エルフの街ルミナリアと知識の図書館
衛士部隊が拠点とする街『ルミナリア』は、森のすぐ外縁に位置していた。街の建築様式は、人間族の石造りの堅牢さと、エルフ族の自然との調和を両立させた独特なものだった。白い石壁に沿って植物が這い、街全体が静謐なマナに包まれている。
衛士隊は、カイと救出された旅人たちを連れて、街の奥にある衛士隊の本拠地へと向かった。
カイは周囲の光景に圧倒されていた。すれ違うエルフたちは皆、フィアナと同じくプラチナブロンドやシルバーの髪を持ち、一様に彼に冷たい、だが強い好奇心と警戒の入り混じった視線を向けてくる。
衛士隊の本拠地は、巨大な樹木と石壁を組み合わせた要塞のような建物だった。レグナス隊長は、カイを応接室に通した後、すぐに彼の能力の協力について具体的に話し始めた。
「カイ・アスベル。『鋼靭木』の原理は驚異的だ。我々はすぐにでも全ての装備をこの原理で強化したい。そのための知識と時間を、お前には提供する」
レグナスが提示した報酬は、この世界で最も価値のあるものだった。
「お前に、衛士隊が所有する**『古の知識の図書館』**への自由な立ち入りを許可する。そこには、数千年におよぶエルフ族が蓄積した、魔法、錬金術、素材に関する原理の記録がある」
「図書館……!」
カイは興奮で体が震えるのを感じた。彼の『万象改変』は、原理を知ることで初めて真価を発揮する。知識こそが、彼の最強の「魔力源」なのだ。
「その図書館を使わせていただけるなら、喜んで協力します。装備の強化は、僕の『原理』を安定させるための実験台にもなります」
「よかろう。だが、フィアナの監視は続く。図書館には、森の深淵に関する危険な知識も眠っている。お前がその力で、世界の秩序を乱すような改変を試みた場合、フィアナが即座に処分する権限を持つ」
「承知しました。フィアナさんの判断に従います」
その日から、カイのルミナリアでの生活、すなわち**『原理の学習』**が始まった。
彼はフィアナに連れられ、本拠地の地下にある、厳重に守られた図書館へと向かった。そこは、天井まで届く棚に、羊皮紙や古代の粘土板、魔法でコーティングされた巻物などがぎっしりと並ぶ、知の宝庫だった。
「ここが、我々の知識の源だ。ただし、全てが理解できるわけではない。古語や、高度な魔術師にしか解読できない原理も多い」フィアナが説明した。
しかし、カイにとっては違った。彼の『万象改変』のシステムは、視覚で捉えた文字、図、数式を、即座に**『原理の構成要素』**として解析し、吸収していった。
(凄い……!この書物一つ一つが、俺の能力を強化するマナの結晶だ!)
彼は、まずは最も基礎的な原理から手を付けた。
『火の魔法』の熱エネルギー変換の原理
『回復魔法』の細胞活性化・治癒促進の原理
『金属精錬』における元素結合・分離の原理
これらの知識が脳内に流れ込むと、彼の『万象改変』の成功率が目に見えて上昇していくのが分かった。
知識の吸収を始めた数日後、衛士隊の装備強化が始まった。
カイはレグナス隊長から預かった衛士隊の弓矢や防具に触れ、**『鋼靭木』**の原理を適用していった。彼はただ改変するだけでなく、応用を利かせた。
「衛士の弓に、**『弓の弦の伸縮原理』を『射出時に瞬間的に魔力を増幅する』**構造に改変します」
これは、弦を構成する繊維の原理を微細に書き換えることで、射手の込めた魔力を効率よく運動エネルギーに変換するという、一種の魔力増幅機構を付与するものだった。
結果は驚くべきものだった。強化された弓は、同じ衛士が引いても、射程距離と威力が格段に向上したのだ。
レグナスは、その効果に心底驚愕し、カイへの警戒心を徐々に解いていった。
「お前の力は、確かに我らにとって必要不可欠なものだ。感謝する、カイ・アスベル」
フィアナもまた、カイの進化を最も近くで見ていた。
ある日の夜。カイは図書館での学習を終え、フィアナと共に街を歩いていた。ルミナリアの街灯は、魔力を宿した石によって灯されているが、その光はどこか頼りなく、夜の森の闇に押されがちだった。
「この街の灯りは、夜の森からの魔獣の侵入を防ぐために、もっと強い光が必要だ」カイが呟いた。
「それがこの街の限界だ。これ以上マナを消費すると、衛士隊の訓練に影響が出る」フィアナが答える。
カイは、その街灯の石をじっと見つめ、頭の中で改変の原理を組み立てた。
(この石の**『光を発生させる原理』を、『消費するマナ量を増やさずに、光の放出効率を最大限に引き上げる』**構造に改変する!)
これは、光の原理と物質の原理の複合的な書き換えだ。以前なら不可能だったかもしれないが、数日の知識の蓄積が、彼にその原理を理解させていた。
【改変実行。対象:街灯石(一つ)。改変原理:光放出効率の極大化。】
【改変完了。】
瞬間、その街灯の光が、消費マナ量は同じであるにもかかわらず、昼間のように強く、鮮やかな光を放ち始めた。その光は、周囲の闇を完全に押し返し、街の広範囲を照らした。
「すごい……!この光は、以前の三倍はある!何をした、カイ!?」フィアナが驚愕した。
「光の原理を、少し効率的にしただけです」カイは笑った。
この日、ルミナリアの街灯の原理は全てカイによって改変され、街はより明るく、安全になった。住民たちは、その不可思議な力を持つ少年に、畏敬の念と、確かな感謝を捧げ始めた。
しかし、その明るい街の片隅で、カイはふと、遠くの森のさらに奥に、不気味で淀んだ魔力の気配を感じ取った。
(あれは……前にフィアナさんが言っていた、魔族の『淀んだマナ』の気配……)
『万象改変』のシステムは、静かにその不穏な魔力の原理を、深いレベルで解析しようと動き始めていた。彼の能力が、この世界の真の脅威と、静かに繋がり始めた瞬間だった。




