王女シャーロット(3)
物心ついた時にはこの能力が私にはあった
例えば、手鏡を使うとき、羽のペンで文字を書くとき…気がつくとそれらはすべて氷の塊になってしまった
アナベルの伝説によると「氷の能力がこの世界に現れると、吸血鬼との全面戦争が再び起こる」と言われている。この事を小さい頃から聞かされていた 私は、家族や、ゴドフィン周りの人々にはこの能力をずっと隠すことにした
吸血鬼との全面戦争を再び起こせば、またたくさんの血が流れる。
とりあえず今は、五つの村に散らばった吸血鬼が入った氷の結晶が溶けないことを祈るだけなのだ。でも溶けることはない
あれは 「永遠に溶けない氷」なのだから
自分の力をコントロールするのは難しい。
だから私はいつも手袋をしているのだ
じゃないと他の物まで凍らせてしまうから
力をこめると冷気が私の手から剣の方に乗り移ったのが分かった。すると、剣の持ち手から刃の方まで一瞬にして凍った。そこからは剣の刃の先や刀身の方まで”切れる”ところは氷で凍らせる。
私が刃を凍らせていると、デューイやその連れどもはそんなことには気づかず怒ったように襲いかかってきた
デューイの剣は勢いよく上から振り下ろされてきたので、私は素早く反応して氷で包んだ剣をデューイの剣と交えた。剣を交えるとキーンという高い音が鳴り響いた。
「んくっ…!」
流石に男の人の方が力が強いので私が後ろにずるずると押される。
「へっ! お嬢ちゃん
押されてるじゃないか。大丈夫なのかい?」
デューイは馬鹿にしたように笑って、
もっと力を込めてきた
「…全然大丈夫ですわ。」
刃から氷の力を流し、デューイの剣に圧をかけるとデューイは私が押された距離よりずっと後ろに押された。さらに圧をかけるとデューイの剣はデューイの顔付近まで押された。
「…くそっ…!」
私の氷の力の圧のせいもあるけど、踏ん張りかたが甘いのだ。デューイは私の剣を押し返すことが出来ずに、逃げるように剣を離した
デューイは信じられないという顔で私を見ていた。
周りは何が始まったのかと、立ち止まる人が増えてきた。
…まずいですわ。
事が大きくなるとお父様にバレてしまうかもしれませんわ。このへんで終わりにしときますか。
すると、今まで驚いて黙ってみていた連れのお友達がヤケクソのように私に向かって走ってきた。
すると、デューイは連れの友達に向かって慌てたように制止した。
「…あ、おい!やめろ…!」
連れたちはその時には私に向かって来ていたので今更止まれるはずもなく、私に上から剣を振り下ろそうとしてきた
「…終わらせようとしていましたのに。」
剣を振り下ろそうとしているから、胴の部分に隙がありすぎる。胴の部分に剣の刃の部分を当て素早く剣を引いた。その連れの一人はみるみるうちに倒れて行く
すると、周りから悲鳴、後ろのゴドフィンは
慌てたように
「シャ、シャーロット様っ!!?」
と声をあげた。
周りから見れば胴の辺りを斬ったように見えただろう。いや、斬った連れの1人は斬られたかと思い地面に倒れている。
…よく見ると気絶してますわ。
私に向かおうとしてきたもう一人の連れは怯えたようにデューイと逃げ出してしまった
「…わたくしは『馬の星ひとつ』よ。見かけで判断されては困りますわ!」
そう聞こえるように言うと、馬鹿にされたのがスッキリした。
…私としたことが。
根に持っていたのね
お嬢ちゃんと言われ見くびられていたことが
そう思いながらゴドフィンの方に振り向き
「ごめんなさい。 待たせたわね」
と言うと、顔を蒼白にして震える声でゴドフィンは言った
「シャ、シャーロット様はあの輩を殺してしまったのですか!?」
「…ゴドフィン…
私だって一国の王女ですわよ。人なんか殺しませんわ。」
呆れたように言うけれど、ゴドフィンはまだ信じられないように口を魚のようにパクパクと動かしながら何か言いたげだった。
仕方ないわねぇ。
倒れている連れの人に駆け寄り、頬をぎゅっと摘まむ。
「ほら、起きなさい 私がゴドフィンに殺人者扱いされてるじゃない。」
「………っ!?………たたた痛たたた!!」
男は初め、生きていることと、私が目の前にいることに驚き、「ひっ…」と悲鳴をあげて怯えたように慌てて逃げて行った。
私との差が「白鳥の☆一つ」と『馬の☆一つ』では一回りもランクが違うということにデューイという輩は気づいたのに。
でも、剣を氷で包んどいて正解だったわ。
じゃないとあの人は確実に真剣だったからゴドフィンが言ったように死んでいた。
それに、この手袋。
手袋を取らなくても氷の力が発揮できるし
勝手に凍っていかないし、破れない。
これは本当にアナベルの手袋かもしれないわ
…お洋服を台無しにしてしまったのは悪かったけど少々やりすぎてしまったかしら。
*
金色の髪をなびかせながらシャーロット様は
こちらに振り返り駆け寄ってきた
まさかここまでとは。
確かに国王陛下に内緒で軍の剣術師に剣を教わった…というのは噂に聞いていた。
だが『馬』ランクというのは師範になれる人も多い。それに、軍の将校も『馬』ランクが非常に多いと聞く。まぁシャーロット様はまだ☆が一つしかないが。
☆を一個あげるのにかかるのは短い人で五年長い人で十五年はかかると言われている。
さっきの輩だって、
決して弱い方ではないと思う
シャーロット様には素質があるのだ。
「ゴドフィン…これ、返すわ。」
そう言って勝手に取られた剣をこちらに向けてくる。
「…勝手に取られてはこちらも驚きます」
そう言って取ろうとすると
「やっぱり…まって。」
といきなり制止され、シャーロット様は目をつぶり剣の持ち手を強く握りながら深く深く深呼吸をした。
目を瞑った顔がほんの少し険しい
どうしたものか。と思いつつもその様子をみていると冷たい冷気が一瞬顔の横を通り抜けた。何が起こったのかと自分の耳を触るとほんの少し冷たくなっていたが手の温度ですぐに冷たくなくなってしまった。
「…ありがとう。
この剣はとても良い剣ですわね」
気づくと、シャーロット様は持ち手を私の方に向けて微笑んでいる。
「…あ、はい」
シャーロット様には時々長年付き人をしているのに分からない時がある。
それが今のような時だ。自分では思ってないと思うのだが、悲しげに微笑んでいるのだ。
でも、それを敢えて言わない
言ってはいけないような気がするからだ
渡された剣の持ち手を握ると、耳のように
ほんの少し冷たくなっていた。
まただ…。
それに、私は輩をしっかりと斬ったように見えた。刃も当たっていた。なのに何故
斬られてなかったのか。
うーんと考え込んでも謎が深まるばかりだ
すると、
「ゴドフィン!
あちらのフルーツをみましょうよ!
南国から取り寄せたものもあるらしいわ!」
とシャーロット様はさっきの微笑みとは違う綺麗な微笑みで楽しそうにいった。
…無邪気で天真爛漫なのはいつになったら
収まるのか。
まったく。
「いいですけども。
このバケットに入った魚が腐ってしまいますよ」
シャーロット様は『腐るの?!』とでも言うように目を丸くしていた