#17
すでに夕餉の時刻を過ぎた頃、仁達は普段利用している宿り木亭へ向かい、裏路地を歩いていた。ガス灯のある表通りとは違い、街頭の無い裏通りは周囲の建物から漏れる明かりと、月明かりに照らされている。
仁が空を見上げると、水色の細い月と、すぐ横に緑色の細い月が並んで浮かんでいた。
「今日は双子だけか」
「どうでしょう?ここから見えないだけかもしれませんし」
「ほら、もう着くわよ」
いつの間にか、宿り木のブーケが描かれた看板が見えていた。一階の酒場から聞こえてくる喧騒は相変わらずだが、混む時間は過ぎたのか普段よりも大人しく感じる。
「ん?」
仁達は店内に入るとすぐ、ユーリ達が居ることに気がついた。仁は少し眉を顰めるが、直ぐに表情を戻すとユーリの居るテーブルに歩いて行く。大きめのテーブルの席にはユーリとルーが腰を掛けていた。
ユーリは相変わらず整った顔立ちに微笑を浮かべており、濃紫色のメッシュが入った波打つ金髪が少し顔にかかっている。武器は細剣と拳銃を腰に下げているが以前着ていた皮鎧は着ておらず、青と赤の派手な色彩の服を着ていた。
ルーは小麦色の肌によく似合う赤い京緋色の髪が短く切りそろえられており、精悍な感じに見えた。幅広の曲刀と拳銃を腰にさげているが、こちらも防具は身に着けずにくすんだ赤い紅樺色の上着に同色のパンツと、動きやすい衣装を身につけている。
「お帰りなさい。こちらが声を掛ける前に気が付かれてしまいいましたね」
「わざわざ来てくれたのか?済まないな」
「いえ、立ち話も何ですので、まずは…」
ゆーりはそう言って宿の店主の方を見やった。
「そうだな、シアと愛莉珠は先に座っておいてくれ」
「同席、構いませんよね?」
「ええ、喜んで」
愛莉珠の問いかけに答えるユーリがそう答えると、オルテンシアと愛莉珠は同じテーブルの席に着いた。すでに食事を終わらせたのか、テーブルの上にはジョッキと果物が載った皿だけ置かれている。
「兄様、適当に注文しておきますよ?」
「ああ、任せた」
カウンターに居る男と話していた仁が返事をすると、愛莉珠とオルテンシアは好みの料理をウェイトレスに注文していく。
「そうですね…こないだの鴨スモークのパスタを二人前と、トマトのサラダを一つ。シアさんはどうしますか?」
「私はアラビアータとリボリータで。あとビール」
「また辛いのですか?好きですねぇ」
愛莉珠が少しげんなりした表情でオルテンシアを見ると、オルテンシアが頬を膨らませて抗議する。
「いいじゃない、美味しいんだし」
「いいですよね、アラビアータ。唐辛子増し増しとかお薦めですよ」
「おまたせ、部屋は空いてたよ」
仁もテーブルへ来て席に着いた。
「さて、わざわざ待ち伏せまでしていた要件を聞かせてもらえるか?」
「待ち伏せとは人聞きがあまり良くありませんね、そろそろ帰って来ているかと思って宿まで来たのですが、いらっしゃらない様なので食事していただけですよ」
「本当か?タイミングよすぎなんだよなぁ」
「私としては、二度足にならずに済んでなによりですよ。それで話の方なのですが、憲兵に突き出した野盗のその後をお知らせしておこうと思いまして」
「なにか分かったか?」
ユーリはゆっくりと首を横に振る。
「それが何も。やはり獣人のような男に依頼されたとだけしか。憲兵の話によると、最近はこの街で見かける獣人の数が増えたという話もあるらしいので、しばらくは気をつけた方が良いかもしれません」
「獣人はこの国だと珍しいから居たら目立つだろうな。片っ端から探してくれると有り難いが…」
「ははっ、流石にそこまではやってくれませんね」
「それもそうか。それで、捕まえた奴らはどうなった?」
「野盗の刑罰を受けて釈放ですね。罰則の内容は…まあ、規定通りですね」
「ふむ…」
そこで食事が幾つか運ばれてきた。先に来たビールをちびちび飲んでいたオルテンシアが早速食べ始める。
「辛くておいしー♪」
「お二方も食べて下さい」
「では遠慮なく。いただきます」
仁と愛莉珠もパスタを食べ始めと、ルーが不思議そうな表情で二人を見ていた。
「何ですか、今の『いただきます』というのは」
「食事の前の挨拶ですよ」
「聞いたことがありませんが、あなた方の国ではそういった風習があるんですか?」
「いえ、これは国じゃなくて家の風習ですね」
「へー、変わった風習ですね」
愛莉珠は困ったように微笑んだ。
「そうかもしれませんね」
ユーリはジョッキに入った果実水を少し飲んでから話を続けた。
「それで、遺跡で何か良い物は見つかりましたか?」
「それがまた変な流れになっててなぁ…そうだ、ユーリ達はピンク色の竜を見かけて無いか?この街以外でもいいんだが」
仁はパスタを食べつつ。食事の合間に話している。
「ピンク色…ですか。それはまた珍しい色ですね。流石にそんな色の竜を見たら記憶に残るでしょうし、おそらく見ていないでしょう。アルビノの動物でしたら白っぽいピンクにみえるそうですが、そういうやつですか?」
「いや、そういう感じじゃなくて本当にピンクだ。シアの髪よりもっと濃い」
仁はシアの方を見ながら言った。
「またなんでそんな物を探してるんです?」
「いやー、色々あってな。あとそうだ、そういった捜し物を遠くから見つけてくれるようなやつを知らないか?」
「そういう能力がある人物なら、私もぜひ知り合いになりたいですね。ですが残念ながら、そういう能力を持っていると話す人間は大半が詐欺師という職に就いておりまして」
「そうだよなー」
「私たちが探してるのって、神に関したものなんだけどそういった神物や遺物に敏感な人でもいいんだけどー」
「こらシアっ。あんま内情をバラすなよ」
「えー、いいじゃ無い。本当に困ってるんだし」
「ははっ、神物をお探しですか。それならどこかの教会でそういった人を探した方が早いかも…」
ユーリはそこまで言ってから一旦口を閉ざし、ふむ、と暫く考えてから後を続けた。
「そうですね、私の知り合いに、そう言った神物を感知する能力に長けた人が一人居るのを思い出しました」
「まじかっ!?」
「本当ですか?」
「やったー!」
三人とも食べている物が口から飛び出しそうな勢いで声を上げた。あの地獄から遂に解放されるのね。という呟きも聞こえる。
「で、そいつはどこに居るんだ?紹介してくれ」
「お喜びの所申し訳ありませんが、少し遠い所におりまして…」
「世界の反対側とかじゃないんだろ?会いに行くから居場所を教えてくれないか?」
「ちょっと会うのも難しい方でして…そうですね、機会があるようでしたら紹介しますよ」
「「「え~~」」」
ブーイングが三重奏で上がった。
「いーじゃない、居場所を教えてくれるくらい」
ぺしぺしと両手でテーブルを叩いて抗議するオルテンシア。
「ですから、都合を付けてから紹介すると…」
「今!すぐに必要なんです!私たちには!」
愛莉珠も強めの口調で詰め寄る。
「そう言われましても…そうだ、竜探しの方なら手伝えるかもしれません」
「それは有り難い…が、やけに協力的だな。野盗の件の借りもあるのに」
ユーリは肘を立てて指を組み、仁を見つめる。
「ジンさん達のようにお強い方になら、いくらでも恩を売っておきたいのですよ」
「ふぅん…」
仁もユーリと目を合わせ。会話も無く暫く見つめ合った。
「金ならないぞ?」
「その時は体で支払って貰いますので、ご心配なく」
「兄様が躯体で支払う…」
「そこっ、変な妄想しないっ!」
胸の前で手を組み、目を輝かせて妄想を始めた愛莉珠に突っ込みが入る。ユーリは愛莉珠をすこし冷ややかな目で見ている。
「アリスさんはそっちの人でしたか…」
「まあ、そっとしておいてやってくれ」
「はあ、それで、そのピンクの竜ですか?見つけてどうするのでしょうか?」
「どうもどこかの狩猟者か業者に捕まって居るらしくて、出来れば買い戻すかして平原に返さないといけないんだ。死んでいたら、どんな最後だったのか少し話を聞きたい」
ユーリは不思議そうな表情で聞き返す。
「そうする事でジンさん達になにか得な事が起こるのですか?」
「その竜と引き換えに、俺達が探しているかもしれない物の場所を教えて貰える事になってる」
「それはどんな方なのでしょう?」
仁は両手を広げて明るい声で答える。
「親切な人さ」
「親切な人ですか」
人の所に妙なアクセントを入れて話すユーリに仁が少し眉を顰めた。ユーリは顔の前で組んでいた指を二本だけ立てて仁の方を指差す。
「その親切な人とやらに少し興味が出てきました。その人と竜を引き合わせるところから、ジンさん達の捜し物が見つかるまで同行してもよいのでしたら、そのピンク色の竜の捜索を手伝っても良いですよ」
「あんたも物好きだなぁ…愛莉珠、シア、どう思う?」
「兄様が構わないと思うなら」
「捜し物が見つかったときに、私たちに渡してくれるなら問題ないんじゃない」
「ええ、同行してる際に見つかった遺物等の所有権はそちら持ちで構いませんよ」
「太っ腹だなぁ…ホント、何が目的なんだ?」
「知的好奇心を満たすためですよ。後はまあ、恩を売っておいて困ったときに助けて貰おうかと」
仁は鋭い目つきでユーリを睨むが、ユーリは気にせずにニコニコと微笑を浮かべている。暫くすると仁は諦めたのか睨むのを止めた。
「分かった。だが、助けて貰う身で悪いがこちらからも条件が二つある。一つは俺達や俺達に関する情報を他で話さない事。もう一つは、竜が死んでいた場合は連れて行く話は無しだ」
「わかりました。これでも口は堅い方なんですよ。安心して下さい。それで、そのピンク色の竜というやつの特徴をもう少し教えて頂けますか?」
「それはだな──」
仁は竜の大きさや色、形等を覚えている限り伝えた。
「──という見た目で、最後は三日程前に街の西側外れにある屠畜場から買われて行ったらしい。その辺の詳細が不明で、また明日行ってみる予定だ」
「そうですか、分かりました」
話を最後まで聞くと、ユーリは立ち上がる。
「もう行くのか?まあダメ元でもいいから探してみてくれ。頼む」
「ええ、前にも言ったコネを当たってみますよ」
「役人に顔が利くってやつか?羨ましい限りだ」
「では、ルー。行きましょうか」
「はい。今回はあまりお話出来ずに申し訳ありませんでした。今度またゆっくりお話しましょう。ジン様もまた」
挨拶を済ませるとユーリ達は酒場を出て行った。仁は話し続けていたのであまり減っていない冷めたパスタを食べ始めた。
「しかしやつら…もぐもぐ…本当に何が狙いなんだろうな」
「兄様、口の中に物を入れたまま話さないで下さい。まるっきりの親切ってわけでも無いでしょうし、私たちになにかやらせたい事でもあるんでしょうか?」
「気にしない気にしない、使うだけ使ってポイしちゃえばいいのよ」
その台詞を聞いた仁と愛莉珠はお互いの顔を見やる。オルテンシアは残っていたビールを飲みきると、ぷはぁと息を吐いた。
「さすが、神様のおっしゃる事は勉強になるな。俺達もポイされないように頑張らないと」
「そうですね、頑張りますか」
「そうそう、みんな私のために頑張ってよ?あ、お姉さん、ビールおかわりー」
二人は呆れた表情で、美味しそうに何杯目かのビールを飲むオルテンシアを見つめていた。