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不幸月

 不幸月



 不幸月、私はそう呼んでいる。

 どんよりと不幸っぽい、どろりと糸を引いて垂れ下がったようなあの月が大嫌い。



「どこまで融けるんだろう」

 横のタローが呟く。

「昔、テラフォーミングに失敗してあんなになったんでしょ」

「ああ、重力発生装置を打ち上げて、同時に月のコアを表面に流出させて大気を作る予定だったのに、化学反応が強すぎたんだ、一部が吹き飛んで軌道が全然変わってしまった」

「バカよね、ほっといても来ただろう人類滅亡を欲をかいたおかげでもっと早めてしまった」

 地上を埋め尽くすかと思われた人類が、あの失敗のおかげで激減した。

 セカンドボトルネックと言われる、今も語り伝えられる悲劇の大転換期。

「欲望をかなえる前に、人類は欲望のコントロールをする術を見出すべきだったわよ。まったく科学を信奉しすぎた報いだわ」

 タローの腹の虫が鳴いて、私も空腹に気がついた。

「地球を二つ作るより、もっと地球を汚さないで、自分たちが食べる分だけの食べ物を作ってそれで満足するべきだったわよ。それ以上の技術や発展はいらなかったのよ」

「皆、口を開けばすぐそれだ」

「当たり前よ。温かい寝床と、家族。そして必要なだけの食べ物、それ以外何がある?」

「科学」

 呆れた。

 そのために村から追放されたのよ、あんた。

 禁じられている古書を読み漁り、変な実験なんか繰り返すから……。

「科学を放棄することが正しいって思ってるなら、もう帰れよ」

「帰るくらいなら、追いかけて来ない」

 睨み返した私の目が怖かったのか、タローが急に顔を上げて天を指差す。

「最近とみに形も軌道も変わってるんだ」

 下弦の月から斜めにびろんと垂れ下がった、幾つもの雫のような変形は確かに以前よりはっきりしている。

「大変動の時ほどじゃないけど、潮の満ち干も気候もさらにおかしくなってる。このまま放置していいもんか」

 真っ直ぐに向けられたタローの瞳が焚き火に照らされてきらりと光った。

「科学を捨てず保存している人達がきっとどこかにいる。彼らを探しあてて協力して何とかしないと」

「別にタローが行かなくても」

「僕の読んだ古書の知恵が役に立つかもしれない。それに僕らが滅びに向かうのか、また繁栄できるのか、僕は見極めたいんだ」

 ひとつ小さなため息をついて、消え入るような声でタローが呟く。

「君のためにも」

「うそつき」

 私の叫びに、タローが哀しそうな顔をした。

 馬鹿。君のためだなんて言って、本当は自分の疑問の答えを解決したいだけじゃない。



 不意にタローの手が肩に伸びた。唇に冷たい感触。

 いつもまじめな顔して、私なんか目に入らないような振りして。

 こんな事できるなんて、思わなかった。

「ついて来てくれるんだろ。これからも」

 科学なんか、どうだっていい。月が融けても構わない。

 だけどお願い、不幸月。私と彼を離れ離れにしないで。

「だけど融けきったらどうなるんだろうな、月……」

 きゅるる、空気を読まない私の腹の虫が鳴いて、タローはあわてて肩の手を引っ込めた。



「明日には天文台跡に着く。実のなる木があったと思うから、我慢して」

 タローがすまなそうに私を見る。

 お腹さえいっぱいにすれば、私が幸せだと思ってる。

 私の肩を抱きながら月の事を考えてる、月馬鹿。

 この人といても、絶対一生幸せになれない。



 でも、私けっこうこの不幸に納得してるの。



 人の気も知らないで、タローは思索に耽っている。

 ふと見上げた不幸月が、くすりと笑った気がした。


                                 

                            了

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