#18
「あんたらは昨日来た人たちか」
仁達三人は朝から再び街の西側にある屠畜場を訪れていた。今居るのは屠畜場の野外部分にある施設の飼育場で、数体の馬や牛、竜などが細かく区切られたゲージに入れられている。
「ああ、連日仕事の邪魔をして済まないな。昨日言ってたあのピンクの竜を世話してたって奴が来てたら少し話を聞きたいんだが…」
「奴ならあんたらの話を聞いた後、飛び出して行っちまったよ。まったく、仕事ほっぽってどこで油うってやがるのか…あんたらの所には行ってないんだよな?」
仁は少し困った表情で言葉を返す。
「来てたらわざわざここに来てあんたに聞くと思うか?」
「そりゃそうか。悪いが、後でもいいからあんたの所に訪ねてきたら、親方が怒ってるからさっさと仕事に戻れって伝えてくれるか?」
「わかった。仕事の邪魔して悪かったな。あ、親方にも少し話を聞きたいんだが──」
仁達は街の中心部への道を歩いている。曇り空のため時刻がわかりにくいが、まだ午前中のようだ。
「さて、どうしたものかな。買い取った人物の外見は分かったが…」
「ちょっと手が出ない値段でしたね」
「見つけても、あの値段じゃ買い戻せないわよね」
「今、いくら位残ってたっけ?」
「銀行券を入れても、5万5千位でしょうか?当面の生活費も必要ですから全て使うわけにも行きませんが」
「15万はまからんよなぁ」
「珍しいから売られていたら高いだろうとは思ってましたが、あそこまでとは…」
「こっそり連れ出すとかするしかないかー」
「いえいえ、シアさん。それじゃ犯罪じゃないですか」
「やっぱダメ?」
「駄目だ。犯罪行為は却下」
「んじゃ、野盗に襲わせてから奪うとか…」
「駄目駄目、同じだっての!」
「え~」
「よし!仕事で金を稼ぐにしても、まずは居場所を調べて持ち主と交渉しないと始まらないし、捜索は続けよう。南東の方にも屠畜場があるらしいから、一応そっちでも話を聞いてみるか」
「はい」
南東側の屠畜場も、他の場所と同じく街の外れに貸し馬屋と並んで建っていた。人通りは多いが、商人や旅人が多く、狩猟者のような外見の人は数が少ない。
「狩猟者が居ない時間帯は空いてるな」
「そうですね」
「んじゃ、ここからは分かれて聞き込みね」
「ああ、あの竜を買っていった人物の行方を知ってる人物を探してくれ」
「えーと、確か茶髪で痩せてて…」
オルテンシアは思い出せないのか、うんうんと呻り始めた。
「名前は分からないが、茶髪で痩せてて背が高い、鷲鼻で派手な服を着ていたらしい」
「あ-、それそれ。もうちょっとで思い出せそうだったのに!」
「言ってろ。それじゃあ、俺は貸し馬屋の方を回ってくるから、シアは屠畜場の方を、愛莉珠はこの辺の商人とか通行人を頼む。一時間後位にまたここで集合って事で」
「わかりました」
「ほーい」
一時間後、仁と愛莉珠は同じ場所、貸馬車屋や解体場が並ぶ町外れの街道の脇、集合するために目立ちやすい場所に立っていた。
「シアのやつおせーな」
「なにかいい情報でも掴んだんですかね?」
「俺達がスカったから、なにか掴んでるといいんだがなー」
そんな話をしていると、通りの向こうから機嫌のよさそうなオルテンシアが歩いてくるのが見えた。だがその後ろを恰幅のいい男が付いてきていた。
「またなんか拾ってきたのかな」
「拾ってきたって…犬じゃないんですから…」
「前も依頼人拾ってきたし、人を拾ってくる才能だけはあるよな」
オルテンシアとその男が近くまで歩いてくると、後ろにいた男が急に仁に向かって走り出した。
「あんたかっ!?」
「なんだっ?」
仁は横に動いて掴みかかろうとする男を躱した。躱された男は驚いた表情をしたが、すぐに謝罪する。
「あ、すみません。いきなり…」
「なんなんだ、あんた?」
「いやー、その人があの竜の世話をしてたって人なんだって」
「わざわざ来て貰ったんですか?」
「私も連れてくる気はなかったんだけど、どうしても仲間を紹介してくれって」
「頼みがあるんです!」
オルテンシアが連れてきた恰幅の良い男が勢いよく頭を下げた。
「はあ…なんなんだ?」
「僕、あのピンク色の竜を世話をしていた者なんですが──」
「そうか、売られた先の情報を何か知っていたら─」
「──どうしても彼女を取り戻したくて!」
「か…彼女…?」
不穏な空気を感じ取った仁は顔を引きつらせた。後ろにいる愛莉珠も苦い物を食べたような表情だ。オルテンシアだけは男の後ろでにこにこしている。
その男は薄汚れた服を着た四十代くらいの太った男で、ほどよくたるんだ体型に似合わず、熱意のある目つきで語っている。
「そうです、彼女が連れて行かれる時は仕事だからと我慢したのですが、大切な物は無くしてから気がつくとはよく言った物です。居なくなって数日経ち、彼女が居ない日々の虚しさに打ちひしがれていました。そう考えていた矢先に彼女を探しているという人が来たと聞いて居ても立っても居られなくなり、私も彼女を探して助け出そうと決めたのです!」
「はぁ…」
「そうですか…」
仁と愛莉珠は気のない返事を返した。
「私もできる限り彼女の消息を追おうとしていたのですが、他の街に行ったという程度しかわからなくて…」
仁は少し待て、というように右手の手のひらを男の方に向け、
「ちょっと待ってくれ、一つ聞きたいんだが、なんで竜の事を彼女なんて呼ぶんだ?」
「え?だって彼女は雌ですし。その…なんていうか、僕はああいった竜種が好きでこの仕事をやっているのですが、彼女はいままでで最高の竜なんですよ!添い遂げたいと思うのは当然です!あなたもご存じなんでしょう?あの艶々とした美しいピンク色の鱗、世話をしているときに見せる優しい表情──」
仁は再び手を上げ、興奮して勢いよく話していた男の会話を止めさせた。
「竜の言葉が分かるって事はないよな?」
「当たり前じゃ無いですか。そんな学があったら苦労しませんよ。ああ、でももし彼女と話せるなら──」
「ちょっと待っててくれ。愛莉珠、シア、ちょっといいか」
と、男から少し離れた所に二人を呼び、小声でぼそぼそと話し始めた。
「またなんでお前が拾ってくるのはあーゆーのばかりなんだ?」
「えー?多種族も愛せるとか凄く良い人じゃない」
オルテンシアは不満げに頬を膨らませた。
「せめて神属の範囲に収めて下さいよ。剣属とか竜属とかでもいいんですか?」
「構わないんじゃ無い?大分前から神属扱いされてる獣人だって、元は竜族と神属の混血だし。境目なんて合ってないようなもんよ?」
「いや、そんな大昔の話を出されてもだな…」
「彼が竜と人との混血を生み出すかも知れないとか考えると、ちょっとロマンがあるわよねー」
「その言い方だけ聞くと確かに聞こえはいいんですが…」
愛莉珠はちらっと男の方を見る。良く言ってぽってりした体に、たるんだ顔が乗っており、こちらの方の様子を遠巻きに伺っていた。
「なんというかその…愛情と言うより彼の偏った趣味にしか見えないというか…」
「ただの変人だろ」
「偉業を成し遂げた人ってのは、成し遂げるまでは奇人変人ってよく言われるのよね」
「ぐ…シアに言葉で押される日が来ようとは…」
オルテンシアはふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。
「あのー、すみません。お話は終わりましたか?」
「ああ、すまない。少し込み入った話があってな」
三人は男の近くに戻ると自己紹介を始めた。
「挨拶がまだだったな。俺は仁、こっちが愛莉珠で、もう知ってるかも知れないが、あんたを連れてきたのがオルテンシアだ」
「愛莉珠です。よろしくお願いします」
「ジンさんに、アリスさんですね。よろしくお願いします。私はビアージョ・ドナドーニと申します」
手を差し出してきたので仁と愛莉珠は握手を交わした。
「それで、ドナドーニさんもあの竜の行方を追ってるという話だったが、行方はわかったの
かい?」
「それが、まだ街を出たという程度の話しか聞けてないです。4日前に西側の街道から出て行ったという話は聞けたので、隣のピブワン王国か王都のほうに向かったのだと思いますが」
「それは有り難い情報だ。俺達はまだその話すら聞いてなかったからな…」
「それでなんですが…もし、彼女が見つかったとしたら、ジンさん達はどうするのですか?私は彼女の身請けの代金なんてとても払えないので、なんとか頼み込んで世話役に雇って貰うつもりだったのですが…」
「俺達は、ある人の所にその竜を連れていかないといけないんだが──」
「彼女をどこかに連れて行くなら私もついて行かせて下さい!」
「だがまあ、見つかっても買い取る金を持ってないんだよなこれが」
「そんな…」
やれやれという感じで話す仁にドナドーニは明らかに落胆した様子を見せた。
「手付けくらいならあるから、それだけ払って、待ってもらう間に稼ぐくらいしか手は無いんだが…はぁ、しかしなんで俺達こんなことやってんだ?物探しのはずがその情報を得るために別の物探しって…」
「平原で何かよく分からない物を探すより、まだマシですからね…」
「あの作業よりはまだマシよね…」
「まあそれはともかくだ、交渉しようにも竜の居所が分からなくちゃどうにもならん。ピブワン国か王都アネモスに向かったって所までは絞れたから、次はどっち方面に向かったかだな。宿場町から来た人に聞くか、実際に行って調べるか」
「檻車で連れて行かれたようなので、馬の足なら4日遅れでもすぐに追いつけるとは思いますが…」
「ここから出た先の宿場町ってどうなってるか知ってるか?」
「ええ、3つ隣がビアンケといって、そこで王都とピブワンへ道が分かれてます。ビアンケまでは歩いて1日半くらいの距離です」
「ならとりあえずその宿場町まで行ってもいいわけか…ドナドーニさんはどうする?」
「私一人で探すより大人数のほうが見つかる可能性が高いと思います。僕は街からほとんど出たことが無いし、ましてやあなた達はそう言った仕事に慣れてそうだ、出来れば一緒に彼女を探したいと思うんですが…だめでしょうか?」
「さて、どうしたもんか…」
「付いてくるくらいは良いんじゃない?路銀が自分持ちだったら」
「ええ、そのくらいの蓄えならあるので大丈夫です!」
「何か商人と説得する材料になればいいんだがなぁ」
「彼女はとてもよく私になついていたので、言うことは聞いてくれると思うんですが」
「それはあんたが飼育係になる要素にはなるだろうけど、俺達が安値で竜を買い受ける理由にはならないと思うんだよなー」
「そんなぁ…」
落胆する男を横目に、愛莉珠が仁の背中に近づき小声で話す。
「なつかれて居たのなら、連れて帰るときに説得を手伝って貰えるんじゃないでしょうか?家出とかいう話でしたし」
「そうかもな」
仁も小声で答えた。
「俺達があの竜を別の人の所に連れて行くっていうのはもう話したよな?それでもし俺達が買い戻せた場合に、竜に付いてくるように宥めてくれるなら一緒に行っても良いよ」
「はい!私も付いて行っていいのであれば!」
「いや、最後まで付いてくるのは…どうなんだろう?まあ届終わった後までは責任持てないけど、付いてくるのは構わないかな?まあ、それも見つけた上で買い取れないと机上の空論なんだが…」
そこで仁と愛莉珠は自分達のほうに向けられる視線に気がついたのか、二人そろって街道の街側の方に視線を向けた。そこには街の方から手を振って歩いてくるユーリとルーが見えた。
「ジンさん、流石です。こちら側の街道に居るという事は早くも手がかりを掴んだようですね」
話せる距離まで近づくと、早速ユーリが話し始めた。ルーは愛莉珠とオルテンシアに近づいて何か別の話を始めている。
「ああ、大体どっちの方に向かってるかは分かったし、これからどうするかって相談をしていたんだが」
「ところで、そちらの方は?」
ユーリがドナドーニのほうを向きながら質問すると仁が答える。
「ああ、彼はドナドーニさんといって、目的は違うが俺達と同じくあの竜を探しているらしい。こっちはユーリ・デリザ。竜探しを手伝ってもらってるんだ」
「よろしくお願いします。デリザさん」
「こちらこそよろしく。ドナドーニさん。ユーリでいいですよ」
二人は軽く握手を交わす。
「隊商が向かった先も大体分かったし、このままならユーリに手伝って貰わなくても見つかったかもなあ」
「そうなのですか。それはとても残念です」
仁が余裕ぶって告げると、ユーリは悲しそうな顔をした。
「私の方では竜の買値や商人の名前、今朝までの居場所までしか調べられなかったのですが、ジンさん達はさらに上の情報をお持ちなんですね。流石です」
ユーリはここまで言うと。普段から浮かべているニコニコとした表情に戻った。
「……は?」
絶句する仁とドナドーニ。
「いやちょっと待て、おかしいだろう。どうやってそんな遠くの街の情報を知ってるんだよ?」
「いろいろとツテが御座いまして」
「ツテねぇ…」
仁は訝しげな目を、ドナドーニは驚愕の表情をそれぞれユーリに向けている。
「それで、私はもう用無しでしょうか?」
「いや、俺達はそこまで知らない。真偽はともかく話を聞かせてくれ」
「有り難う御座います。まずあの竜を買い付けた者ですが、ピッポ・ティバルディという珍しい動物を集めて見世物小屋や動物園へ売るような商売をしているようでした。50歳くらいの背が高い痩身で、茶髪で目つきが鋭く目立つ鷲鼻をしているとか」
「ふむ、とりあえず殺される心配は少し減ったか」
「そうですね。高値で売るために出来れば生かそうとするでしょう」
ドナドーニは安心したかのように深いため息をついた。
「次に今朝時点の居場所ですが、ここから王都アネモス方面へ3日ほどの所にあるブラートラという宿場町に居たそうです」
「それを、どうやって知った?」
「偶然、朝からヴェスビオへ早馬で飛ばしてきた知り合いがいたのですよ」
「うそくせー」
「そうですね」
女同士の会話が一段落したのか、愛莉珠達も男達の方に近づいてきた。
「どちらにしても、私たちが行こうとしていた方向と合致してますので、ビアンケまで行って情報を確認してから王都のほうに向かえば良いでしょう」
「今から馬車で飛ばせば今日中にはブラートラに付くでしょう。ただしビアンケで時間を浪費しなければ。ですが」
「どうせ王都側に向かったんだ。王都に着くまでは売り払ったりしないだろう。ここからでも王都までは15日くらいの旅程だから、1日くらいはロスしても構わない。一旦ビアンケで情報を確認しよう」
「分かりました。では私の方は、もう少し詳細な位置を調べるよう頼んでおきましょうか」
「お前のツテに頼りまくるのは怖いが他につてが無い、頼む。俺達は一旦宿を引き払ってくるよ。荷物とか置いたままだし」
「分かりました。では私は馬車の手配をしておきます。ドナドーニさんも連れて行かれるのですよね?」
「ああ、そういう事になった。だが馬車の料金はそいつに請求してくれ」
仁はそういうと愛莉珠とオルテンシアを連れて宿へ荷物を取りに戻った。