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夢見草


 夢見草


「思い出した。いいものがある」


 ジャーベックは宇宙服のポケットから大切そうに小さなカプセルを取り出した。


 俺といえばそれどころではない。半狂乱で彼の襟首をつかんでゆさぶりながら叫んだ。


「助けてくれ。誰か、助けてくれーっ」


 偵察艇が破壊されて彼と二人、宇宙空間に身一つで放り出されたのが3日前。


 俺達の他に生存者はいなかったらしく、懸命の呼びかけにも雑音が返ってくるばかり……。


 無駄な努力は生命維持物質を浪費するばかりと悟った俺達はなす術もなくぼんやりと暗闇を漂っていたが、さすがに残された酸素がもうあと5時間分しかないと知った時、とうとう俺の理性のたがが外れてしまった。


 知らず知らずのうちにジャーベックに掴み掛かり、泣きわめき始めたのだ。


「これ、姉貴の形見なんだ」


 俺は思わず、襟首を放して彼の手元を覗き込んだ。


 そういえば、二人でこうなるまでは彼とプライベートな話をしたことがなかった。


 何光年も離れた星の出身同士がこうして一緒に死線をさまよう事になろうとは、人生は不思議だ。


「姉貴が言ってた。死ぬ前に一度見てみたかったって。夢のように美しいらしい。何時か開けてみようと思っていたけどなかなか機会が無かったんだ」


 確かに今はそれを見る残された最後の機会かもしれない。


「これを見てから気が狂う事にする」


 冷静に見えたジャーベックだったが彼も俺と同じに恐怖と戦っていたのだ。


 彼はそっとカプセルを開いた。


 開かれたカプセルから3センチばかりの丸い物体がこぼれ出た。


 宙に浮かんだそれは乳白色に輝きながら次第に膨らんでいく。


 時には桃色に、時にはうす紫に輝きながら。


「真珠のようだ」


 ジャーベックは引きずり込まれるようにうっとりと眺めている。


「なんだ、これは」


「夢見草だ。地上では決して見る事のできない花だ。宇宙空間でだけ開花する。我々の星域にはなかったが、花好きの姉がどこからか手に入れてきたんだ。いつか平和になったら宇宙アパートに住んでスペーステラスでこの花を育てるんだと張り切っていた」


 白い光の球の膨張は約1メートルで止った。


 その時にはすでにその球がガラスのように透き通った薄い花びらの集まりであることが明らかだった。


 内部に発光組織があるらしく柔らかい光がゆっくりとした周期で七色に輝き花びらを通して周囲をぼんやり照らした。


 ジャーベックと俺はその様をただ無言で眺めていた。


「開花だ」


 球の頂上から紡錘形の花弁が一枚ずつ開いて行く。


「ジャーベック、この花は俺の故郷の花に似ているよ。(はす)って花だ。極楽に咲くと言われてる」


 どれだけの時が過ぎたのだろう。すべての花弁が開ききった後に夢見草はきらきらと光りながら静かに回転し始めた。


 暗闇の中、七色の光がゆっくりと点滅し、周囲にこぼれる。


 前にも、この光を見た。


 ずっと、ずっと昔……。






 不意に視界が開け、俺は地上に居た。


 ごみごみした小さな下町の雑貨屋の玄関。


 そしてこの戸を開ければ…。俺はドアノブをそっと握った。


「なにしてんのよ。帰ってきたんでしょ。こそこそしないで挨拶ぐらいなさい」 


 後ろを振り返ると姉貴が立っている。


 俺にも姉が居た。どうしようもない不良の俺をいつも庇ってくれた。


 傭兵部隊に志願した時も最後まで見送りに来てくれた……やさしい姉。


「ただいま。って言わないの?」


 声にならない声をあげて俺は姉貴にしがみついていた。


 そのとたん。


「人生そんなに甘くないんだよっ」


 姉は俺の首をいきなり絞め始めた。






「きっと姉貴が助けてくれたんだ。あの花は姉貴の生まれかわりだ。」


 隣のベッドでジャーベックが感極まった様子で呟く。


 夢見草の発光パターンにより催眠をかけられ仮死状態になった俺達二人は、代謝の低下が幸いして、あれからなんと2日後に発見されたにもかかわらず一命を取りとめたのである。


「うん」


 俺は複雑な気持ちで肯いた。


 俺の首にはあの花の触手に付けられた赤い絞扼創がまだ残っている。


 しかし、さすがに医師もジャーベックには言いにくかったらしい。


 あの花は生命体を仮死状態に陥らせ、首を絞めた上で栄養とする食肉植物だったとは……。


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