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世界樹の果実は、ほろ苦い  作者: Lei
第二章 触りたくもない神に祟り有り
16/36

#15

「11人ってところですか」

「そんなとこだな」

 周囲を見渡したユーリの予測に同意する(ジン)。だた、焚火の明かりが届く範囲に見えるのは8人だけだ。

 (ジン)とオルテンシアは相変わらず無手、愛莉珠(アリス)は手にいつもの槍を持ち、地面に立てている。三人とも周囲を警戒してはいるが緊迫感はあまり感じられない。

 ユーリは右手に装飾の付いた極細の剣(レイピア)を、左手には回転式拳銃(リボルバー)を持ち、両手をだらりと下げている。ルーは右手に幅広のすこしカーブの付いた曲刀を、左手にはユーリと同じ回転式拳銃リボルバーを持ち、剣を油断無く構えている。

 (ジン)達から見えているのは全員男で、皮鎧を着け帯刀している者もいるが、全員右手に持った拳銃を(ジン)たちに向けている。

「おいおい、良い子はもう寝てる時間だろうが。せっかく寝込みを襲おうと思ったのによ」

その中の一人、大柄な男が声を掛けてきた。少し驚いた(ジン)がユーリの方を見ると、ユーリも(ジン)を見ていた。(ジン)は手振りで任せたとユーリに伝える。

「申し訳ありません、我々は悪い子の集まりなのですよ。そんな物騒な物は仕舞って、悪い子同士仲良くしませんか?」

「生憎だが俺達ぁ良い子なんだよ。悪い子にお仕置きしに来たんだ」

 周囲の男達からぎゃははと笑い声が上がる。

「良い子の俺達がた~っぷりお仕置きしてやるぜ~」

「ひぃひぃ言わせてやるよ」

「おいおい、そりゃ仕置きになってないだろうが」

「躾には飴も必要ってこった」

 再び男達の下卑た笑いが広がる。

「見ろよ、すっげえ美人がいるぜ」

「本当だ、美人が二人に子供が一人か…まぁ子供は子供で悪くない」

 愛莉珠(アリス)がその言葉に反応して動きそうになるが、(ジン)が目配せで動くなと伝えると動きを止め、発言した男を睨み付けるだけで済ませた。

 そこでユーリが再び話し出す。

「一応聞いておきますが、一体どういった要件ですか?」

「なぁに、ちょっと良い子の集まりに招待してやろうと思ってな。大人しく付いてきてくれりゃ、痛い目を見なくてすむぜ」

 大柄の男に続き、周りの男達も口々に野次を飛ばす。

「女の子は痛い目どころか気持ちよくなれるよ~」

「そうそう、俺達とくれば天国さ!」

「俺はあの優男を頂くぜ!」

「えっ?お前、そうだったの?」

「えっ?」

「お前は明日から離れて寝てくれ」

「いやんいやん」

 野次を無視したユーリは(ジン)達の方を見て、少し考えてから口を開いた。

「付いていく必要があるのは、我々全員ですか?」

「おっと、鋭いな金髪のにーちゃん。実はあんたとそこの赤髪に用はねえ。残りの三人を差し出したらお前ぇらは逃がしてやるよ」

「だ、そうですよ。ジンさん」

「俺達目当てかよ…悪いな迷惑かけちまって」

「いえいえ、お三方を差し出せば私たちは無事解放してくれるそうですし、有り難い話じゃないですか」

「一緒に付いてきて、あの男に優しくして貰わないのか?」

「……ジンさん、勘弁して下さいよ」

 ユーリは心底嫌そうな表情で(ジン)を睨んだ。睨まれた(ジン)はユーリに笑い返した。

「相談は終わったか?」

 野盗の男の問いかけに今度は(ジン)が返答した。

「それで、俺達になんの用なんだ?」

「付いてくりゃわかるさ、そろそろ会話も飽きたんでさっさと決めてくれ」

 そう言うと、回転式拳銃(リボルバー)の銃口をこれ見よがしに持ち上げて見せる。周囲の男達もニタニタとした笑みを浮かべながら銃を構えて脅しをかけている。

 (ジン)とユーリは小声で相談する。

「どうしましょうか?ジンさん」

「もう、好きに決めてくれ。恨みっこ無しでいいから」

「そうですか。貴方たち三人を売って、我々だけ助かると言うのも魅力的ではありますが、あの男共に優しくされるのも気持ち悪いですからねぇ。ここはお引き取り願いましょうか」

「了解。何人かは捕まえて目的を吐かせたい。相手は銃持ってるけど大丈夫か?」

「わかりました。銃の方も問題ありません。ルーも」

「なら話は早い。そっち側は任せた。こちら側と首領格は俺達でやるよ。あと、殺すなよ?」

「お優しいことで」

 パン!と乾いた音がして、(ジン)の足下に着弾する。

「ほら、全員とっとと武器を捨てて両手を上げな」

「あーもー、短気だなあんた。そんなだとモテないよっと」

 最後の台詞と同時に(ジン)がゆらっと揺れたと思うと、次の瞬間には大柄な男の後ろに現れた。(ジン)が何かしたのか大柄な男は声も無く脱力し、ぐしゃりと地に崩れ落ちた。

「お頭っ!」

「いつの間にっ」

 驚いて一瞬固まっていたユーリも気を取り直し、他の男の方に駆け出しながらルーに声を掛けた。

「全員捕縛で!」

「了解!」

『恵みの水と激しい激流よ!』

 シアが神聖語を唱えると同時に、馬車を囲むように薄い水の壁が地面から勢いよく立ち上った。高さ5mほどの水幕の中には、飛び出した(ジン)とユーリ以外の3人と馬車、馬が囲われていた。

 薄い水の幕は反対側の視界をほぼ遮ることも無く、水が地面から噴き出すように登っており、最上部で噴水のように周りに水をまき散らしている。

 飛び出そうとしていたルーは、突然目の前に出来た水の膜に驚き急停止した。

「これはっ!?」

「大丈夫、私たちに危害はありません。銃弾を防いでくれます。」

 愛莉珠(アリス)は馬車の反対側にいるルーに声で伝える。

「ですが、これでは出られないではないですか!」

 愛莉珠(アリス)とルーが会話している間も水幕の外からは、パン、パンと絶え間なく銃弾の音と悲鳴が聞こえてくる。水膜に当たった銃弾は突き抜けること無く水の中に取り込まれ、流れにのって上に登っていった。

「そのまま突き抜けても大丈夫ですが…シアさん、ルーさんの所だけ開けてあげて下さい」

「いいよー」

 オルテンシアが返事をすると、ルーの目の前1mほどの幅だけ水の奔流が停まり、壁が無くなった。そこからルーが飛び出していくと、再び水の幕が下から再生した。

 ルーが壁から飛び出して最初に見たのは、ユーリが男の腹部を柄尻で殴って吹き飛ばす所だった。

「ぐふっ」

 殴打をくらって数m吹き飛んだ男は地面に転がり落ちると、苦しげにうなり声をあげて地面をのたうち回る。

「ふぅ」

 ユーリはため息をついて肩の力を抜く。そこへルーが近づいてきた。

「申し訳ございません、出遅れました」

「仕方が無いさ、突然あれじゃあね…」

 そう言ってまだ立ち上っている水幕を見上げていると、幕の向こうから愛莉珠(アリス)とオルテンシアがユーリ達の方に歩いてくるのが見えた。水の幕に二人が近づくと、上に登っていた水の流れが止まり、一瞬で水が霧に変化して周囲に溶けて消えていった。

「馬車と馬を守って頂き、有り難う御座います。素晴らしい魔法ですね」

「お馬さんが撃たれちゃ可愛そうだしね」

 オルテンシアがそう言うと、馬が答えてか鳴き声を上げた。

「はは、あいつも守ってくれたのを分かっているのかな」

 ルーは倒れている男の武器と弾薬を集めていき、意識のある者には蹴りを食らわせている。そこへ(ジン)が歩いて戻ってきた。

「遠くで見張っていた連中は逃げていったよ」

「わざと逃がしたのでしょう?」

「捕まえても後が面倒だしな。とりあえず縛り上げてボスに事情を聞くか」

「そうですね」

 手分けして8人の男の手足を縛り上げてから、一カ所にまとめて互いに繋いで纏める。5人が完全に気を失っており、残る3人は意識が有り、痛い痛いと訴えていた。気絶している連中は引きずって運んでも目を覚まさない。

「これ、どうやって気絶させているのですか?」

「ちょっとしたコツがあるんだよ」

「はあ、コツ。ですか…しかし、殺さずに止めるというのはやってみると大変ですね」

「そうだな、付き合わせて悪かったが、やってのけたあんたも凄いと思うよ」

「ふっ、有り難う御座います」

 礼を言うユーリの笑顔は少し硬かった。

 首領以外の全員に猿ぐつわをしてから、首領を起こす。引きずってきても目を覚まさなかった首領は、(ジン)が首筋に手を数秒当てただけで目を覚ました。

「う…うーん、はぁ、なんだこれ?どうなってんだ?」

 縛られた状態で体を動かそうと暴れるが、両手首は背中側で縛られ、両足はあぐらを組む格好で縛られているために首と腰くらいしか動かせない。周囲を見渡し、全員が同じく縛られいる事を確認すると唖然とする。

「はぁ?なんだお前ら?俺に何をした!」

「黙れ」

「俺達にこんな事をしてただで済むと思ってるのか!?」

「黙れ」

 (ジン)が恫喝するも、首領の男は話し続けた。

「組織の報復を受けな。ハハ、ハハハハ!ひぅ!」

 いつの間にか、男の首筋には細身の剣の切っ先が向けられていて、切っ先が少し刺さっているのか血の玉がぷっくりと出来はじめた。

「や、や、や、俺が悪かった。何でも話すさ。だから剣をどけてくれ」

 首に刺さった剣が怖いのか、体を動かさずに男は懇願した。

「いつまでも優しい対応とは思わないことですね」

 ユーリは突きつけていた剣を軽く振って血を飛ばしてから鞘に戻した。

「何が聞きたいんだ?」

「そう、始めから素直に話せばいいんだよ。まずは…そうだな、誰に頼まれた?」

「フードを被った得体の知れないやつだったよ。前金で2万、成功報酬で13万くれるって話だった。多分だが、獣人だったよ。獣臭かったし、革手袋をしていたが、妙に厚みがあったしな」

「獣人?帝国か?」

「知らねえよそんな事まで」

「仕事の内容は?」

「お前ら3人を無傷で連れてこいって事だった。多少は怪我させてもいいが、無傷ならさらに金をはずむと」

「ふむ、あとはどうやってこの場所を知った?」

「焚火の見える位置まで依頼人に案内されて来たんだ。そいつは終わるまで分かれた所で待ってると言ってた」

「どこだ?」

 (ジン)が問いかけると、周囲を見渡した男は首を動かして顎で方向を示す。

「あっちだ。北東のほう。500mくらいか」

「私が調べてみます」

 ルーが調べに行くと言い出し、走って調べに行った。

「大体聞くことは聞きましたが。この人達をどうしましょうか?」

「このままほっぽっちゃって良いんじゃ無い?連れて行くのも面倒だし」

「おいおい、そりゃないぜお嬢ちゃん達。せめて衛兵に突き出してくれよ」

「俺達が連れてっても、どうせ嫌疑不十分とかで釈放されちまうだろうが」

「ぐっ…」

「と言ってもまあ、このままここに放置するのも寝覚めが悪いよなあ」

 男に猿ぐつわをして話せなくしたあと、(ジン)はどうしたものかと悩んでいる。

「では、この人達は私が引き取りましょうか?私はすこし役人に顔が利きまして」

「いいのか?運ぶだけでも一苦労だぞ?」

 ユーリの提案に疑問を投げかける(ジン)

「えぇ、まあ今回の襲撃を含めて貸し一つということで」

「貸しかぁ…まあ迷惑掛けちまったし仕方が無いか。だが、いいのか?金じゃなくて貸しとかで」

「ええ」

 にこやかな笑顔で即答するユーリに(ジン)は少し不安な表情になった。

「貸しの嫌らしさをよく分かってそうで怖いなぁ…まあいいや、んじゃ、こいつらの処分は任せるよ」

「はい、では貸し一つお忘れ無く、ジンさん」

「お手柔らかに頼むよ」

 ユーリが差し出した手を(ジン)は堅く握り返した。


    ・


「結局、黒幕は見つからずじまいか…」

 翌朝、ユーリ達は出発の支度を済ませていた。捕まえた野盗達は縛り上げて馬車に乗せられ、ユーリとルーも御者台に乗っている。晴れてはいるが雲も多く、広い湿地の所々に雲が影を落としてまだら模様を作り出していた。(ジン)達がいる場所は今は雲の影になっていて、明るい部分と比べるとやや薄暗い。

「まあ役人の取り調べで何か分かったら連絡しますよ。そうだ、連絡先とかあれば教えていただけますか?私たちはだいたいジミニャーノ通りの雄牛亭に泊まっています」

「俺達はは大体、裏通りの宿り木亭って所に泊まっているよ。まあ、用が済んだらまた別の街に行く予定だが」

「十分ですよ。ありがとうございます。では私たちはこれで」

「あ、オルテンシアさん、次までにまた美味しい食べ物仕入れておきますからね」

「え…ええ。よろしく」

 ルーが太く長い尻尾と手を振りながら笑顔で挨拶すると、オルテンシアは苦笑を返した。

「それでは」

 ユーリが別れの挨拶と共に手綱を振ると、馬が嘶き、かっぽかっぽと音を立てて馬車が進み始めた。ヴェスビオの街の方へ向かう馬車を暫く見続けていると雲が流れ、雲の合間からまぶしい日差しが差し込んできた。オルテンシアは眩しいのか日差しを手で遮りながらぽつりと言った。

「あの尻尾、撫でてみたかったな…」

「あ、私も」

 (ジン)は鼻で苦笑する。

「そんなに触りたいなら、今度会ったときに頼んでみるといい」

「あ、(ジン)は駄目よー?」

「なんでだよ」

「なんかやらしーじゃない。尻尾ったって女の子の体なんだなから」

「それもそうか。さて、俺達も探索の続きをするか」

 (ジン)達は昨日探索していた位置に向かって歩き出す。

「もうあんな冗談は勘弁してくださいよ。兄様」

「分かってるって」

「本当ですか?」

「ああ、二回やってもつまんないだろ?」

「一回でも十分つまんなかったわよ」

「…悪かったな」

 明るい日差しの中、歩いている三人の様子は昨日よりは幾分元気そうに見えた。


    ・


 翌日の午前中、相変わらず三人は遺跡を捜索し、探し終わった箇所に印を付ける作業を続けていた。作業の合間にふと南の空をみたオルテンシアは、空に浮かぶ黒っぽい物に気がついた。

「ねえ、あれ何かしら?」

 オルテンシアが指差す南の方向を見ると、青と白に塗り分けられた空の一点に黒っぽい点のようなものが見える。

「また虚鯨(きょげい)か?」

「どうでしょうね」

 作業に飽きていた三人が眺めていると、途中から黒い点はだんだんと大きくなっているように見えた。

「なーんかやばい雰囲気しかしないんだが」

「とりあえず柱の陰にでも隠れましょうか」

「そうだな」

 (ジン)達は思い思いの場所に身を隠し、顔だけ出して南側の空を見ていた。近づいてくるそれは徐々に形をあらわにする。まず、横にやや平べったいように見え、次に横に広がっているのは翼だと分かる。滑空して飛んでいるが、たまに2、3度翼を羽ばたかせていた。

「このままやり過ごすぞ」

「はい」

「りょーかい」

 さらに近づいてきて形が分かるようになった時に見えた物は、太く長い首と尻尾、大きな翼と四本の脚を持つ巨大な竜だった。全身は焦茶色の鱗で覆われ、腹と翼の下側だけ白くなっている。竜は早い速度でまっすぐこちらに飛んできていた。

「いいぞー、そのまま行き過ぎてくれ」

「真っ直ぐこっちに向かってきてる辺りで期待薄よね」

「ですねー」

 (ジン)の期待を裏切り、焦茶色の巨大な竜は(ジン)達の上空まで来ると大きな咆吼を上げた。その咆吼は体の芯まで響き、周囲の空気もビリビリと震わせるほどの物だった。

「野盗の次は(ドラゴン)が俺達を攫いに来たってか?冗談じゃない」

 (ジン)の呟きが聞こえる訳もなく、その竜は上空でゆっくりとした旋回を始めた。

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