ビバップの夕暮れ
初めての音楽についての小説です。
短編なのでさらっと読み流して頂ければ幸いです。
ビリー・エクスタインこと“B”は悩んでいた。
流行っていたスウィングジャズを捨て、新しい音楽”ビバップ“のバンドとしてどう暮らしいけばよいのか葛藤していた。
Bはボーカルでバンドリーダー、腕っ節が強く人種差別の強い1940年代のアメリカで白人にも盾突く強者だった。
当時、ビバップというジャズは白人にうけなかった。それは黒人が作り出した音楽ということもあり、まだ根強くスウィングジャズが国民の音楽だった。
それでも新しい音楽への探求心と黒人達がもつプライドがビバップへとBのバンドを推し進めていた。
バンドにはすでにビバップの産みの親といわれる二人の天才”バード“と“ディジー”がいた。
二人とも時代を先取りする才能と、それを支えるテクニックをもったスーパープレイヤーだった。
それに対し、Bは人を従えるカリスマ性とプロデュース力が先行する策略家だった。
それと同時に、常に保険をかけるリアリストでもあった。
Bは常に負けない喧嘩しかしないのだ。
仮りに負けたとしても英雄になれる。
子供の頃からそんな勝負しかしていなかった。
音楽もそうだった。
貧しい生まれの彼は常にまわりにナメられないよう心がけた。
それは直感などではなく、彼が成長するとともに身につけた観察力から生まれたものだった。
ナメられたらどこまでも堕ちていく、そんな環境だった。
Bはビバップが素晴らしい音楽だと心から思っていた。
今までのありきたりな音楽ではなく、毎回演奏するたびにどうなるかわからない、まるでボクシングのような打ち合いを感じる、より”ライブ感“を堪能できる新しい音楽。
西洋音楽にはない黒人がもつリズムが作り出す、緊張感溢れる音楽だ。
Bはバードとディジーを見つけたとき、“これは当たる”と確信した。
だからこそ、二人をバンドに入るよう口説いた。
しかし、最近になって違うのではないかと悩んでいたのだった。
いったい何が違うのか?
それは彼が少年時代に感じたことと重なる。
一人の幼い女の子が、ハーレムの一角に迷い込んだ。
白い息を吐き、あたりをキョロキョロと眺めている。
5歳ぐらいだろうか?
自分の妹と同じぐらいの背丈の女の子を見て彼は思った。
彼女は白人だった。
小綺麗なコートを着ている…、親とはぐれてしまったのだろう
Bは知っていた。まだ10歳にもなっていないが、このままだと彼女には一生取り返しのつかないことが起こる。
まだ、人種差別の強い時代だった。
黒人と白人は互いに対立しあい、憎しみあっていた。
1917年、イーストセントルイスでは黒人が仕事を持つようになったのが原因で、白人からの無差別殺戮が行われ、それが発端で黒人の暴動が起きた。
そんなことがアメリカでは各地で起っていた。
無論、中にはそうでない者もいたが当時は喋ることさえ異端と言われていたのは紛れもない事実だった。
Bは仲間達の目を気にし、顔を服で隠しながら女の子に声をかえた。
「おい、迷子か?」
女の子はただ頷くだけだった。
Bはため息をつき、路地に潜むゴロツキ達の目を盗み、女の子を白人の住宅街まで連れていった。
「お前、良い服着てるな」
頷く女の子。
「金持ちはいいよな、まったく」
ただ黙って歩いているのも嫌だったから、歌を歌うことにした。子供らしいデタラメな自分で作った歌だった。
女の子も良く考えもせず、合わせて歌いだした。
そうやってしばらく歩いていると、なんとなくBは妹のことを思い浮かべていた。
肌の色は違うが、同じようにキョロキョロ回りを見て、ボーッとしているかのように見えるが、突然走り出したりする。
「お前の親は馬鹿だな」
白人街にさしかかるところだった。
突然大人の罵声が聞こえた。
白人だった。
「黒んぼが!どっから来やがった!!」
Bは走って逃げ出した。
あの女の子はどうしているのだろうか?振り返るとただただボーッと逃げているオレを見ていた。
「オレたちは受け入れられない」
突然呟いたせいでバンドメンバーの一人に変な顔で見られた。
「どうしたんです?演奏前にハイになってるんですか?」
「いや、なんでもない」
楽屋で少し休んでいた。
昨日白人のオーナーが、”黒人が調子にのるな”なんてナメたことを言ってきたことが原因で急遽演奏をする店を変えた。
一日目ということもあり、失敗は絶対にできない。
ここがダメならもう後がない、ツアーは失敗に終わってしまう。
「ミスターB、第三トランペッターが倒れました」
突然ドアが開いたかと思うといきなり言われた、まっく運がない。
オレは黒人であるがゆえ、ビバップはヒットはしても受け入れられないであろという遠い未来の不安と、自分のバンドが潰れてしまうとう限りなく近い未来の不安にBは頭を抱えたまま黙ってしまった。
結局どこに行ってもヘタを掴まされるのか。
「B、第三トランペッターを連れてきたぞ」
イロイロと悩んでいるオレを見て、ディズは気を使ったんだろう。ソバみたいに細い体をしたガキを連れてきた。
「ディズ、そいつは組合員証を持ってるのか?」
「もちろん持っています、ミスターB。それにディズとバードの曲は全部覚えている」
しょうがなく、どこぞの知らない17歳のガキを使うことにした。
演奏前、かるくセッションをした。
案の定つかえない。気難しく、ヘロイン中毒者のバードが叫んだ。
「耳障りだ、ミュート(弱音器)をつけろ!」
ガキは渋々ミュートをつけて演奏することになった。
観客のウケは良かった。どうにかやっていけそうだった。
演奏が終わり、悩みを解消できないオレは、バンドメンバーが帰った後で楽屋で酒を飲んでいた。
表から急にトランペットの音がした。
それは今までにないフレーズだった。陽気なスウィングて゛も激しいビバップでもない。冷たく穏やかなフレーズ、そしてどこか優しい。ただ”クール“とだけ思った。
表にでるとさっきのガキがいた。
トランペットの先にはバードに言われてつけたミュートがついている。
「坊主、それどこで聞いたんだ?」
演奏をやめるとガキは言った
拍手が聞こえ、振り向くとディズがカウンターに座っていた。
「これは自分で考えました」
「すごいな、まだまだ下手くそだが見込みがある」
「オレは高校を卒業したらニューヨークのジュリアード音楽院に行きます、そしてあなたやバードのようになりたいんです」
音楽院だと?バードもディズもそんなとこで学んでいない、体で音楽を学んだんだ。院にいる白人たちから何を学ぶというんだ。
「坊主、ビックアップル(ニューヨーク)に来るときは言ってくれ、またセッションをしよう、今日は良いものが聞けた」
ディズはそう言うと去っていた。
「ミスターB、ここにいる間オレを使って下さい」
ガキは細い体と違い図太いヤツだった。
「ひとつ聞いていいか、ディズもバードもあんなフレーズを吹かない。なのになんであいつらみたいになりたいなんて言うんだ?」
「…二人とも自分のスタイルを持っているからです。オレはオレにあったスタイルを探しているです」
「そのためなら白人から教えを受けるのか?」
大人げなく凄んでしまった。ガキは少しビビったようだった。
「…オレは良い演奏ができるんだったら赤い目で紫の肌をしたヤツとでもバンドを組みます」
思わずニヤけてしまった。こいつは面白い。
「坊主、名前は?」
「マイルス、マイルス・デイヴィスです」
これが後に“モダン・ジャズの帝王”と言われる男との出会いだった。
誰しもがきっとどこかで思っているんだ、音楽は誰にでも優しい。
黒人にでも白人にでも。いやきっと坊主の言う”赤い目で紫の肌の奴”でも。
きっとそうあるべきだ。
なぜかマイルスのトランペットを聴いたときにそう思ったんだ。