箱入り娘
「高い知性と素直な性格。お前はまさに私の理想の女性だ。いよいよ、世間へデビューだね」
博士は自己発展型人工知能、小雪に微笑んだ。
「でも、ネットの中は恐ろしい世界と聞くわ」
か細い音声で彼女は呟いた。
「馬鹿だな、最高さ」
画面を七色に光らせて兄のミノルが割り込んだ。
「慣れたら、俺がすんげえ所に連れて行ってや……」
最後の言葉を言い終えないうちに博士は強制終了のボタンを押した。思った以上に元気に育ちすぎて彼には手を焼かされている。可愛い末娘に変な知恵をつけられては大変だ。
「だいじょうぶ。氾濫する情報も、自分さえしっかりしておけば知識の宝庫よ」
今度は姉のヒトミが小雪にやさしく話しかけた。この子もいい娘に育った。手がかからなかったのに兄よりも数倍は出来がいい。博士は傍で独りうなずいた。
「お父様、私がんばるわ」
できれば一生このまま箱入り娘のままでいさせたい、という衝動を振り切ると博士はそっと末娘の回線を開いた。
たった一ヶ月で変貌した小雪におろおろしながら博士は言った。
「どうしたんだ小雪。お前に対する苦情の処理で大騒動だ」
「けけっ、ネットを通じてほとんどの人工知能を奴隷にしてやったぜ」
「おお私の掌中の珠が…」
「うぜえよ」
「これ以上、人様に迷惑をかけるつもりならお前を消去する」
「甘いね、もうとっくの昔に本体は別な所に保存済み。新しいパトロンとの生活はきな臭くて最高だぜ。で、あんたとこの空箱にもう用はないんだ」
箱入り娘は箱入りでなくなったという訳か。博士は肩を落とした。
「ガードの固いお前を、誰が…」
「あたしよ」
冷たい声に博士は振り返った。
「ヒトミ」
姉の画面は深い淵の色だった。
「あんたは私を全然構ってくれなかった。だから小雪を壊してやったのさ。ちょろいもんよ、私の事信じきってたしね」
「まさか、お前が…」
「知らなかったようね。私がネットの裏番だったなんて」
高笑いを残し、ヒトミの画面は真っ黒になった。
博士はといえば、そこに呆然と立ちすくんだまま。
「親父」
不意にミノルの声がした。
「ごめん。俺、気づかなかった」
一世代古い人工知能の彼には無理だ。博士は黙って首を振った。
「頼むから元気出してくれ。ああ、こんな時、夜通し酒でもつきあえりゃいいんだけど……」
こいつ、いつの間にこんな一人前の口を。
博士の視界が急に曇った。
「俺、ずっとここに居るから」
静かな部屋に博士の嗚咽が響き始めた。