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あの戦から約150年の時が経ち、俺は再びこの世に生を受けた。
転生だとか前世の記憶だとか、そんな夢虚言をかつては信じてなんかいなかったけれど、これもひとえに死に際の執念というものか。
『もし生まれ変わって、またこうして出会えたら……その時は、絶対にあんたを守るから』
我ながら格好付けたことを言ったと思う。
生まれ変わったとしても、その時俺達が俺達だって分かるとも、俺が剣を持つ身であるとも限らないのに。
現に俺は今、重い剣の代わりに芳香な湯気の漂う繊細なティーカップを片手に携えている。
「リーシャ様、お茶のお味はいかがかな? こちらの茶葉はかの敗戦国、ロッドヘルク王国でしか手に入らないギッシュの花のものでね、今日訪れる貴方のために特別に用意したんだ」
無論、この甘やかな声は俺のものではない。
目の前に座る無駄にキラキラしたオーラを放つ男に、俺はティーカップをソーサーに置くと柔らかな微笑みを浮かべた。
「ええ、とても美味しいです。上品な甘さで飲み易いですし、花の香りでしょうか? 口いっぱいに豊かな香りが広がって、まるでお花畑にいるような気分です」
ぞぞぉ。
心にも思ってない言葉をつらつら並べて、思わず鳥肌が立つ。
なにがお花畑だ、俺の頭の中がお花畑かっての。
しかしここは公式の場。相手の機嫌を損ねるわけにはいかない。謂わば剣を交えない戦場。俺の今後の人生を左右する、絶対に負けられない戦いの渦中なのだ。
「ああ……リーシャ様……、噂を聞いた時はどのような者かと思っていたが、ただの俗言に過ぎなかったらしい。なんて可憐で美しいお人だ」
真っ白なテラステーブルに身を乗り出すと、目の前の男はうっとりとした表情で俺の手を握ってきた。整った碧眼からは熱の込もった視線がとめどなくが注がれる。
ブツブツと更に浮き立つ鳥肌に、だらだら噴き出る冷や汗、脳内に響く警報音。
耐えろ、耐えるんだ俺。微笑みを崩したら終りだ俺。ここで耐えねば今度こそハゲオヤジに勘当されてしまう。
「私の心は既に貴方に囚われてしまったようだ。どうか正式に、私との婚約を受け入れ――ぶふぉあッ!?」
無理だった。
気付くと俺はテーブルの上に乗っていた高級ケーキを目の前の男の顔面へ投げ付け、手を振り払うと庭園を全力疾走していた。
だってあの野郎ってば事もあろうに俺のでこにキスしてこようとしたんだぞ!? 無理無理無理無理。気持ち悪いを通り越して吐き気を催すわ。
それに正式に婚約を受け入れろだって? 冗談じゃない。オヤジにけしかけられ、顔合わせという名のお茶会をするだけの体でやって来たのに、そんなもん受け入れられるか!
「リーシャ様!」
甲高い女の声が背中に届く。
侍女のハルアだ。またしても俺の逃亡に遭ったことにより、オヤジに叱られるに違いない。
申し訳ないとは思うが、それでもここばかりは譲れない。男と結婚するだなんて、絶対に嫌なのだ。
ドレスの裾を持ち上げ、綺麗に剪定された中庭の垣根を目指す。
全く、誰が想像したことだろう。
自分が女として、新たに生を受けることになるなんて。