第6話「王国妖精の森1・人ならざる者」
「ん・・・?」
まどろむ意識の中で、現状を思い出す。慌てて身体を起こすと、異世界に迷い込んでいた。勇者召喚によって異世界に拉致されたのに、異世界で異世界に。
「普通はありえませんよね・・・」
勇者として異世界に呼ばれた時点で、既に普通の事態を超えているが・・・。
部屋。なのだろうワンルームの。台所、風呂、といった生活に必要な拠点であると思われるから部屋なのだろうが、比率がおかしい。明らかに小さいのだ。距離があるから小さく見えるよね。とか思ってみても、無理がある。
改めて自分の体を確認する。服は脱がされているが、部屋に干してあるため、誰かが脱がせて、干してくれたのだろう、ご丁寧に全裸にされているので、下着だけとりあえず。乾ききっていないので、時間はそうたっていないと判断。
もう一度部屋の中を見回して、妖精を寝かせていたバスケットを発見。中を見てみるが妖精はいない。弓の勇者に撃たれて死んだかもと思ったが、血らしきものはないので、当たらなかったのだろうか?姿を確認するまでは保留にするしかない。
「・・・この部屋の主を待つべきですかね・・・」
座り、扉を見る・・・。しかし、疲れもたまっていたのか、いつの間にか眠りについていた。
*
「・・・兄さん・・・」
兄さんとの会話の記憶が再生されている途中で現実に戻る。
「目が覚めたか」
声のした方を見ると、妖精が座っていた。ただし、年老いているが。
妖精って可愛く、常に子供のようなイメージがあったのだが現実に砕かれる。・・・うん、妖精を見せたかったと思っていたのだが、見なかったことにしていいだろうか。
「すまぬな、こちらにもやるべきことがあり、時間がたってしまった」
気を取り直し、構いませんよと、居住まいを正す。が、下着しかつけてないので、断りをいれてから服を着る。乾いている。だいぶ時間がたったのか・・・。
「いくつか、質問がある、聞かせてもらえないだろうか?」
老妖精にここまでの事を話す。と言っても、勇者であることは伏せるとして、言うべきこともあまりない。
花壇で妖精を発見。治療して、ここまで運ぶ依頼を受けた。途中で邪魔が入り、湖に。そこで記憶が途切れているのだが。
「ああ、湖には精霊がおってな。お主をここまで運んでくれたのじゃよ」
「そうなのですか・・・。助けてくれた礼をしたいのですが、生憎、こちらは何もないのですが・・・」
鞄はもとの世界だし、ポケットには何も入れないタイプなので、元の世界から持ち込んだものはない。メイドからの依頼でポーションが報酬。という事にしておいた。所持品は、ゼロ。食糧さえ持たないとか自殺行為だったと今さらながら気が付く。
「魔力で構わぬよ」
「・・・魔力、ですか?」
「そうじゃ、おぬしの魔力は美味じゃからの」
「え・・・?」
思わず食い殺されるのではという疑問が頭の中を走る。
「・・・おぬしが湖に引きずり込まれたのもそれが原因じゃ。お主の魔力は精霊達にとっても素晴らしいものであるからな、だから、湖に落ちた時に引きずり込のじゃ」
「ええと」
「お主が溺れた原因でもあるな」
うん、水泳不得手じゃないからおかしいと思ったけど、湖の精霊に引きずり込まれたのなら仕方ないかと、同時に湖に近寄るとまた引きずりこまれるんじゃないかと思う。
「絶対にないとは言えないが・・・大丈夫じゃろ」
「安心できませんよ」
「まぁ、誰か引っ張ってくればいいから、湖に近寄る必要はない」
「さて、アヤトよ、助けてくれた礼を一応こちらからもしたいのだが、生憎とこちらも人間に渡せるような物はもってなくてな」
妖精は魔力を一定量補充するだけで食事などもいらないため、特に物を必要としていないため基本的に服以外あまりものがないらしい。じゃ何のために部屋の体裁が整っているだ?という疑問は、人間の職人が面白がって作ったからだと。城に勤めている人間や出入りの人間が面白がって用意したと・・・。主な原因はメイド達らしいが。
ここにいるのは戦闘能力の欠片もない妖精ばかり。アラクネが1体と、湖にいる精霊達らしい。魔獣らしい魔獣もいないため、かなり平和だと。食料はアラクネの分だけなので森に迷い込んだ獣や魔獣を食料にするため、人と交流する必要もなく。若い妖精が時折城の近くの花壇でメイドたちと遊ぶくらいと。
「おぬしほどの魔法使いだと、遺跡にある宝石ぐらいしか渡せないじゃろう」
宝石なら換金も出来るし、魔法使いなら魔力を込めて魔石化させることも可能だと。
「あー、すいません、僕は魔法使いとして初級?で、ほとんどの魔法使えないのですので、魔法教えてくれません?」
「・・・まことか?」
「ええ、今使える魔法は・・・ウィンドカッター、パワー、レジスト、プロテクト、シールド、ヒーリング・・・そんなものですね」
「魔力の保有量は並の魔法使いとは違うのにな・・・」
「さらに質問が増えたんですが?人間は魔法師と呼ぶのに、妖精達は魔法使いと呼ぶのですか?」
現在の人間と過去の人間では、魔法の保有量が違うらしい。現在の魔法使いはあまり魔力量が少ないため、魔法師と呼ばれているらしい。つまり、魔力が多くないと魔法使いといえないと・・・。
「簡単な判別方法としては、杖なしで魔法が使えれば魔法使いじゃ」
「あ、杖なしで魔法使える・・・」
杖に魔法の補助をさせているので、杖なしでようやく一人前ということ。なるほど、将軍や国王が驚くわけだ。
「ん・・・?姫さんたちも杖なんて使ってなかったと思うけど・・・」
「正確には宝珠じゃ。あそこの姫達は宝玉をアクセサリーに埋め込んでおる。兵士は剣に。魔法師の剣は魔杖剣と言って、相手を斬るのではなく魔法の補助がメインじゃ」
なるほど・・・。よく、知っているな。メイドとお茶会開いてるせいか。・・・ここの情報戦は大丈夫なのかダダ漏れじゃないか・・・。
「では、明日、魔法を教えよう」
「あ、すいません、今一つ二つ教えてもらえませんか?夜中に城に戻る手はずでして・・・」
「忙しないの・・・まぁ、それなら湖にいる精霊、ウィンデーネも呼んでおこう、夜道に森を抜けるのは厳しいが川に沿って行けば大丈夫じゃろ。、魔法の修得は厳しいかもしれんが」
ウィンディーネを呼ぶようにほかの妖精に伝えて、外にでる老妖精・・・。扉が妖精サイズの為に、僕どこから出ればいいんだ?そもそもどうやって運び込んだんだ・・・?
「すまぬ、反対側に大きな扉があるじゃろ?」
偽装されてよくわからなかったが、確かに、風を感じる。何とか扉を開けて出る。外からも巧妙に隠してあり、人間が通ってもわからないだろう。
「さて、おぬしの扱える魔法は風じゃったの」
老妖精は風の魔法をいくつか実演して見せてくれる。テンペスト、ソニックブーム、ウィンドウォールと風属性の魔法攻撃魔法と各種防御に移動補助として使える魔法を教えてくれる。
すべての魔法を一度見ただけで覚え、威力を弱めて発動。教えてもらった魔法はすべて使用可能。手数が増えたことにより戦略も広げられる。思わぬ収穫だが、メイドは魔法を使え、それを覚えることも考慮して妖精に合わせたのか・・・。
「おぬし・・・!」
「どうかしましたか?」
「・・・妖精の眼か・・・」
「何ですかそれ?」
「魔眼の一つじゃ」
魔眼という特殊な能力の一つらしい。魔物の中にも特殊な眼を持つものがいるがそれと似たようなものだと。妖精の眼は魔力を見ることができる。そのため、一度見ただけで魔法が覚えられる。魔法使いには素晴らしい能力だが、妖精は標準装備、しかし、人間等が持つことは珍しい。発生条件なども不明。
日本でも修行すれば霊とか見えるし、それとおんなじものだろうと思う。幸い、日本で発現しても宝の持ち腐れだったが。もしかすると、勇者として拉致された原因の一つか?
「ふむ、しかし、妖精の眼か・・・おぬしにはもっと魔法を教えたほうが面白そうじゃの」
「・・・妖精のくせに妖精らしくないですね」
「これでも、200年生きてるからの」
「なっがっ!」
「というわけで、ウィンディーネが来るまでもっといくぞい」
老妖精が張りきったおかげでだいぶ魔法を覚えられた。正直、いくつか不要な魔法もあったが、弓の勇者をとりあえず、ぶんなぐってから逃げようと思っていたので、非常に助かる。
しばらく老妖精に手伝ってもらい魔法を修得。普通なら何年もかかる魔法の修得を見ただけで行ってしまうため妖精も調子に乗って他の魔法も教えてもらった。
「お主は筋がいいの・・・妖精の眼も鍛えればかなりの使い手になるじゃろう」
老妖精から魔法を教えてもらっている途中でウィンディーネを呼びに行った妖精が帰ってきた。
「・・・」
「スライム・・・ゲルかな?ゲルっぽいですね・・・?」
見た目は青い水でできた人形。という感じだ。不定形なのか、上半身は一応女性型をしているが、下半身はまん丸の水といった感じ。
地面を移動しているのに、水が土に汚れたような様子は欠片もない。
手を伸ばしてきたので、握手かなと思い、手を握る。直後に頭に直接声が聞こえてきた。
「ごめんなさいね。発声器官を作るより、こっちの方が早いの」
可憐といえるような女性の声でウィンディーネの声が聞こえる。聞こえると感じるように、頭に直接入ってくる。
「いえ、こちらこそ、助けていただき感謝です」
「ごめんなさいね、魔力があったからつい引き込んじゃったけど」
「あら?人間がこんなところで何をしているのかしらぁ?」
声がしたかた思うと不意に視界を覆う黒い影。反応するよりも早く組み伏せられる。
「な・・・なに?」
「やめよ、レイラ。客人じゃぞ!」
「・・・人間が?ほんとに?」
「人間に襲われた仲間を助けてくれたのじゃ、お主も人間を襲うのか?」
「ん、・・・そうね、・・・それなら、私の早とちりだったわ。悪いわね、人間」
そういって自分の上からのいたので、正体がわかる。
襲い掛かってきたのは先ほど話に上がったアラクネだろう。上半身が女性で、臍のしたあたりから蜘蛛になっている・・・。本来いろいろと視線が行く容姿だが、割れた腹筋に目が行ってしまった。
「・・・初対面で女性の下腹部を見るのは人間のあいさつかしら?」
「いえ、腹筋がものすごかったのでつい」
「へぇー」
手を動かしただけで服がめくられる。何事かと思うよりも妖精の眼が反応、魔力を通した糸を飛ばして服をめくっていた。妖精の眼便利だわー。
「・・・人間はあまり鍛えてないようね・・・」
「まぁ・・・」
「その割には美味しそうな匂いがしているのだけど・・・?」
「ええー?」
「魔力じゃ、魔力の感じ方はそれぞれじゃが、お主の魔力は大半の生物にとって好物になる。・・・一番最初に覚えるべきものは魔力を抑える技術か・・・こればかりは魔法じゃないからすぐには覚えられないだろうが・・・」
「必要なんですか?」
「オオカミの群れに羊をぶち込む感じじゃ」
「あ、必要ですね」
「じゃ、私、寝るわー」
アラクネは偽装された扉を開けて部屋に入る。
「・・・協調性が欠片もないですね。助かりますけど」
「すまんな、家族を人間に殺されておるからな」
「・・・」
「気にするな、殺したのはお主じゃないだろう?」
「まぁ」
「時間はどうじゃ?城下街の人間が眠るにはまだ早い時間じゃぞ?」
「隠密行動がメインなので、人が寝静まってからのほうがいいかと」
「なら、時間はあるな。魔力を抑える訓練をしておいた方がいいじゃろ。隠密行動なら、特に」
時間まで魔力を抑える訓練が決定した。