念願
教えてほしいという気持ちは誰に向けたものだろう。久しぶりの読書らしい読書と言える小説の読了感のまま考え事をし、世界のあれこれに普段と違った心地を持つ。波のように打ち寄せる情緒は一体誰のもので、ふと聞こえてきた鳥のさえずりさえ特別なもののように思えている今この瞬間はなにを意味するのだろうか。
ひと時ではあるけれど、全てがうららかに過ぎてゆく春にしんみりした記憶が加わる。
同期との会話で知らされる意外な事実。学生時代からの友人がそこそこ有名なフォトグラファーだという。その人が撮影したという写真を見せてもらったところ、最近のものらしい『桜』がとても印象に残った。画面の上部に屹立する『しだれ桜』。そして田んぼに張った水に上下反転してその威容が映り込んでいる。そこにこの国の原風景を見て取ったような気がするのは錯覚ではあるまい。その桜の事を個人的に調べてみたところ、地元の方でもその桜は長らく忘れ去られていたらしい。とある人物が見出し、有志により周辺が整備され今や賑わいの地となったその場所にいつしか心惹かれている自分がいる。
『波』が過ぎ去り、ぼんやりとSNSに投稿されている桜の写真を眺める。幻想的に加工されているものもあれば、ありのままでもその場の雰囲気が伝わってくるような一枚もあった。何枚かに評価を与えていたからなのか次第におすすめされるアカウントの傾向が変わってきて、その中から風景の写真を趣味としているあるユーザーの存在を知る。配慮なのか人物が映り込むような写真は皆無で、ひたすらに、そしてとても丁寧に、風景と対象を画面に切り取っている。
「あった…」
投稿の中に偶然あの『しだれ桜』と思われる写真を見つける。構図は違えど、ちゃんと桜が田んぼに映り込んでいて紹介文にも地名がしっかり載せてある。ただ、あの写真と大きく違うのは『夜景』であること、そしてライトアップされている時間の写真であること。確かにそのしだれ桜はある期間夜間ライトアップされているいう話で、制限などはされていないから誰でも撮影する事は可能だ。その人は写真に添えた文章でこう語っている。
『帰郷した際に念願だった『地蔵桜』に出会えました。その日の星空も綺麗でした』
その情景を心の中に浮かべることは容易い。桜は言うまでもなく素晴らしい、それだけではなく人が桜に想いを寄せる姿もこの上なく尊い。そう言ってしまうのなら、己の中にあるこの感情もまた尊いものなのだと。そんなことを感じて写真にこんなコメントを送った。
『その光景が目に浮かぶようです。私にとってもその桜は『念願』になりました』
少しあってやってきた通知はコメントに対してのお馴染みの『ハート』と『そう言っていただけて嬉しいです』というリプライが届いた知らせだった。




