と距離が大体わかるのよ。あと、私の力を奪って封印したのはキムズズメーダっていう嫌な奴よ」
オルテンシアは眉根を寄せて吐き捨てるように言うと、仁が溜息をついた。
「はぁ、シア、情報はもっと大切にしようぜ。こちとら借金持ちなんだから売れるものは何でも売らないと」
「良いじゃないこれくらい。別に秘密でもないし」
「いやー、オルテンシアさんは流石に神だけあってお優しい。それに引き換えジンさんはお金の亡者ですか?女性に嫌われますよ?」
「うっさいわ。俺はルーさんに嫌われなければいいよ」
ユーリに毒づいてからルーに秋波を送る仁だが、ルーは冷たい目線を返す。
「もう手遅れですよ、裸王さん」
「やめてー」
仁は頭を抱えて転げ回る。
「さて、ジンさんで遊ぶのはこれくらいにして探しましょうか」
「そうですね」
「遊ばれてたのっ!?俺っ?」
上体だけ起こして悲鳴をあげる仁を見て、近くにいた愛莉珠がくすりと笑った。
「ええ、兄様はみんなの玩具ですから」
「ったく、ひでーなー」
仁は髪をかき混ぜながらぼやき立ち上がると、ぱんぱんと手を叩く音がした。
「ほらほら、遊んでないでとっとと探す!」
「へーい」
オルテンシアの号令の元、遺跡の捜索が始まった。
「つっても、一回はもう探してるんだよな…」
仁達は崩れた柱や壁の間など、思い思いの場所を念入りに探して回っている。周囲は壁や天井に使われていた石材が転がっているが、石材の分布でおぼろげに建物の間取りのようなものが見て取れる。地面は短い草に覆われており、何か落ちていないかと草をかき分けながら探していた。
その後も仁達は2時間ほど探索を続けていたがまだ何も発見できていない。空模様は相変わらずの曇り空で雲の厚みがさらに増したのか、まだ日は出ているのに薄暗くなってきていた。
「おーい、雨が降りそうだから休憩がてらタープを張っておこう」
「やった!休憩だ!」
だらだらと探しているフリをしていたオルテンシアが飛ぶように走ってくる。
「ったく、お前の探し物なんだからちゃんと探せよ」
「なによー!ちゃんと探してました!」
そこへ愛莉珠とユーリも集まってきた。
「やっぱりなかなか見つかりませんね…」
「そうですね、ほら、ルーも休憩しましょう」
ユーリが少し離れた所を調べているルーに大きな声で呼びかけた。ルーは周囲が少し開けた場所の隅で屈んで地面を調べているようだ。
「いえ、私はちょっとここが気になるので…もうちょっと調べてます」
「わかりました。では我々で休憩場所を作っておきます」
仁達は雨宿りに最適な場所を探し、崩れ残った壁を利用して雨避けの為のタープを張り始めた。
「こんなぺらぺらなタープじゃ本降りだときついな」
「しっかしりた革の物は嵩張りますからね。兄様が持ってくれるのなら止めはしませんが」
「我々も1枚持ってきてますが2重にしますか?」
「いや、これに5人入るには狭いから繋げて張ろう」
「はい」
仁とユーリが手早くもう一枚のタープを張っている間に、愛莉珠は組み立て式のスコップを使って雨避けのための溝を周囲に掘っている。組み立て式のスコップは持ち運びやすくするために柄の部分が分割出来る物で、普通の物より先端が小ぶりだが素手よりも格段に早く土を掘り返せた。
オルテンシアはすでに張り終わったタープの下に毛布を敷き、寝転びながら本を読んでいた。時折手元の袋から何かを口に運び、もぐもぐと食べている。タープを張りながらその様子をちらりと見た仁が軽く溜息をついてから作業に戻ると、一緒に作業していたユーリが話しかけてきた。
「お姫様扱いですね」
「地面に寝っ転がっておやつをパクつくお姫様か。まあ1枚目は手伝ったしいいんじゃね」
「そうよー、私はもう精一杯頑張った!」
「自分で言うな」
本から目を離さずに言うオルテンシアに仁が突っ込みを入れた。
「みなさん!ちょっと来て下さい!」
ルーの慌てたような声が聞こえてきたのはタープを張り終えて温かい飲み物を作ろうとお湯を沸かしている時だった。ルーが居た位置からは少し移動したため、今は姿が直接見えずに声だけが聞こえてきた。
オルテンシアはパッと起き上がると声がした方に走り出し、仁と愛莉珠もオルテンシアの後を追いかける。
「悪い、ユーリ。火の後始末頼む」
「どうぞお先に」
「すみません」
仁達が声のした方に走っていくと、ルーは先ほど調べていた場所にあった大きな石材の近くにしゃがみ込んでいた。
「何か見つかったの?」
「ええ、これを見て下さい」
先頭を走るオルテンシアが駆け寄りながら問いかけると、ルーは大きな石材が幾つも転がっている中、立ち上がって目の前の石材の隙間を指差した。オルテンシアが駆け寄り隙間を覗き込んで見た物は、掘り返された地面の底にある腐敗した木の板のような物だった。
「なにこれ?ただの木の板?」
「板だな」
「埋まってますね」
仁と愛莉珠も覗き込んで感想を口にした。
「いや、ちょっと待て、これは…」
仁は掘り返された周囲の地面を見て、口に手を当てて考え始めた。ルーは仁をみて頷くと、掘り返した地面に見えた板の横にある平らな石を指差した。
「そうです、少し掘り返して分かったんですがこの辺りは石畳だったようで、ここがその床面らしき所です。この木の板は床面とほぼ同じ高さにあるのに台座のようなこの石の下にまで続いています。何かが倒れて下敷きになったとは考えにくく──」
「地下ね!」
「はい、おそらく」
オルテンシアが声高に言い当てると仁が少し残念そうな表情を見せた。そんな仁の肩を愛莉珠が宥めるようにぽんぽんと叩く。そこへ遅れたユーリもやってきた。
「何か見つけましたか?」
「はい、ユーリ様。こちらを見て下さい」
「これは…隠し扉ですかね?よく見つけましたね」
「はい、この広間は神殿の主聖堂ではないかと思い、一番奥のこの場所の台座は神像か何かが飾られていたはずと考えたのです。馬鹿なパターンではありますが、一応調べておこうと掘り返してみたのですが…」
「すごいよルーさん!ありがとう、よく見つけてくれた!」
仁が大喜びで素早くルーの両手を握りぶんぶんと上下に振った。ルーは少し驚いた表情を見せるが手を振り払うような事はしなかった。
「いえ、まだ何か見つかったわけではありませんから…」
「そうですね、周囲を掘り返してこの台座のような石をどけてみないと分かりませんね」
ルーの言葉に応えたユーリは台座のような石材を動かそうと軽く押してみるがびくともしない。はっきりとした重量はわからないが底辺が1.2m四方、高さが1.6mほどあるので簡単には動きそうになかった。
「下手な方向に動かして扉を塞ぐのも馬鹿らしいし、まずは周囲を掘って動かす方向をきめるか」
「ええ、先ほどのスコップをお借りしますよ」
荷物はタープを張った宿営地に置いてきていたので、ユーリは先ほどの場所に取りに戻った。
「あの…そろそろ手を…」
ルーは握られた両手を持ち上げて仁の手を振り払った。それを見ていた愛莉珠とオルテンシアは呆れた表情を見せる。
「あぁ…残念だなぁ」
「ジンさんは何かと私の手を握りたがりますが、なんですか?手フェチですか?」
ルーは握られていた手が気になるのか、両手を軽く揉みしだいている。
「手フェチはひどいな。ルーさんみたいに可愛らしく、すべすべで綺麗な手ならいつまでも触っていたいと思うのが男ってもんだよ」
その台詞を聞いた女性陣三名は視線をさらに冷たくして仁を見つめる。
「へー、革手袋の上からでも分かるんですね」
「もちろん!」
仁がきっぱり言い切ると、ルーは皮手袋の上からさすっていた手を止めた。
「ジンさん…やっぱり変態ですね…」
「言い切れる所が変態っぽいよね~」
「兄様…」
女性二人は呆れきり、もう一人はハンカチを取り出して目尻の涙を拭き始めた。
ユーリが持ち帰ったスコップを使って台座の周囲を掘り起こすと、扉らしき木の板は辺の一つから見えているだけで、その他の辺は全て石畳で覆われていた。地面から石畳までの深さは10㎝ほどもあり、この建物が崩れてから経過した年月を感じさせる。
「砕いてもどけるのが面倒くさそうだし、やっぱり押して倒すか」
「手伝いますよ」
「いや、危ないから離れていてくれ」
「そうですか?ではお任せします」
仁はユーリの助力を断り台座の前に立つと、軽く腰を落として半身に構え、両手を台座にあてた。
「フッ!」
── ドンッ!
仁が気合いを込めるような息を吐くと同時に地面を強く叩いたような音が聞こえた。台座は埋もれた土をがりがりと削りながら石畳の上を勢い良く滑るように動いたと思うと土に躓いて傾きはじめ、ゆっくりと進行方向にむかって倒れ、ずしんと大きな音を立てた。ユーリとルーは目を見開き、呆けた表情で倒れた巨大な石と仁を交互の見ている。
「ざっとこんなもんよ」
振り返って親指を立ててみせる仁。
「相変わらず凄い力ですね…とても人間業とは思えない」
「…常識が無いのは性格だけじゃ無いんですね…」
「いやいや、ちょっと待ってよルーさん。その評価は無いんじゃ無い?」
「普段の自分の行動を思い出して下さい」
駆け寄って弁解を始めた仁から、ルーはぷいと顔を反らす。そんなルーの気を引こうとしてか、仁は言葉をかけ続けている。
「さてさて、あんなのはほっといて台座の下を調べますか」
オルテンシアがワクワクとした表情で台座が鎮座していた場所に近づくと、そこには朽ちかけた大きな板が全容を表していた。板の大きさは1m四方程度の長方形で取っ手などは付いておらず真っ平らであるが、石畳との間に多少の隙間があるため開けるのは難しく無さそうに見えた。
「これで板を捲ったらまた石畳でした。なんて無いですよね」
「さて、私ならそんな無駄な事はしませんが…どれ」
横から見ていた愛莉珠が呟くと、同じく近づいてきたユーリが手にしていたスコップで板の表面を軽く叩くと、乾いた反響するような音が立った。
「おぉ~」
「流石にこれだけ苦労して見つけた入り口が偽物でした。なんて意地悪をする人は居なかったようですね」
「ジンさんあたりなら冗談でそんな事もしそうですが…とりあえず開けてみましょうか」
ユーリはスコップの先端を木と石畳の隙間に差し込んだ。それを見ているオルテンシアは楽しくてたまらないと言った表情でじっと見つめている。
「こういうのって、宝探しみたいでワクワクするよね?」
「いえ、シアさんのお宝を探してるんですからそれで合ってるんじゃないでしょうか…?」
「ジンさん、ルーも!早く来ないと開けてしまいますよ!」
「あ、見ます見ます!もぅ、ジンさんが無駄な長話するから見逃す所だったじゃないですか!」
「悪りぃ悪りぃ」
全員が集まったのを確認すると、ユーリは差し込んだスコップを傾けるように力を込めた。すると簡単に木の板が持ち上がり、内部からカビっぽい匂いのする淀んだ空気が漏れ出してくる。
「おっ」
「あっ」
「やった!」
蓋が持ち上がった瞬間、仁達三人が声を上げた。
「どうかしましたか?」
「どうやら大当たりのようだ。開けた瞬間に力の気配が伝わってきた」
「も~~、最初からこれくらい分かりやすかったらすぐ見つかったのに!」
「そうですね。気配を経つ封印でもされていたのでしょうか?」
「私は何も感じませんが…ルーはどうです?」
問いかけられたルーは首を横に振る。
「ですよね…全部あけてみていいですか?」
「いや、俺がやるよ。その板切れみたいな物も今は淵源を感じる。危険は無いと思うが…」
仁は無造作に板に手をかけて捲り上げる。
「おお~」
複数の驚嘆の声が上がる中、カビ臭い空気が広がると共に板の下から現れたのは地下に通じる通路だった。内部も石造りの構造が続いており、入り口が狭いためか急な段差で3m程下がったところに横穴が空いているのが見えた。
「なんだか探検っぽくなってきましたね」
ユーリも楽しそうな表情で通路の奥を覗き込んでいる。
「ユーリもこういうの好きか?俺はこういう探検がしたくて国を出てきたんだが…」
「へぇ、そうだったのですか。私も男ですからこういったことは好きですが、それだけのために国をでるのはちょっとできそうにないですね…」
「あ、雨だ」
暗くどんよりとした雲に覆われた空から、ぽつり、ぽつりと小さな水玉が落ちくる中、手のひらを上に向けたオルテンシアが空を見上げていた。