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こちら辺境急患室

 こちら辺境急患室



「トム先生、急患です。ドロイケ星のヌメール人です」

 当直室のインターホンが金切り声で叫んだ。

「ちょっと待って。何、そのヌメール人って」

「トカゲ科の知的高等生物。生命維持気体は汎用Oタイプ混合気。ちなみに狙撃されて全身蜂の巣です」

「ええっと、OタイプのOって酸素だったっけ」

 研修医のトムが生物図鑑を持って慌てて急患室に駆け込んだ時にはすでにヌメール人と思われる青とかげが流血しながらベッドの上に寝ていた。だいぶ重傷らしく看護師が寄ってたかって処置をしている。

「じゃ、後はよろしく」

 上機嫌で、当直時間の終わった先輩のジーンがトムの肩をたたいた。彼は頭の上の青い触覚を嬉しそうに震わせて、ドアのところでにやりとして叫んだ。

「今日デートなんだ。呼んでも無駄だよ、ボクいないから」

「そ、そんな」

 思わず後を追おうとしたトムの前に、塗り壁のようながっしりとしたヒューマンの女性が立ちはだかった。白衣の大天使こと看護師長のクラチニコワである。

「先生、言っときますけど、今日は生命維持装置が一つしか空いてませんからね」

「え、なぜ。急患当番日だろう」

 ボンバ星域辺境にある3病院が持ち回りで急患を専門に見る日を決めているのであるが、今日はこの医療ステーションがその当番なのだ。当然、生命維持装置が必要な急患がたくさん来ることが予想される。

「さっき近くで輸送艇が事故って使っちゃってるんですよ。かろうじて残ったのは一つ」

 トムが文句を言う暇もなかった。

「せんせー、早くっ」

 ヌメール人を診ていた看護師から悲鳴があがる。

 地球からきたばかりでヒューマノイドしか診たことがないトムは両脇から抱えられるようにしてヌメール人の前に引きずり出された。

 いきなり、ヌメール人の息が止まる。

「え、えっと。き、気道確保」

「はい」

 クラチニコワがすでに用意していた挿管用チューブを差し出す。これを気道の中に挿入して、ここから肺に生命維持気体を送り込むのだ。

「でも、人以外やったことない……」 

 トムの右手に握られたチューブが小刻みに震えている。辺境手当てを目当てにここに就職したことを彼は心から後悔した。

 むず。

 後ろからクラチニコワがトムの右手を掴むといきなり二人羽織の要領で振り下ろした。

「わあっ」

 挿管チューブがいともすんなりと挿入されていく。慌てて生命維持装置をつなぐ看護師達。肺が膨らみなんとかヌメール人に呼吸がもどった。

「フリーズするくらいなら、一か八かですよ」

 クラチニコワがウィンクした。 

「先生、こっちも!」

 トムが新しい患者の方に行こうとすると、トムの身長の半分しかない毛皮を着た人々が彼の周りに集まって来た。白衣を引っ張る者、しがみつく者。トムの迷惑を顧みずそれらの人々は口々に訴えた。

「勇者様を助けてくだされ」

「竜を退治して、傷を負われましたのじゃ」

 やっとの事でベッドにたどり着くとそこには血だらけの筋骨粒々とした剣士が横たわっていた。

「先生、息が止まってますっ」

「そ、挿管チューブを」

 肩で息をしながらひとつ覚えの気道確保をしようとするトムにチューブを渡しながらクラチニコワは冷たく言い放った。

「先生、挿管しても生命維持装置はありませんよ」

「あ」

「手動で人工呼吸しときますか?」

 人員削減のため送気バッグを押す人手が無いのは明らかである。おまけに一番近くの病院までは高速艇をすっ飛ばしても7日かかる。思わずトムは挿管チューブを婦長に返した。

「え……」

 殺気を感じて後ろを振り向くと勇者様を連れてきた人々が槍や刀を手にして無言で成り行きを見守っている。

「勇者様を見殺しにしたら、皮を剥いで蒸し焼きにしてやる」

 ひときわ立派な毛皮を着た赤銅色の顔をした長らしき男がぼそりとつぶやいた。

「そ、挿管チューブ」

 トムは顔を引きつらせて慌てて手を差し出した。

「さっきのヌメール人の挿管チューブを抜きますか?」

 クラチニコワが声を潜めて囁く。

「いや、一度入れたチューブを抜けば殺人……」

「悪い奴だそうですよ、あのトカゲは。悪徳高利貸でたくさんの人達を自滅に追い込んだそうなんです」

 睡眠時間以外はほとんど働いているのに、なぜか師長は噂にさとい。

「今のままでは、どちらか一人しか助けられませんよ」

「かといって」

 生命倫理と現実の間で揺れるトムは助けを呼ぶように周囲を見回した。誰かに知恵を借りたいが、ジーン先生はデートでいないし他の先生は学会で留守である。

「そ、そうだ。外科の呼び出し当番は誰だ」

 その途端、急患室中がしいんと静まった。

「ダリ先生です」

「デーモン・ダリか」

 宇宙で一番危ない医者、医学に魂を売り渡した男と噂される彼は今まで何度と無く医師免許を停止されている。が、ただそのあまりに華麗なテクニックのおかげでほとぼりがさめたころに、いつも再発行を許されているのだ。

「本当にいいんですね」

 クラチニコワはトムに念を押すと、通信機を手に取った。

 数分後、薄汚れた白衣に無精ひげの小男が急患室に現れた。

「ひひひっ、今日の私は何を切り刻めばいいのだ」

 幸か不幸か、今日のダリはやる気満々である。

「集中治療の必要な患者が二人いて、生命維持装置は一人分しかないのよ」

 トムが答えるより早く、クラチニコワが簡潔に説明した。

「なあ、頼みがあるだよ、若いの」

 歯が欠けた目付きの悪い男がトムの白衣を引っ張った。服装からして勇者様取り巻きの一員だ。

「移植の時使う臓器維持液をこのバケツ五杯ほどめぐんでくれないか」

「何するんですか」

「今からそこで腑分けをするだよ。星海中央市場では竜のぴちぴちの臓物は高く売れるもんでな」

 きゃあああっ。

 急患室入り口で看護師達の悲鳴が上がった。

「問題は解決したよ」

 悲鳴の方向を見てダリは不気味に微笑んだ。

「ただ、それには君の協力が必要だ」

 後ずさるトムにデーモン・ダリの影が重なった。




「もう、沢山だっ」

「あせるのではない、若人よ。ごおおおお」

「あぢぢぢっ」

 まだ身体の把握ができてないらしい勇者様は、火炎を吹き出してトムの頭を焦がした。いくら頑丈な三つ首竜の頭部といっても熱いものは熱い。

「トム先生」

 反対側の頭がトムに話しかけた。

「医者だって安泰じゃありません。あくせく働いて稼いだのが半端な金じゃ夢見ていた優雅な老後は来ませんよ。実は、一攫千金のいい話が……」

 青とかげの高利貸しは途切れること無く念仏のように呟く。いつの間にか洗脳されそうで、トムは叫んだ。

「もういいですっ」

「まあ、そう言わずに金は貸しますよ、けけっ」

「勘弁してくださいっ」

「こうして一つの身体を共有しているのも一つの縁。身体が再生されて脳が再移植されるまで、時間はたっぷりあるようだし。ゆっくり説得させてもらいますよ」

「助けてくださあああああい、ダリ先生っ」

「けけけ、ダリ先生は休職処分中らしいが」

「なんですってぇ」

「落ち着け、若人よ。ごおおおお」

「ぎゃああっ」

 脳死していた火吹き三つ首竜に脳移植されて1週間。一つの身体に宿った三つの脳は生体維持装置一つで何とか生き延びることができた。最後に残った頭に誰かの脳を入れないと生体維持が出来ない。と半ば強引にダリの手で移植されてしまったトムの脳であったが、すでに精神の限界を通り越している。彼は再移植の日を一日千秋の思いで待ちこがれていた。

 しかし。


「この漫才最高ね」

「トム先生、この方がみんなの役に立ってるわ」

 3人をモニターで見ながら、ナースセンターで皆が再移植延期嘆願書に署名をしていたことなどトムは知る由もなかった。


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