問い
私は、罪もない人を殺してしまった。それは許されることではない。なぜなら、尊い命を奪ってしまったのだから……
それは、いつの話だっただろうか。それからもう十数年は経っただろう。
牢屋から出た私はなんとか社会復帰することができた。
そして、今は本の出版業をしている。
簡単な仕事ではない。毎日のように残業をしている。だが、それが逆に心地よかった。
辛いことが何年間も病んでいた私の穢れを祓ってくれる気がした。
出版業をしだしてもう七年が経とうとしていた。私もあの事件のことを忘れかけていた。
そのときだった。私はとある小説家と出会った。
彼は何をするにも無気力で、いつも遠い空を見ているようだった。だが、彼の小説にかける才能は秀でていた。
彼はどんな作品でも書くことができた。恋愛、SF、ミステリー、ファンタジー何を書いても読む人を作品の世界に引き込んでいった。
彼の才能に興味を持った私は彼の担当になることを上に強く志願し、彼の担当になることが叶った。
そしてある日、私は彼と小説の打ち合わせをしているときに問うてみた。
「君は、どんなジャンルの作品を書いても素晴らしい作品が出来上がる。それはなぜなんだ?」
彼はいつものとおりどこか遠い空を見ながら話し出した。
「僕なんかの作品に魅力があるとは思いません。ただ、強いのです」
私は「何に強いんだ?」と問うた。すると彼は一度茶を飲み、再びどこかを見ながら話し出した。
「死に……です」
私はぎょっとした。そしてすぐに、「面白いことを言うやつだと」言ってやった。すると彼は口を開かなくなった。私が「悪かった」と言うと彼は「僕の小説はあるか」と言ってきた。私は鞄から彼の小説を出した。彼は小説を手にとり、パラパラとページをめくりながら嘆いた。
「僕は死の小説しか書けませんから……」
確かに、彼の小説は暗いイメージの作品ばかりで、「死」を使うことが多かった。
「僕は死に強いのです。どこの誰よりも。死神よりも」
私は何が彼にそこまで言わせるか気になって仕方なかった。私には彼は何か残酷な過去を持っているような気がしてならなかった。そこで私は彼に問うてみた。
「君は過去に親しい人が亡くなったりしたのか?」
彼は表情をひとつも変えずに「いいえ」と答えた。そして、彼はそれに付け加えるように言った。
「私には親しい人なんていません。過去にも現在にも、これからも……」
私はそのとき彼は何かに強く絶望していることに気づいた。
「そんなことはないだろう。親はいたはずだよ。仮に君が捨て子だったとしてもだ」
私は彼の言葉に歯向かうように言った。私は彼に怒ったとか、そういうことではない。だが、なぜかそうしてしまったのだ。
「オヤはいました……」
彼は過去形で言ったので、私は「今はいないのか?」と問うてみた。すると彼は表情も変えず、いつもと同じ調子でこう言ったのだ。
「はい。オヤは殺しましたので……」
私は驚愕したのと同時に彼が天に届く階段を上から降りてきて、私と初めて対面したかのような気持ちになった。
「そうか……実は私も人を殺したんだ」
彼はまるで興味のないことを聞かされたように「そうなんですか」と言った。私は無意識的になぜ親を殺したか問うていた。
「あなたは、飯を食うことに、寝ることに深い理由を持っていますか?」
彼は問いを問いで返してきた。私はそれに驚いたのと同時に彼が人を殺すことに何も思っていないことと、本気で親を親しい人として見てないことに気づいた。
「君の過去に何があったのか、詳しく聞かせてほしい」