表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

日常編⑧ 小さな熱と、大きな絆

 朝、目を覚ました瞬間から体が重かった。

 喉は熱を帯び、頭の奥がずきずきと痛む。起き上がろうとしたが、背中に鉛を抱え込んだような倦怠感に抗えず、再び布団へ倒れ込む。まぶたを開けているだけでもひどく疲れる。


「……風邪?」


 ぼんやりと呟いた声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 昨日までの無理が祟ったのだろう。連日の依頼と、夜更けまでの調書作成。休む暇などなく、気づけば倒れる寸前まで走り続けていた。


 額に滲む汗を感じながら、ぼんやりと天井を見上げる。視界が揺れる。こんなにも弱い自分を見せてしまうのは久しぶりだった。


 そこへ、軽いノックの音がして扉が開く。顔をのぞかせたのはヴェラだった。


「セリナ? 朝の訓練に来ないなんて珍しいわね」


 彼女はすぐに私の顔色を見て眉をひそめ、額に手を当てた。ひやりとした掌から、冷たく澄んだ魔力がすっと肌に流れ込む。体内の流れを確かめる診断の魔法だ。


「熱があるわね……魔力の循環も乱れているけど、深刻な損傷はない。ただの風邪よ。安心して」


 その一言に、緊張が解けてまぶたが重くなる。だが次の瞬間――


「セリナが倒れた!?」


 ジークの大声が廊下に響き渡り、バタバタと足音が近づいた。

 扉が勢いよく開かれ、仲間たちが雪崩れ込んでくる。


「だ、大丈夫か!」

「無茶をするからよ」

「水を持ってくる」


 慌ただしい声が飛び交い、私は布団の中で必死に微笑もうとした。


「……平気よ。ただ、少し休めば……」


 しかし、その声は低く遮られる。


「喋るな。今は休め」


 カインの声音だった。命令ではなく、心底からの心配に満ちていた。その真剣さに胸がきゅっと締め付けられ、私はそれ以上言葉を発せず、目を閉じた。


 布団の脇では、早くも大騒ぎが始まっていた。


「よし、俺が看病してやる!」


「あなたに任せたら大惨事になるわ」


「氷枕を持ってくる」


 頭はぼうっとしているのに、不思議と安心感だけはあった。彼らの声が耳に届くだけで、心が落ち着いていく。


 やがて薬草の香りが漂ってきた。


「体を起こして。少しだけ飲める?」


 ヴェラが差し出したのは淡い緑色の薬湯。苦みが舌に広がるが、喉を通ると熱が少し和らいだ気がした。


「ありがとう……」


「礼はいいから。あなたが倒れたら誰がクッキーを焼くのよ」


 その冗談めいた言葉に、思わず笑いそうになる。けれど同時に、拠点での自分の居場所を確かに感じて、胸の奥がじんわり温かくなった。


 けれど、胸の奥に古い記憶が疼いた。


 ――公爵家にいた頃。私は熱で伏せったことがある。あのときは父も母も、兄も妹も誰一人として見舞いに来なかった。厚い扉の向こうは静まり返り、入ってくるのは侍女だけ。彼女は用意された薬を運び、淡々と布団の位置を直すと、無表情で退出していった。優しさの欠片もない手つきに、子どもだった私は必死に涙を堪えたものだ。病に臥せった心身よりも、その孤独が胸に重くのしかかった。


 今はどうだろう。焦げ臭い匂いを漂わせて台所で奮闘するジークの声が聞こえる。


「よし、俺に任せろ! こういう時はおかゆだ!」


「ぎゃあっ! 底が焦げついた!」


「だから言ったでしょう!」


 不格好で、騒がしくて、けれど温かい。私は布団の中でそっと目を閉じ、耳に届く賑やかな気配を抱きしめた。


 結局できあがったおかゆは形も味も不恰好だったが、匙を口に運ぶと不思議と涙が込み上げてきた。


「……おいしい」


「嘘つけ! 絶対しょっぱすぎるだろ」


「でも、気持ちがうれしいの」


 ジークが耳まで真っ赤になり、そっぽを向いた。


 夜になり、カインが戻ってきた。彼は黙って椅子を引き寄せ、私の傍らに座る。


「水分は摂れているか」


「ええ……みんなが助けてくれたから」


「そうか」


 彼はしばらく黙って私を見ていた。その眼差しに責める色はなく、ただ静かな安堵が宿っている。


「……お前は強い。だが、強い者ほど脆く崩れる時がある」


 低く響く声に、私は思わず涙ぐんだ。


「だから……頼れ。お前ひとりで背負う必要はない」


 言葉を返す余裕はなかった。ただ、握られた手の温もりに安心し、目を閉じた。


 その夜は浅い眠りを何度も繰り返した。額の冷たい布を替える手の感触。薬草を煎じる匂い。椅子の軋む音。

 誰かが交代でそばにいてくれることが、こんなにも心強いものだと初めて知った。


 翌朝、目を覚ますと熱は下がっていた。

 ベッドの傍らには、ジークの手書きの「おかゆ改良レシピ」と、ヴェラの調合した薬草茶の瓶、そしてカインが置いていった黒い外套が掛けられていた。


 それらを見た瞬間、胸がいっぱいになった。

 かつては孤独しかなかった病の床に、今は仲間たちの想いが溢れている。


 日々の依頼で力を合わせる仲間たちが、こうして日常でも私を支えてくれている。

 ――それは何よりも強い絆の証。


 私は外套を抱きしめ、静かに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ