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黒鶺鴒  作者: 美紅
11/20

華の色

ようやくこの方の登場回に辿り着きました。


新地にお世話になりますが、ここで織史は自分を見詰めていきます。


 中庭での騒動があった翌日、織史は追い立てられるように馬車に乗せられ、霄雲と龐公とともに東宮庭から別の場所へと向かった。

 道中、霄雲から簡単な説明を受けたが、龐公が「会えば分かる」などと言って、話しを切ってしまったので、詳しくは聞くことができなかったのだが、今度の場所は以前にも話題に上っていた、【ガデン】という場所らしい。

 そこには、“カギョ”と呼ばれる人物がおり、その人物の力を借りるというのだ。

 ガデンには衛士が常駐しているから、駒羅と彬矢ともここで別れることになる。馬車に乗る直前、彼らが静かに一礼したことで、織史は何となく悟り彼らに深く頭を下げた。

 織史は短い間だったが、お世話になったふたりに何かお礼をしたいと考えたが、既に馬車に揺られている状態ではできることなどないので、次に会うまでに考えておこうと心に決めた。


 華殿がでん

 その名の通り、そこは大きな花園が広がる場所だった。色とりどりの花々が咲き乱れ、木々も風に葉を揺らしている。どの花かは分からなかったが、風に乗って甘い香りが鼻を掠めた。

 大きな門は瀟洒しょうしゃな曲線を象った、欧州調の彫刻を思い出させ、織史は一気に別の世界に来てしまったのかと錯覚をするほどだった。その門を潜り、通された屋敷内もやはり黰宮とも東宮庭とも趣が異なり、廊下は板張りではなく全て石造りである。室内にあっては、黒檀の窓枠や猫足の椅子、装飾の施された卓子テーブルなどは、思わず見入ってしまうほどに芸術的で美しかった。それでも、金や銀などの煌びやかなものが少なく、色味も控えられた調度品が整然と並べられた様は、品の良い和洋折衷の客間、といったところだろうか。

 織史は霄雲に促されて席に着いた後も、このような場所の主にお世話になるなんて、とても申し訳ない気持ちになり、心苦しさでいっぱいだった。

 しかし龐公も霄雲も、何か別に考えるところがあるようで、「心配はいらない」と告げた後は、小声で何やら意見を言い合っていた。

 そこへ、小気味良い足音が廊下を歩いて来た。

「突然、何の用だ」

 背後の扉が開かれ、不機嫌極まりないと言った顔で一人の人物が入って来た。

 足音からも苛立ちを響かせて、織史たちの横を通り奥の上席に向かう。

 顰めているがその容貌はくっきりとした大きな瞳が印象的で、日本人形のように静かな美しさを持っている。それに反して服装は男物の型を身に纏い、大股でズンズンと進む姿は男性のようにも見える。小柄ではあるが、飾り気も少なく声色も女性としては低い。前もって女性であると聞いていても、目を疑いたくなる程だ。

「先日の礼と詫びなら喜んでお聞きしよう。勿論、申し開きがあるというのなら一緒にな」

 怒気を抑え、嘲笑うように言いながら席に着くと、その人物は龐公を見据える。

 龐公は微かに溜息を漏らして視線を外した。その様子を見て取った霄雲は、代わりに口を開く。

華圉かぎょ殿。此の度はお忙しいところ――」

「あぁ、堅苦しい挨拶はいい。今は煩い奴も居ないしな」

 霄雲の口上に割って入り、華圉は視線を逸らしている龐公に冷めた眼を向ける。

「…でしたらお言葉に甘えて…。早速ですが、今回はお願いしたいことがあって参りました」

「またか」

 露骨に顔を顰めて頬杖をつく華圉に、もう一度霄雲は言葉を馳せる。

「お断りされることを承知でお願い申し上げます。どうかお聞き入れ下さいませんか」

「私が断ると思うのなら、他を当たれば良いだろう」

「お前にしか頼めぬと思ったからこうして出向いたのだ。話ぐらい黙って聞けぬのか」

「随分と横柄な態度で、よく人に頼み事ができるものだな。呆れて物も言えん」

「ふん。お前こそ、よくその了見の狭さで子守が務まったな」

「宮様を愚弄する言葉は許さんっ!」

「お待ち下さい!」

 龐公の言葉に憤慨し、立ち上がった華圉を霄雲が間に入って引き止める。

「非礼は謹んでお詫び申し上げます。今はどうか、お怒りをお鎮め下さい。何卒、何卒お話しだけでもお聞き頂きたい」

 霄雲の必死の想いが通じたのか、華圉は固く握り締めた拳を膝に置いて腰を下ろした。

「良いだろう。話ぐらいは聞いてやる」

「ありがとうございます。お心遣いに感謝致します」

 安堵の溜息を吐き、霄雲は頭を下げる。それに倣い、織史もまた頭を下げる。

 この人物が一体どんな人物なのかは知らないが、今はその力を得られなければならない。それも自分の所為で。

 未だ声の出ないまま、その上足手まといで災いばかりを呼んでしまう自分でも、頭を下げることくらいはできる。ましてや自分のことで霄雲が礼を尽くしているのに、当人がしないわけにはいかない。

 以前ならば、自分一人で何とかできると高を括り、人に頼むことを嫌い頭を下げるなどという行動には抵抗があった。しかし今は、この場を乗り切るためなら頭の一つや二つ、下げることさえ苦にもならない。

 織史は心の中で呟いた。

――どうか、力を貸して下さい――

「頭を下げるのは後にしたらどうだ。私はまだ、了解した訳ではないのだからな。それで、一体用件は何だ?」

「お願いしたいというのは、この方を匿って頂きたいのです」

「匿う?」

 怪訝に眉を顰めて、華圉は織史をチラリと見る。

「この娘をか?」

「そうです。元は叶君の屋敷に居りましたが、先日、賊と思われる輩に襲われまして……」

「叶殿の屋敷に?」

「はい。それでその者達の話に拠りますと、どうやらこの方を連れてくるように頼まれたと申しまして……。幸い、大した被害は出なかったのですが、その後も頻繁に騒動が続きまして、終いには妖獣までもがやって来るようになりまして、流石に叶君の元では暮らすことが困難になってしまったのです」

「東宮庭は駄目なのか?」

「一度は僕の宮でお預かり致しましたが、相手に場所が知れてしまい、力が及びませんでした」

 机の上で握り締められた霄雲の手が、小刻みに震えている。

「……どれほどの期間が必要だ?」

 重い沈黙を、華圉の声が破った。

 織史と霄雲が顔を上げると、華圉は窓の外に視線を注いで居る。

「私の一存でことを決めるのには限りがある。ましてや、今の私は知っての通り仕事を多く抱えているのでな」

 華圉の言葉に、霄雲は戸惑い気味に顔を伏せる。

「十日ほどあれば…」

「十日の間に、犯人を捕らえてこの娘を必ず迎えに来るのだな?」

「はい。十日の間に必ず、糸口を見付けます」

 鋭く、厳しく睨み据えてくる華圉の眼に、霄雲ははっきりと言い放ち、真摯の眼差しで答える。

 すると口許を微かに緩めて華圉は手元にあった呼び鈴を鳴らした。その音が鳴り止まぬ内に、扉が開き一人の女性が姿を見せる。

「セイヨウ。部屋を用意してくれ」

「かしこまりました」

「それと、宮様にリョギとセンブをお返し頂くよう、お伝えしてくれ」

「お急ぎですか?」

「なるべく早く頼む」

「かしこまりました。では直ちに」

 セイヨウが一礼して下がろうとすると、その後ろから慌しい足音が急速に近付いて来た。

「華圉殿。賊が現れました!」

「早速来たか」

 華圉はポツリと呟きながら立ち上がり、来た時と同様に悠然とした態度のまま大股で廊下に歩み出る。

「私が出る。門士達に手を出さぬよう伝えろ」

 明瞭な、良く徹った声で華圉は応える。どこか愉しげで昂る気持ちを抑えているような、そんな声音だった。



「此処をどこか知っての狼藉か。騎乗したままの者を通す訳には行かぬ。直ちに叩頭礼を尽くし、許印を示すならよし。さもなくば早急にご退去願おう」

 居丈高に門前に立ち並ぶ男達に向かい、華圉は臆することなく言い放った。

 言葉は儀礼に則ったものではあるが、男達に通じるとは思っていない雰囲気が声に滲み出ている。現に、華圉の手には既に薙刀が握られている。

「此処で匿おうとしている娘を出しさえすれば、俺たちは直ぐにでも立ち去ってやるさ。そっちこそさっさと娘を出しな」

「娘? 言葉を返すようだが、此処に勤める娘の中でお前達に差し出してやれるような者は一人も居ない」

「けっ。俺達が探しているのは女官じゃねぇ。黒髪の、先頃まで東に居た女だ」

「では聞くが。仮に居たとして、その娘はお前達の何だ? 差し出せと言う理由を言え」

「娘は俺達のものじゃねぇ。然る御方の婢だ。仕事を放り投げて逃げ出した娘を、俺達が連れ戻すように言われているんだ。これ以上の理由はねぇだろ」

「ほう…。つまりお前達は飽くまで正当な理由がある・そう言いたいのだな?」

「話しが判るじゃねぇか。ならさっさと娘を出しな」

「――しかし、そのような身の上の娘は、残念ながらまだ来ておらん」

「なんだと!?」

「第一、この地に娘一人が逃げて来る筈が無いだろう。東の地は隈なく探したのか? でなければ南に逃げたと考えるのが上策。それとも、この地に来ているという確固たる証拠でもあるというのか?」

 華圉は悪辣に笑って、男達を見返す。言葉に詰まった男達は顔を見合わせて何やら相談し始めるが、それも時間の問題だった。

「納得の行く答えが出ないとなれば、門より先に踏み込むことは許せぬ。即刻立ち去れ」

 最後通告とも言える華圉の言葉が響いた時、一人の男が声を上げた。

「おい、娘だっ」

 門内に居た、織史の姿に気付いた男達が一斉に視線を走らせる。その様子に、小さく華圉は舌打ちを漏らす。

 自分の所為で花の庭を荒らされてはいけないと、織史は華圉の後を追って庭に出ていたのである。しかしそう考えたが故の行動は、どうやら裏目に出てしまったようだ。

「娘を捕らえろっ!」

 男達は直ぐ様武器を手に取り、門内に向かって走り出す。しかし――

「門内への侵入は許さぬと言った筈だ」

 静かな声がその行動を制止させた。

 すっと細められた鋭い視線が走り、細腕に見合わぬ強力で馬の脚を払われて、乗っていた男の体は宙を舞う。その様子を目にした他の者達が足を止めたのだ。

「あの娘は我が客人。お前達の探している娘とは別人だ」

「な、なんだと…?!」

「何度も言わせるな。お前達の探す娘は此処には居ない。さっさと去れ」

「目の前に娘が居るというのに、そう簡単に引き下がれるかっ! おい、一斉に掛かるぞ!」

「…警告はした。それでも禁を犯すというのならば、実力を持って排除させて頂く」

 華圉は薙刀を握り替え、向かって来る男達に刃を向けた。

 多勢に無勢。辺りの門士達は援護に入るどころか、一歩引いて門脇で槍を構えているだけだ。いくら華圉でもこの人数を相手に立ち向かうのは不利だ。

 織史は居ても立ってもいられず、華圉の元へ向かおうとした。助けにならないとしても、男達の目を引くことさえできれば、門外に男達を引き止めておくことはできる。そうすれば、少なくとも花の庭を傷付ける事だけは防げる筈だ。

「お待ち下さい」

 静かな制止の声と共に腕が織史の前に差し出される。

「あの程度の賊に、助けなど必要ありません」

 見上げると先刻セイヨウと呼ばれていた女性と同じ顔がそこにあった。

 しかし服装はこちらの方が戦闘的だ。左腕には手袋で隠されているが籠手をしているし、右腿には折棍棒を装備している。袴姿であったセイヨウとはどこか違って見える。

「圉士の名を甘く見るなよ」

 華圉は口許に笑みを浮かべながら、掛かってくる男達の剣や槍を払い返していく。その様は花弁が風に舞うように、次から次へと武器が宙に飛び上がり、そして地面に突き刺さった。

 武器を失い、素手で飛び掛ろうとする者も居たが、薙刀の峰で打ち払われて呻き声を上げた。遂には、華圉の鮮やかな手並みに戦意を喪失し、一人、二人と逃げ帰り始める始末。辺りには転がる武器と動けなくなった男達だけが残された。

 一方的に終わってしまった闘いに、華圉は退屈そうに溜息を一つ吐いた。

「不甲斐ない奴らだ…。レイヨウ、後は任せる」

「かしこまりました」

 華圉に答えたのは織史の横に立っていた女性だった。

 長い髪を揺らし、倒れている男達に向かうレイヨウと入れ替えに、霄雲が織史の元に駆け寄る。

「ご無事ですか、織史殿。お怪我はありませんか?」

 織史がコクリと頷くと、霄雲は胸を撫で下ろして安堵の息を吐く。その後ろから華圉が歩み寄り、口を開いた。

「ったく…。そんなに心配なら手でも繋いで、部屋で大人しくして居て欲しかったな」

「す、すみません。ですが、華圉殿を思っての行動ですから、どうぞそうお怒りにならないで下さい」

「それはどうも。しかし、あまり無謀な行動は控えて頂くぞ、姫君」

 織史は自分の行動の浅はかさに恥ずかしくなって、頭を下げる。確かに、自ら姿を見せたのは無謀だった。自分が見つからなければ、男達はあのまま立ち去っていたかもしれないのだから。

「――おい霄雲。我々は直ぐに宮へ帰るぞ」

「どうしたのですか、龐公殿。突然…」

「調べたいことがある」

「それは賢明だな」

「…娘のことは頼んだぞ」

「謹んでお受けしよう。十日後を楽しみにして居る」

 衣服の乱れを整えて、後から数人の衛士に囲まれてやって来た龐公に華圉は嫣然と微笑んで言った。

ようやく華圉を登場させることができて何よりです・・・。


彼女の話は別章で構成されつつあるので、機会がございましたら記載したいと思います。

それまでお付き合い頂ければ幸いです。

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