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トワイライト・ローズ

 長い石の回廊にかすかに響く振動を感じ、青年は息を止めた。

 彼は歩みの速度を落とし、右手を剣の柄にそっと手を置く。ついさっきまでかすかな振動にすぎなかったが、今でははっきりと感じられる音に変わっている。

 何かが勢いよく近づいてきている。

 鋭い視線を回廊の突き当たりから微動だにさせず、彼はゆっくりと息を吸い、呼吸を整えた。

 吹き付ける風に灰色のマントが翻り、華奢だが引き締まった体が垣間見える。

 地響きが風圧となり、青年の身体に緊張が走った。

 黒い点が見えた次の瞬間、視界いっぱいに砂埃が舞い上がり、その中から人の背丈くらいもある雷獣と大刀を振り上げた筋肉質の壮年の剣士が現れた。

「トワイライト・ローズ、お前に恨みはないが、最強の名を誇るお前を倒さなければ武者たちの信を得ることができない。これまでお前の刃の元にたくさんの戦士が倒れて行ったが、これで最後だ」

 顔を赤くしてまくしたてる剣士を無表情に見上げて、黄昏の赤いバラの色をした瞳の青年は口を開いた。

「私も別にお前達を恨んではいない。恨むべきは、お前達のその心の中に私を倒さなければ世界を統べる王になれないという観念を植え付けた神だからな。お前たちはむしろ犠牲者だ」

「ええい、戯言を」

 雷獣が唸りを上げて、飛び掛かる。

 二組は一瞬のうちに交差した。

 わずかな静寂の後、悲しげだが、勝ち誇った咆哮を上げ雷獣が倒れた。

「わしの身代わりになってくれたか…」

 倒れた雷獣の頭にそっと手を置くと、剣士はそっと倒れている青年の方に近づいた。白い大理石の回廊を青年の首から出た毒々しいほどの赤い血が染めている。

「トワイライト・ローズ。とどめだ」

 男の大刀が白い首に振り下ろされた。

 そのときローズと呼ばれた青年はさっと身体をかわすと手に隠し持った丸い筒を軽く吹いた。

 剣士が右目を押さえて仰け反る。と、同時にローズの剣が一閃し、男の胸を貫いた。

「血糊か……汚い奴め」

 剣士は吐き捨てるように言うと、絶命した。

「戦いにルールは無い。勝つことが正義だから」

 ローズ色の瞳が一瞬きらりと閃いた。

「皆、私のように躊躇無く人を殺せる生き物は抹殺しなければならないという。良心を持たないものに生きる資格はないと」

 彼は首を傾げた。良心の意味は理解できる。しかし、なぜそれが自分の本能よりも善なのかはわからない。

「私が生きてはいけない者ならなぜ、彼らの崇める全能の神は私を存在させたのだ」

 なぜかはわからないがきっと自分のように冷徹に人を殺める人間が必要なのだ。厭われようとも、蔑まれようとも生きなければならない。彼には妙な確信がある、正義の名のもとに幾人の刺客が来ようとも、そのすべてをうち破り、自分はこれからもこのように生きて行かねばならない、と。

「理由など、ない。心のどこかで…」

 生きろ、と言う声がする。

 髪を風になぶられながらローズは長い回廊に立ちすくんでいた。

 



「これは我ながら優秀なプログラムだった。あれのおかげで武力によって統一できる勇者の芽を摘み取っていける。この(ガーデン)は武力で統一されることなく、神に従順な民の調和によって継代(けいだい)されていくのだ」

「それならいっそ、武力とか争いという概念自体を彼らの意識から奪ってしまってはどうなのですか」

 傍らで弟子が首を傾げる。

「種は、停滞しても滅びてしまう。常に可能性を秘めた活力ある次世代を作り出すために、ある程度の抗争は必要なのだ。もし、平穏すぎて寿命が延び世代交代が沈滞すると、その種は遠からず全滅する。しかし、武力での大きな抗争を率いることのできる武者達の出現もまたこの美しい情景を一気に無くし、滅ぼす可能性がある」

「この種が美しいままに続いていくには、命を奪うことに罪悪を感じない彼らが強い個体を間引いていく事も必要なのですね。愛を説く人間と同じくらいに……」

「ああ、末永い世界の繁栄のためには我々が良い管死者(かんししゃ)であることが必要なのだ」

 庭師(ガーディアン)は黙り込むと、彼が管理する美しい街並みと田園風景をモニターからじっと見つめ続けた。

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