#16
上空をゆっくりと旋回している焦茶色の竜は全長50m、翼長も50mほどありそうで翼がかなり大きかった。また、見上げて見える部分の大半が白い色をしており、雲に紛れると見失ってしまいそうだ。
「でっかいわね~」
「もっと南の方を縄張りにしている大型の竜が居るって噂を聞きましたが…」
「確かに飛んできたのは南だけどな」
竜は暫く旋回したあと、低いうなり声で竜の言葉を発した。
『此処は我ら竜属の領域なり。神の子らよ、言葉が分かるなら神属の世界へ去ね』
「なに?あれなんて言ってるの?」
「ここは俺の土地だから帰れってさ。話は出来るかもな」
仁が内容をかいつまんで説明した。
「話してみますか?」
「どうしたもんかなぁ。隠れてるのはバレてるっぽいから、一方的に攻撃される前に話しをしたほうがよさそうかな?」
「そうですね。話しかけてくるってことは交渉の余地があると思います。長く生きているのならシアさんの封印についても何か知ってるかもしれませんし」
「シアはどっちがいいと思う?」
「一方的に攻撃を仕掛けてこないあたり、理知的に見えるけど…竜属とはあんまり仲がよくないからなぁ」
竜は旋回しながら徐々に高度を下げてきている。
「見られたら神ってバレますか?」
「いや、見られたらというかもう見つかってるんじゃ無いかな…まっすぐこっちに来てたし」
「んじゃまあ、とりあえず交渉してみるか」
瓦礫の影から飛び出すと仁は大声で竜の言葉を話し始めるが、やはりそれも低い獣のうなり声のように聞こえた。
『待ってくれ!俺達は貴方に危害を加えるつもりは無い。捜し物が見つかったらすぐに出て行く!』
『ほう、言葉が分かる者が居たか。面白い』
竜はさらに高度を下げてきた。
「降りてくるみたいですね?大丈夫ですか?兄様」
「あぁ、攻撃しに来る感じじゃ無かったが、一応警戒してくれ」
三人とも身動きが取りにくい潜伏場所から出て、動きの取れる場所で竜の動きを警戒しなている。さらに高度を下げてきた竜は正面から地面すれすれを飛んでくる。
「突っ込んで来たらシアを頼む」
「はいっ!」
仁と愛莉珠が前に出て、油断無く構えを取る。オルテンシアは後ろで魔法を使うための精神集中に入っている。
正面から地表スレスレを飛んできた竜は仁達の少し手前でふわりと一旦浮き上がると、そのまま音も無く地面に四本の太い脚を着けた。
地面に降り立ち翼を折りたたんだ竜は全身が光沢を帯びた焦茶色の鱗に覆われ、高く上げた頭の上顎からは2本の牙が、後頭部には後ろに向かって象牙色の角が四本伸びている。背中には皮膜の付いた背びれのような物が付いていて、立てたり降ろしたりと波打っていた。巨大な翼を折りたむと全体としてはすらりとした印象だ。
竜は再びぐるぐるとうなり声のような言葉で話し出した。
『なんと、神の子だけかと思うたら、神まで居るでは無いか。お主らは一体何者ぞ?』
『俺達はこの神に頼まれて捜し物をしています。捜し物が見つかり次第、出て行きますのでどうかご許可を』
竜はぐるる、とうなり声を上げながら、時間をかけて仁達三人を見通すかのようにじっと見た。
『愚かな神の子供らなど、力ずくで叩きだしてやるわい』
そう言うと、口先からぶぉうと軽く熱風を吹いた。熱い風を浴びせられた仁達三人は、即座に闘う為の姿勢にを取る。
三人が構えを取ったのを見ると、竜はすこし表情を変えた。
『と、いつもの我ならそう言うであろうが、珍しく意思の疎通が出来る者が居るのだ。それを力ずくで追い出すのも無粋というもの。早くその捜し物とやらを見つけて立ち去るが良い』
『それが、頑張って探してはいるのですが見つからないのです。貴方はこの周囲で神に関する遺跡や遺物をご存じないでしょうか?』
竜はうなり声を上げると口から大きく息を吐いた。
『わしがそれを知っておったとしても、お主に教える義理はあるまい』
『見つかれば、我々はすぐに出てきます。目障りな人間が長い期間領地に居座るのはお嫌でしょう?』
『居座るようであれば力尽くで追い払うまでよ。しかし、捜し物か…』
竜は暫く沈黙してから、言葉を続けた。
『そういえば、わしも神属の領域で捜し物があってな。もしそれを見つけて連れ戻してきてくれるのであれば、わしが知っている神が祀られていた神殿跡の場所を教えよう』
『は?連れ…戻す?』
「大丈夫ですか?兄様」
「なんか変な要求されたの?」
仁の様子がおかしくなってきたので二人が心配そうに声を掛けた。
「いや、シアの封印に関する情報を何か知ってるらしいんだが、知りたきゃ別の物を探してこいって…」
「なによそれ。堂々巡りじゃない」
「そこなんだよなぁ…」
『どうした?仲間と相談か?』
『はい、少しお待ち下さい』
『早く決めよ』
「せっつかれちまってるよ。どーしたもんかな」
「それで、何を探して来いって言われてるんですか?」
「あと、何を知ってるのかも確認が必要ね」
「そうだな」
仁は竜との会話を再開した。
『二つ確認させて下さい。まず、俺達が探しているのはこのすぐ近くの物なので、飛んで数十分もかかるような位置の情報は必要有りません。二つ目は探してくる物です。連れてくると言うことは生き物ですか?』
『神殿跡については、人間の距離で言えば…1㎞も離れておらぬ。探してきて欲しい物というのは、わしのひ孫よ』
『はぁ?』
『一月ほど前、あの馬鹿ひ孫の姿がふらりと見えなくなってな。この辺りで見かけたという話を聞いたので探しに来たのだが…以前から人間の街を見たいと言っておったので、おそらく人の街にでも行ったのであろう。まだ空も飛べぬし、体の大きさも馬よりすこし大きい程度のひよっ子よ』
『それは…すでに亡くなっているのでは?』
『その場合は、遺骨なり、最後はどうであったかを教えてくれれば良い』
仁は聞いた情報を二人に伝える。
「ひ孫?ひ孫とはいえ、こんな竜のひ孫が現れたら大騒ぎになってるんじゃない?」
「でも、何も見つからないこの現状よりはまだ見つけやすいのではないでしょうか?」
「そうだな、俺も此処で無駄に捜索を続けて精神をすり減らすよりはまだマシだと思う。もしくは竜なり封印物なりの探知に優れた能力を持った奴を先に探したほうがマシだ」
「特に期限が無いんだったら、先にそっちをやって無理そうならまたここで探せばいいんじゃないの?」
「まあ、そんな所か。んじゃ、そういう方向で話を進めてみる」
『我々の意思が決まりました。貴方のお話をお受けします』
『ほう、それは有り難い。わし自らが神属の領域に出向くのは本意では無いからの』
『では、貴方のひ孫と言われる竜の特徴をお教え下さい。あとは連絡方法もです。この辺りまで連れてくれば貴方が見つけてくれますか?』
『そうじゃな…、連絡方法については…』
竜は前足の指で器用に自分の鱗を一枚抜き取ると、前足で握り込み、何か力を込めてから仁に渡す。大きかった鱗は握り拳サイズまで小さくなっていた。
『それを持っておればわしには大体の居場所が分かる。手に持ってわしを呼べば伝わるであろう。ひ孫の特徴については、実際の姿を幻でみせてやるわい』
その竜は、会話に使っていたうなり声とは別種の波長の声を口から出し始めた。抑揚がある声は呪文のようにも聞こえる。呪文のような声を出しながらも竜は会話を続けた。
『しかし我が、どの神の子ともこのように交渉するとは思うなよ。神の子らは群れると必要以上に調和を乱す害悪な連中だ。っと、神の前で失言であったか…』
竜は巨大な顔をオルテンシアに近づけ見定めるように目を細めると、オルテンシアは顔を引きつらせながら慌てて愛莉珠の後ろに隠れた。
『が、この様子では我の言葉すら理解出来ていないようじゃな…』
『ええ、今は力を奪われていまして』
『そうか、淵源が少ないのはそのせいか…捜し物も…なるほどな』
「で、なんだって?このお爺さん」
愛莉珠の後ろに隠れたままのオルテンシアが仁に問いかけた。
「幻影でひ孫の姿を見せてくれるってさ。あとこれでこの爺さんを呼べるらしい」
「へー、綺麗ですね」
愛莉珠は仁から丸い鱗を受け取り、表と裏を交互に見る。表は焦茶色をしているが、裏側は光の当たり方によって虹色に輝いていた。顔を近づけたままの竜は愛莉珠をじっと見つめている。
『この娘、祝福を受けておるのか…道理で…』
「ん?どうかしましたか?兄様?」
「アレがバレてるみたいだ」
「本当ですか?凄いですね…見ただけで言い当てられたのは初めてです」
愛莉珠は竜に向かって深々とお辞儀をした。それを見た竜が少し笑ったように見えた。
「兄様、私がお話出来なくてご免なさいと言ってるとお伝え下さい」
「ああ、伝えておくよ」
仁は愛莉珠の言葉を竜に伝えた。
『気にするな。祝福を受けし者への興味があっただけじゃ。さて、時間がかかったがこれが探してきて欲しいひ孫じゃよ」
竜の言葉と共に、馬を二回りほど大きくしたくらいの物体がぼぉっと浮かび上がる。それは徐々に細部がはっきりとしていき、最後には触れられそうなくらいの存在感を持った実像となった。
「「「こ…これは…!?」」」
その姿に驚いた三人の声が重なった。
・
竜と別れた後、三人はヴェスビオの街へ向かって歩きながら会話をしている。
「探しやすそうな見た目で良かったな」
「そうね、私の力が封印されてる何かよく分からない物よりも、よっぽど探しやすそうで助かるわ」
「まあ、あれは一度見たら忘れられそうにありませんね」
「そうね…」
「俺は夢に出てきそうで怖いよ」
「そうですか?私は可愛いと思いましたけど。もっと小さければペットに欲しいくらいですよ」
大きな身振りで何かを抱きしめるようにしながらそう言った愛莉珠にオルテンシアが返す。
「そうかな…アレは目の前に居ると目がチカチカしそうだけど…」
「そうだな、鱗がピンク色とかねーわー」
「しかもあれ、ショッキングピンクでしょ?鱗の光沢でテカテカしてて…」
「え~~?シアさん、ピンク嫌いなんですか?」
「いや、服とかならいいけど、ピンクの生き物はちょっと…」
「原色だし毒とか持ってそうだよな」
「ピンク色の息吹きとか吐きそう」
「良いじゃ無いですかピンク色の息吹き。なんか良い匂いとかしそうだし」
否定的な二人に、愛莉珠は徹底抗戦の構えを見せる。
「ブタさんだってピンクじゃないですか?可愛いですよね子豚?」
「たしかに可愛いけど…あれって、ピンクなの?」
「どっちかっつーと肌色じゃね?」
「もぅ!なんですか二人とも!あんなに可愛いのに!」
ぷんぷんと怒り始めた愛莉珠は早足になり二人の前方を歩き出す。
「ごめんごめん、別にピンクの竜が可愛くないって訳じゃ無いんだ、ただちょっと光が反射しすぎて眩しいだけで」
「本当ですか?」
「ほんとほんと」
仁は慌ててフォローを入れて愛莉珠の機嫌を取り繕う。そんな仁の姿を見て、オルテンシアがあきれた様子で呟いた。
「仁、ゲロ甘………」
・
「ピンク色の竜?知らねえなそんなの。見たこともねえよ」
「ピンクの竜?バッカじゃないの?そんなの居るわけ無いじゃん」
「ああ、ピンク色の竜ね。なんか西の方の屠畜場に先週入ったとか聞いたけど」
「あれはウチじゃない、2つ隣の店に買われてたよ」
「あの目立つ色した竜か。俺もあんなの始めて見たぜ。あれなら確か三日位前に誰かが買ってどっかに連れて行かれたよ。ウチの世話係となんか揉めてたけどな。世話係?もう帰ったよ。住んでるところも知らねぇしまた明日来な」
仁達は街に戻ると休むことも無く、狩られた竜が連れ込まれそうな施設を回って情報を集めていた。最後の情報を得た時刻は、深夜までは行かないが日が暮れてからそれなりの時間が経った時刻だった。
三人が今居るのは街の西側外れにある屠畜場で、今のところ最後にピンクの竜が目撃された場所だ。
「人もいないし、今日はもうこれ以上の情報は集められないんじゃないでしょうか?」
「いや、売られたって話なら一刻を争うだろ。街の外に連れ去られたか、他の屠畜場に運び込まれたか…」
仁は口の中でぶつぶつと言いながら考えを纏めているが、余裕が無い表情だ。
「今日はもう疲れたよー。宿取って休もう?」
一日中歩いて戻ってきて、さらに聞き込みの手伝いもしていたオルテンシアは疲れ切った表情だ。
「そうですね、私も今日は一旦諦めた方が良いと思います」
「だけどっ!……いや、そうか。すまん。宿に行こう」
仁は追い詰められたような表情で叫ぶが、気を取り直した口調で話して歩き始める。二人も並ぶように歩き出した。ガス灯に照らされた通りは、夜も更けてきたので人通りは少なめだ。
「大丈夫ですよ兄様。珍しい竜ですし、そう簡単には殺されたりしないと思います」
「そうだな、あまり無理をする事も無いか。生きたまま連れて帰る条件でもないしな…」
「……」
思い詰めた表情をして歩いている仁を心配そうに見つめる愛莉珠。そんな中、オルテンシアが明るい声を出す。
「よしっ、今日は久しぶりの街だし美味しい物食べよう。あ、お風呂も入りたいなー。こないだ行ったサウナでもいいし」
「俺はとりあえず宿で飯が食べたいな」
「ええ、そうしましょう」
「ふふっ」
仁の表情に笑顔が戻り、他の二人も安心したのか吊られて笑顔を見せた。
「やったー!今日は何を食べようかな~」
「そうやっていつもいつも腹一杯食ってると太るぞ?」
「え?私、太ったことないよ?」
「えっ!?どういう事ですかシアさん!」
「さぁ?ある程度成長してからはずっとこの体型だけど…?」
「まぁ、一応神だしな。見た目は変わらないって事だろ」
「ずるいですよシアさん、食べ放題じゃないですか」
「それでいつも腹一杯食ってるんだな」
「なによー、あんた達もお腹いっぱい食べてるじゃない!」
「わっ、私は太らないように我慢してますよ!」
「本当か~?」
オルテンシアは背後から愛莉珠に抱きつき、両脇からお腹に手を回してにぎにぎする。
「お~これはこれは…」
「ばっ…!馬鹿なこと言わないで下さい!」
素早くオルテンシアの拘束から抜け出すと、両手でお腹をガードして触らせまいとする愛莉珠。
「ははっ、愛莉珠は全然太ってないよ。ほら、とっとといつもの宿に行くぞ」
「ちょっと兄様!なんですかその『ははっ』って!どういう意味です!?」
「へ?いや、特に意味は…なぁシア」
そう言って逃げるように駆け出す仁。
「ちょっと!そこで私を巻き込まないでよ」
仁を追って駆け出すオルテンシア。すぐに愛莉珠も二人の後を追って走り出す。
「こら兄様!「ははっ」ってどういう意味なんですか?ちゃんと説明して下さい!」
「だから深い意味なんか無いんだってー!」
仁叫びが人通りがすくない通りに反響し、響き渡った。