はじまり。(1)
『……私、貴方と旅に出るわ。』
そう言うと、キアは驚いたように息を吸い込んだ。キアの足は重りが外れたので自由だ
手首にはひとつずつ輪がはめられ、それを結ぶように鎖がついてる。
鎖だから、まだ読書したりすることが出来るのね。
と1人で頭の中解説をしていると
「姫君、ありがとな。」
とキアは笑った。
その笑顔がいきなりすぎて眩しく、今度は私の方が驚いた
「…貴方、そんな風に笑うのね。」
「一応笑うけど」
まるで、これで幼馴染を生き返らせることができる。とでも言うようだったので、私の心臓はまるで一瞬だけ大きい岩に潰されたように苦しくなった。
私、まだ能力を使えるかも分からないのに。
どうしよう エミリアさんを生き返らせることが私に出来るかしら….
私はキアの手首の鎖を切り、私達は牢の中から出た。さっきまで人がたくさんいた廊下は
シンと静まり返ってる
…どうしよう、キアとの会話でお父様の近くにいられなかったわ!!
大丈夫かしら…でもあの時の私の優先順位は絶対的に私の能力のことと、キアのことだったわ…
ごめんなさい お父様…
そう思っていると、キアは近くの壁にかけてあった笛を思いっきり吹いた。
あ、それさっきポーラさんが鳴らしてた笛かしら….?
すると、ポーラさんを含めさっきお父様や大臣達を運んでくれた他の牢の番人の方々がキアの牢の前に集まった。
最初は何が起きたか心配されたが私とキアが何もないようだと分かると納得したようだった。
「…ポーラさん…お父様の容体は大丈夫ですの??」
「ええ、問題ないです。陛下は救護室で対圧用の薬を飲まれて安静にしてるからもう大丈夫だと…
キア… 陛下が薬を飲んでから話してくれました。貴方が、旅を無事に終えることを私は心から願っています。」
良かった…お父様がご無事で…。
ポーラさんは優しそうにキアを見つめた。さっきはなんだかんだ言っていたが、ポーラさんとキアは仲は悪くはないと思う
どうやら、今回は特例でキアの釈放が認められたらしい。
「…ポーラ ありがとう
俺、お前が俺の牢の番人で良かったわ。」
「ええ、私も貴方ほど常識のもった受刑者は初めてで、とても助かりましたよ」
2人はなんだか共に戦ってきた戦友みたいだった。お互いを讃えるように見つめ合うと
ポーラさんはキアに背を向けて、他の番人達と他の仕事の事の話をもう話し始め歩き見えなくなった。
キアもポーラさんが見えなくなると私に「行くぞ」と声をかけてポーラさんが見えなくなった廊下を私と並んで歩き始めた。
*
お父様には、悪いけどお父様が救護室にいるうちに私はキアと旅に出掛けたい
じゃないと能力のこともバレてしまう…
それだけは勘弁してほしいですわ。
私とキアは建物内から出て、城の馬車が停まっているところまで出てきた。
私が馬車のドアを開けて乗り込もうとすると、キアは私を止めるように手首を掴んだ
一瞬だけど太く力強くゴツゴツした手で男の人の手はこんな感じなのね…
としみじみと感じた。
「これに俺らが乗ったらお前が引き連れてきた奴らが全員乗れなくなるだろ。」
確かに、馬車の数はギリギリだった。
それなのに大臣達の数は多い。
良く考えているのねーーー。
「じゃあ、何で行くつもりなの?」
そう聞くとキアは馬車を引く馬を指差した
”城の馬車”という肩書き付きなので引いている馬、一体一体が速い馬なのだけれども、その馬はたくさんいることで速さを誇っている
「あれなら、たくさんいるから一体や二体拝借しても怒られはしないだろ。」
「それもそうね。」
「姫君、馬の方は…?」
「大丈夫
柔なお姫様だと思ったら大間違いだから」
「それもそうだな」
二人して、顔を見合わせて目を細め口角を上げ作り笑顔で何故だか微笑みあった。
少し冷たい風が吹き抜けたようだった
うんと頷き合って馬車の馬を馬車との留め具を外そうと私が近くの馬に駆け寄ると
「ほら、姫君のれよ!」
と頭上から声がする
上を見上げるともうすでに留め具を外して
手綱を握って馬に乗ってるキアがいた
「…私、馬くらい乗れるわ」
「いいから
2人で乗った方が、馬車の馬が少なくならないだろ。」
キアが手を伸ばして待ってるので仕方なく
手を掴み足掛けに足を掛けキアの後ろに乗った
「乗ったわ。」
と私が走ってもいいと合図をすると、キアは
手綱を強く打って馬を走らせた
キアは手綱があるからいいけど私にはつかまるところがないじゃない。
…1人で乗りたかったわ
と、思ったけれど馬車に乗っている時が長かったので久しぶりに馬に乗ると風を切り風景が走り去るのはほんの少し一人で乗っていたなら不安に感じながら乗っていたと思う
だから、仕方ないわ。
手綱がないので、仕方ないからキアの服を掴む。そこで、私はキアがまだ囚人服だったのに気づいた。
ベージュの服で、シャツではなくて被るだけのタイプの服で、したもズボンだけど薄汚れていて破れそう。
「貴方、そういえば囚人服のままだったのね
城に着いたら着替えた方がいいわね。
そのままじゃ、元囚人ってことがすぐに分かっちゃうから」
「じゃあ…寄りたいところがあるんだけど
いい?」
と言って別れ道で城とは反対の方にキアは馬を走らせた。
こっちの方向は確か村があったはず。
吸血鬼の氷は置いてない、静かな村だった気がしたわ
私はただ黙ってキアの服の裾を掴み、馬に揺られていた。
*
キアは少しばかり馬を走らせた後、村に入り
村の中ではそこそこ大きい館の前で馬を止めた。今度は悔しかったから私が先に降りて
キアの方へ手を『支えに使ったら?』という風に伸ばすとキアは逆にニヤッと笑って
私の手を掴むことなくスルッと綺麗に降りた
……なんか、ムカつきますわ。
馬を館の前で繋ぎ、キアが館の方へ歩き出したので私も慌ててキアに遅れを取らないように歩いた。
館をみると確かに綺麗な館なんだけど、
芝や雑草が庭には手入れもされず伸び放題
館の壁には蔦が絡まっている。
手入れしたら、きっと綺麗になるはずなのに
キアは館の玄関に置いてある鉢植えを持ち上げて、何かをスルッと取った
なにを、とったのかしら…?
すると、キアはそのとったものを館のドアノブの鍵穴へ差し込んだ。
鉢植えの下に、鍵が隠してあったのだと私は気づいた。
鉢植えの下に…鍵。
そんな事を知っているのはこの館に詳しい人しか知らないわ。きっと
…キアはここに住んでいたのかしら?
館の中へ入るとキアは、
「じゃあ、俺は準備をしてくる
姫君は何かテキトーに見といて」
と幅の広いカーブした階段を駆け上って行った。だから慌てて
「この家は、貴方の家?そうでしょう?」
と聞いた。するとキアは答えることなく手を振って廊下へと消えた。
私はゆっくり部屋の中を見回すと
埃をたくさん被っていて、天井の小さいちょっとしたシャンデリアには蜘蛛の巣がはってある。
お父さまが亡くなって、牢屋に入れられてこの館を綺麗に保つことが出来なくなったのね
お母さまはどうしたのかしら…?
でも、聞くのはなんだかこの館にいないのだから聞きにくいわよね
かと言って、この埃まみれの館に何があるわけでもないし…
あ、そうだわ、キアのお父様の書斎があれば
能力のことや精魂の事を詳しく書いてある書物があるかもしれないわ!
テキトーに見ていいらしいから探しちゃいましょう!
……そう思ったのに、ざっと1階も2階も部屋という部屋は探して見たのに絶対あるはずの書斎が何処にもなかった。
それにキアは何処かに行ってしまったのか2階の部屋の何処にもいなかった
慌てて館の前の馬をみて見たけど、ちゃんと繋がれてて館の外に逃げたようなわけではなかった
何処に行ってしまったの…?
キアも書斎も。
うーーん。
”外に逃げたわけじゃなさそう”なのよね
じゃあ、まだこの館にいるってこと。
だけどキアはどこにもいない。
うーーーん…
…隠し部屋があるとか…?
これは、あるかもしれないわ!
吸血鬼研究者は表向きは普通の仕事をしていると聞いたことがあるから。
私は少し、埃っぽいソファに腰をかけて考え始めた。埃っぽかったけど座り心地には何の問題もなかったので良しとした。
考えられるのは
地下の部屋か天井裏の部屋ね。
けれど、書斎が天井裏にあるのはほんの少し危ない気がするわ。
抜け落ちたら大変ですもの
それに火災がもしあった時焼けてしまうわ。
じゃあ、地下にあると踏んで調べた方が良さそうだわ。隠し部屋ってことは必ず扉があるはず。それを探さなきゃ。
私は今いるリビングをとりあえず見回して見た。特に変わったものはない
暖炉と私が座っているソファ、テーブルそしてほんの少し小さい本棚だ。
この本棚は私の腰くらいの大きさだった
本の背表紙をみて見たけど『地図の本』や
『楽譜の本』また『植物の本』など何か細かいところの分野ではなく広い分野がまとまった本棚だった
『雪について』という本があったので
なにか、私の能力に使えるのがあるかなぁと思い手に取ってみると、とても分厚い本なのに明らかに重さが軽かった
慌ててよく見ると本の形をしたただの軽い四角いものだった
しかも、箱のようだが開かないし。
え、まさか…
そう思って他の本も出してみると厚さの割りに全部が軽く開かない箱
何か、確信に近いものが私を突き動かした。
私は本棚をゆっくり横に押して壁から離してみると
やっぱり…
あの本棚に隠れていたから小さいけど、ちゃんとした扉が私の前に現れた。ドアノブもある。しゃがんだら全然通れそうで私はしゃがみ込みながらドアノブを引いてみた。
けど、鍵が掛かっているのか
押しても引いてもビクともしない。
鍵がないとダメなのね……
あ、もしかして精魂に反応してるかも?
私の能力、精魂じゃないけど…
私は手袋を外して、鍵穴に人差し指をゆっくりと触れさせた。
すると、牢屋の時と同じで霜が張ったように
一瞬白くなったけど鍵は開かなかった
やっぱり…精魂じゃないとダメなのかしら。せっかく扉、見つけたのに
それとも、『鉢植えの下』みたいに鍵が隠してあったりしないかしら
私は手袋をはめ直して仕方ないから本棚をずらしたまま散らかしてしまった『本に見せかけた箱』を本棚に戻していった
すると、さっきの『雪について』の本をみてみるとなんだか面白い表紙をしている
薄水色の表紙で『雪について』なのに手のひらの形が書いてあって、まわりに氷の結晶が描いてある。
箱のようなのに開かない。ちゃんと開くように切り込みが入っているのに。これはただの本らしさを、出すための演出かしらね
それより、表紙がなんだか私のしている手袋と似ているからなんだかそっちの方が気になる。
私は、恐る恐る手袋を外して本の表紙の手のひらの形に自分の手のひらを重ねてみる
すると、表紙の手のひらの形は私の氷の能力で凍って行くのが分かった。
……やっぱり、ただの勘違いかしら。
このままこの箱のようなものが完全に凍ってしまったらどうしよう
と思った瞬間、箱がカコっと軽い音を立ててずれたのが分かった。
「え?」
慌てて箱から手を離して、手袋をはめ直して
箱に力を加えて見るとさっきは開かなかったのにいとも簡単に開いた。
何が入っているのかしら…
そう思いながら、ゆっくり開けてみると
入っていたのは銀色をした小さな鍵だった。