#14
「あ、そうそう、だいぶ淵源が減ったから、これチャージしてよ」
オルテンシアは腰に着けている珠が連なった鎖を外して仁に渡す。仁は渡された球を一つ一つ手に取って確かめて行く。
「あー、結構減ってるなぁ。そういえば最近は補充してなかったな」
基本的には白っぽい石だが、それぞれ微妙に色が異なっている。また、火にかざすようにすると石の向こうの炎の色がうっすらと透けて見えた。
「この宝珠自体はまだまだ使えそうだな。よっと」
仁は立ち上がると小さな珠を一つ手に持ち握りしめる。すると、周囲から何かが集結し、石の中に吸い込まれていくような気配がした。
「これと…あとはこれとこれ…かな」
いくつかの珠を同じように処理し、全ての珠をもう一度確認するとシアに返す。
「ほら、減ってる奴は補充しといた」
「えー、全部満タンにしてくれてもいいじゃん!」
オルテンシアは文句を言いながらも、受け取った宝珠の連なる鎖を腰に着ける。
「あまり減ってないのに力を込めると痛むんだよ」
「ケチケチしなくていいじゃない。うう…これが私の生命線だってのに…」
なでなでと愛おしそうに腰の珠を撫でるオルテンシア。
「その魔法がなけりゃホント駄女神だしな」
「駄女神言うなっ!あ、そうだ、氷の発動条件!あれなんとかしてよ~~他の変な奴も!」
「諦めろ。純然たるジャンケンの結果だ」
「うぅ~~。いいもん、今度愛莉珠に相談するから」
オルテンシアは座り直すと、いくつかの珠を手に取って表面の文字を読み取り、嫌そうな表情をしている。
「そういやこないだ氷の魔法を使ったんだっけか。いや~見たかったなぁ…残念だ」
「あんなポーズ人前で取ったら私が馬鹿みたいじゃない!」
「いや、それは大丈夫だろ」
「………どういう意味よ…?」
「いや、普段から…似たような事を、やってる。よ?お前」
「はぁ!?誰があんな『お~ほっほっほ、私に跪きなさい!』みたいな事やってるって言うのよ!」
「そこまではやってないだろうがまあ当たらずとも遠からずというか…」
「はぁ…もうキーワードとか無しでいいじゃんー面倒ーくーさーいー」
オルテンシアはバタバタを手足を動かして抗議の意志を示す。
「神聖語魔法は発動キーが漏れたり無かったりすると怖いんだけどなぁ…例えば」
『穏やかにて激しい炎よ』
仁が指を立てて神聖語で唱えると、立てた指の先に小さな炎が点る。
「あっ、私の勝手に使ってる!」
「こんなふうに、触れて無くても宝珠が知覚範囲にあれば誰でも使えるんだ。だからキーワードも大声で話さずに聞こえないように口の中で唱えた方が良い。まあ、普通の人間の知覚範囲は1mくらい、達人でも3mくらいらしいし、それはシア向けに作ってあって他人には使いづらくなってるはずだから、あまり気にしなくて良いのかも知れないが…」
立てた指を振ると炎も消えた。
「へー、手に持たなくても使えるんだ」
「手で持ったり頭に近づけたり、よりはっきりと知覚できたほうが威力は出やすいらしいけどな。さて、そろそろ俺も寝るわ。時間になったら起こしてくれ」
ふわわと、大きくあくびをする仁。
「うん、おやすみ」
「ああ、おやすみ。明日から頑張って探さないとな」
「ええ」
そういうと仁はオルテンシアの後ろ、少し離れた所で毛布に包まり横になった。
オルテンシアは宝珠を見つめて暗記するかのようにブツブツと呟いていたが、暫くすると飽きたのか、また本を取り出して読み始めた。
翌日の早朝から、三人は周囲の探索を始めた。さすがに何もない草原や湿地の部分の探索は一旦諦めたのか、点在する遺跡の残骸が固まっている所を順番に調べて回っている。
愛莉珠は瓦礫の目立つ所に黒いチョークで大きく×印を付けていた。周囲の瓦礫にも×印が付けられているのが散見できた。
「円周に回っていると見逃しとかしそうですね」
「そうだなぁ、ここが終わったらまっすぐ歩いて探すか」
オルテンシアも瓦礫の影や大きな石の隙間などを見て回っている。
「しかしこれ、本当に見つかるの?」
「神の力が封印されているような物なら、見るか近づくだけで淵源を感じ取れそうですが」
「おそらく装飾品だろうから、箱に入ってるとかそういうのだと思うけど…シアが方向分かるって言ってたからなあ…まさかこんな事になるとは…」
「何よ、私が悪いって言うの?」
「いや、シアが悪いわけじゃ無いが、ちょっと大変そうだなあって…」
そういって仁は周囲を見渡す。見渡すかぎり広がる草原の所々に、古代の建物の残骸がぽつりぽつりと見えている。大きな石材数個の物から、ある程度形を残した小屋程度の物が数件固まっている物まで様々だ。
仁は指を組んで上に上げ、大きく伸びをしてから、肩周りのストレッチを軽くした。
「さて、先は長そうだし、ぼちぼちやっていくか」
「はい」
「へ~い」
・
三日後、仁達はヴェスビオの街まで戻ってきていた。
「やっぱり無理じゃねー、しらみつぶしに探すって…」
「似たような風景の中を延々と探して歩くのって、結構な苦痛ですよね…」
「そもそも探す物が分かってないから、見逃してる可能性もあるわけで…」
「「「はぁ…」」」
全員で深いため息をつく。
「とりあえず宿で休むか」
「そうですね。体力はともかく精神的に疲れました」
・
二日後、仁達はヴェスビオの街を出発する。
「よし、今度こそ見つけるぞ!」
「無駄に元気ねあんた」
「いや、こうやって無理にでも元気を装わないとやる気がだな…」
「兄様…」
・
四日後、再びヴェスビオの街まで戻ってきていた。
「今まで色んな苦行を積んできたつもりだったが、無駄な努力ってのは凄い苦行だったんだな…」
「これ、あと何回やるんですか?」
「あと二回位〜な気がする?」
「私、もう飽きた。宿で待ってる」
「お前が居ないと探せる面積が減っちまうだろ?」
「そうですよ、シアさんも立派な戦力なんですから」
「こんな時だけ戦力あつかいされてもー」
・
二日後、仁達はヴェスビオの街を出発する。
「今回は見つかると良いな」
「ええ、全くです」
「早く終わんないかなぁ…」
三人は足取りも重く街を出た。
・
その四日後、再びヴェスビオの街まで戻ってきていた。
「あと1回行けば、全部回れるよな?」
「はい。確かそのはずです」
「もし、全部回っても──」
「言うな!シア、それは言っちゃ駄目だ…」
「強いわね、仁…」
・
さらに二日後、三度、仁達はヴェスビオの街を出発する。
「いやー、コレで最後だと思うと清々しい気がしてくるのが不思議だ」
「見つからなかったら、もう国に帰りましょうか?」
「ああ、それもいいかもな…」
「私も付いてってのんびり暮らそうかな…」
・
街を出発して前回の続きの探索を続けるも、その日も何も発見出来ずに日は傾いていく。
「今日も駄目かぁ…」
「そうですね…」
「なんか最近は探してるのかうろうろしてるだけなのか、怪しくなってきた感じもするわね…」
「言うな…」
そろそろ野営地を決めるか。と考えてとぼとぼと歩いていると、前方に狼煙のような黒い煙と、馬のいななきのような物が聞こえてきた。
「よし!あれだ!」
「へ?ちょっと待って下さい兄様。あれってなんですか!?」
「あの狼煙が上がってる所に決まってるだろ!この無限ループにハマり込んだ二週間で始めて起こった変化が今ココに!」
煙の上がっている方向を指差して言う仁。
「俺たちは求めていたんだ!そう!退屈な日常からの変化を!れっつごー!」
「なに三流小説の主人公みたいなこと言ってるんですか!」
「ほら!お前達にも俺たちを呼ぶあの声が聞こえるだろ!?ららら~」
「ああ~仁がとうとうおかしくなった~~!」
「兄様、気をっ!お気を確かにっ!」
頭を抱えて慌て出すオルテンシアと仁の肩をつかんで揺さぶる愛莉珠。
「とまあ、冗談はこれくらいにして、どうしたもんかな?あれ」
ズルッと脚を滑らせて転ける二人。
「こんな所で待ち伏せして誘いをかけるような阿呆な野党はいないだろうし…ん?」
「に…兄様…」
「仁…」
ごごごごご…という擬音をバックに、ゆっくりと立ち上がる二つの影が見えた気がした。
・
「いやあああぁあ~~殺される~~~!」
「へ?」
金髪の男が悲鳴が聞こえてきた方向を見ると、全身黒ずくめの男が凄いスピードで自分の方に走ってくるのが見えた。
「あれは…」
「そこのあんたっ!」
「はいっ?」
黒ずくめの男は凄い速度で近づいてくると、その場にいた金髪の男の肩を掴んだ。
「あんたっ?人っ?人だよな。今俺は鬼っ!そう、悪鬼に追われてるんだ!匿ってくれ!頼む!」
そう言った黒ずくめの男はしゃがんで手を合わせると、ペコペコと土下座をする。
「げっ!?もう来やがる。んじゃあんた、そういうことで頼んだ!」
「はぁ…」
金髪の男が返事をする間もなく、黒ずくめの男が近くの水場に浸かった幌付き馬車の影に隠れる。男が見えなくなると気配は全く感じられなくなった。
「はぁ、はぁ、兄様!逃がしませんよ!」
次にやってきたのは手に槍を持った少女で、ツーサイドアップにした胡桃色の髪がとても可愛く見えた。だが彼女は見た目に反し、先ほどの男と大差無い驚異的な速度で走り近くにくると、キョロキョロと辺りを見回している。
「あの…」
「すみません、今忙しいので後でお願いします!」
「はぁ…」
金髪の男が声を掛けるも、ピシャリと言われて取り付く島も無い。
「隠れてもっ、無駄っ、ですっ!」
「んな馬鹿なぁああ!」
少女が最後の掛け声と共に片手で勢いよく手にした槍を振るうと、馬車の影に居たはずの男が大きな音と共に水しぶきを上げながらもみくちゃにされて吹き飛んで行った。手前にあった馬車は全く揺れていない。
「なんと…」
金髪の男が絶句している間に、少女は男が吹き飛ばされた方向に再び凄い速度で走り出す。少女があっという間に黒ずくめの男を捕まえ、なにやら絡んでいるのをしばらく遠目に見ていると、また一人来客があるようだった。
「はぁ、はぁ、もう駄目…あいつら、早すぎ…ゴホッゴホッ」
弱々しいペースで走ってきた薄桜色の長い髪をした少女は、もう走れないのか金髪の男の元までたどり着くこと無く、かなり遠くで力尽きて座り込んでしまった。
「ルー!水を!」
金髪の男が焚火の側に居た赤髪の女性に声をかけると、その女性は荷物から水筒とコップを取り出し、座り込んでいる女性 ──オルテンシア── の方へ駆けていった。
「不出来な兄がご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」
深々とお辞儀をしながら謝罪する愛莉珠。
「いえいえ、こちらは特に何も」
答えた男は20代前半くらいに見える背が高い美男子で、肩幅はあるが腰は細く全体的にはすらっとした印象だ。肩まで届く波打った髪は毛先がくるくると巻いており、支子色の金髪に濃紫色のメッシュが入っていた。
茶色系の服の上に柿色をした軽装の皮鎧を着け、左腰には細身の長剣、右腰には拳銃がホルスターに収まっている。
「ほら、兄様も謝って」
「スミマセンデシタ」
仁は地面に正座したまま深々と両手を付いて頭を下げる。
「いえいえ、こちらも気にしてませんのでもう立ち上がって下さい」
「そうか?なら──」
「駄目です。もっと反省して下さい」
「はい…」
立ち上がろうと片膝をついた仁は再び正座に戻り、姿勢を正して目を閉じた。
「ごほっ…ごほっ…」
「ほら、大丈夫ですか?」
「うん…」
白い煙を上げている焚火に当たって毛布を肩に掛け、暖を取っているのはオルテンシアだ。世話をしている女性の年齢は、男よりすこし上に見えた。赤い京緋色の髪をショートボブにし、金髪の男と同じようによくある地味な茶色系の服の上に似たような色の皮鎧を着けている。左腰には曲刀を、右腰には拳銃を下げている。
他に目立つのは頭の上についた尖った耳と、腰の後ろについている長く太い尻尾だ。毛色は頭髪と同じ色だが、耳の先は黒く、尻尾の先は白くなっている。頭の上の耳は周囲の音に反応してキョロキョロとよく動いていた。
「それで…あなた方はここで何を?」
「いえ、まあ、私たちは少し捜し物をですね…」
「同業の方ですか。確かにこんな所をうろつくのは同業の方ですよね。当たり前の事をきいて申し訳ありません」
「というと、あなた方も?」
「ええ、今回は色々収集できまして、帰ろうとしていたのですが、あの有様で」
そういって男が顔を向けた方向には、沼地にはまり込んだ馬車が見えた。すでに馬は放されて、別の場所で草を食べている。
「ぬかるみに嵌まってしまったのですね」
「私たちでも押してみたのですが、芳しくはなく、誰か来てくれたらとわざと煙をあげてみたのですよ。手伝って頂けると有り難いのですが…あ、もちろんお礼はそれなりに致します」
「そうですか、ほら、兄様、出番ですよ」
「えっ、何?」
仁は聞いていなかったのか、目を開けてキョロキョロと周囲を見渡している。
「あの馬車を引き上げて欲しいそうです。お詫びとして兄様だけで引き上げて下さい」
「はぁ?なんで俺だけで──」
「兄様」
「…はい…」
諦めた様子で立ち上がって馬車の方に向かう仁。
「いえ、我々二人と馬でも無理でしたので一人ではとても!」
「兄様だけで無理なら私も手伝いますので、兄様への罰だと思ってまずは一人でやらせてみて下さい。あ、申し遅れましたが私は愛莉珠、あちらの駄目な兄様は仁、女性のほうはオルテンシアと申します」
愛莉珠が丁寧な所作で紹介をすると、男の方も似たような作法を示す。
「これはこれはご丁寧に有り難う御座います。私はユーリ・デリザ、あちらの女性はルー・クラヴィエと申します。二人でしがない財宝探検家をやっています」
愛莉珠達が挨拶を交わす間に仁は馬車の引棒を掴み、引っ張り上げようとする。
「げっ、なんだこれ!やたら重いぞこの馬車」
「あっ、まだ中に荷物が」
「ん…ぐぐ…がっ」
仁が必死に力を込め、脚で地面に深い溝を穿ちながら引くと、少しずつ馬車が水辺から引き上げられ始めた。
「まさか…一人で…」
一旦動き始めると楽になったのか、その後は軽い調子で水辺から引き上げ終わる。
「ふぅ。重すぎるぞこれ。一体何を積んでるんだ」
「いえ、中に石像とかを積んでたので降ろしてから引き上げようかと思っていた所で…」
「はぁ?なにそれ、早く言ってよ!」
「すみません、言おうとしたのですが…お礼というわけでもないですが、ひとまず夕餉を振る舞わせて頂くということで…」
「あ、私お腹空いた-」
ぐったりとしていたオルテンシアが元気よく手を上げた。
「では、まずは食事と言うことで」
苦笑する仁と愛莉珠は、特に拒否することも無かった。
小一時間ほど経ち、辺りが暗くなった頃に出された料理は鶏肉のパイと牛肉と野菜のシチューだった。全員で焚火を囲むように座って食べている。
「このシチュー美味しい~」
「パイか…久しぶりだな」
「この国に来てからはあまり食べてない気がしますね」
三者三様の感想を述べる。
「おや、あなた方はアネモス出身ではないのですか?」
「ん、まあ、そうだな…」
「どちらからおいでになったかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「それはまあ、聞かないでくれるとありがたいかな」
「それは失礼しました」
惚けたように答える仁に、ユーリは不快感もなく謝罪した。
「これ、ルーさんがお一人で作ってましたよね?あとで作り方を教えて頂けますか?」
「はい、構いませんよ」
「わあ、有り難う御座います」
手を合わせて礼を言う愛莉珠。ルーは愛莉珠と目を合わせて返事をすると、焚き火で暖めている缶詰を取りに行く。
「愛莉珠の料理も美味しいけど、コレもいけるわねー」
「有り難う御座います。こういうのもありますが、いかがですか?」
ルーが愛莉珠に差し出した缶詰には、大きな巻き貝のような物が、ゴロゴロとオイルに浸かっていた。
「あ、エスカルゴですね。いただきます」
愛莉珠は缶からスプーンで数個取り出し、自分の皿に移した。それを見つめるルーの表情は少し残念そうだ。
「御免なさい、何か失礼を致しましたか?」
「いえ、そういう訳では無いのですが…」
「申し訳ありません、彼女は変わった食材を見せて他人を驚かせる…という、少し困った趣味がありまして…その缶詰も、わざわざ殻がついた奴を探して買ってきてるんですから」
ルーに代わり、ユーリが謝罪すると、興味を引かれたオルテンシアが寄ってきた。
「何々?どんな食べ物なのよ?あー、巻き貝ね」
「これはエスカルゴと言って、カタツムリの一種です」
「は?カタツムリってその辺にいるやつ?あんた達よくこんなの食べられるわねぇ」
ルーは驚くオルテンシアを見て顔を綻ばせる。
「いえいえ、これはちゃんとした食用の種類なので食べても大丈夫ですよ。おひとつどうです?」
「え〜」
一転してニコニコし始めたルーは大きな尻尾を振りながら、一つ皿に取り分けて小さなフォークと合わせて渡した。オルテンシアは皿に載った殻付きのエスカルゴをフォークで小突いて観察している。
「本当に食べられるの?これ?」
「ええ、美味しいですよ」
愛莉珠はフォークで中身を取り出し、一つ食べてみせた。
「普通の巻き貝だと思えばなんてこと無いさ」
「まあ、確かに…カタツムリって聞かなきゃ巻き貝だと思ったけどさぁ…」
そう言いながらも覚悟を決めたのか、貝殻から身を取り出し、フォークに刺して再度観察する。
「見た目は普通の貝と大差無いわね…」
暫く眺めたあと、ぱくっとフォースごとくわえ込み、フォークを抜いて咀嚼を始める。
「なんか普通の貝よりやわこい」
「飲み込んでから話して下さい」
愛莉珠の叱責に、オルテンシアは口の中の物をごくりと飲み込んだ。
「でも、意外と美味しいわね」
「そうでしょう?ささ、もっとどうぞ」
「え…ええ」
ルーは苦笑するオルテンシアの皿に追加のエスカルゴを載せた。
食事が終わり、片付けをしている愛莉珠とルー以外は焚火を囲んで珈琲を飲んでいる。
「馬車を引き上げただけにしちゃ、ずいぶんな料理を頂いちまって悪いな」
「いえいえ、我々も困っていましたし、有り難い限りですよ」
「ずいぶん重い荷を積んでたみたいだが、交易ってわけでもないだろう?」
「今回の探索での成果というやつですかね?興味があるならご覧になりますか?高額で買い取って頂けると助かりますが」
「いいのか?んじゃ、せっかくだし見せて貰おうかな」
「なになに?どんなのがあるの?」
オルテンシアが興味深げに口を挟んできた。
「私たちが探してるのがあるといいんだけどな~」
「それを言っちゃ交渉にならんだろ…」
ぶっちゃけ話を始めるオルテンシアに困り顔で突っ込む仁。
「ごめんごめん」
「はは、さてはて、目当ての物がありますかどうか」
苦笑しながらもユーリは馬車の中から箱を出してきた。箱の中から皮布でくるまれた物を取り出すと、地面に並べていく。並べられた物は指輪やネックレスが数個、古い金貨のような物が数十枚、古いカップ等の食器が数点だった。
「この辺でも色々見つかるんだな」
「ええ、おかげさまで。好事家に売れば結構な値になるものが見つかりました」
「うーん…」
並べられていく側から見ていくが、仁達の表情は暗い。
「さて、なにかお好みの品はありましたか?」
並べられた品をじっと見ていたオルテンシアが質問する。
「これで全部なの?」
「いえ、お得意様に流そうと思ってる品もありますので、それはちょっと…」
「そっちも見せて貰いたいが──」
「どうかご勘弁を」
「ふむ」
仁が少し押してみるがさらりと躱された。
「わざわざ見せて貰って悪いが、どうも俺たちが買い取れそうな品は無いようだ。悪いな」
「そうですか、残念です。それでこの後どうします?ここで一緒に野営しますか?」
「あんたは顔に似合わず剛毅だなぁ」
ユーリが広げた品を片付けながら言った台詞に、仁は苦笑した。
「もしあなたたちが追い剥ぎなら、私たちなんてすでに簀巻きになってますよ」
「俺たちはまっとうな市民だよ」
「仁がまっとうな市民なら私たちは聖人ね」
「はは、まあここで野営をして下さると、夜番も増えて助かるなという算段でして」
「いや、流石に夜番は別々に立てないと──」
「それだと楽できないじゃないですか」
困ったような表情を浮かべるユーリに、再度仁が苦笑して答える。
「ま、あんたらが良いならそうするか」
ユーリは少し離れた所で食事の片付けをしていたルーに声を掛ける。
「はい。ルー、そういうわけだ。構わないね?」
「はい」
「あんたお人好しだなぁ。いつか騙されないか心配だよ」
「よく言われます」
ユーリはにっこりを笑みを浮かべた。
・
曇りがちな空の星明かりだけが照らす闇の中、焚火の近くで仁が座っている。背後には毛布に包まれて愛莉珠とオルテンシアが眠っていた。火から少し離れた場所に幌馬車があるが、ユーリとルーの姿は見えない。
パチパチを薪が燃える音を聞きながら仁は本を読んでいたが、ふと顔を上げると焚火の外側、月も無く、星の明かりだけで照らされた暗い草原の方を見た。
「なんだ…人…か?」
「兄様」
愛莉珠も何かの気配に気がついたのか起きあがる。
「愛莉珠、シアを起こしてくれ」
「はい、兄様」
仁は幌付きの馬車に近づくと、ガンガンと叩いて音を立てる。
「起きてくれ、客のようだ」
「客?わかりました」
ユーリの返事が聞こえると、すぐにルーと共に出てくる。二人とも皮鎧は外しており、普通の服に武器だけを付けている。出てきた二人は気配を探るように周囲を見渡す。ルーは耳を動かしながら、鼻を鳴らして匂いも確認しているようだ。
「たしかに、囲まれてるような雰囲気ですね」
「あんたら、誰かに狙われてる?」
「一応こういう仕事をやってますので心当たりが皆無というわけではありませんが、わざわざこんな場所で襲われるような事は無いと思いますよ」
「とすると…俺ら狙いか、狩猟者狙いの野盗か…」
「こんな所にまでくるとは、よほど暇なのでしょうね」
「俺たちと同じくらいの暇人なんだろ」
ルーが離れた所に繋いでいた馬を起こして来きて手綱をひとまず馬車に繋ぐ。愛莉珠とオルテンシアは仁たちの荷物を馬車近くに運んできた。
馬車を壁に馬を守るような配置で周囲を警戒していると、暗い中、馬車の方に近づいてくる複数の人影が見えた。