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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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「無能は去れ」と捨てられた私を、隣国の皇帝が神子として迎えた結果。捨てたはずの元婚約者が、私の足元に跪いて血を吐きながら愛を乞うています。

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/03/01

 数年後に私に跪き許しを乞うあなたと、しばらくの別れの日。


「君が聖女と呼ばれるようになって久しいが、何かをこの国のために為したことがあるか? 誰もが知っていることだが、何もしていない。俺の婚約者という地位にも君は相応しくない。ただの無能は去れ」


 王子が冷たい目で私に言います。


 私だってなりたくてなった立場ではありません。


 ただ、王子が優しくしてくれたから、私は好きになってしまったんです。


 日に日に、王子の態度が冷たくなっているのは感じていました。


 すれ違って挨拶すれば、わざわざ駆け寄ってお話ししてくれていたのが、ただ、睨むように一瞥するだけになっていきました。


 ただ、私は苦しくて、また王子に笑いかけてもらえるように一生懸命に神にこの国のことを願っていたのに……。


 動機が不純だったからでしょうか?


 神は私に一切答えてくれませんでした。


 そもそも、なぜ私が聖女に選ばれたのかも不思議でした。


 先代の聖女が亡くなる前に、自分以上の力と私を選んだらしいのですが、それが間違いなら神に祈ることそのものが無駄だったのかもしれません。


 私を、ただの転生してきただけの村娘のままでいさせてくれたら、こんな辛い思いしなくても良かったのに……。


 城を去りながら、何度も後ろを振り返ります。


 城を背にして歩くと、もしかしたら王子が追って来てくれているかもしれないという期待が膨らんできます。


 振り返って、真っ直ぐに伸びた王城への道に誰もいないことを立ち止まってじっと確認します。


 歩みの遅い私が捨てられた聖女だと知るものは、憐れんだり、嘲笑したりします。


 石こそ投げられませんでしたが、ヒソヒソと囁く声と視線が私の心を抉ります。


 それでも、王城を背にして歩くと、王子が私に向かってきて、抱きしめてくれる幻影が見えて、振り返ってしまうのです。


◆◇◆


 徒歩で私はどこまで行くつもりだったのでしょう。


 何も考えず、王子が迎えにきてくれる幻影を追っていただけです。


 日も暮れるというのに、これから暗くなる森の中に入り込もうとしていました。


 微かに獣が動く音がしました。


 誰にも必要とされない無能な私は、このまま獣のエサになってしまってもいいのかもしれません。


 まだ引き返すことも出来たけど、私は森の中を歩き続けました。


 鬱蒼と生い茂る木々によって夜が早く訪れる深い森の街道を一人で歩く続けます。


 その狂気の様子を見ていた人がいました。


 道の先にある帝国の騎士で、道の脇にいた獣が私を避けるように逃げていったといいます。


 ほのかに光るような私はまるで神の使いの様だったと……。


 声をかけるのも躊躇われたが、やはり私は人間だと思い、助けようと声をかけてくれたそうです。


 この国で聖女と呼ばれていたけど捨てられたという私の境遇と、自分が見た様子から、騎士は私を特別な存在だと思い、自国の皇帝の元へ連れていきました。


「神の子よ……」


 皇帝や、帝国の巫女たちが私をそう呼びました。


◆◇◆


「私は神の子なんかじゃありません。隣国でも聖女と呼ばれていたけれど、結局は無能と呼ばれて捨てられたのです」


 私は皇帝から贈られた豪華な宝石が散りばめられたドレスや装飾品を身につけていました。


 神秘性と清らかさ、人が触れられない神聖さを表す衣装は見せかけの神の子を作りだします。


「あなたは自分の力を分かっていない。ただ存在するだけで国に祝福を与えるが、獣を寄せ付けないほどの強い神罰をあなたは持っている」


 皇帝が言う。


「神罰……ですか……」


 祝福といわれてもわかりませんが、神罰はもっとわかりません。


 私が、誰かに神罰を与えられるというなら、王子を……。


 私は自分の考えが怖くなりました。


「神罰については深く考えなくていい、この国であなたが過ごしてくれるだけで祝福があるから、俺も家臣も満足しています」


 前の国でも最初はそうだったのだけど……。


「あなたの能力を測れずに、自信を奪ってしまった、隣国の者たちこそ無能なんですよ」


 皇帝は私の手を取ってくれました。


 王子にして欲しかったことです。


 私の顔に影が差したことに皇帝は気が付きました。


「誰かの身代わりでもいいから、この国にいる間は俺を愛してください。もうあなたが元の国に帰れることはないのですから……」


 私の目から涙が溢れだします。


 王子にはもう会えない、私を愛してくれることももうないのです。


 皇帝に向かって私が小さく頷くと、皇帝は私を抱きしめてくれました。


 それから帝国はより豊かになっていきました。


 もし、王子が話しだけでなく抱きしめてくれていたなら、私はまだあの国に祝福を与えていたのかもしれません。


◆◇◆


 隣の帝国に神の子が現れたという話はあっという間に我が国に広まった。


 神の子とはなんなのか?


 ただ祈って神の祝福を引き出すだけではない、存在そのものが祝福なのだ。


 蔑ろにすれば自身が神罰を下せる。


 その神の子は、ここを追放された聖女だという。


 俺が、追放した彼女が……神の子だと!?


 聖女がいても、干ばつが続いていたと言ったのは誰だったか。


 聖女として向かい入れたのになんの役にも立たなかったと言ったのはおまえたちだろう!?


「皇子が、聖女を追放しなければ、この国も豊かになれたのに」


 長雨が続き土砂崩れの報告が絶えない王城に、そんな囁き声が響き続けている。


「きっとこの雨が神の子の神罰なのだ。王子が追放したせいで、我々の責任ではないというのに!」


 勝手なことばかりいう奴らだ。


「王子を甘やかしていた周囲の者たちも悪いのです。何度も王城を振り返って出て行く聖女様がお可哀想でした……!」


 俺も見ていたが、誰も助ける者などいなかったではないか。


 彼女が何度も、何度も、俺を振り返るのをここから見ていた。


 誰かが、彼女に手を差しのべていたら、まだ聖女としての信を失っていないと、彼女を連れ戻す口実にできたのに……。


 王城に背を向けて歩く彼女の背中を今すぐ抱きしめに行きたくて仕方なかった。


 ただ、俺の後ろでは「やっと役立たずの聖女が出ていってくれましたな」と有力な貴族や家臣たちが話をしていた。


「聖女などと、無理矢理に婚約させられて可哀想でしたが、王子もこれで自由ですね」


 全員の目が俺に注がれていた。


「……清々しましたよ」


 俺の言葉を聞いて、みんなが満足そうに笑い、彼女を追い出したことを祝う宴が始まる。


 俺は、笑いながら、手を握り締めて心にもない事を口にした痛みに耐えていた。


 自分たちの都合のいい言葉しか聞かない貴族や家臣たちに通じる言葉を選んで、この地位を守ろうとしている。


 世界で一番大事に思っていた君を捨ててまでこんなものが欲しかったのか?


 初めて会った日から、俺は彼女を追いかけていた。


 すれ違っても挨拶では足りなくて、話しかけた。


 すぐに話しかけることがなくなって、彼女の言葉から次に話すことを膨らませようと調べた。


 俺の知識も増えて、彼女の笑顔も増えていった。


「干ばつは酷くなるばかり、聖女様のお力が足りないのでは?」


 そんな声が聞こえても、気にしない様に俺は彼女に話しかけ続けた。


 彼女の笑顔はもう見えなくなっていた。


「聖女が王子様と一緒にいるところをよく見ます。なにも為していないのに、王子に取り入ることだけは上手い。アレは本当に聖女か……?」


 聖女が誰よりも熱心に神に祈っているのは俺が知っている。


 ここまで祈って神に祈りが通じないことなどあるわけがない。


 これは、聖女が祈って防いでもここまでの厄災が起きるというだけだ。


 雨の量に比べて干ばつの規模は小さい。


 言ったところで理解できる者がこの国にはいない。


 俺は、彼女がこれ以上悪くいわれないように、話しかけるのをやめた。


 ——それが、彼女を守ることだと思っていた。


「王子様も、聖女が嫌いなんですね」


 どうしてそうなるんだ……。


 後は、止めようもなく、彼女を追放する気運だけが高まっていく。


 なんといわれても、彼女との時間を手放してはいけなかった……。


 君が、隣国の皇帝の横で神の子として幸せにしているならいい……。


 俺に投げつけられる聖女を追放した無能な王子という称号は甘んじて受け入れる。


 事実、俺は君を守れなかった。


 ただ、君を守る皇帝だけは、許せない——。


◆◇◆


 私が、帝国で神の子と呼ばれるようになって数年が経っていました。


 男が皇帝を襲ったという知らせが私のところに届きました。


 神の子として祀られている私が住むのは、神聖な神殿です。


 私は急いで皇帝の元に向かいます。


 皇帝は宮殿の自室にいました。


 みすぼらしい男が後ろ手に縛られて床に転がっていました。


「陛下、お怪我はありませんか……」


 私は、心配していた皇帝のことより、床に転がる男が気になってしまいました。


 顔は床に付いて見えませんが、私と同じ歳くらいに見えます。


 泥や埃は皇帝を襲って取り押さえられた時のものでしょう。


 でも、それ以前からの酷い暮らしぶりが痩せた身体と擦り切れた服からわかります。


 祖国の様子は噂には聞いていました。


 私が追放されてからは、干ばつが止んだものの長雨が続き、苦しい状況は変わっていないと。


 それでも王子が国をよくしようと各国の知識を集めて奮闘していると聞いていました。


 その王子が、なぜここにこんな格好でいるのでしょうか。


「ただの狂人とも思ったが、俺を斬りつける時に『聖女を返せ』っと言っていたので、あなたの知り合いだと思いました。それに、痩せていて気付きませんでしたが、俺も昔、あなたの国の王子とは顔を合わせた事があります」


 私は王子にそっと触れます。


 骨と皮だけの身体に、背筋が寒くなります。


 皇帝の顔が諦めたように軽くなったことがわかりました。


 王子はボロボロの身体を起こして、手を後ろで縛られたまま、私へ跪く形に向き直ります。


「聖女……。申し訳ありません……。君を追放して……今更、こんなことをいって信じては貰えないだろう……。でも、俺は……ずっと、君を愛しています……」


 王子が血を吐きながら、私への愛を語っています。


「俺の側でなくても……きみが幸せならいいと思っていたのに……。国を追放されてから、気づいたら、皇帝を倒して君を奪い返すことだけが生きる目標になっていた……。皇帝を殺して、君の幸せを奪おうとしたことを許して欲しい……」


 王子が私の目を見て許しを乞うています。


 私は皇帝に目を向けます。


「俺の身代わりの時間は終わったようですね」


 皇帝が寂しそうに言います。


「王子を許してくれるのですか……!?」


 跪いたままの王子の肩が震えます。


「あなたの神罰が恐ろしいですからね。神罰を受けられるほどにあなたに思われてみたかったですけど。身代わりでいる間は、俺は幸せでしたよ。どうか、これからもこの国に祝福をもたらしてください、神の子よ」


 言葉を選ぶ様子が、皇帝は本当に私を恐れているのだと思いました。


 ああ、私と王子はこれで守られます。


◆◇◆


 神殿の奥の私の部屋に王子は寝かされていました。


 痩せた身体に私がスプーンで掬って食事を食べさせました。


「俺は何も出来ない無能だな」


 咳き込みながら与えられた食事をやっとのことで飲み込む王子は無能そのものだと私も思いました。


 けれど、数日もするとみるみると元気になっていきます。


 自分の手で食事が出来るようになった王子は皇帝を襲うまでの経緯を話してくれました。


 王子は国で私を追放した罪で廃嫡されて、そのまま帝国に渡ってきたそうです。


 皇帝を襲って私に会うことだけを考えて、おかしくなっていたと振り返ります。


 たぶん、それが私が王子に与えた神罰だったのでしょう。


 私が、王子に会いたいと願っていたから、王子はどうしても私に会いに来なければいけないと思ったのです。


 私が強く願えば、私の思い通りに動くまで不幸が起こり続けるのが神罰なのだとやっとわかるようになってきたところです。


 祖国の長雨は、王子を追放させて私の所に来させるために起こっていた事なのでしょう。


 あの国の本来の問題は干ばつです。


「君がいた頃も干ばつは続いていたが、少しずつ改善していたんだ。聖女の祈りの奇跡を期待していた人々にはもの足りなかったのだろう」


 私もこの帝国で神の子と呼ばれるようになってから学んだことです。


 私は存在するだけで祝福を与えるけど、その力は目に見えるほどに大きいものではありません。


 国中の天候の偏りを地下水脈の動きを整えて正すのが私の祝福の力です。


 帝国の皇帝たちのように理屈を知った上で予想を立てて状況を確認しなければ、真の働きを知ることはできないのです。


「俺こそがあの国で何も為すことができなかった……」


 王子はいうけれど、無能だらけのあの国では、何も為すことが出来ないのは当たり前なのです


 私の力の本質を調べずに無能と追放して、調べて知っていた王子の言葉を理解することもできない人々の国です。


 私と王子はここでしか結ばれなかったのです。


 王子はこの帝国で色々なことを学んで、祖国を憂いています。


 長雨が止んだ後はもう降る雨はあの国には残っていないのです。


 私の祝福で整っていた地下水脈の流れも、長雨のせいでメチャクチャになっていることでしょう。


 雨が止んで、あっという間に干ばつが訪れることでしょう。


 ひび割れた大地に、真っ黒に染まる灼熱の中で、彼らが次に誰のせいにして追放するのか、少しだけ楽しみに思っている私がいます。


 いまだに国を思う王子にはそれだけは秘密です。


 ただ、王子はもう私に逆らえないのです。


 一度、私を手放して酷い目に遭った経験と後悔で、私の愛を失うことを酷く恐れています。


「ずっと君にこうしたかった」


 そう言って私を抱きしめる王子の瞳に少しだけ怯えの色が見えます。


 王子の熱が直接触れた部分から伝わってくるけれど、私が少し動くだけで王子の呼吸が乱れ指先が少し震えます。


 私はそれに安心します。


 彼は永遠に私に執着し続けて、一生逆らうことのない人形になったのですから。


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