神様、これは嘘だと言ってちょうだい。
『誰か私を殺してください。』の続きです。
今回はヒロイン目線の話。
前回の続きなので一応残酷の表記を使ってますが今回はさほどいじめやグロを思わせる描写はありません。
これは少し前から繰り返される過去と現在の話。
とある夢を見た純粋でそれ故に残酷な少女が一人いた。
少女は馬鹿で強欲だった。
何故なら自分の待ち望んだ夢物語の最終がこのような結末になるとは思っていなかったのだから。
「これがあなたが待ち望んだ最終の結末なんでしょ?」
そう、はっきりと笑顔で言われた言葉の恐怖を、気付かなかった過ちを、少女が気付いたのは全てが終わった時だった。
◆*◆*◆
物語の始まりはいつも春だった。
あたしは7回目の春に気分ルンルンで髪と目と同じ桜色に彩られた校舎に足を踏み入れる。
「ヒロイン」
そう、それがこの世界でのあたしの、天龍寺永久の、絶対的な立ち位置なのだ。
なぜそんなことが言えるのかって?だってこの世界は“ゲーム”の世界なんだからっ!
あたしは1度死んで前世の記憶を持ったまま生まれ変わったの!あたしもまさか生まれ変わったら自分が前世でしてた乙女ゲームに転生するとか思ってもなかったわ。
ああ、ありきたりな展開でちょっとだけガッカリしたけどそんなものはどうでもいい。
だってだって!やっとあの攻略対象達と現実で会えるんだから!
あたしは浮かれていたわ。
それはもう餌を与えられて無我夢中でそれにかぶり付く馬鹿な魚みたいに。
「……うそよ、ありえない、だって、うそ、こんな終わり(エンド)なんかあたし知ら…」
何度も繰り返してはあたしが望むルートを探し続けた。だから毎回エンディング間近であの“悪女”が前触れなく消えると同時にリセットされてあの春の日に戻される度にあたしは攻略する人を変えてきた。
最初の春は学校で問題児として先生からも生徒から実の親からも毛嫌いされている金髪でピアスまでしてる不良先輩キャラの浅間龍。
2回目の春はこちらも先輩で学校の人気者で先生や生徒から熱い人望がある容姿端麗で頭脳明晰な美青年生徒会長キャラの二宮竜夜。
3回目の春は寡黙で目付きが悪いから話しかけづらく他のキャラより攻略難易度が少し高い無感情キャラである先輩の辰前麻紀。
4回目の春は少し気弱でお菓子大好きオトメンなんだけど本当は正義感が強くて守ってあげたいけど守られたい系同級キャラの井藤雅。
5回目は笑顔や雰囲気は女の子より可愛いのに本当は腹黒くて隙を見せれば痛いところをつついて脅してきちゃう系後輩キャラの鋪村桐生。
6回目は一応全員クリアしたようなものだからあたしが待ち望んでやまない逆ハーエンドのために変化球で校長とか教師陣から攻めてもみたわよ。
でもそれでも何故か逆ハーエンドにならなくて、でも只の逆ハーはつまらないからあたしは勝手に作ったの。
あたしの、あたしだけの、あたしのためだけの、新しいシナリオを。
本来このゲームには無かったものがあった。
それは“悪役”。
このゲーム自体に“悪役”というもの自体が存在しなかった。
だからあたしは作った。あたしを引き立たせる脇役であり、攻略対象が騎士であたしが皆から愛され守られる本当のお姫様になるために“悪役”の“悪女”を。
あたしの計画では“悪女”が騎士や生徒達から制裁され学校から追い出され、無事全員に愛され守られてハッピーエンドになる予定だった。
最初の春に龍の友達っていうあの普通の女子生徒を“悪女”に仕立て上げて着々とあたしは逆ハーへと向かっていた。
7回目の春、待ちに待った“悪女”への制裁イベントがやっと発生した。
でも、その終わり方は、最終がこんなものになるなんてあたしは考えてもなかったし、知らない。こんなふざけた終わり(エンド)なんてゲームで見たことない。
なんで“悪女”が死ぬの?
なんで、“悪女”は、彼女はあんなに嬉しそうに笑って死を受け入れたの?
そう、あれじゃあまるで、逆ハーエンドを待ち望んでいたあたしみたいじゃない。
周りからは耳を塞ぎたくなるくらいの叫び声、大量に飛び散った血に驚き泣き喚く声、中には状況が理解できずに笑い出す奴がいた。
うそよ、そうだわこれはゲーム、“悪女”が死んだんじゃなくてこれはまた前みたいに消えただけ。
ならまたリセットされてあの始めの春に戻るんだわ。
そういえば、あの“悪女”が消えてからリセットされていたけど、“悪女”はどうやって姿を消していたのだろう?あたしはこれまでの“悪女”が消えた瞬間を見たことがないし、そもそも“悪女”は本当に消えていたのだろうか?
もし、もしも、リセットされていた理由が“悪女”が、彼女が死ぬ――自殺していたことでリセットされていたとするなら、これは、この7回目の春の物語は一体どうなる?
あたしはただ、彼らを一人占めしたかっただけなのに。
あたしはただ、ちやほやされて特別な存在になりたかっただけなのに。
――――あたしは、
“悪女”は、彼女は、本当なら今頃は私の頼りになる先輩になっていた筈の吉田凉は笑いながらあたしに言った。
「これがあなたが待ち望んだ最終の結末なんでしょ?」
ね、ぇ。
これが本当にあたしが望んだ最終の結末?
ちがう。違う違う違う違う。こんなエンディングなんてあたしは望んでない。望んでないし望むわけがない。
だって、これじゃ、この終わり方はあたしが待ち望んでいた逆ハーのハッピーエンドじゃなくて、それとは逆のバッドエンドじゃない。
あたしを守るように立ってくれている竜夜も、麻紀も、雅も、きー君も、この思いもしなかった結末に顔を青ざめている。
龍に至ってはいつの間にか赤い水溜まりの出来た場所にまで行って下駄箱を掴みながら何か言っている。
目には涙が溜まっている。
この騒然とした中、あたしは独り空間から除け者になったような感覚になる。 同時に胸の奥が痛くなる。何かを突き付けられたみたいにナニか刃物が刺さっているみたいに痛みがズキズキビリビリ響く。
呼吸がまともに出来ない。ひゅー、ひゅー、掠れた空気の音があたしの口から聞こえている。
だれか。だれか、お願い、いるか知らない、けど、あたしを転生させた神様でもいいから
神様、
「これは嘘だと言ってちょうだい」
「どうして?」
「これがお前が待ち望んでいたことなのに?」
「ああもしかしてまだ何か足りない?」
「ねぇなんで?何が気に食わない?」
いきなり前から声が掛けられた。それは知らない声。声に釣られるように顔をあげる。
前を向くと周りの皆が、目の前にいた4人が、下駄箱の近くで泣いていた龍が、あたしを見ていたことにあたしはようやく気が付いた。
その中に、いた。
いつの間にか下駄箱の下から出されていたらしい彼女を大事そうに抱える顔のよく似た2人の見知らぬ男子生徒の姿。ネクタイの色は青色、つまり彼らは1年生。
茫然と周りからの視線を浴びていることすら忘れかけていたあたしに彼らは口を開く。
「お前の快楽のためだけに遊ばれ続けたのにお前が待ち望んでいた結果が気に食わなかったの?」
「過ぎた時間を巻き戻して良いとこだけスロー再生とかしたいわけ?」
彼らは何が言いたいのだろう。いや、分かってる、あたしは彼らが言っていることが分かる、その場にいた誰もが彼らの言葉に耳を傾け見ていた。だけど、それ以上は何も聞きたくな――――!!!
「ようやくね解放されたんだよ。姉さんはやっとまともに死ぬことが出来たんだ」
「姉さんは役目を終えてやっとこの生き地獄から脱け出せたんだ」
――でもね、憶えておいてよ
綺麗な顔をした2人。
どこか面影がある顔。
アア、そっか、彼らの笑顔は死ぬ前の彼女に似ている。
血まみれになった2人の男子生徒はそう笑顔で耳を塞ぐあたしにハッキリと、彼女が残した胸の痛みに被せるように言葉のナイフを突き立てた。
「「姉さんは7回とも全てお前が殺したんだよ」」
7回目の春。
この繰り返され続けた春。あたしはこの“現実”を前にして自分が犯した罪に気が付いた時、何もかもが遅すぎた。
8回目の春はもう来ない。