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world.8 百獣の王

「始め」の合図で始まった、加賀峰以外との初・対人戦。

相手は、訓練室で偶然出会った、宍戸強丞。


俺は少し前まで、ただの学生だった。

普通に考えれば、勝ち目なんてないだろう。でも。


「(今は勝てなくてもいい。今重要なのは、この戦闘で何か、吸収することだ!)」


自分より遥かに体型のいい宍戸に、一直線に突っ込む。

考えなしに突っ込んだわけではない。


「!?」


突然の突進に、宍戸が目を見開く。

完全に想定外といった反応だ。


「くっ!」


宍戸の動きが一瞬、止まる。

その一瞬のスキをついて、腹部に向けて蹴りを放つ。

しかし、間一髪のところでよけられてしまう。

勢いのままに前進、一瞬、視界から宍戸が消える。


とっさに目を閉じ、『不可視=可視』を発動する。

実際は見えていない映像が、脳に映し出される。

背後から拳を突き出している宍戸の姿が、鮮明に。

宍戸に背中を見せたまま、横によける。


「!? なるほど……それが『不可視=可視』の力か!」


そのまま、後ろを見た状態で宍戸に裏拳を叩き込む。


ちょっと待て、腹筋固っ!?


「なるほどな。能力は自由に使えるようになっているようだな」


「ああ、発動だけならな」


「ふむ。それなら、本番といこうか」


「本番?」


「ああ。…………『人体=獣』、発動」


言った瞬間、宍戸の全身から毛が生え始め、牙が生え、爪が鋭く伸びる。

その姿は……


まさに、獅子。


「それが、アンタの能力か……!」


「そう。自身の体を獣のものに変化させる。当然……」


宍戸の身体がぼやける。

話す際にかなりの距離をとったにも関わらず、宍戸は一瞬にして俺の懐に潜り込んでいた。


「身体能力も、獣のそれだ」


俺の身体は、宙に浮いていた。

遅れて腹部に激痛がはしる。どうやら殴られたらしい。


「予想よりは育っていたが、まあまだ一週間だ。それも仕方ないだろう」


俺を見上げて呟く宍戸。次の瞬間、宍戸が俺をめがけて飛び上がる。

空中ではよけられない。


それは、『常人』の話だ。


俺の瞳が、怪しく光る。

『不可視=可視』、発動。


視界に映るのは、少し先の未来。


宍戸の放つ拳の軌道を、目に焼き付ける。

……いける。


未来の拳が俺の身体を通り抜ける。

そのあとを追うように、全く同じ軌道で放たれる『現実』。


「まだ、終わんねぇよ!」


事前に知っていた軌道の拳が当たる瞬間、その拳を左手でつかむ。

自分の落下、そして宍戸自身の飛び上がる勢いを拳に上乗せし、思い切り叩き付ける!


「ぐう…………!」


床に叩き付けられる宍戸。

これなあ、少しはダメージが……


「想定以上だな」


「まじかよ……」


ダメージ、ほぼ無し。

どうしたらダメージなんて与えられんだよ……


宍戸から少し離れたところに着地した。

さて、ここからどうしたものか……


「お前、本当にここに来て一週間か? やけに戦い慣れている気がするが」


「紛れもなく一週間だよ。まあ、その一週間、訓練三昧だったからな」


「なるほど。やはり鍛錬は裏切らないな」


苦笑する宍戸。

その表情からは、楽しくてたまらないといった感情がにじみ出ていた。


「まさか、新入りとの模擬戦でここまで昂ぶることができるとは、思ってもいなかったな」


本当に楽しそうに笑う奴だ。こちとら全く笑えねえってのに。


「いやあ、スマンな。こういう性分なんだ。昔は、よく戦闘狂と呼ばれていたな」


「戦闘狂……」


わかる気がする。

ここに来たとき、一番最初に印象に残っていたのは、メンバーの覇気のなさだった。

必死に明るくあろうとするなかにも、隠しきれない不安がにじみ出ていた。

他の星を、自分の星の二の舞にしないために頑張っているのは本当だろう。嘘偽りはないだろうと思う。

それでも、ここにいるということは、自分の星は既に滅んでいる。滅ぼされている。

仮にアリスを倒せたとしても、それは変わりなき事実だ。

もう、元には戻らない。

アリスを倒せば、白ウサギは解散だろう。

そうなれば、ここのメンバーに、帰る場所は残されていない。


全員が、そんな不安を抱えていた。

それが、どうだ。


宍戸は、そんなことお構いなしと言わんばかりに、心の底から笑っている。


「アンタは、不安じゃねえのか?」


「不安? 何がだ」


「アリスを倒せば、白ウサギは解散するだろう。その後、アンタに居場所はあるのか?」


言うと、宍戸はまた笑う。

なにがおかしいんだ?


「確かに、全て終われば、星の滅んだ俺たちに帰る場所はないかもしれん。だが、それがなんだ?」


「え?」


「先のことなど、考えても始まらん。そうなってから考えれば良いんだよ。だいたい、それは白ウサギメンバー全員に言えることだ。ならば、解散などする必要がなかろう。アリスを倒すためにではなく、お互いがお互いの居場所になるために、ここに残れば、それでいいではないか」


ガッハッハッハ、と。

また楽しそうに笑う。


「そうだな。せっかくできた仲間だ。別れる必要なんて、ないよな」


馬鹿みたいだな。俺。

そんな簡単なことだったんだ。

ここにいるメンバーは、全員同じなんだ。

アリスの被害者。全員同じ境遇だ。


「どうせ、嘆いたって始まりはせん。ならば、少しでも楽しんだ方が

、気が楽であろう?」


「たしかにな」


そう言って、俺たちはしばらく笑いあった。

俺は、今回の模擬戦、何か得るものがあればと思って、受けてたった。

確かに、得るものはあったな。




戦闘なんかじゃない。

もっと、大切なものを。






「なんだ、もう来ていたのか」


宍戸との模擬戦の後、いつも通りに訓練を続けていると、加賀峰がやってきた。


「いつからやっていたんだ。汗だくじゃないか」


「起きたのが4時だから……4時半くらいからか」


いまの時刻が7時だから、軽く2時間半くらいやってるのか。

休憩も挟んでるから、実際はもっと短いと思うけど。


「2時間半か。最高記録は?」


「30分射出数6000で、被弾56」


「ふむ。なかなかの成長スピードだな。被弾数が50を切れば、前線にも行けるだろう」


被弾数50か……なんとかなるか?

いや、けど、最高が56ってだけで、まだ安定してその数値は出せない。

せめて、あと一週間は必要か。


「わかった。なるべく早く前線に出れるように努力する」


「あまり焦るなよ。しなくてもいい怪我をするかもしれんからな」


「わかってる」


答えると、加賀峰は鷹揚に頷き、訓練室を出て行った。

扉をくぐる際に、後ろを向いたままこちらに手を振っていった。


「さて……続きだ!」






‐‐‐‐とある星


「ふむ。ここでもありませんか。本当にどこに行ったのでしょう」


荒廃した星の廃墟のなかで、紫色のテンガロンハットをかぶった男が呆れたようにため息をつく。

テンガロンハットの下からは、紫色の猫耳が覗いている。


「このあたりで一番近い星は……地球ですか」


そういえば、地球といえば……

男はそう呟いて、ニヤリと口の端をつり上げる。


「もしもあの御方が地球にいるのだとしたら……面白くなりそうですね」


その呟きは風にかき消され、誰の耳にも届かない。

強い風が吹く。

その瞬間、呟きと同じように男の姿は消えていた。






白ウサギアジト、その一室……


「あの人は……」


薄暗い部屋の中心で膝を抱えて座る少女――――歌川双は呟いた。

その表情には、確かに悲しみが浮かんでいた。


「そんなはず……ないよね」


あの人はもういない。そんなこと、わかっていたはずなのに。

何を期待しているんだろう。


「バカみたい……」


小さなその呟きは、誰の耳に入るでもなく、暗闇に溶けて消えていった。

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