声を聞かせて
こんな夢を見た。
私は一人の女であった。
森の奥に一人で住んでいた。
そこには毎日村人が食事を運んできてくれた。
ドアをノックする音がする。
きっと食事だろう。
私は立ち上がるとドアを開けた。
「あの、これ村長から」
そう言って男は私にバスケットを渡す。
私はそれを受け取ると体をずらして、男を家へと招きいれた。
男は素直に従って入ってくる。
私は小さな居間に男を案内すると紙に言葉を書いた。
『ありがとうございます。
どうぞ、お茶でも召し上がって下さい』
紙を見ると男は驚いたようだった。
「しゃべれないんですか?」
私は男の質問に対して頷いた。
『だから、ここから出ることは出来ないのです。
どうか外の様子を聞かせてくれませんか?』
「はい。僕で良ければ」
男は微笑んで答えてくれた。
私も嬉しくて微笑んだ。
そうして男はここに通って来るようになった。
私達が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
慎ましい態度の私に男は夢中になった。
そうして外の様子を話してくれた。
「君はどんな声をしているのだろう?
聞いてみたい」
『昔は話せたのよ』
「本当かい?
じゃあ、何故今は話せないの?」
『…私の言葉には力があるの。
昔、この力のせいで私は愛する人を死なせてしまった。
だから私は話すことを止めたの』
私は言葉に宿る力で好きに生きてきた。
この力で男を虜にした。
恋をすることは遊びだった。
彼に会うまでは。
私は一瞬で恋に落ちた。
本当に彼を愛した。
だから私は言葉の力ではなく、自分を愛して欲しかった。
私は彼には話しかけなかった。
ただ、微笑んだ。
言葉で伝えたい想いを我慢した。
もう誰もいらない。
彼だけが欲しい。
私はそれだけを望んでいた。
「彼を返して!」
いきなり知らない女が私の家に押しかけて来た。
彼の幼馴染だという。
邪魔な女だ。
「私は知っているのよ!
あんたが魔女だって!
その力を使って彼を虜にしたんだって!」
「何を騒いでいるんだい?」
「貴方は騙されているのよ!この魔女に!
ねぇ、一緒に帰りましょう?」
「止めないか。
彼女は話せないんだ。
魔女のはずがないだろう?」
「嘘よ!話せるわ。
私は見たことがあるもの!」
その言葉に困惑して彼は私を見た。
「…本当よ。
本当は話せるわ」
「ほら、言った通りでしょう!」
幼馴染の女は勝ち誇ったように彼を見つめた。
「ああ、なんて美しい声なんだ。
初めて君の声を聞いたよ。
もっとその声を聞かせてくれないか?」
ああ、彼もこの声の虜になってしまった。
彼は私を抱き寄せるとうっとりとした顔で私を見つめた。
「私はまだ力を使っていなかったのに。
あんたは自分で彼を遠ざけたのよ」
彼には本当に私を愛して欲しかったのに。
幼馴染の女のせいでそれは叶わなくなってしまった。
私は怒りで叫んだ。
「お前など死んでしまえばいい」
私の言葉の力で幼馴染の女は死んだ。
私達は森の奥で慎ましく暮らした。
彼がいればそれだけでいい。
彼の心を手に入れることは出来なかったけれど、私は変わらず彼を愛していた。
だが、村人はそれを許してくれなかった。
幼馴染の女の母親が村長へ訴えた。
「魔女が私の娘を殺したのです!
きっとまた魔女は人を殺すでしょう!」
そんな危険な魔女を放置しておく事は出来ない。
村人はそう訴えた。
「魔女狩りを行う」
村長の言葉に村人は頷いた。
そうして森の奥の魔女の家は包囲された。
手にたくさんの武器を持った村人達が押し寄せて来た。
驚いた私達は抵抗する暇もなく殺された。
私を守ろうとした彼も斧に引き裂かれた。
目の前で愛する人を殺された私は叫んだ。
私達の家は壊されてしまった。
「大丈夫だよ。
今は誰もそんなことはしないから。
村長だって悪いと思っているから、こうして食事を提供してくれているんだろう?
だから、君の声を聞かせてよ」
『貴方は私の声を聞いても、私を愛してくれるかしら?』
「もちろん、愛しているよ」
私はその言葉に勇気付けられて口を開いた。
「その言葉、本当ね?」
「ああ!なんて素敵な声なんだ!
もっとその声を聞かせて欲し……!!」
男は言葉の途中で驚いた顔をすると私を見て絶叫した。
「ああ、やっぱり他の男と同じなのね。
彼のように私を愛してくれないのね」
「近寄るな、化け物!」
「酷いわ。愛してるって言ったのに。
あの言葉は嘘だったの?」
逃げる男に近寄ると私はそっと男の首に触れた。
私を愛してくれない男は必要ないわ。
私は手に力を込めた。