#13
外はすでに鉄紺の闇に包まれ、テーブルに置かれた獣脂のランプが部屋の中を柑子色に照らしている。ランプからジュっという音がしたと思うと少し黒い煙を上げるが、すぐに煙は消えてしまった。部屋の中は燃えている獣脂のせいか、どこか獣臭い匂いが立ちこめている。
ランプで照らされた部屋の中にはベッドが二つあり、その片方で仁とオルテンシアが重なり合っていた。
「あっ、そこっ、はぁっ!気持ちいいよ。仁、もっと!もっと!あんっ」
「ここか?」
「ん、んっ、あっ!」
仁が 少し浅い部分の壁を擦るように動かすたびに、オルテンシアはビクビクと体を跳ねさせた。体が動くたびにスカートから見える脚や、苦しみに耐えるような表情の顔は、ランプの明かりのせいか普段より赤みがかっているように見える。
「あんまり動くなよ。やりにくいだろ」
「仕方ないでしょ、体が勝手に反応しちゃうんだから。ほら、続き続き」
「ったく…」
仁は再び反り返った部分で、壁をゴリゴリと擦る。あまり強くならないよう注意しているのか、仁の表情は悩ましげだ。
「あっ、やっ!あっ!駄目っ!ああっ~~!」
オルテンシアが仁の動きに合わせて短い悲鳴を上げ続けている。声が大きくなってきたところで仁はすっと堅い棒を引き抜く。
「あ、抜いちゃやだぁ~」
仁が引き抜いた後も、まだ入れてくれと催促するかのように、穴は閉まること無く可愛らしい形をたもったままぽっかりと口を開けていた。
「あんまり大声上げるなよ。周りに迷惑だろ?」
「はーい。わかったから、次はもっと奥をコンコンして~」
オルテンシアは仁の太ももの上で体を動かし、続きを催促する。
「はいはい、もうちょっとだけな」
「あ~~入ってくる~!あんっ!」
「危ないからあんまり奥は駄目ですよ」
落ち着かない感じの愛莉珠の声が聞こえた。
愛莉珠は隣のベッドに腰掛けて、ボディスに油を塗り込む作業をしていた。
「ああ、気をつけるよ」
「やーん、奥をコンコンされるのが気持ちいいのに」
「シアさんが満足したら、次は私もお願いしますね」
「え~~~~~」
面倒くさそうに言う仁
「なんですか兄様、シアさんだけそんなに気持ちよさそうにさせて、私にはしてくれないんですか?酷いです…」
酷く落ち込んだ表情で拗ねる愛莉珠。
「わ、分かったって。次な?次」
「はい、お願いしますね」
落ち込む表情を見せた愛莉珠に慌ててOKを出すと、にっこりとした笑顔が返ってくる。
「こうやっていつも俺は騙されるんだ…」
「は~~や~~く~~」
仁の太ももの上で再び暴れ出したオルテンシアを片手で押さえると、ゆっくりと挿入していく。
「ほら、あんまり動くなよ。傷がついちゃうだろっ」
「あ──!奥っ、来てるっ!やんっ!あっ!いいっ」
仁は注意深くオルテンシアへの奉仕を続ける。
「仁、そこいいよっ、もうちょっとコリコリやって。あぁ~気持ちいい」
仁は暫く奥を突いてから、すっと引き抜いた。
「あ、仁終わるの早すぎっ!もっと!このままじゃ私、欲求不満になっちゃうよ?」
「だめ。奥のほうは危ないからここまで」
「…………仁のソーローで私が欲求不満に…」
「何も漏らして無いからっ!?」
裏返った声で即答する仁。
「大体お前はいつもそんな感じで欲求不満だろ?ほら、反対側もやってやるから次はこっち向いて」
「体位の変更ね?」
「……おまえやっぱり、わざと言ってるだろ?」
仁の太ももに頭を乗せ、つま先側を向いた体勢だったオルテンシアは、体をぐるっと回すと仁のお腹側に顔をむけた。
「さっきは後ろからだったけど、次は前から仁に攻められるのね。どきどき」
「はぁ…もういいや。さっさと済まそう」
「気持ちいいのは本当だし~、やって貰うだけじゃ悪いから、ちょっと仁にも元気になって貰おうと思っただけじゃ無い」
「よけい疲れるだけだよ。はぁ」
「でもちゃんと目の前のコレわぁ~」
「馬っ!変なところ触るな!危ないだろ。止めるぞ!」
「はいはい、大人しくしてまーす」
服の手入れをしていた愛莉珠が手を止めて二人の方を見る。
「ん?シアさん、エッチな事してるなら、今度から兄様の耳かきは禁止しますよ?ただでさえエッチな声上げてるのに…ぶつぶつ…」
「しっしてないしてない。私何もしてないよねー。仁?」
「あっ、ああ、シアは大人しく耳かきされてるぞ~。ほれほれ」
「あんあんっ」
「……まあ、次に私も満足させてくれたら許して上げます」
「アリガトウゴザイマス」
疑わしげな視線で仁を睨んでいる愛莉珠
「ほら、早く終わらせてくれないと私の番にならないじゃないですか」
近くで監視しようというのか、愛莉珠も同じベッドに乗ってきた。
「だからって、ぞんざいにやらないでよ~」
「はいはい…俺ってやっぱり不幸だよな…」
後半は二人に聞こえないように口の中でボソボソ言うと、仁は耳かきを再開する。
残るオルテンシアの片耳と愛莉珠の両耳を掃除が終わったのは、それから1時間以上経った頃だった。
・
「でだ、このあたりにシアの封印を解くための封印物がありそうなんだ」
仁が指差しているのは、以前に購入した遺跡都市ヴェスビオの周囲の地図で、南西の少し離れた地点に印が付けてあった。地図はベッドの上に広げられ、三人がその周囲に座って地図を眺めている。
「以前の狩りの時に調べておいたやつですね」
「ああ、結構大雑把だから近くに行ってみないとわかんないけどな」
「ふーん、で、ここまで何キロくらいなの?」
「20㎞くらい…かな。早足で3時間、普通だと4時間くらいかな」
「日帰りだとつらそうな距離ですね」
「ああ、だから基本は食料とか持って行って何泊か探索、食料補給に戻ってきて休む。って感じにしようと思う」
「馬車とか借りて、一ヶ月くらい現地で探索してもいいんじゃないの?」
「小さい馬車だと1日200リーブラ、ロバも借りると合計1日400リーブラくらいだ。30日借りるとそれだけで12,000リーブラもかかっちまうぞ」
「服も買っちゃったので、残りの路銀が60,000リーブラくらいですね」
「リースじゃなく、買っちまうと2万リーブラくらいだから、後で売るってのもありかもなあ」
「どうせ探索にかかる期間なんて読めませんし、最初は歩いていっちゃって良いでしょう。あとは疲労具合に合わせて街に戻って休む期間を決めれば」
「まあ、そんなとこかな。シアからはなにかあるか?」
「うーん、よくわかんないので任せた!」
「おまえの為にやってるのにな…」
「いや、そりゃまー力を取り戻して、神属の民の祈りが聞けるいっぱしの神には戻りたいけど、今の仁達との暮らしも悪く無いかなーって思ってるから…」
「シア…」
「シアさん…」
愛莉珠は涙ぐんだ目になり、ハンカチを取り出すと目尻に当てる。
「いや、シアは力を取り戻すべきだ!常世で食っちゃ寝生活したいんだろ?昔みたいに神様って崇め奉られたいんだろ!」
シアの両肩を掴み、仁は真面目な表情で熱く騙る
「う…うん…だけど…」
「だけどじゃない!シアの母親にも頼まれてるんだし、お母さんの為にも一刻も早く封印を解くべきだ!」
「……あー」
「そういえば、それも有りましたね…残念なお兄様」
仁の最後の一言で、感動的な良い表情をしていた二人は冷めた目線になり、仁を見つめた。
「な…なんだよ…二人とも」
「もういいです。では話を戻しまして、明日は宿を引き払い、数日分の食料を買って、現地に向かって封印物を探すって事でいいですよね、シアさん」
「ええ」
「ところでシアさん、もし兄様をほっぽって、私が先にシアさんの封印を全部解いちゃったらあの契約はどうなるんでしょう?」
「さあ?やっぱり無効になるんじゃ無いの?」
「!?」
「では、兄様は明日からここでお留守番して下さい」
「仲間外れは許して~~~!」
泣きながら愛莉珠の腰にしがみついて懇願する仁の声が深夜の宿屋中に響き割った。
翌日、仁達は早朝に宿屋を引き払い、4日分ほどの食料と2日分ほどの水を持ち街を出た。まだ寒い季節ではあるが気持ちよく晴れた中、生え替わったばかりの青々とした葉を茂らせている草原をかきわけて進んでいく。
時々オルテンシアが自身の封印物の方向を確認しながら歩き、そろそろ昼になろうかという時刻だ。
「あっ!」
「どうした、シア?」
縦列で歩いている最中、真ん中のオルテンシアが驚いた表情で急に声を上げた。
「このへん、このへんにある!」
「このへん?」
仁は周囲を見渡すが、辺りは湿地で、目立つ物といえば背が低い遺跡の残骸のみで、それもまばらに点在しているだけだ。
「もう少し詳しい場所は分からないんですか?」
「うーん、他の場所にあるやつの方向は分かるけど、ここにあるやつは’ここ‘って感じしかしないなぁ…」
オルテンシアは何らかの気配を探るように目を閉じ、集中しながら答える。
「もしかしてここ一体の土を掘り返すのか?」
ぐるっと周囲を見渡す仁。やはり草しか見えない。
「どうしましょうか…」
愛莉珠も思案顔だ。
「うーん、そうだな、まずはシア、街の方向にちょっと戻ってからもう一度方向を確認してみてくれ」
「ん?いいけど」
来た方向に少し戻り、再度精神を集中して封印物の方向を探った。
「あれ、こっちだな」
そう言って進んでいた方向を指差す。
「んじゃ、次は一歩づつ進みながら確認だ。分からなくなる境界線がどっかにあるはずだ」
オルテンシアが一歩づつ進みながら確認していると、ある地点で歩みを止める。
「ここね。ここで方向が分からなくなるわ」
左右に動きながら確認しても、ほぼ一直線に方向が分からなくなるラインがあるようだった。
「オッケー、分かった。シアの方向探知がどれくらい近距離までわかるのか心配だったが、これはちょっと困ったな…」
「ですね。ちょっと範囲が広そうです」
「とりあえず昼にするか。食ったらまっすぐ突っ切って、この方向が分からなくなる内側の範囲を調べよう」
「はい」
「はーい」
昼食後にまっすぐ歩き出した仁達は、稀に現れる大型動物を追い払いながら直進する。歩きながらもオルテンシアは封印物の方向を定期的に確認していた。
方角が分からなくなる地域を抜けたのは、探索開始地点から2kmほど過ぎてからだった。
「ま、このへんか」
仁は開始地点と同じように、枯れ枝を探してきて立て、目印のロープを巻いておく。
中心らしき場所まで戻り、同じ作業を違う方向で3回ほど繰り返し、予想された中心地点まで戻ると日暮れになった。
「おそらくこの辺にあるとは思うんだが…」
「とりあえず今日はここで野宿ですね」
「ああ、薪になりそうなものを集めてくるよ」
「お願いします」
「ほら、シアもあっちから集めてこい」
「ほーい」
低木すら少ない湿地では薪を集めるのにも時間がかかり、仁が戻ってきた頃にはアリスが料理を始めていた。
「すまん、遅くなったな」
「木がないんじゃ仕方が無いですよ」
「まあな。シアは…」
見渡すまでも無く、暇そうに愛莉珠の調理作業を見つめるシアが近くにいた。
「多いな。さすが狩猟の神か」
オルテンシアの近くには、山となった薪が置かれている。
「ふふーん、惚れ直したか?」
「いや、薪集めが上手い女に惚れる男ってのもどうかと思うぞ…」
「ぶー」
仁は取ってきた薪をオルテンシアの薪の山に合流させ、オルテンシアの近くに椅子代わりの石を運んで座る。
「さて、明日からどうしたものか、ちょっと考えるか」
「考えるって言っても、しらみつぶしに探すしか無いんじゃないの?」
「半径1kmくらいだから1.7km四方くらいあるんだぞ。コレを全部やるかどうするか…」
「中心部から円周上にやっていけばすぐに見つかるんじゃないですか?」
「だといいがなぁ…」
「はい、できましたよ」
愛莉珠が皿に移し始めた食事はトマトソースのパスタとコンソメスープ、サラダの3品だった。
「お~。素敵な夕餉ね」
「美味そうだ」
「3~4日なら保存食をほとんど使わないで済みますしね。でもまあ、こんなに豪勢なのは明日まででしょうが」
「うわっ、美味しぃ~。愛莉珠、愛してる~」
「俺も愛してるよ。愛莉珠」
「はいはい、まったく。こんな時ばっかりみんな調子がいいんだから…」
食事も終わり、日が完全に沈んで交代の見張が始まるまでの間は自由時間と言うことで、それぞれ好きなことをして過ごしていた。仁は拳法の型を繰り返す鍛錬。愛莉珠は槍の手入れ、オルテンシアは読書と、普段とあまり変わりない風景だ。
「そういえば愛莉珠」
「なんですか?シアさん?」
愛莉珠は槍の穂先を皮布で拭いていた手を止めて答えた。
「そうやっていつも穂先のほうも磨いてるけど、私、まだ一回もそっちで何かを切ってるの見たこと無いんだけど…」
「あれ?そうでしたっけ?」
そう言って無造作に槍を両手で持ち、左上に持ち上げた。穂先は40㎝ほどの先に向かって曲線で絞り込まれていく直刀だが、根元1/3付近が少し窪んだ形で、全体的に女性的な形をしていた。小さな鍔部分からは長く幅が広い飾り紐が二本伸びており、槍を振るうたびに動きに合わせて揺れている。穂先、石突き、千段巻き部は金属が使われていたが、柄は木製で朱色に塗られている。
そんな槍を左上段に構えたと思うと目の前にあった焚火に向かい、ヒュっと空気を切る音を立ててならが振るった。
焚火から上がっていた炎が水平に切られて途切れ、一瞬の後に再び下から押し上げられた炎で切れ目が埋まる。
「ほら、ちゃんと切れますよ?」
「いやいやいや、普通は炎なんか切れないって…」
もう一度穂先を拭いてから油の付いた布で拭き、いつもの鞘を取り付け、鞘が抜けないように根元の紐で布ごと縛る。
「……伝説の武器とかそーいうやつ?」
「何年か前にお父様に買って頂いた者ですが、特に魔法の力も無いので普通の品じゃないでしょうか?普通と言っても思い入れはあるので手放すつもりはありませんが…」
そういって覆いを縛った紐を愛おしそうに撫でる。
「へー、ってさっきから仁はドカンドカンうるさい!」
── ドンッ!
仁が激しく地面を踏みつけるたびに大きな音と軽い振動が響いていた。
「あ、悪い悪い。なかなか町中だと思いっきり鍛錬出来なくてなあ…」
鍛錬を止めて仁も焚火のほうに戻ってきて、椅子代わりに置いてある石に腰掛ける。
「私が寝てるときにやらないでよ?」
「分かってるって」
「ほら、兄様、汗が…」
「ん…」
愛莉珠は水で濡らしたタオルで仁の顔や首回りを拭いて汗を拭き取ってやる。その様子をみたオルテンシアはにやりといやらしい笑みを浮かべ、顎に手あを当てた。
「ほほぅ、見せつけてくれるわねぇ、お二人さん」
「なっ、なに言ってるんですかシアさん!」
真っ赤になって叫ぶ愛莉珠と、コイコイと手招きする仁。
「あー、うん。シアも混じって良いよ」
「にっにっにっ…兄様も!なっなに言ってるんですか!」
「はいはい、最初の見張は私だから、二人はもう一緒に寝て良いわよ」
手を振ってしっしと追いやる身振りをする。
「わっ、私は向こうで寝ます!」
愛莉珠は真っ赤になってそう言うと、自分の毛布を引きずりだすと、急いで焚火の反対側の暗闇に消えていった。
仁とオルテンシアは愛莉珠が消えていった方向を見つめていた。
「…行ってあげないの?」
「今行ったら、俺、殺されると思うんだ…」
「………そうかもね」
すでに日が落ち、暗くなった周辺を煌々と照らしていた焚火の木が、バチッっと音を立てて爆ぜた。