第3話「王国王城3・勇者の用途」
―――『ヒーリング』
何度か失敗を繰り返しながら、ようやく安定して発動できるようになる。
「普通は、ここまで来るのに早くて数か月かかるのですが・・・」
勇者の適性が高いのだろうという。勇者召喚の陣により召喚された人間は総じて身体の強化や魔法の適性、毒などに対する耐性を所持していると。魔王と戦うための存在なので当然らしい。
「魔王と戦うなんてつもりはないんですがね」
「それは残念ですね。癒しの聖女として名をはせることもできそうですのに」
「性別見ようね。男ですよ?」
「問題ありません。むしろ、男が癒し手。という方が問題です」
「・・・日本では医者の大半は男性ですが・・・出産などは女性が多いと思いますが」
「出産に関しては男など何の役に立ちますか」
「まぁ、そうでしょうけど」
数度のヒーリングで妖精の羽は見違えるほど回復する。
「妖精って初めて見たんでどこまで綺麗になればいいのかわからないんですが、こんなんでいいんですかね?」
「・・・日本という国には妖精はいなかったのですか?」
妖精を見て、布で血を拭う。
「日本にいるのは妖怪と呼ばれる類ですね、妖精は外国に多かったと」
「妖怪とは?」
「・・・千差万別なので一言では説明しにくいですが・・・動く人体模型・・・は学校の怪談だし」
学校にある七不思議は違うな・・・。そもそも、七つの七不思議で合計49だが、それ以上にあったし。
「・・・・・・妖怪・・・ああ、河童とかわかりやすいかな?」
「なんですのそれ?」
「湖とか川にいるって思われてる妖怪で、キュウリが好きだったかな?確か山の神様の眷属だったはず」
「何をするのですか?」
「特に害はなかったかと・・・ああ湖や川に害をなす存在には罰を与えるってとこでしたね」
「ウィンディーネみたいなものですね」
「・・・違うんじゃないかなー?全身緑色のうろこは生えていたはずだし」
「日本というのは水精霊がドラゴンなのですか」
・・・いるんだドラゴン。
「綺麗になりましたね」
妖精を着替えさせてバスケットに隠す。
「隠蔽といった魔法はありますか?」
「・・・勇者様は知識がないという割に、よくポンポン次の手が出てきますね?どれだけの知識を持っておられるのですか?平民にしては言葉も不自由しませんし」
普通だろうと思うのが・・・。でも、国ごとに普通って違うか。言葉に関しては翻訳されてるしな。口の動きと聞こえてる言葉が全然違うし。言葉に関して不自由しないのは助かるが。問題はちゃんと意味が伝わっているかだが。日本語って難しいから。
「・・・識字率って・・・そもそも学校ってありますか?」
「識字率に関しては平民はほとんど無理ですわね。3割行けばいい方かしら?」
聞いておいてなんだが、低いのか高いのはわからないな・・・。
「貴族はほぼ家庭教師をつけることになりますし、必須ですわ。冒険者もランクの低いパーティは高くありませんが、ランクが上がれば必要になります。基本的に字が読めないと依頼書を読めないことになりますので」
ああ、計算もできないと報酬のピンはねとかされそうだし。
「学校については、魔法学院だけですね、騎士学校もありますが、平民向けの学校というのはありません。遠方の国では引退した領主などの方々が子供達に字を教えるところもあると聞きましたが」
寺子屋みたいなものか。
「まぁ、世界が違いますしね」
妖精の頭をなでる。
「ああ、透明化の魔」
不意に妖精が目を開けてこちらを見上げた。
「おはよう、気分は」
「いぃぃぃぃぃぃああああああああああああ」
『ウィンドカッター』
妖精の悲鳴とともに魔法が放たれる。右手で姫を後ろに押しのけ、顔に迫る風の刃を左手で受ける。
「はっ!あっ」
左腕の激痛に顔をしかめつつ、息を吐く。
左腕の傷はそこまで深くないが、細かい裂傷により、血が止まらない。
肘から先の服は原型をとどめていないので引き千切る。
「これは・・・?」
「妖精の怒りを買ってしまいましたかね?頭なでただけなんですが、セクハラで訴えられたら、裁判どうしよう?」
「いえ、恐怖による錯乱でしょう」
渾身のギャグをスルーしてメイドが横に立ち、姫を護るようにナイフを構える。
「ナイフはなしでお願いできますが?」
「姫様に危害を加える以上、排除するしかあません」
「被害は僕の左腕だけですよ?」
「今は、まだ、でしょう?」
「・・・」
『魔力障壁』
魔法に対する防御壁。物理的な手段に対しては効果無し。
「妖精が魔法使えなくなるまでこのままってのはダメですかね?」
「魔力障壁を維持できなくなる方が早いでしょうね」
「・・・無力化できる魔法ありますか?麻痺させるとか、眠らすとか」
「眠りなら。・・・試してみます」
『スリープコーラル』
効果は対象に対して眠りへいざなう声を聴かせる魔法。と。耳がないものには効果がないと。・・・効果が及ばないのは魚類か?
妖精に魔法をかけるが変化はない。
「どうやら、私の魔力では効かないようですね?」
「わかりました、試します」
『スリープコーラル』
「あ」
魔法があっさりと効果を及ぼし、妖精は眠りにつく。
「・・・ふぅ、疲れたので休みたいのですが、どっか休めるとこありませんかね?」
床に腰を下ろし、腕の傷を治す。
服はどうしようもないが、まぁ、今のところいいか。
「これから陛下のもとへ向かわねばならないのに、何を言ってるのですか」
「・・・まじですか」
「ええ、当然です。妖精の傷も治しましたし、召喚魔法師の方はしばらく目が覚めないでしょうし・・・ミリア、あとはお願いね」
「かしこまりました」
・・・やっぱいかないとダメか・・・。鬱だ帰りたい。
姫の後ろをついてい行く。一応、召喚魔法師と妖精を眠らせた部屋までルートを記憶しておく。
「こちらですわ」
姫が先に入り、続いて入室する
部屋にいるのは、国王と思われる男性。一人だけ明らかに豪華と形容していいマントを羽織っている。
横には文官と武官だろうか。文官と思われる男は眼鏡にいかにも陰気という雰囲気。
武官の方は腰に剣を携えている以外はラフな格好と思える。
部屋の壁側には兵士が直立不動、部屋の中心にあるO字型のテーブル。テーブルには学生服の人間が7人。
自分と同じく、勇者として召喚された人間だろう。それぞれの武器だろうか、テーブルに置かれている。男性が、剣、斧、弓。
女性側が鎌、楯、槍、本。
そして、杖が置かれた席には誰も座っていない。・・・自分が杖担当だろうか。
「お待たせいたしました、陛下、勇者様の傷をいやしてまいりました」
「よい、勇者を怪我の方はどうかね?」
左腕を上げて返事をする。
「ごらんのとおり、回復しております。このまま戦闘になっても問題ないと思われます」
「今すぐに戦、ということはない。まずは、全員に知ってもらわなければならないことがあるかな、続きを説明するの前に、杖の勇者よ、杖をとれ」
「いえ、このままで構いませんよ。続きをどうぞ」
兵士たちがざわめき、円卓に座りこちらを眺めていた数人が驚きの表情を浮かべる。
「・・・その杖には勇者の力をより強力に安定させるための術式が組み込まれている。術式を組み込むあたり、勇者専用になっててしまったらしいが、武器を通してこの世界の知識を得ることができる」
「ああ、必要ないので大丈夫ですよ」
大半の人間は疑問符を浮かべている。爆弾を落として、反応を確認する。
「ええ、勇者なんぞ、するつもりはないので」
いち早く反応したのは国王。政治手腕に外交。王ともなればそれだけのことをこなさなければならないので、当然といえば当然だろうか?
「・・・ほう・・・?」
国王の目が細くなる。警戒と、困惑と言ったところか。そして、勇者として従えるための算段を練っていると思われる。
まぁ、自分以外の7人がどのような理由で勇者になったかは知らないが、7人もいるんだ、問題はないはず。
そして、国王が口を開かないため、一番最初に文官が口を開いた。
「貴様、何を考えている!魔王を倒すのは勇者の義務であろう!」
「ふむ、・・・」
文官は文官の癖に頭悪そうだな。という感想もしかしたら文官でないかもしれないけど名前を知らないし、聞くつもりもない。油断せずに、まずは交渉してみよう。
「義務。というのなら、権利は得られるのでしょうか?」
「権利、だと?」
ああ、あからさまに何を言ってるんだコイツ?という表情を浮かべている。・・・武官の方はあごをなでている。今は無視。
「ええ、義務。というならば、それに付随する権利があるのは当然でないでしょうか?」
「勇者達の衣食住を提供してやるのだ、問題はあるまい」
「・・・それ以外には何もないのですか?」
文官は勝ち誇ったように笑う。
「魔王を倒してもいないのに褒美をねだるか?まるで乞食ではないか!貴様それでも勇者か!」
勇者の定義を知らないので答えかねるが、こいつは誘導しやすそうだなと思う。まぁ、研究者や技術者として大成しないやうは基本的に自分が至高、自分が絶対、自分は正しい。の3拍子揃ったバカだしな。
「何、バカの乱れ撃ちが激しすぎて回収できないわー。・・・おっと、いけない。思わず本音が漏れ出てしまった」
ほかの勇者たちが笑いをこらえているが、肩を震わせている。この手のギャグはこちらの世界の人間にはわからないのだろうか。残念だ。ウェットにとんだ会話は交渉に必要な技術だと思っているのだが。
「・・・お前がどうしようもないバカだというのがわかった。一応目上の人間と思って接していたが、時間の無駄だな」
「・・・何?」
「魔王を倒さなければ死ぬんだから衣食住の提供など、些事だろう?それに、失敗したら全滅だ。そんなくだらないことを聞きたかったわけではないのだがな?・・・帰還についてどの程度の可能性があるかと思ったが、この様子では無理そうだなぁ?」
他の勇者を見てみる。全員が少し場かり顔をしかめているが、弓だけは違う。なぜかこちらを睨んでいる。
「魔王を倒した暁には、帰還を望むならば当然、帰還させる事も出来る」
「絶対ではないと?」
「どういう意味だ?」
「出来る。と、言う返答では、失敗。もしくは、出来ない可能性もある」
「何をバカな。勇者召喚を行い異世界から勇者の素質を持つものを引き寄せたのだぞ?その反対も当然出来るに決まっているだろう?」
召喚が可能だから、帰還も可能と。・・・何だろう、危機管理というか、なんというか根本的に違う気がする。
「そうでした、あなた方は異世界の人間を拉致という大罪を犯していたのでしたね、失念しておりました」
「大罪だと?」
「ええ、異世界からお前らを連れてきた。衣食住をくれてやるから、魔王を倒せ。おや?異世界から無理やり連れてきた挙句、戦闘を強要しておきながら、提供するのは帰還と衣食住だけですか?」
大口叩いてるわりに大したことないよね?ってニュアンスを込めているが、通じているのだろうか?
「これ以上与えるものなど何もない勇者は戦闘能力は高いが、それ以外は、無駄だ。領地を与えたところで領民を困らすだけで、魔王を倒すのに使う以外勇者に何の意味がある?」
「いえ、まぁ、これだけ聞けば十分かとも思いますしね」
納得がいったと一人肯く。良い情報は得られなかったが、勇者を使うといった一言だけでも取れたし良しとしよう。出来れば他にも確認したことがあるが、文官では駄目そうだし。
「・・・どういうことだ?」
ふむ、兄さんに教えられたパフォーマンスだが意外と有効だと心の中で感謝しつつ、まずは文官を潰しておこう。
「この国にとって勇者は魔王用の使い捨てアイテムってところかなぁと」
「使い捨て?何を根拠に?勇者はこの国、いや、世界を救う希望だ。それを使い捨てるなどと」
心の中では使う存在として認識しているはずだが、表には出さない程度には心得ているか、先ほどの一言はたまたまか?
「普通はしませんよねぇ?ですが、戦闘以外では使い物にならないと。魔王を倒せば邪魔になる。それとも、魔王を倒した後は、人間同士の戦争に使い潰すつもりですか?」
「・・・なるほど、杖の勇者は人間同士の殺し合いを危惧しているのか」
武官が口を開く。文官に任せては、他の勇者達も断りかねないと危惧しての事だろう、文官を自らの影に隠し前に立つ。
「だが、その心配はない。魔王を倒し、帰還を望むなら、帰還を行う。永住を望むも、旅に出て世界を見て回るのも許可できる。世界を救った勇者なのだ、すべての国で歓迎される」
許可というからには、勇者は悪魔で自分たちの管理下に置くつもりか。
「では、勇者として魔王と戦う気もないので、今すぐ帰還を望んでも構いませんね?」
「・・・何故だ?」
「魔王と戦うつもりはない。逆に疑問なのですが、名前も知らぬ世界中の人々の為に、なぜ、自分の命を使わなければならないのでしょう?騎士ならば自分の矜持で民を護っているのでしょうが、自分は平民ですよ?」
「・・・貴殿に勇者の素質があるからだ」
「なぜ、この国の人間に勇者の素質がないのでしょう?」
「それについては、調査した結果だ」
調査方法あるのかよ!とツッコミを入れたいが、飲み込む。
「・・・調査できるなら、探し出せるでしょう?」
「勇者の武器の機能だ。武器には勇者の素質を持つものを調べることができる。だが、誰一人として、勇者の武器が反応した人間はいなかった」
それは調査とかじゃなくてただ単に総当たりで使える人間を探しただけだろ・・・。想像以上にこの国凄いわ、負の意味で。
「・・・勇者として力があると判断された場合は?」
「そのまま、勇者になってもらう」
「誰一人とし勇者の素質がなかったから拉致って来たと?」
「ああ」
「・・・他国では勇者が見つかっているのですか?」
「少ないが、勇者と呼ばれる人間はいる。だが、魔王討伐ではなく、人間同士の争いを収めたり、多種族同士の戦争に勝利したものに与えられる称号として勇者と呼ばれている」
「魔王討伐には力が足らないと?」
「その通りだ。対人間、対異種族と対魔王では必要になる強さは桁が違う。多数の人間に勝てるからといって魔王に勝てるわけではないな」
「最初に戻りますが、僕は一般人ですよ?それこそ、そこらの兵士よりもはるかに弱い」
「それは、ありえない。召喚陣より召喚された勇者は多数の加護を備えている、なにより、武器に選ばれたのだ。現時点で弱くとも、いずれ魔王に打ち勝つ力を得る」
「・・・こちらの方面で諦めてもらうのは難しいですかね」
力不足の線は駄目と。もとより一般人、ましてや学生を魔王討伐の中心にするのだから、鍛える必要があるのは想定の範囲なのか。
「もとより、諦めるつもりはない。勇者を揃える、兵士たちは今よりもより強敵に立ち向かえるように鍛え、そして魔王を討伐する。すべての国がそのために尽力している」
「・・・なるほど、・・・世界中で勇者が求められているのか」
他国へ逃げても、そこで勇者の素質があるとわかると魔王討伐に駆り出されるのか。他国も安全じゃないか。事前に確認するべき項目が一つ消えた。
「そこまで理解しているのだ、こちらの言い分もわかってもらえるだろう?杖の勇者殿」
「・・・ええ、わかります。が、それに応える義理はないですので」
「どこまで行っても平行線だと思わないか?」
ああ、これはあれか、ゲームでいうところの決まった選択肢を選ばない限り、永遠に選択肢を押し付けられるやつだ。なんて言うんだっけな?
「・・・折れるまであきらめないと?冗談にもほどがありますね。ここで国王でも殺せば話は終わりますよ?」
兵士達が構える。
「やめよ!・・・勇者殿、冗談にしてもやめていただきたい」
「言葉で妥協点がつかめないので、暴力によって終わらせる手段を提示したにすぎませんよ」
「暴力で決めるのは最後の手段なのだがな」
「あなたにとって最後の手でも、僕にとっては、最善の一手になりますよ」
「ああ、ちょっとこっちで説得させてくれないか?」
戦闘に発展しかねない言葉の応酬に、今まで沈黙を保っていた勇者が手を挙げた。