ユメの続きを
「はあああぁ……」
どうしたものか。
白い部屋にある、白いベッドの上で、私は深いため息をした。
どうでもいいが、ため息というものは、するとリラックス効果があるとかないとか。
……そんなくだらないことを考えないとやってられなかった。
私は、あと一か月の命らしい。
なんといっても、現実味がない。
実感が湧いてこない。
まあ、湧いても良いことはないだろうけど。
人間いつかは、死がやってくる。
それは、頭では分かっていたつもりだ。
分かってはいたが、こんなに早くその時がやってくるとは。
「はああああああぁ……」
考えを巡らせど、ため息しか出てこない。
なにしろ、どうしたって、結果は分かり切っている。
どうしようもない。
そんなこと言われたって、この先どうしろと……。
ああ、私は“この先”がなくなる運命だったか。
……如何せん、そういう運命の体だということが、受け入れられてない気がする。
いや、実際受け入れていないんだ。
だから、こんなに比較的、楽観的なことを考えられるのだろう。
……いや、もうこんなことしか考えられないのか?
もしかして、私はもう、気がおかしくなってたりして。
「はあああああああああああああぁぁぁ……」
私はいいけれど、いや、良くないけど。
それにしたって、残されるあの人は、どう思うのだろう。
結婚して、2年。
子供は、いない。
まさか、一緒になった人が、こんなにも早く一緒に居られない存在だったなんて。
……とんだドッキリだな……。
何考えてんの、私。ドッキリじゃすまされないって。
そんなことを考えていたら、病室のドアが開いた。
「よう」
そう言って入ってきたのは、夫だった。
「よー」
私はなんとも気の抜けた返事をした。
「なんか、今は調子よさそうだな?」
「まーね。あと一か月なんて、信じられないくらいですよ」
嘘だけど。
頭やらお腹やら、ほぼ全身痛いですよ。
今まで、痛みを我慢してきたから、それが当たり前みたいになってきただけですよ。
お医者さんに聞いても、病名が分からないらしい。なんと原因すらも。
今の医学でも解明できないものはあるんだなーと、思い知ったのであった。
医学が進んでる今、万能だと思っていた頃が懐かしー。
「ばか。そういうこと言うんじゃない」
夫が目をそらしてそう言った。
たぶん、「あと一か月」という言葉を聞きたくなかったのだろう。
それでも、お医者さんが言ったのなら、間違いないんだろうから。
しょーがない。
「はーい」
とりあえず、返事だけ、しておいた。
そして、少しの沈黙。
ま、そりゃ、2年一緒にいれば、そんなことはざらにある。
付き合ってた頃は3年だから、正確に言えば、5年一緒に居ることになるのか。
今、私と夫が置かれた状況ではあるけれど、
……余命言い渡された妻と、何を話すものなのかな。
今日はいい天気だなー、とか?
ま、今、外は雨がザーザー降りですが。
この人は、どう思ってるんだろうな。
……こんなことになっちゃったことを。
とんだ詐欺ざぜ!結婚詐欺だろこれ!みたいな……?
んなことは、さすがに思わないか。
うん。きっと、多分、思ってない!……え、思ってないよね?
思ってないと私は信じてるからね!!
それにしても私、さっきからふざけすぎじゃない?
我ながら、やりすぎかも、なんて反省してみる。
一緒に居て5年。
沈黙したって、気にしないことも増えたもんね。
別に、私は、いつも通り、沈黙を受け入れればいいんだし。
それにしても、この人は、私なんかと一緒に5年も一緒に居てくれたんだよなあ……。
……別に、自分を卑下してるわけじゃないよ。
……誰に言い訳してんだ、私。
「ねえ」
そう言って、先に沈黙を破ったのは、私だった。
なんか、久しぶりに、この人との沈黙が、嫌になった。
「なに?」
夫は、できるだけ優しい声で答えたのだろう。……そんな気がした。
「私との5年間はどーでしたか?」
なんとなく、聞きたくなったから、聞いてみた。
「最高です」
即答だった。
おい、夫よ。なんだ、最高って。
聞いておいてなんだが、なんていうか。
「そーですか」
としか、返せない自分。
「お前は?」
なんて、こいつは聞き返してきた。
「最高でしたよ」
なんだ、私もおんなじこと言っちゃうんじゃないか。
人のこと、あれやこれや言えないなー。
「幸せでしたか?」
こんなことを口走ってる自分がいつのまにか、居た。
「当たり前だろ」
即答だった。
ついでにこっちを睨んできた。
なんだ、このやろう、と、負けじと私も睨んでやった。
「お前は?」
なんかすごんで、言ってきやがった。
「目の前に同じく」
より一層睨んでやった。
「幸せ?」
すこし、不安げな顔になった目の前のやつに、そう言われた。
「だから、そう言ってるでしょーが」
私は今、どんな顔をしているだろう。
「幸せ?」
何度言わせれば、気がすむんだ、夫よ。
「幸せ」
そう言ったら。
いきなり、夫が抱きしめてきた。
びっくりしたじゃないか。まったく。
夫が耳元で言う。
「俺……も、 幸せ……だから……!」
あらまー、泣いちゃったよ。この夫は。
子供みたいだなあ。私はあんたのお母さんじゃないんだから。
妻ですよー。
ほんと、私は、この人の妻で居られたらよかったのに。
これから先も、ずっと。
この人の傍に居たかったのに。
なんで、それが叶わないんだろう。
なんで。どうして。
どうしてこうも、人生ってうまくいかないんだろうか。
そんなうまくいかない人生も、私は終えてしまうのか。
そんなことを考えて、うまくいかなかった人生がふと愛しく思えた。
そんな人生でも、この人と、出会えた。
この人と、夫婦になれた。
「幸せだなあ……」
私の声は震えていた。
「ばか。幸せなら泣くんじゃない」
震えた声のままの夫が言った。
「あんただって、泣いてる」
「泣いてないわ。お前の方が泣いてる」
「これは、嬉し泣きだからいいの」
「……なんだよ。それ」
そんなことを言い合って、私達はそのあと、しばらくずっと泣いていた。
私達は泣き疲れるまで泣いて、夫はまた明日くると言って、病室から出て行こうとした。
「待って」
気付いたら、声が出ていた。
「なに?」
そう言って夫は振り向いた。
夫の目は赤くなっていた。
「またね」
私は、そう言った。
「うん。大丈夫。ちゃんと明日くるから」
「……分かった」
私がそう言うと、夫は俯いて、病室のドアを閉めた。
「……」
病室の静寂が、怖くなった。
「また明日」
その言葉を聞いて、ひどく安心した自分がいた。
でも、それも束の間だった。
「また明日」
それが、約束されない日が、必ず訪れる。
あの人は、どんな思いでそれを言ったのだろうか。
きっとあの人も怖いのだろう。
明日が来ることを願いながら、そう言うのだろう。
「……また明日……」
私は一人、そう呟いた。
私は、寝ることにした。
この先、あの人と一緒にいて、いずれは子供を授かって。
家族として居ることを、想像した。
私が笑って、あの人が笑って、まだ見ぬ我が子が笑って。
そうだ、うんと幸せな家庭にしよう。
あの人と、ずっと幸せでいよう。
そんな幸せな夢をみよう。
前作「夢の続きを」は夫視点
今作「ユメの続きを」は妻視点
として書いております。
ご拝読ありがとうございました……!!




